4-10 最終章3
「はぁはぁ、はぁはぁ・・・やってくれる。」
「あなたの再生能力をもってしても、流石に三対一では部が悪いんじゃない?」
私の牽制にパンディットは「フンッ!」と鼻で一蹴し、気合いを入れて立ち上がると、
「分かっていないわね、何人来ようと所詮あなたたちは未熟者。」
構えもせずに後ろを向いた。
そして胸のポケットから携帯電話を取り出してコールする。
「あ、もしもし?えぇごめんなさいね。当てが外れて侵入を許してしまったみたいなの。それでね・・・。」
電話の相手は“私への罠として予定していた人たち”のようだ。
「放送室、例の作戦開始よ。演奏開始して。」
「えっ?」
演奏?それがどういう意味なのかを理解するまえに館内のスピーカーから、キーンと甲高い不協和音が聞こえてきた。
「ぐっ!?」
私は膝をついて体勢を崩す。マジデ、マツリも同様だ。それなのにパンディットは平然と立っている。
「三対一じゃないわ。三対三十なの。」
「物理教の信者か。」
しかし、これは何だ?
聞こえてくるのは高周波の不快音。それは脳に響いて、通常の身体能力を狂わせた。感覚的には乗り物酔いに近い。そのため、まともに立っていることも出来ない。
「な、何ですかこれ?」
「うぅ・・・気持ち悪い。」
私よりもマジデ、マジデよりもマツリの方がより苦しんでいる。つまりこれは年齢順。
なぜこんなことが起こる?
「あっけないものね。」
「な、何をした?」
「何って、演奏よ。録音された高音質なデータ音源を、こだわりのスピーカーで館内放送しているの。
まぁもっとも。どんな曲なのか、どんな楽器を使っているのか、私は全然知らないのだけど。」
ダメだ。この音のせいで、パンディットの言っている回りくどい説明が全然理解出来ない。
どういう意味だ?
「ど、どうして、アンタは無害なの?!」
「この曲はね。私や職員には何も聞こえていない。貴方たちだけに聞こえる幻聴よ。」
「幻聴?」
そんなバカな。この不快音は体調に悪影響を与えるほどハッキリと、大音量で聞こえている。
しかも、私たち三人だけを特定して影響を与えるなど・・・。
落ち着け。
こういう時は冷静になって状況分析を・・・
キィーーィィンッ
出来ない!!
蚊の羽音のような超高周波は、鼓膜を揺らし、脳波を乱すことで強烈な不快感を生んだ。
ん?なんかそれ聞いたことあるな。
「そうか、これはモスキートノイズ。」
耳は音量と音域の二つを鼓膜が感知する事ではじめて機能する。どちらか片方が欠けると“聞こえない”のである。
そして、人間は年齢と共に機能が衰えていく。だからパンディットには聞こえない。モスキートノイズは若者だけが聞こえる不快音なのだ。
「まさか、老化を盾に攻撃にしてくるとは。」
「何言っているの?
この世界には多くの者を黙らせる多数決という強力な決定方法があるのよ。
少数の子どもがどんなに聴こえると主張しても、大多数のオトナが聴こえなければ、それは子どもの世迷言。」
なんて理屈だ!
「こんなの単なる老化でしょ。」
「単なる?それはどういう意味かしら?
“単なる老化”と“複雑な老化”の違いは何?
そもそも老化のプロセスはまだ解明されていない部分が多くて・・・。」
そんなの今はどうでも良い!
パンディットとの話が長引けば長引くほど、不快音を聞いている私たちはダメージを受ける。
「うぅ・・・。吐きそう。」
このままだとビジュアル的にマズイ。(次回作のタイトルが“リバースヒロイン、マジカルマヂカ”になってしまうわ。それだけは絶対に阻止しないと!)
「け、ケミカル、カートリッジ・・・の、のうりゅう、酸!!」
喉元から香る胃液の消化酵素に耐え、私はなんとか、頭の中で化学式を構成して濃硫酸を放つ。
照準は定まっていないけど、最大限広域放射したつもりだ。
傘から飛び出した液体はシャワーのように扇型に広がってフロアに飛び散った。ピンポイントよりも威力は落ちるが、濃硫酸には違いない。
「くっ!」
雨具があるわけでもないパンディットは硫酸の雨をモロに浴びた。のだが、思ったよりダメージが少ないように・・・いや、ほぼ無傷と言って良い。
「やれやれ。この状況でまだ理科を使えるとはね。
だけど、集中力不足かしら?
