第67話 今から飛ぶぜ強行軍

「降伏なんてダメです!」


 イーノが自分の部屋のパソコンで映画を見ている。第二次世界大戦中、ドイツ軍にダンケルクで包囲され陸軍全滅の危機に陥ったイギリス。それでもナチスに徹底抗戦の意志を貫き、ありったけの民間船舶を徴用して「ダイナモ」と呼ばれる救出作戦を発動。陸軍30万のほとんどを救出に導いた当時の英国首相、チャーチルの伝記映画だ。

 この作戦のため、ドーバー海峡の幅が最も狭いフランスの都市カレーにいたイギリスの部隊は、敵の注意を引きつけておくための囮として犠牲になった。イギリス軍がフランスに持ち込んだ兵器のほとんども放棄することになり、後にアメリカからその工業生産力を活かした支援を受けるまで、イギリスは深刻な兵器不足に悩まされた。それでも彼らは果敢に戦い抜き、最終的にヨーロッパを解放した。


(ムッソリーニの仲介でヒトラーと和平交渉すべきか、悩んでいたチャーチルが突然不慣れな地下鉄に乗り込んで市民の声を聞くシーン。あれは作り話らしいけど…)


 イーノが妄想する。


(徹底抗戦を訴える市民の中に、小さい女の子がいたけど。彼女がもし「ナルニア帰りの」ペベンシー家の子供だったら?きょうだい四人がナルニアでの冒険の末、氷の魔女から異世界を救った経験を活かして、チャーチルを励まし。時の首相の決断に影響を及ぼし、間接的に故郷イギリス、ひいては世界をも救ったとしたら?)


 「ナルニア国物語」の背景設定は、第二次世界大戦中のイギリスだ。きょうだい四人が戦火を避けて疎開し、その先でナルニアに迷い込むのはこの後だろうから時系列に無理があるのだが。

 異世界での経験を活かして、現実での困難を乗り越える。それこそイーノが小説を書く理由であり、自分の宿敵とも言えるビッグをノーサイドで助けようとする根拠だった。現代日本の「大いなる冬」を相手にして、敵も味方も無い。


 繰り返すが、本物のファンタジーとは流行りの異世界転生ものみたいな現実逃避の手段ではない。どんなに生きづらい世の中だろうと、政治に希望が無かろうと。来世に救いを求めたりしない。ネバー・サレンダーだ。


 ビッグたち三人も、異世界での経験から再起のきっかけを掴んでほしい。イーノはそう強く願っている。すでに地球での、目先の雑事から離れている状況なのだから。


 今のP B Wプレイバイウェブ業界は、運営やゲームマスターの独裁がどれだけの害を及ぼしているか理解が進んでいない。PBWの源流となったテーブルトークRPGは、プレイヤーもマスターも関係無く卓を囲む全員が協力して物語を紡いでいく遊びだ。参加者間の合意さえあれば、ルールも設定も書き換えられる。

 その自由さが懐の深さになっているが、PBWでは運営の決めたルールと設定は絶対であり、ゲームマスターはプレイヤーと対話することなく独断でシナリオを進行させる。「トーク」の部分が抜け落ちているのだ。今残っているプレイヤーたちの多くも、運営やマスターに物申さず黙って従うのが普通と思い込んでいる。


 バルハリアでの経験が、M Pミリタリー・パレード社をまっとうな道に導く助けとなるのなら。イーノはユッフィーとして正体を隠したまま、あのうっかり者だが行動力のある男を支えるつもりだった。避けようとしても、無視しようとしてもそこにいるのだから仕方ない。

