プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆✨Inning2✨

田村優覬

二回表◇心の扉を開く、勇気の合鍵―地獄の合宿編◆

ハイライトッ!!◇一回裏、笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆

実況解説者―舞園梓「今日ココから、みんなと共に、再開しよう!」

みんな、こんにちは。

お久しぶりだね。また来てくれて、ありがと。


今回実況担当の、舞園まいぞのあずさです。


ウチらの物語――Inning2が、今日からいよいよスタート。


早速、って言いたいところなんだけど……。

まずは、これまでのあらすじを復習していきたいと思うんだ。

まだ見てない人でも楽しめるように。

また忘れちゃった人でも思い出せるように。

ウチが紹介するね。少しばかり付き合ってもらえると、助かる。


じゃあ、いこう!


プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆

一回裏◇始まる伝統の一戦。乗り越えろ恐怖の一線―vs筑海高校編◆


ハイライトッ!!


……よし、出だしは問題ない。



九球目◇繰り返される、対戦相手◆



梓「ウチは、入部はいらないですよ……」

移動教室で一人歩いていたウチ。笹二ソフト部勧誘ポスターの前で、月島つきしま叶恵かなえの担任――如月きさらぎ彩音あやね先生にそう言ったんだ。

現に、叶恵はウチと同じ左投手のポジション。

ソフト部員だって、出場可能選手が九人と出揃っていた。

なによりも……。


梓『やっぱり無理だよ……。復帰しても、復活できるとは限らないんだから……』


それがこのときの本音。六年前の悲劇に恐れ、ただ逃げることしか考えていなかったんだ。


一方の笹二ソフト部では、先日主将に任命された親友――清水しみず夏蓮かれんを始め、大きな緊張が走っていた。創部初の練習試合――その相手は、田村たむら信次しんじ先生の口からおおやけさらされる。


信次「筑海つくみ高校だよ! 去年、月島のソフト部が戦った相手さ」


県立筑海高等学校。毎年県内上位に入ってくる、名門校としても名高いチームだ。

どうやら、夏蓮のおじいちゃんでもある清水しみずしげる校長先生が仲介してくれたんだって。相手の監督――宇都木うつぎ歌鋭子かえこ先生とは親しい関係でもあって、実現可能になったんだ。


決して相手に不足はない……けど、初陣ういじんへの賛否両論はあったはずなんだ。

特に、叶恵の心に。


夏蓮『――だって筑海高校は、去年叶恵ちゃんが創った笹二ソフト部を、惨敗させた強敵だもん……』


それでも、対戦相手は繰り返されることになったんだ。



十球目◇梓の壁―ソフトボールへの責務◆



筑海高校との練習試合前日。

その晩にウチは、一人黙々と投げ込み練習をしていたんだ。

別に、ソフト部に入るためにやっていた訳じゃない。一種の暇潰しとしてやっていたまでなんだ。

だって、引退した六年前から続けても、このざまだし……。


梓『やっぱりダメか……もうウチには、できないんだ……』


壁に描かれたストライクゾーンには、ほとんど入らない。思い通りに、コントロールできていなかった。


それも全ては、小学五年生――笹浦スターガールズ時代のとき。六年前の悲劇が、トラウマになってしまったからなんだ。


梓『たなごころに、太陽きぼうの光を……。ウチなら、みんながいるから、できる!』


その日までは、県内でも優秀だった篠原しのはら柚月ゆづきが捕手を全うしていた。


柚月「ねぇ梓? やろう、ホッとココア」

梓「あ、あぁ……」


投手のウチと柚月で“AZUKIアズキコンビ”とも呼ばれ、五年生ながらバッテリーを任されていたんだ。

バックには、ファーストの中島なかじまえみ

現在では筑海高校の次期主将候補でもある、セカンドの花咲はなさき穂乃ほの

また、スタガの主将だった、ショートの泉田いずみだ涼子りょうこ先輩。

残念ながらベンチだけど、必死に応援を繰り返す夏蓮も含め、頼もしい仲間たちの前で躍動できたんだ。

ちなみに、当時のスターガールズ監督は夏蓮のおじいちゃんってことも、是非忘れないでほしい。


全国大会の準決勝。

試合ゲームは二対一と、ウチらスタガがリード。

あとアウト一つで、決勝に駒が進む。


だけど……。


――ガンッ!!