貴方の硫酸、ほぼ水よ。」
「う、嘘?」
そんなバカな。不快音で気分は最悪だったけど、化学式はキチンと立てたし、放射角度を考えても濃度の高い中心付近で対象物を捉えている。
残る不安要素は弾丸のエネルギー。使用したカートリッジの色は青で、マジデの籠めた物だ。
この弾はマジデが修学旅行に行く前に籠めた物で、工場出荷(?)一週間ほどの品になる。
夢のチカラは鮮度が命!
これはマジックアンブレラの新たに判明した弱点だったが、こんな大事な状況で影響が出なくても・・・。
「どうやら本当に不発のようね。」
「ずぶ濡れで勝ち誇られても、全然締まらないわ。」
「うふふ。まさに痛快。無理した強がりが適度に心地良いわ。」
くぅ。性悪女め。
残る私の切り札はマサカの籠めたカートリッジだけだが、二番煎じの不意打ちが通用する相手じゃない。
それにさっきの治癒を見ていて思ったことだが、マサカのも100パーセントの威力ではないのかもしれない。
では、マジデ、マツリに頼るのはどうだろう?
チラリと二人の方を見る。
「うぅ・・・。マヂカさん。すみません、チカラになれそうにないです。」
「もうダメ。限界です。」
二人とも地面にへばりついて動けそうにない。全然ダメだ。ついでに、木の上のフェニックスも気分が悪そうだ。
ところでモスキートノイズって鳥にも効くの?!
(本作はフィクションです。鳥がモスキートノイズを嫌うかどうかは不明です。)
こうなると、打つ手無し。
「楽しい見世物はもう終わり?」
「・・・。」
「救世主とは名ばかりの、違反行為ばかりの半人前賢者。口ほどにもない。
未熟。あまりにも未熟だわ。」
言いたい放題言ってくれる。
だが、私の切り札、ケミカルカートリッジは賞味期限切れ。有効な武器は残されていない。
万事休す、か。
「くぬうぅ~。」
そこへ追い討ちをかけるように、
チーンッ!
と、例の音を鳴らしてエレベーターが開く。
中から出て来たのは三名のスーツ姿の男だった。
「市長。」
「あら、ご苦労様。」
そうか、この男達は物理教の門徒でもあり、市の職員。だからこの建物の設備にも詳しい。
一般市民が市役所の放送室の使い方を知るわけがない。
そして見るからにおじさん。モスキートノイズの適応外なのである。
用意周到とはこのことか。
男の一人がずぶ濡れのパンディットにハンカチを差し出して言う。
「準備出来ました。いつでも飛び立てます。」
「ありがとう。すぐに行きます。」
飛び立てる?実験は空でやるということか。
この世界に“推進力不明の空飛ぶほうき”は存在しない。だから、私たちは魔法少女と言いつつも、理論なしに空は飛べないのだ。
なんとか阻止したいが・・・。
「反対有権者はいかがしますか?」
「あの白い服の小さい子は救護室に。
残りの青と赤は“邪魔だから”つまみ出しておいて。」
「了解しました。」
私たちに向かって男がにじり寄る。
なんとかしないといけないが、手がない。
「うぬぬ。」
何か策はないか。
例えば、この不快音を発しているスピーカー破壊する。そうすればこの劣勢を跳ね除けられるだろう。
いやダメだ。スピーカーは天井の埋め込み式で標的はひとつじゃない。スピーカーを確実に壊すにはマジデの電撃でショートさせるのが有効だと思うが、当の本人はそれどころではなく、無理をしても一撃。とても連射出来るような状況ではない。
なら、不快音を半位相の音で打ち消す、ノイズキャンセリングはどうか?
幸いマジデは音波を使用することが可能だ。
音波を操る武器、高周波ブレードにより特定の波動を無効化。これは実績のある戦術で、その時の効果は上々だった。よし、これだ!
「マジデ!
この音、高周波ブレードで無効化して!」
「すいません。」
「?!」
「ブレードは、メンテナンス中で・・・カトブレパスに、預けたままです。」
「うぎぎぎ・・・。」
いや、マジデは悪くない。
装備品はこの修学旅行期間に元々メンテナンスする予定だった。幸運にも先行でオーバーホールされてきた電撃用グローブを使わせてもらっているのだ。(これには今のところ頼りっきり。)
他の装備はカトブレパスが持ち帰るのだろう。
こりゃダメだ。万策尽きたわ。
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