 欠点があるから強くなれる、迷いがあるから賢くなれる。イーノは映画のメッセージをADHDの自分自身と重ね合わせていた。


「おおっとっと!」


 リーフの試作したパワードスーツ姿のミハイルが、柔らかい新雪の上へ前のめりに倒れこむ。まだまだ調整不足なのだ。


「雪の上で良かったね、ミハイルさん」


 メルがドワーフ族の膂力でもって、ミハイルを助け起こす。


「てゆうか、一晩で動くのを作っちゃうなんて。リーフくんどんだけ天才なの」

「細かいことは私が全て覚えています。マニュアル代わりに何でも聞いて下さいね」


 モモの隣で、異世界テレビフリズスキャルヴが投影した映像のアウロラが一同を見守っている。


「怪我に泣かされるたび、不屈の闘志で立ち上がった。フィギュア選手としての現役時代を思い出すね。明日は雪上走行のテストをやってみよう」


 遺跡探索のベースキャンプを目指す強行ツアー組は、すでに大雪原を結構進んでいた。今は1日目の夕方だ。イグルーの作成も済んで、今回はかまどのある居間の他にきちんと、男女別に寝室を用意していた。


「これがぁ、北海道の名物ですかぁ?」

「ええ、スープカレーですの」


 エルルとユッフィーが、かまどの火で煮込み料理を作っている。氷都市で入手可能な肉や野菜とスパイスなどの食材で、スープカレーっぽいものの再現を試みたのだ。ビッグやクロノたち、地球に帰りたくても帰れない仲間へ故郷の味をというわけだ。

 作り方は地球にいる内にネットで調べ、寝床に入って氷都市へ来たら冒険者の必需品でもあるダッチオーブンや飯盒はんごう相当の携帯調理器具で実践する。ユッフィーは変なアレンジをせず、極力レシピ通りに料理する派なので失敗も少なかった。


「フタの上にも炭火を置いて、上下から熱したおかげで良く火が通ってますわ」


 エルルも、ふーふーしながら試食して煮え具合を確かめる。


「ユッフィーさぁん、いいお嫁さんになれますよぉ♪」

「エルル様、ありがとうございますの」


 二人が冗談を言い合っていると。


「…この匂いは」

「カレーかっ!?」


 早速、クロノとビッグが居間に入ってくる。


「みなさぁん、ご飯ですよぉ♪」


 エルルが食事どきの合図と決めている曲を竪琴ライアーで奏でると、外にいたミハイルたちも機体の調整を中断して戻ってくる。異神器使いの技術による模倣を解除すると、ミハイルはロボットアニメに良くあるパイロットスーツ姿のような装いだった。


「おっ、いい匂いだね!」

「ユッフィーちゃんとエルルちゃんで作ったの!?」

「男子のハートを掴むには、胃袋からなの♪」


 以前、クワンダたちと行った1回目とは違う展開に、目を丸くするメルとモモ。特にモモは、ユッフィーとエルルを交互に見ながらニヤニヤしていた。

 イーノファミリーの新入りクロノとは、特にユッフィーとエルルが親密だ。エルルは地球でアバターライズして観光を楽しみたいという想いから、地球人ほど夢魔法への適性がないのをクロノとのマンツーマンレッスンで補っているし。ユッフィーは記憶喪失のクロノを気にかけて、いろいろと回復のきっかけになりそうなことを試すなど良く世話を焼いていた。はたから見ればカップルかと思うくらい。

 

 ミハイルも食事を楽しみながら、クロノの加入で変化が訪れたイーノファミリーの面々を楽しげに見ている。


「どうされましたの?ミハイル様まで」

「いやいや、青春してるなぁって」


 自覚があるのか、ユッフィーが少し顔を赤くする。元はと言えば中の人そのままの冴えない姿では、勇者候補生を集めるのに支障が出るからと始めた女の子役だが。今は地球ではイーノ、バルハリアではユッフィーと別の人生を歩んでいるような気さえする。もう演技がどうこうというレベルでなく、素になりつつあるのだ。昔懐かしい人気漫画の、水をかぶると女の子になってしまう男主人公のように。


 男性であるイーノとしては、ハッキリ言わないけれどもいつも支えてくれるエルルが好きだ。でもユッフィーの姿でいるときは、女の子として男性を好きになってもおかしく無いのでは。それがエルルとも親しいクロノならなおさら…そんなことさえ、内心思っていた。もとより、イーノは老若男女演じ分けるのが得意なプレイヤーだ。


