第23話 イーノとミハイル

「えーっ、グラサン大佐!?」


 PBWプレイバイウェブを長年やってると。いつもはネット上でしか交流の無い、プレイヤーさんの素顔が実は意外な人だった、ということが結構ある。

 それが明らかになるのは、たいていはオフ会なのだが。


 ここは一体、どこなんだろう。


「やあ、イーノだね?『偽神戦争マキナ』で、ダグラス・サンダースのプレイヤーをやってる…ミハイルだよ」


 略して、グラサン。どこぞのロボットアニメのエースパイロットみたいだが。


「先日話した通り、君に会いたいって人がいてね」


 私の目の前にいるのは、どう見てもテレビで見たことのある超・有名人。

 伝説のフィギュア選手、ミハイルその人だ。オフ会なんかに出てきたら騒ぎになるから、今まで素性を隠していたんだろう。


 SNSはまさに、現代の仮面舞踏会。


 若い人になると、複数のアカウント使い分けは当たり前。

 学校の友達とは、気まずくならないように空気を読んで無難に付き合うけど。趣味の友達なら、利害関係が無いから素の自分を出せるのだとか。

 学生のうちからそんな気遣いをしなければならないなんて、窮屈な世の中になったものだ。


 私は、裏表の少ない性格だと思っている。いつでも本音で、自然体。

 おかげで、性質の合わない人とはあまり付き合わないで済み。合う人とは仲良くなれる。

 世渡りは上手と言えないかもしれないが、表面だけ取り繕うつもりも無い。


「はじめまして、イーノさん。アウロラと申します」

「どうも。イーノはあだ名で、本名は伊納 篤敬いのう あつたかっていいます」

 

 あれ、ミハイルさんの隣にいるこの人は。

 極光オーロラのごとき色彩の明かりを背にした、逆光で素顔の分からないシルエット…。


「あーっ、女神様!?」


 自分が書いた小説の描写、そのままじゃないか。

 ということは、ここは氷都市で。

 あたりを見回すと…そう、クワンダが帰還後に報告をした神殿と同じだ。


「今でこそ、人々に『バルハリアの主神』と祭り上げられていますけど」


 そこで、一度言葉を切るアウロラ。


「本当は、古き神々の中でも末席の…神殿も無く、仕える巫女さえいなかった下級神。わたくしのことは、異世界テレビフリズスキャルヴのオペレーターとでも思ってください」


 とても、謙虚な女神様。

 怒らせるとすぐ、人間に呪いをかけたりするギリシャ神話のそれとは大違いだ。


「他の神様は?」

「地上が『大いなる冬フィンブルヴィンテル』に閉ざされたとき。この世界を見捨て、いずこかへ去りました」


 そんな、薄情な。


「ほら、みんなが慕うのもわかるだろ?」


 私の驚いた顔を見て、ミハイルが微笑みながら得意げに言った。

 ひとりだけ、この世界に残るとは…健気な女神様だ。


「ぼくは、ミキちゃんのコーチになってほしいってことで女神様に呼ばれてね。ふときみの小説の話をしたら、たいそう興味を持ったみたいで」

「あの夢…本当にあったことなんですね」


 となると。映画気分では済まされまい。


「見てるだけで何もできず…すみません」

「いえいえ、お気になさらず。それよりも…」


 それよりも、何だろうか。


「イーノさんさえ良ければ、私の二百五十五番目の夫になりませんか?」


 今、何と言ったのか。


「あなたのように、夢渡りドリームウォーカー状態でローゼンブルク遺跡に入れる方は…とても貴重なのです。相応の待遇をお約束しますので、どうかお力をお貸しください」


 正直、何と言って良いものか。

 確かクワンダは、九十一番目の夫だった。いったい何人だんなさんがいるんだろう、この女神様。


「顔の無いこの姿は、仮のものです。わたくしには『本体』と呼べる身体が無いので、いつもは皆様の好みに応じて化身アバターボディを使い分けています」


 古今東西の神話や伝説では。神や仏は様々な姿に化身して、人前に現れるが。

 彼女は、それを勇者様の接待に使っているんだろうか。


 自分の理想の姿に変われる女神様からの、突然のプロポーズ。

 これが漫画とかの話だったら、男として魅力的なのだろうけど…。

 私は、そこで黙り込んでしまう。


「まあ、初対面でいきなりだと…困るだろうね。ぼくも誘われたけど、地球には妻と子供がいるから」


 丁重にご遠慮申し上げたよ、と苦笑するミハイル。


「昔はともかく。現代の日本は、一夫一妻制なもので。まずは、お互いを知ることからはじめましょう」

「ええ」


 異世界テレビを通じて、現代地球の常識を知っているせいか。

 話の通じる相手でよかった。


「私にも、小説を書く間に浮かんできた、私なりの考えがあります。この続きを書くためにも。ぜひ協力させてください」


 誰かに頼まれて、じゃなく。

 自分には、やりたいことがあった。これは、それを形にする絶好のチャンス。


「ありがとうございます!お力添えに感謝いたします」


 表情は分からないが、声の調子が嬉しそうだ。


「勇者の落日をきっかけに、氷都市は熟練冒険者の人手不足に追い込まれました。この難局を乗り切るべく、あなたの考えをお聞かせください」


 私もミハイルも、勇者の落日のあらましは知っている。

 この問題に、私の出した答えは。


「地球から見込みのある人を招き、夜寝てる間だけ『勇者候補生』になってもらうのはどうでしょう」

「いいね、それ!地球人は、RPGやeスポーツで冒険者としての素養を磨いている。彼らの潜在能力は、あなどれないよ」


 ミハイルも、わくわくしているようで。


「冒険者にも、アバターボディの使用を解禁するんでしたね。もし、RPGで使ってるお気に入りのキャラに変身してなりきれるなら…楽しくなりそうですよ!」

 

 つい、言葉に熱が入る。


「粘り強く、評議会を説得したかいがありました。では、見せてください…地球人の冒険者魂を」





 

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