梓「柚月!? ねぇ柚月ってばァァ!!」

一つ目の悲劇――それは、ダイビングキャッチをこころみた柚月の、壁への激突。

結果的には、ウチらが勝利を掴めたんだけど……。


柚月「中心性ちゅうしんせい脊髄せきずい 損傷そんしょうだって……」


代償の方が大きかった。

大怪我を負った柚月はドクターストップを掛けられてしまい、身動きもままならず、当時は車椅子生活を強いられたんだ。

それが、柚月がソフトボールを辞めた理由。

中心性ちゅうしんせい脊髄せきずい 損傷そんしょうに至った悲劇なんだ。

バッテリーを組んでいたウチとしては、ホントにショックだった。彼女が親友であることも影響して、とても悲しくて、とても悔しかったんだ。


梓『もっと強くならなきゃ! 柚月みたいな怪我人を、生まないためにも!』


あのときウチが三振を取っていれば、柚月が怪我することはなかった。

そう考えることしかできなかったウチは、残された投手として猛練習を続けたんだ。できるだけの責任を果たそうと。


梓『――本物の切り札エースにッ!!』


余裕なんてなかった。むしろ追い込まれていたって、今ではわかる。


その結果、第二の悲劇――ウチのトラウマが始まる……。


――バリ゛リリィィィィッ!!


梓『――頭部への、デッドボール……』


ウチが投じた全力ストレートが、相手左打者のヘルメットを破砕はさい。飛び散った破片のせいで、流血にまで至らせてしまった。

怪我人が再び、ウチの視野をおおう。着けたグローブを落としてしまうくらいに、茫然としていたんだ。


梓『――また、ウチのせいだッ……』


もうこれ以上、誰も傷つけたくない。

ウチは周囲にそう告げ、ソフトボールを引退することにした。


切り札エースどころか、あってはいけない捨て札ジョーカーになってしまったんだから。

六年が経ってもなお進めないウチは今夜も、乗り越えられない大きな壁から去ろうとした。


でも……。


信次「舞園ォォォォオオ゛!!」


ウチにも試合用ユニフォームを届けにきた、田村先生が目の前に現れたんだ。ウチの父さんと母さん――舞園まいぞの勝弓まさゆみ舞園まいぞの瑞季みずきに、六年前の悲劇を知らされて。