「ん、いただきます」


 クロノとビッグが、飯盒のフタを食器代わりにして。鍋からスープカレーをよそって、ご飯にかける。トヨアシハラ出身者の多いドーム都市まで足を運んで購入した米だ。氷都市は多数のドーム都市の集合体であり、ドームごとに異なる文化を再現していた。

 二人が黙々と、スープカレーもどきを食する。ユッフィーとエルルは、顔を見合わせつつも静かに見守る。


「わたくし…いえ、ドワーフ族は。竹を割ったような率直な感想を好みますわ。問題点の指摘があれば、次に活かせますもの」

「どぉですかぁ?ユッフィーさぁんの手料理」


 少しの間、沈黙が流れる。


「お前これ…」


 先に口を開いたのは、ビッグだった。


「辛すぎないか」

「そうですの?」


 同じようにユッフィーもスープをすくい、自分の皿にかけて飯と味わう。


「わたくしは、これくらいが好みですわ」


 中の人イーノもそうだが、ユッフィーは辛いものも甘いものも好きというタイプだった。花椒ホァジャオの効いた汁なしの担担麺を好むかと思えば、女子が好むようなスイーツも普通に食べる。


 ビッグは水筒に入ったミルクを飲んで、辛さを和らげていた。


「これがぁ、地球の味なんですねぇ♪」


 エルルも額に汗しながら、少しづつ辛さに慣れさせるように食べている。


「地球に帰れない俺たちを気遣ったか」

「ユッフィーさん、お気遣いありがとうございます」

「どういたしましてですの」


 ジュウゾウとポンタは、ユッフィーの意図に気づいていた。


「スープカレーかと言うと、スパイスの種類の関係で少し違う味だが…」


 ユッフィーのスープカレーを口にした後、クロノは少し思案して。


「氷都市風ってつければ、十分通るんじゃないか?」

「ありがとうございますの。次からは辛さ調節できるようにいたしましょう」


 さらなる改善のヒントと思わね提案を得て、ユッフィーがクロノに微笑む。親しい人から美味しいと言ってもらえるのも、単純にいいのだけど。それ以上に、職人気質の彼女にとっては改善につながるコメントの方が嬉しかった。


 一方その頃。


「暑いな…」

「ええ、おじさま。極光の天幕オーロラヴェールでも多少は暑さを軽減していますけど、寒さ対策として機能しているときより効率が落ちるみたいです」


 幻星獣ケルベルスが最深部で待つ、揺籃の星窟。そこは溶岩の流れる洞窟だった。周辺温度は危険なレベルに達しており、女神の加護や守護紋章無しではすぐ熱中症に陥るだろう。

 クワンダたちはまだ、この迷宮を徘徊する星獣との交戦に入っていない。それでもすでに、過酷な環境との戦いは始まっていた。


「水着を着てきてよかったね、ミキちゃん!」

「レティちゃんのおかげです」


 ミキとレティスは、水着コンテストで着ていた水着姿だ。水着で迷宮探索というのも、氷都市の冒険者にとっては十分現実的な選択肢になる。防御力なら女神の加護や身体に描いた守護紋章が発生させる防御障壁バリアで補えるし、この環境下で金属鎧など着ていられない。それこそ焼け死ぬ。


「心頭滅却すれば火もまた…とはいかんのう」


 アリサはいつものサラシ巻きに袴姿だが、ローゼンブルク遺跡でよりも。こちらの溶岩洞窟での探索の方が良く似合っていた。それでも肌に汗が流れる。


「幸い、星霊力は豊富にあります。冷却系の紋章があればいけそうです」


 リーフは水系の紋章が織り込まれた外套タバードをまとっている。クワンダも同様の装備を身につけていた。


「そろそろ、先へ進むか」


 クワンダが水筒から、一口水を飲むと立ち上がる。一行は休憩を終えると、洞窟の先へ向けて歩き出した。


 氷都市地下の初心者ダンジョン。


「くっ…!」


 強烈な一撃を盾で受け止め、ミカがじりじりと後方に押されていく。


「どうした!ボスの攻撃はこんなもんじゃないよ」


 その一撃を繰り出したマリスの姿は、いつもと異なっていた。肌には黒い紋様が浮かび、背中には影が実体化したようなコウモリの翼。先端がハート形の細い尻尾も生えている。頭からは、悪魔のような一対の巻き角が生えていた。


