~聖域の決戦~・2

「貴方が王の……世界を壊してでも取り戻したかったひと」


 誰もがカミベルの姿に気を取られている中で背後からの声に振り向くと、シブースト村の孤児院にいるはずのスタードがグラッセと共に佇んでいた。

 途端にデューが血相を変えて、白騎士につかみかかる。


「アンタ、なんで来た!? グラッセも、教官連れて帰るんじゃなかったのか!」


 矛先を向けられた仮面の黒騎士は、それに動じるでもなく口を開いた。


「……帰る前に森の花畑に忘れ物を取りに行きたいという教官殿に付き添ったまでだ」

「まさか、遺跡の入口が開いていて、こんな所に繋がっているとは思わなかったが」


 スタードの言葉に今度はカッセが顔色を変える。

 合言葉らしき呪文を唱え、隠れ里への道を開けたのは彼だが、二人が来てしまうことまでは予想していなかったらしい。


「おかしい……確かに拙者はあのマナスポットを門に変えた。だがあれは一時的なもので、すぐに入口は閉ざされるはず……」


 本来ならばスタード達はここに来られるはずがない、と言外に示しているそれがどういう意味か。


「そう……来たのね、モラセス。マナスポットを抉じ開けて。だから彼等も入って来られた」

「王……!?」


 カミベルが呟いた直後、ぞくりとする気配、そして襲いかかる重圧に反射的にデュー達が武器を取る。


 何度かの遭遇で既に人の形を失いつつあった王が、想い人のためだろうか、魔物化した箇所など見当たらない元通りの姿で聖地の入口に現れた。


 場に走る緊張とは対照的に、モラセスは静かにゆったりと、周りなど一瞥もくれずカミベルの前に歩み寄った。


「カミベル……逢いたかった。ずっと、探していた」

「モラセス……」


 熱烈な視線と言葉に、けれどもカミベルは左右に首を振る。


「いいえ、違う。今のあなたは取り憑かれているだけ……その胴欲の権化に」

「なんだと?」


 ぴくり、と王の片眉が上がった。


「私はここから動けないし、もう実体がない。けれども世界中に張り巡らされたこの結界を通じて、あなたのことも見ていたわ……あなただって、一度は持ち直そうと、前を向こうとしてたじゃない」

「それが出来なかったから……」

「出来なかったから、今更過去の想い出に縋って世界を壊す? あなた、弱くなったわね。だから魔物なんかに取り憑かれて利用されるのよ!」


 矢継ぎ早に言葉を返していくカミベルに口を挟む隙間はなく、デュー達は呆気にとられながら二人のやりとりを見守った。


「カミベルさんって、思ったよりきっついのね……」

「ずーっと見てたからいろいろ溜まっとるんじゃろなー」


 悲劇のヒロインだとか、儚い運命のイメージとはまるでかけ離れたカミベルの実像になんとなく気が合いそうだなどとイシェルナは思っていた。


「いい? あなたに取り憑いた魔物は、あなたの内にある闇とか欲望を増幅するの。そうして暴走して次第に自我を失ったら、その体を乗っ取られるのよ。だから、心を強く持ちなさい。魔物なんかに負けちゃ、あなたらしくないわ!」

「カミベル……」


 彼女の言葉はぴしりと、清々しいくらいだった。

 しかし王は僅かに光を取り戻した目を再び暗く曇らせ、俯く。


「……もう、遅い。なにもかも」

「え?」


 モラセスからじわりと闇が拡がる。

 意識的に抑え込んでいたのであろう魔物の部分があらわれ、全身が禍々しい異形に変わっていく。


「この世界を喰らい尽くすには、巫女……貴様の存在が邪魔なのだ!」


 そして結界へ……カミベルに向かってのばされた手は、


「惚れた女に邪魔呼ばわりはねーよな、王様……」


 キィンという甲高い音と共に、大剣が防いだ。


「残念だけどミレニア、お前のじーさん一発ぶん殴るぞ!」

「わ、わかったのじゃ!」


 弾かれたようにミレニアが武器を構えると、他の仲間も戦闘態勢に入るのだった。

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