信次「やりたいならやりたいで、いいんじゃないかな? みんな舞園のことを待ってるんだよ?」


梓「……だったらまず、ウチのボールを見てから、部に相応ふさわしいか判断してください……」


なかなか引き下がらない田村先生を打者にし、ウチは投球を見せることにした。もちろんストライクゾーンから大きく逸れた、自慢の全力ストレートを。


梓「これでわかりましたよね? ウチがソフトボールをやりたくない理由……いや、できない理由を……」


投球恐怖症イップスの現状を知ってもらえれば、さすがの田村先生も諦めると思った。一応援者としてとどめれくれるって……。


信次「さぁどうした? カウントはまだワンボール! 一打席目は、まだまだこれからでしょ?」


それでも先生は、ウチのために立ち続けたんだ。諦めさせないために、何度も打席で構えてくれた。


たゆまぬ先生からの声援。

いや、決して応援だけじゃない。

ソフトボール部監督者として、また現代文担当教諭のとして、温かい言葉まで。


信次「――だから頼っていいんだよ? 舞園だって、人なんだから」


屈折寸前なウチの心へ訴える、熱き鼓舞こぶ台詞ぜりふも。


信次「――だからこそ、乗り越えられない壁なら、ブチ抜いてやればいいんだよ!! 君の熱い魂が籠ったストレートなら、絶対にできるから!!」


そして、次なる一球は……。


梓「は、入ってる……」

信次「……ヨッシャー!! 入った入ったァ!! 入ったよ舞園!! やったよォォ!!」



先生のおかげで、六年ぶりにストライクを放つことができたんだ。ど真ん中、正真正銘なストライクを、全力ストレートで。


梓「グズッ……ありがと、先生ィ……」

信次「舞園……ボクは立ってただけで、何もしてないよ。舞園自身が、撃ちひらいたんだよ?」


柚月がデザインしたユニフォームも受け取り、明日の集合時間も知った。

ウチはついに、笹二ソフト部に入ることを決めたんだ。帰宅して早速袖を通したいと思うほど、入部が楽しみになった。


背番号十一を、見るまでは……。


梓『――あの左バッターと、同じ背番号だ……』


大きな壁を撃ち破るも、恐怖の一線が残骸として顕在だった。



十一球目◇伝統の一戦、開幕ッ!!◆



夏蓮『梓ちゃん……今、どうしてるんだろう……?』

練習試合当日を迎えた、笹浦総合公園ソフトボール場。

夏蓮を始め咲や柚月、そして全ての部員たちも、ウチを待っていたんだけど。


咲「せっかく梓のために、キャッチングの練習したのに……」


柚月「やっぱ、背番号が原因かしら……?」


夏蓮「梓ちゃん……せっかく、持ってきたのに……」


ウチは行かなかったんだ。また怪我をさせるかもしれないという恐怖に襲われ、進む勇気を抱けなかった。


夏蓮「あ、穂乃ちゃんだ……」


穂乃「笹浦二高さんに脱帽!! お願いしますッ!!」


期待を裏切る一方で、試合開始時間は刻々と迫っていた。

宇都木歌鋭子監督率いる筑海高校女子ソフトボール部が参上し、夏蓮たちは元チームメイトの穂乃と、対戦者として再会を果たしたんだ。


歌鋭子『――さぁ、始めようじゃないか。情け容赦ようしゃ無しの、伝統の一戦を!』


穂乃『揺らいじゃダメ。今は試合なんだから……変えなきゃ、変わらなきゃ! 本物になるために!!』


さすがの威厳ある名門らしさには、笹二の部員たちも少し萎縮いしゅくしていたみたい。だけど開始間際、みんなの元に応援者がつのる。


夏蓮「――お、おじいちゃん!? そ、それに涼子りょうこ先輩までェ!!」

信次「――き、如月きさらぎ先生!! ……てか、慶助けいすけも来たの!?」


秀「やぁ。みんなの試合が楽しみで、観に来てしまったよぉ。みんな、ガンバってねぇ」

今回の練習試合を実現させた、夏蓮のおじいちゃん兼スターガールズ元監督――清水秀校長先生。


涼子「先輩をイジるな、加虐かぎゃく的後輩。それに咲! また“ちゃん”付けじゃないの、まったく~……ッフフ!」

またウチらが五年生だった当時に主将を務め、今でも協力的な先輩――泉田涼子先輩。


彩音「もぉ~! 月島さんも“ちゃん”付け禁止でしょ!? しかもタメ口になってる!」

それからウチに入部の声を送った、部外社ながらも叶恵の担任――如月彩音先生。


慶助「クゥ……早く帰りてぇ……。今夜だってシフト入ってんのによ~……」

しかも田村先生の知り合いで、ユニフォームなどの用具を配送してきたフリーター――大和田おおわだ慶助けいすけさん。


……まぁ色んな意見があったけど、四人のおかげで、みんなの強張っていた肩がほぐれたみたい。


夏蓮「みんないくよォ!!」


――「「「「オオォォォォオ!!!!」」」」――


両チームの集合挨拶が交わされ、互いのボルテージも急上昇。

いよいよ、試合が始まった。

まだウチがいない、笹浦二高女子ソフトボール部として。



十二球目◇それぞれの想いたち◆



一回の攻防は、叶恵の投打躍動によって通され、一対零と笹二のリード。試合ゲーム展開的には、紛れもなく上々だ。

訪れた四人の応援者が姿を消した中でも、みんなはそれぞれの想い胸に奮闘していた。


唯「へへっ! ~」


そして二回表――先攻の笹二ソフト部は、五番の牛島うしじまゆいから再開。六七番は星川ほしかわ美鈴みすず植本うえもときららに繋がる、未経験者思わせない強気打線だった。

けど……。


唯『――美鈴も知らねぇもんな……愛華あいかの、ことは……』


美鈴『――バッド先端ヘッドが、下がっちゃったんだ……。いつも注意されてることなのに、忘れてたぁ~……』


きらら「ニャハハ~!! 当たる気がしないにゃあ!!」


残念ながら三者凡退……てか、きららはホントにヤル気あったのかな?