「これが、ダイモニオンの力!」


 オリヒメが十個の指輪から伸びる光の糸で人形を操りながら、マリスの本気に驚愕する。今は三対一で模擬戦の最中だ。歴戦のアウトロー、マリスの実力は実戦経験に乏しい三人を圧倒していた。


「マリりんなら大丈夫っすね?本気出しても!」


 ゾーラがゴーグルを操作すると、その目から破壊光線が放たれる。危険だからと今まで封印していた、ゴルゴン族由来の石化の邪眼だ。普段は雪や土を固めてブロックとするために使われている。


「ボクを誰だと思ってやがるっ!」


 マリスの影の翼が動いた。ミカと鍔迫り合い状態のまま、翼が黄金色に輝いて幾筋もの真紅の熱線を放った。ゾーラの目から放たれた光線と、マリスの翼から放たれた熱線が一点に集中して正面からぶつかり合い、光の爆発で皆の視界がホワイトアウトした。


「きゃっ!?」


 人形を操りマリスへ飛びかからせようとしていたオリヒメも含めて、三人がいっぺんに弾き飛ばされた。守護紋章のおかげで直接の負傷は無いが、流れ弾の熱線が紋章術で構築された迷宮の壁に大穴を開けていた。


「あ〜ごめん!やりすぎちゃった?」


 マリスが魔人化状態を解除する。今まで気を張っていたが、彼女にもどっと疲れがのしかかってきた。


「まだまだよ、マリスさん」


 ミカが不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。


「ミカっち、カッコイイっすよ!」

「私だって負けないわよ?」


 ゾーラもオリヒメも、思いの外元気そうだ。


「みんな、腕をあげたね。ボクの方が疲れてきちゃったよ…お風呂行かない?」

「いいわね、賛成よ」


 マリスは笑って、ミカとハイタッチした。


 イグルーで寝床に入り、地球に戻ったイーノがミカの中の人とチャットで話している。モモの中の人も一緒だ。


「そちらでは、そんなことがありましたか」

「王女も上手くやってるみたいね」


 ミカの中の人は、地球でもイーノをユッフィーとして扱っている。やたらに男性を嫌う言動が目立つのと関係あるのかどうか、分からないが。イーノもそんな性別不明なミカの中の人の言動を軽く受け流し、相手が何者であろうと分け隔てなく接している。余計な詮索をするつもりも無い。


「ミキちゃんたち、水着で溶岩洞窟を探索してるみたい」

「それはいいですね」


 ミカたちは公衆浴場へ行った時に、先行調査に出ていたミキやレティス、アリサと偶然女湯で会っていた。それで話を聞いたのだ。美女たちの実に絵になる場面を想像し、えっち漫画家であるモモの中の人が笑顔の顔文字付きで興味を示す。


「揺籃の星窟が、かなりの高温環境なら。ドワーフ族の地底への適応力が役立ちそうですね」


 思えば、ユッフィーと地底世界には奇妙な縁があった。もともと、PBW偽神戦争マキナの世界で設定だけ存在しながら、いつまでもシナリオ上でスポットライトの当たらない文字通りの日陰者だった地底世界。そのテコ入れのために考案されたキャラクターがユッフィーだった。そして、マキナの運営とマスター陣は地底世界を表舞台に出そうとするイーノのあらゆる努力を拒否した。同じことを考えるプレイヤーは他にもいたが、所詮は多勢に無勢だ。

 正確には、千人以上ものプレイヤーをたった数名の社員と人手の足りていないマスター陣で相手しようという無謀さと。運営上の余力の無さから、そうしたきめ細かな要望に対処できなかった結果であろうが。

