~決戦を前に~・3
月光が優しく照らす、王都の墓地。
かつての仲間達が眠るそこに足を踏み入れたオグマは、以前ここでグラッセに襲われ、彼の憎しみをその身に受けたことを思い出す。
あの時は、花を手向けることが叶わなかった“彼女”の墓に、今宵は自分以外にも訪れた者がいたようだ。
「もう随分前のことのようだな……」
そのグラッセとも無事和解した今は、ここに立つ心持ちも変わった気がした。
と、
「まだ一年も経ってないんですけどね」
ざく、と土を踏む音がして緑髪の青年が姿を現す。
「ここだと思いましたよ、旦那」
「リュナンか……そんなにわかりやすかっただろうか?」
なんだか恥ずかしいな、と頬をかくオグマに、リュナンは笑いながら歩み寄る。
「いろいろありすぎて、ゆっくりお墓参りする暇もなかったですからね。最後の戦いになるなら、尚更ここに来ておきたいんだろうなって」
「……そう言うリュナンは、どこか行っておきたい場所はないのか?」
ぴたっ。
動きを止め、明らかにひきつった顔になる青年にオグマは聞いてはいけないことだったのだろうかと思いつつも話を続ける。
「前から気になっていたんだ。リュナンはいつも明るくて誰とでもそれなりに打ち解ける割に、自分のこと、踏み込んだことをあまり話さないような気がして……」
「いやぁ、それはその……」
しばらく視線をさまよわせ、どうはぐらかしたものだろうか思案していたリュナンだったが、やがて観念したように両手を軽くあげ、溜め息をついた。
「……ま、いっか。といっても俺はほんとに何もないだけなんですけどね」
「何もない?」
鸚鵡返しに尋ねるオグマに、リュナンはそう、と首を縦に振る。
「皆さんみたいなものすごい過去も使命も志も、なんにもない男ですよ。ただ日々を無難にふらふら、適当に傭兵やって稼ぎながらとりあえず生きてただけ」
リュナンの話を受け、片方しかない水浅葱の瞳が、不思議そうに瞬いた。
「……けど、王都の障気騒ぎの時、嫌だ、怖い、死にたくないって思ったんです。ああ、俺は死にたくはなかったんだって……気付いたのが遅かった」
いつも笑いの中心にいてメンバーのムードメーカー的存在のこの青年が、あの時にそんな事を考えていたなんて。
どう返したものかオグマが考えている間にも、リュナンの言葉は続く。
「そんな時です。貴方が俺の命を助けてくれたのは……それと同時に、俺には目的ができた」
「目的……恩返し、か?」
彼の恩人に対する執着は、時々驚くほど強く思えた。
まるで、そうでもしなかったら不安で堪らなくなるといった風に。
「けど、リュナンはここで私を守ってくれたことがあっただろう? 他にも度々助けられているし、恩ならもう……」
「単純に命を救われたからだけじゃないんですよ。俺は生きる力を貰って、はつらつと輝ける若者になったんです。それに、今が楽しくて仕方がない」
ふ、とクロムイエローの目が細められる。
「最初の動機は恩返しですが、今はただ、俺がそうしたいからここにいるんですよ、オグマさん」
「リュナン……」
生きる意味を見出だした若者は、そう言うと心からの笑顔をオグマに向けた。
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