ただ、三振した唯によぎった、“愛華あいか”という名前……実は、Inning2の中で重要人物の一人なんだ。

どうか、覚えておいてほしい。


攻守交代になれば、バッテリーの叶恵と咲。


咲『――月島さんは、どんな気持ちでいるんだろ……?』


叶恵「今は……ピッチャーは、アタシ一人だけ。それに、去年のこともあるから……」


確かに、筑海の打線を沈黙させていた。でも、二人の呼吸はなかなか合ってなかったみたい。

マネージャーとして、ベンチから見守る柚月。また去年戦った宇都木監督にも、叶恵は注目と想いを集めていたんだ。


柚月『信じてるよ、月島さん! 試合は、勝つためにあるんだから!』


歌鋭子『――だが今は良くても、後々痛い目見るのは自分だぞ……? 、な……』


初回から飛ばしすぎに見える叶恵。攻守共々、手荒さが際立っていたんだ。

けど、他の部員たちも次第に活躍を見せていく。


菫「やった! 初ヒット!!」


三回表。

一年生の東條とうじょうすみれ菱川ひしかわりんの仲良しコンビが、連続出塁。


メイ「皆さ~ん!! やりマシタよ~!!」


同じく一年生のMayメイ・C・Alphardアルファードが、再度のタイムリーヒット。ホントに、一年生は優秀だね。


夏蓮『スゴい……わたしたち、勝ってるんだ……。三点もリードした状態で』


三回表にも追加点を得た、笹二ソフト部。

チーム全体の雰囲気も快活に溢れて、個々の笑顔が多くなっていた。

たった一人、叶恵だけを除いて。


夏蓮「――勝たなきゃいけない理由……。叶恵ちゃんはこの試合、どんな気持ちで参加してるんだろう……?」


創設して間もない部だからなのか、チーム内の明暗が酷にも顕在だった。


その頃、ウチは未だに家で一人こもっていたんだ。


梓『ゴメン、みんな……。それに、先生も……』


誘ってもらえたにも関わらず、向かう勇気が湧かなかったんだ。いくらイップスがあるとはいえ、ホントに薄情だったと思う。

今日もまた、何もない無味無臭の生活を過ごすんだろって思ってた。結局何も変わらない、高校二年の日曜日を……。


そのはずだった。


――ピーンポーン……。


慶助「お嬢ちゃん、ちょっと来てもらいたいんだ。うちのボスが、是非ともお嬢ちゃんに会いたいんだとよ?」


彩音「さて、時間もないから、さっさと行きましょっか?」


涼子「――行くのよ、ソフトボール場! みんな、梓のこと待ってるからっ!」


梓「ちょっ! ンナァ~!!」



……いやぁ~怖かった。

如月先生と涼子先輩に手足を掴まれたウチは、車に強制送還された。夏蓮のおじいちゃんも乗った“虹色スポーツ”車に運ばれ、心の準備も整わぬまま四人と出発してしまうんだ。



十三球目◆負けたくない訳――invisible jewels◇



作者いわく、ここだけ◆◇の記号が逆になってるのは、相手パートメインだからなんだって。得意のミスではないらしい。


叶恵『――アタシたちが、に、ならないために……この試合は、勝たなきゃいけないのッ!!』


試合折り返し地点。

笹二がリードする中でも、叶恵に油断の二文字は無かった。チーム内たった一人だけ、“勝たなきゃいけない理由”を秘めて。

そんな叶恵にも過去がある一方で、筑海ソフト部にも同じように物語がある。


それがこの三人。

弱気な速球派先発投手――呉沼くれぬま葦枝よしえ

主砲としても名高い捕手――錦戸にしきど嶺里みのり

控え選手兼マネージャー――梟崎ふくろうざき雪菜せつな


葦枝『合言葉は、“サンブンコ”……だよね』


今から三年前の、中学二年生当時。

関西から引っ越してきた葦枝は、決して華やかなスタートを切れなかったらしい。転校理由は“父親の転勤”が名目だったみたいだけど、実際はとてもデリケートな内容だったんだ。