 それでいて彼らは、自分たちの人力処理型RPGはあらゆる面においてゲームソフトのRPGを凌駕しているかのような、自信たっぷりの振る舞いをするのだから始末に負えない。明らかに現実を見ておらず、PBWの運営にのめり込むことでゲームの世界に逃避していた。


 これがテーブルトークRPGであれば、設定された世界の各所について少しずつ光が当たっていき、背景世界が拡大していくのが常だ。しかしMP社にそのようなバランス感覚は無かった。何しろ、一年先のことは分からないと公言するような運営だ。

 イーノもまた、運営側の提供するストーリーとシナリオの一切を拒絶し、自前のサービスであるベネチアンカーニバルSNSの開発に尽力していたが。技術力不足によりその目論見は中断され、今こうして運営側のビッグたちをも巻き込む形で地底への旅に向かおうとしている。何とも数奇な運命だ。


「ミカちゃんたちの修行は進んでいるようですわね。わたくしたちも遅れぬように、先を急ぎましょう」


 イーノがユッフィーの口調でチャットの発言を打ち込み、モモとミカの中の人へ呼びかける。イーノのアイコンも、ユッフィーの顔に設定されていた。


 地球ではその日の夜、バルハリアでは2日目。ユッフィーたちは犬ぞりを走らせて大雪原を西へ駆けていた。ビッグたちの犬ぞりと、マキナを再現したパワードスーツで雪原を駆けるミハイルも後からついてくる。


「イーヤッホーぅ!」


 モモとメルが、アウロラに分からないところを質問しながら調整を頑張った結果。ミハイルの機体は見違えるような滑り出しを見せていた。足には、武装具現化で作り出したスキーを装備している。フィギュアスケートと勝手は違うはずだが、その滑りには「凍土の皇帝」と呼ばれた現役時代の風格が感じられた。


「ビッグさんたちも、ソリを操るの上手だね!」

「我々は北海道民。犬ぞりくらい、たしなみのうちですよ」


 珍しく、ポンタが自信満々でメルに答えていた。手綱を握るビッグの姿もどこか、堂に入っている。今はメルがビッグたちのソリに同乗し、ユッフィーはクロノの膝の上に座る形で犬ぞりの手綱を握っていた。


「…追い越されていいのか?」


 クロノがユッフィーに問う。


「飛ばしますわよ?」

「ああ。やってやれ」


 そのまま、ユッフィーたちとビッグたちとミハイルで、三つ巴の競争が始まった。本来、ユッフィーの中の人イーノは、誰かと競うことを好まない性格だった。けれどこうしてユッフィーの姿でクロノに後ろからハグされていると、なぜだか不思議と安心感を覚える。まるで、欠けていたパズルのピースがぴったりハマったみたいな感じがして、自然と大胆な挑戦心が湧いてくる。それを、隣で見守るエルルも気付いていた。


 そのまま、雪原を駆けること一時間あまり。一行は氷河洞窟の入口へと到達する。わずかながらも氷河が動いており、前回の洞窟とは別のようだ。


「これだよ、これ!これが見たかったんだ」


 スキーの代わりに、靴底にスケーティング用のブレードを武装具現化したミハイルが、現役時代さながらのステップで氷の床を華麗に駆けていく。


「ミハイル様!あまり一人で先へ行かないでくださいませ!!」


 ユッフィーたちも靴底にブレードを武装具現化、ミハイルを追おうとする。しかし元オリンピック選手のミハイルに、素人たちが追いつけるはずもない。


「ああっと!?」


 無理をしたメルがたまらず転倒し尻餅をついて、ユッフィーを巻き込んで恥ずかしいポーズで絡まりながらミハイルの足元まで滑ってくる。するとミハイルは、まるで白馬の王子様のような所作で二人の前に片膝をついて。


「お怪我はありませんか、お嬢さん方」

「ええ…大丈夫ですの」

「あはは…やっちゃった」


 後から来た、エルルとモモは。二人の様子に思わず吹き出してしまう。


「メルちゃあんにユッフィーちゃあん、きゃわいいですぅ♪」

「ホント、小さなおてんば姉妹みたいなの」


 ユッフィーとメルがアバターボディで再現しているのは、子供ドワーフ族だ。この種族は、成人しても少年少女の姿のまま。偽神戦争マキナの世界では、いろいろなRPGに類似の種族がいるけど版権の都合で名前がバラバラな小人族のポジションも兼ねているのだろう。後から来たクロノやビッグたちも笑っていた。


 同じ頃、揺籃の星窟では。


「…数が多いか!」


 クワンダたち五人が星獣の群れに囲まれている。もうすでに何体も倒しているが、後から後から湧いて来ていた。すでにアウロラを通じてマリスに救援要請を送っている。女神と巫女の絆を通信回線に利用した、タブレットを通じたアウロラからの情報支援はここでも大いに有効だった。


「もうお気付きかと思いますが…」

「霧散した星霊力が再凝結し、倒した星獣が復活している…ですね?」

「ええ、その通りです」


 アウロラが言わんとしていることは。目の前の光景を見れば、リーフたちには一目瞭然だった。先ほど倒した猪の星獣、鹿の星獣、蝶の星獣がそれぞれ瞬く間に再構築されてゆく。


「でも、庭師ガーデナーほどの脅威じゃないなら!レティちゃんだって!!」


 アニメイテッドのように、見えない糸を見極めて切る必要が無いなら。レティスが光の矢を弓につがえ、天井に向かって撃ち放つ。


「アローレインっ!」


 エネルギーの矢は洞窟の天井に当たって砕け、無数の破片が跳弾のように周囲の敵へと降り注ぐ。それに貫かれた大小さまざまな姿の星獣たちが、たまらず次々と霧散していく。一見して乱射のようにも見えるが、味方に当てることなくきちんと敵だけをドーナツ状に掃討できているあたり。レティスの技量は百万の勇者ミリオンズブレイブを名乗って恥ずかしくないものだった。


「間合いが開いた。火力を一点に集中し、突破口を開くぞ!」

「急がねば、復活は時間の問題じゃ」


 クワンダが戦況を見極め、即時の撤退を決断する。アリサも同意見だった。


「今度はわたしが…戦いの芸術アーツ!」


 ミキが靴底の紋章を起動させ、氷のブレードを形成して岩肌を滑走する。さらに両手に氷の拳突剣ジャマダハルを形成して縦横無尽に振るい、狼の星獣たちを両断して退却路を切り開く。どこでも自在に滑る修練を長く積んできたミキは、地球のフィギュアスケーターと比較しても極めて悪路に強かった。


「お待たせ!ダイモニックレイ!!」


 五人をぐるりと囲む円陣の外側から、マリスの声と共に真紅の熱線が多数飛来した。ミキたちの行く手を阻む火の鳥の星獣たちを多数霧散させ、包囲に穴を開ける。


「マリスさん!」


 リーフが増援に喜びの声をあげると。


「受けなさい!」


 突如、日本の伝統芸能・能の演目「土蜘蛛」のように、大量の蜘蛛の糸が蟻の星獣たちを絡め取る。倒すのではなく拘束しているのだから、復活されることも無い。この状況では的確なサポートと呼べた。


「オリヒメさん!?」


 ミキが驚きの声をあげる。救援要請をしたのはベテランのマリスに対してで、他の予備役冒険者まで来るとは思ってなかったからだ。


「こいつをくらいな!ゴルゴンドレッド!!」


 続いて、灰白色の光線が上方から敵陣を薙ぎ払う。光に当たった馬の星獣たちが驚いて上体を反らせ、そのまま躍動感あふれる彫像と化した。見ると、光翼を展開したミカがゾーラを抱えて、洞窟の天井近くに浮遊している。