葦枝『――引きこもってばっかで、不登校だったから……』


場所を変え、自分自身も変えたいと願って、茨城県に住むことにしたんだって。

でも……。


葦枝『――もう……学校行きたくない……グズッ……』


再び悪い流れが、彼女を飲み込もうとしていた。登校回数も徐々に減り、また不登校へ逆戻りを垣間見える。


そこで葦枝に手を差し伸べたのが、他クラスだったこの二人。


嶺里「……明日さ、三人で登校しようよ!」


雪菜「……フフ、そうねぇ。運命……かもしれないわね」


幼馴染み関係の嶺里と雪菜に、葦枝は初めて知り合った。

最初は会話が弾まない日々だった。けど、三人の絆が次第に深まっていく。


ある日には、米農家を営む嶺里の家をいっしょに手伝ったり。


嶺里「――葦枝だって、大切な一粒だから。あたしらにとっても、この世界にとっても、無駄なんかじゃないから」


ときには、成績優秀な雪菜が開いた勉強会に参加したり。


雪菜「……フフ。言ったでしょ? これからも三人で、たくさん思い出作ろって」


陰鬱だった葦枝にも陽が射し、やがて三人で筑海高校に入学した。今まで抱けなかった、確かな勇気も握って。


葦枝「――ぅちもやる! ぅちもソフトボール部、入るよっ!」


素敵な友情だよね。ウチらとはまた違った過程だけど、つい応援したくなる。


でも、現在は笹二との対戦中。

五対一のリードされている状況とはいえ、併殺ダブルプレーでピンチを乗り越えた筑海高校。グランドの空気そのものが、味方しているようだった。


歌鋭子「やればできるじゃないか、お前たち。さぁて! ここから反撃といこうじゃないか。打順は一番の花咲から……筑海の実力、今のお前たちで見せてやれ!!」


主将候補の穂乃を中心に円陣を組み、名門たる反撃の狼煙のろしを挙げ始める。


穂乃「初心忘るルべからず!! いくぞォォォォ!!」

――「「「「オ゛オォォォォォォォォオオ゛ッ!!」」」」――



十四球目◇あの日の忘れ物――Ace to Joker◆



ウチなりの激熱回。試合はいよいよ終盤。

リードを四点と広げてきた笹二ソフト部には、初勝利が近づいていた。

だけど……。


夏蓮『――この試合初めての四球フォアボールだ。ストレートの、しかも先頭バッターに……』


叶恵『どうしたのよ? アタシの足腰……さっきまで、何ともなかったじゃない!?』


ここまで走攻守で躍動してきた叶恵にも、スタミナの限界が訪れていた。無理もないよ。投球数は既に九十を超えてるし、正直クタクタなはずだ。

でも、笹二には控え選手がいない。叶恵は持ち前の気合いで乗り越えようと、四番打者の嶺里に必死に投げ向かったんだけど。


叶恵『――満塁、ホームラン……これで、同点……』


夏蓮『ダメだ! 叶恵ちゃんを、少し休ませてあげなきゃ!』


五対五の振りだしに戻った展開。そこで夏蓮はタイムを掛け、叶恵に僅かな休息を与えようとしたんだ。

ただこれが、チームに亀裂を走らせてしまう。


叶恵「――こんな寄せ集めの素人たち、それにブランク持ちの経験者を信じろだなんて……無理に決まってんじゃない」


唯「おいテメェ!! 今のどういう意味だよッ!?」


咲「――っ! ご、ゴメン……」


夏蓮「叶恵ちゃん……」


美鈴「唯先輩はもちろん! それに清水先輩や中島先輩にだって! 同い年だからって何でも言っていい訳じゃないっす!!」


一致団結どころか、空気を底まで悪くした叶恵。確かに言い過ぎだけど、それほどまで極限状態だったんだ。

主将の夏蓮でもお手上げな騒然状態……そんなとき、田村先生自ら叶恵へ歩み進む。野球のマウンドとは違い平坦で、守備人と目線を揃えられるピッチャーズサークルへ。


信次「――“心を一つにしやすいスポーツ”だと、意味してる気がするんだ。ピッチャーズサークルのように、中心に投手を置いて、一人一人が繋がって囲むように……」


叶恵『――独り善がりな勝利よりも、仲間たちと繋がる絆こそ、最高の価値かちだったんだ……』


先生の言葉には、さすがの叶恵も気づけたみたい。

激情した唯たちも落ち着き、余力が生まれた叶恵は再び放り始める。信頼の証もおおやけにさせて。


叶恵「――信じて投げるわ、咲!」


咲「――っ! ……うん!! 叶恵!!」


初めて呼び合った、互いの名前。それは叶恵を中心に広がり、まだ全員がそうじゃないけど、新たな絆が生まれていく。


叶恵『初めてだった……あんなに楽しく、投げられたのは……。あんなに信じてくれる、仲間たちは……』


何とか勝ち越しを阻止し、試合はついに最終回へ。


ただ、ウチはまだグランドにいない。


梓『やっぱり、行きたくない……』


車内のウチは、応援者四人に囲まれながら近づいていた。でも、参加の意志が固まらず、下を向いてばかり。

切り札エースから捨て札ジョーカーに変貌したウチが入部しても、手間を掛けさせるに違いないと思ってた。

でも……。


慶助「――やり直すってことよりも、まずは立ち上がることを考えなきゃいけねぇんじゃねぇか……?」


田村先生の心情も公にさせた、大和田慶助さん。


秀「そのユニフォームはねぇ、柚月ちゃんが、梓ちゃんをモデルにして作ったんだよぉ。青色が好きな梓ちゃんに、一番似合うようにってねぇ」


背番号11の理由と蒼きユニフォームを説明した、清水秀校長先生。


彩音「はい、これ。昨日、中島さんから受け取ったの」


笹二ソフト部員たちの想いが載る色紙を渡してくれた、如月彩音先生。


涼子「ということで、はい梓!」


最後に泉田涼子先輩に渡された物。

それはウチの、あの日の忘れ物だったんだ。

そう……。


梓『――ウチのグローブだ……』


六年前、頭部死球を投じてしまった際に置いてきたグローブ。しかも綺麗なままで、誰かが手入れしてくれてたみたい。

今まで誰が保管していたのか……それを知ったことで、ウチはやっと気づくことができたんだ。


秀「――夏蓮だよぉ。あの日から今日までの六年間、ずぅ~っとねぇ」


梓『みんながウチを、待ってる……』


恐怖全てが取り払われた訳じゃない。でも、人としてできること……こんなウチでもできることがあると信じて、決意したんだ。


梓『――もう二度と、誰かの想いを裏切ったりはしないッ!!』


七回裏――ノーアウトランナー一三塁。

点差は三点と迫っていた。このとき、叶恵の左手負傷により、練習試合続行が困難になってたんだ。


……間に合って、良かった。


夏蓮「――梓ちゃん!」


梓「よ、よろしくお願ヒしますっ!!」


裏返っちゃったけど、みんなから歓迎されたんだ。夏蓮を始め柚月と咲、唯ときららに美鈴、菫や凛からメイ、そして叶恵にも。


叶恵「――不細工なピッチングだけは禁止だからね? ……クローザー!」


あとアウト三つ。

やっとウチが加入した笹二ソフト部は、ついに勝負の果てに進む。みんなで一つになる、円陣を轟かせて。


夏蓮「かがやけぇぇぇぇッ!!」


――「「「「笹二ファイトオ゛オォォォォッ!!」」」」――



十五球目◇ココから◆



――「ストライク!! バッターアウト!!」

梓「よしっ」

出だしは順調に向かい、まずはワンアウトを奪取。

残るは、アウト二つ。確かに勝利は間近だった。

でも、そう簡単に事は運ばなかったんだ。未だに切り離せない、トラウマのせいで。


梓『――っ! 左、バッター……』


ボールカウントが増えてしまい、コントロールが乱れ始める。失点にも繋がり、気づけば一点差の満塁。

情けなかった……やっぱウチは使い物にならない。

そう考えた刹那、頼もしいキャッチャーが心を救ってくれたんだ。


咲「アタシとで良かったらやろう! ホッとココア!」


六年前のルーティンを思い出させてくれた咲。ホントに助けられた。

ウチと咲で“AZIUMEアジウメ”コンビの誕生だ。ちなみに梅の花言葉は、高潔、忠実、忍耐……そして、不屈の精神なんだ。


梓『たなごころに、太陽きぼうの光を……』


決して咲だけじゃない。

部員のみんなが、ウチに声を届けてくれた。


梓『ウチには、みんながいてくれてる……』


最高の絆で結ばれた仲間たちに包まれたウチは、迷ってる場合じゃなかったんだ。呼吸や心を整え、もう一度プレートを踏み込む。