「お、お前ら!?」


 クワンダにも予想外の事態だった。選抜試験を経ないまま、勇者候補生や予備役冒険者を揺籃の星窟へ入れる気は無かったからだ。


「どうかな?みんな、頼もしいでしょ♪」


 マリスが先行調査班の五人に笑いかける。ちなみに、マリスたち四人は全員水着姿だった。


「少し見ない間に、だいぶ腕を上げたようじゃの」

殿しんがりは私が。この『笑顔のアイギス』で守ってみせるわ」


 ミカが、アリサに自分の盾を示す。そこにはゾーラの、ゴーグルを外したゴルゴン族としての素顔が描かれていた。


「魔除けのメドゥーサじゃな。しかも、不敵に笑っておるわ」


 その手のアイテムに詳しいアリサが感心する。一緒に訓練に励むうち、ミカとゾーラ、オリヒメたちの間にはこんな贈り物をされるほどの友情が芽生えたようだ。

 四人の的確な撤退支援もあって、先行調査班は一人も欠ける事無く無事に氷都市へ帰還することができた。


 氷河洞窟をミハイルの指南したスケーティングで迅速に駆け抜けた一行は、出口付近で一泊した翌朝。3日目の正午頃には遺跡探索のベースキャンプに到達していた。


「ここから坑道の奥へ降りれば、氷都市へ直通の転移紋章陣がありますわ」

「だいぶ早く来れたの」


 ここへ来るまでに、メルとモモは二人で協力してミハイルの機体の調整をほぼ終えていた。アウロラを中継して、どうしても分からない部分はリーフに質問できたからだ。初心者エンジニアは、いつでも熟練者に質問できる環境こそが上達の近道。逆にイーノが地球でベネカSNSをなかなか完成させられない理由も、そこにあった。


「そういえば、あたしたちが働いてた星霊石の採掘場もここの地下にあるんだよ!」

「採掘場自体は、遺跡が廃墟となる以前から使われている歴史の古いものですわ」

「途中にワープポイントがあったのは、そのせいか」


 ビッグがRPG感覚で、転移紋章陣のことをそう呼んだ。すると不意に疑問が浮かんでくる。


「採掘場行きのは、面倒なことしなくても最初から使えたよな?こっちは何でわざわざ歩いて来させるんだか。わざと旧式のを使ってるのか?」

「転移で行き来できなかった時代の、先人の労苦を追体験してもらうためと聞いておりますが…あるいは、立ち入り資格の無い者がうっかり遺跡に迷い込むのを防ぐセキュリティの一環でしょうか。採掘場からベースキャンプへも、通行止めですの」


 ユッフィーの説明に、ビッグは複雑な表情を見せていた。氷都市に来て以来、確かに道化に追われるような危険は無くなった。しかし彼は氷都市の管理社会ぶりにどこか居心地の悪さ、性に合わなさを感じているのかもしれない。問題児対応の達人クシナダに頭が上がらなくて、反抗期の子供みたいな悶々とした思いでいたりして。


「ここを超えれば、ローゼンブルク遺跡。女神の加護無しで迂闊に立ち入れば、たちまち永久に溶けない氷漬けとなって、アニメイテッドの仲間入りですの」


 氷都市側で設置した、最終セキュリティゲートの前に立ってユッフィーがガイドする。アウロラの巫女同伴で、なおかつ転移紋章石を持っていなければ扉が開かない仕組みだ。


「かなり厳重だな」


 まるで原発事故の立入禁止区域だと、クロノがつぶやけば。


「地球人にとって、それ以上に的確なたとえは無いだろうね」


 ここはバルハリアのチェルノブイリで、フクシマだよと。ミハイルが付け加える。


「呪いが怖くて、先に進めるかってんだ。一旦戻ったら、このメンバーで試しにアニメイテッドと戦ってみるか?」


 恐れを知らないビッグが、一同に提案する。ユッフィーは、エルルとミハイルを交互に見て。お互いにうなずき合った後。


「では、戻ってクシナダ様と相談いたしましょう。どの道、遺跡に入って巨像を討伐しなければなりませんし」


 ユッフィーたちが氷都市への転移紋章陣に入り、認証完了の音声メッセージと共にすぐに姿が消える。磨き上げた技と紡いだ絆が試される時は、間近に迫っていた。

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