ウチと、みんなの、渾身の全力ストレートを放るために。


梓「ヨシッ!!」

――「「「「ナイスピィィィィッ!!」」」」――


アウトはあと一つ。

ここでバッターは、元笹浦スターガールズの同級生――花咲穂乃。

でも、穂乃自身もウチと同じように苦悩していたんだ。


穂乃『わたしが打ったら、夏蓮たちみんなが悲しむ……でも、わたしが打たなかったら、筑海のみんなが残念がる……』


何度もファールを飛ばし、最終打席を粘る穂乃。その胸中には、二チームを歩んだ少女の迷いが根付いてたんだ。


親友がいる笹二のために凡退するか。

筑海主将候補として打ち込むか。


そんなとき元スタガ主将は、当時打撃練習に付き合ってくれた恩人でもある、現笹二主将に告げられる。


夏蓮「――変化はね、進化へのチャンスなんだよ? 穂乃ちゃんなら、きっとわかるはず」


この一言が、ウチと穂乃の真剣勝負にいざなう。


梓「――だから、変化に背いて立ち竦むこと自体が、ウチは退化だと思ってる。穂乃だって、変化を受け入れたから、今ココで立派な左バッターになれた訳でしょ?」


穂乃『“真剣勝負に、同情して手加減することこそが、一番の侮辱ぶじょく的行為”……全身全霊全員で、全力で挑むことが正解だったんだ!』


ウチには、新生笹二の熱き声援。

また穂乃には、名門筑海のたくましき応援。


わかっていても当たらない全力ストレートが勝つか。

どんなボールも弾き返すアベレージヒッターが勝つか。


梓&穂乃『『絶対に終わらせる!!』』


ツーアウト満塁――伝統の一戦がついに決着。


その結果は……。


梓『――サヨナラ、負けだ……』


ショート菫の決死なダイブも、ファンブルで収められず。

瞬間にサード唯がボールを拾い一塁送球するも、ファースト美鈴のジャンプが届かず後逸。

この時点で同点に至った頃、サヨナラの走者は本塁一直線。

同時に、ライトからファーストカバーに動いてた夏蓮がバックホーム。


でも、間に合わなかったんだ……。


梓「ウチの、せいだ……」


快活な雰囲気に包まれた筑海とは裏腹に、笹二の空気は重かった。ウチがしっかり抑えていればと考えたけど、頼れる主将が負を吹き飛ばす。


夏蓮「やったやったぁ! わたしたち、七回までできたんだよ~!!」


最初は呆気あっけに取られたけど、確かにウチらは、名門高校相手に試合を進めることができたんだ。それも、ただ負けた訳じゃない。


信次「――ハハハ! みんなで、負けちゃったね!」


そう、このみんなで。

最高の絆で結ばれた仲間たちと、いっしょに。


梓『負けて終わりじゃない……負けた後、次に備えなきゃいけない……諦めちゃ、いけないんだ……』


敗戦デビューとはいえ、繋がりが深まった笹浦二高女子ソフトボール部。

そんな素敵なチームに、ついにウチも仲間入りを果たしたんだ。苦い経験をブチ破り、直球でねじ伏せる不器用左腕として。


信次「ようこそ!」


――「「「「笹二ソフト部へェェェェ!!」」」」――


梓「あぁ! 今日ココから、是非よろしく!」



……ということで。

大雑把だけど、一回裏のハイライトでした。

長ったらしくて申し訳ないけど、最後まで聞いてくれてありがと。


そして今日から、ウチらの物語は、Inning2へ。

部員数が十一人になり、更なるレベルアップを求める笹二ソフト部。

またウチらの前に立ち塞がる、新たなライバルの出現。

何よりも、切り離すことができない過去からの因縁……。


特に、唯が……。



でも、ウチらならきっと乗り越えられる。

たとえ乗り越えられない壁だとしても、ブチ破ればいいんだから。

輝く未来へ……みんなと突き進むことができるって!



それでは、


プレイッ!!◇笹浦二高女子ソフトボール部の物語◆inning2


今日ココから、みんなと共に、再開しよう!


せぇ~のっ!



――「「「「プレイッ!!」」」」――




ふぅ~……まずまず、かな(〃⌒ー⌒〃)ゞ

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