4-6 終章6

「平等と平和。

貴方の思想は立派だと思いますが、理科世界管理局の存在意義も考えてみてください。

単に反抗するのではなく、まず話し合いを。」

マツリの問いかけ対して、パンディットは両手を軽く広げて“ナンセンスだ”という意味のジェスチャーをする。

「話し合い?なんの話よ?

人の話はきちんと聞きなさいな。

私は理科世界管理局の根本が気に入らないの。


『気に入らないから潰れてください』とお願いしろというの?」

「!?」

パンディットの平和は、理科世界と敵対を前提としたもの。先ほどの慈悲深い笑顔とは対照的な表情が浮かびあがる。



「貴方にはもう少し考える時間をあげるわ。」

だから今回は手を出さずに帰れ。

実力差はあるにしろ、パンディットとグレイベアードの小競り合いはいつもそうやって中途半端な形で終局している。

しかし、今回は違った。

「引きません!」

「なっ!?」

「議論を放棄するなら、実力行使に出るまでです。」

「・・・。」

これまでのグレイベアードとは違う対応、その態度の変化にパンディットは動揺を隠せずにいた。


「ヤアァッ!」

軸脚を踏み込みマツリの上段回し蹴りがパンディットの眼前をかすめて仰け反らせる。

「いける。」

蹴り出した足を引っ込め、着地と同時に右手に理科を籠め、回し蹴りの回転をそのまま利用し、

「ブレイブナックル!」

裏拳を狙いに行く。キックとパンチ。相手の意表を突いた連続回転攻撃だったのだが、

「フッ。」

マツリの拳はパンディットの髪を一瞬だけかすめて、空を切った。


回転の余力が残ったままのマツリはパンディットに軽く肩を押されて、地面に転がされた。

薄桃色の美しいアオザイがところどころ土で汚れている。

「くっぅ。」


「骨密度を増加させて繰り出す重量物衝突型のパンチ。体重が軽くて小回りの効く貴方が使用するにのは確かに有効でしょうね。

しかし、直接的な物理攻撃は接触しなければ意味がない。それが力学の基本であり弱点。


バレリーナとしての演技は見事だったけど、得意のカンフーは通用しないわよ。」

地面に這いつくばったマツリに追撃をすることもなく、パンディットは余裕を見せてそう言った。

「な、何故?」

「何故?何言ってるの。私も賢者なのよ。

貴方の理論や理科よりも私の方がよっぽど“上”」

「・・・。」

この世界に位置エネルギー以外の上下関係など存在しない。優劣とは特性の違いであり勝敗に直結しているわけではない。最も重要なのは戦術。それが勝負というものだ。本作の主人公マジカルマヂカならそう強がりを言っただろう。


「さて。」

今度はこちらの番だ。とばかりに、ゆっくりと一歩を踏み出し、パンディットが近づいてくる。その距離、僅か二メートル。もうあと数歩で手が届く。

「・・・。」

「マツリ!」

二人の間を縫って火の玉が飛び、パンディットの歩みを止めた。

「・・・フェニックス。」

「諦めずに立ちなさい。このおばさんが強敵なのはわかっていたことでしょう?」

「上位召喚獣フェニックス。

貴女、管理局には不干渉なんじゃなかったかしら?」

「管理局は関係ない。その子は私の宿主なの。」

その言葉にチラリとマツリの方を見る。

「あぁー。なるほど、そうだったわね。

歳をとるとダメね。

グレイベアードの契約者は“ヤタガラス”だとばっかり・・・。」


「セィヤァアッ!」

這いつくばった状態から反射的に伸びた掌底はパンディットの下顎を狙う。しかし、パンディットの“挑発”はもちろん用意されたものであり、直線的な不意打ち攻撃も予測済み。

「未熟。」

振り向きざまにかわされ、腕を掴まれ、体重をかけられ、再び地面に転がされる。

「よく動くその身体に反して、精神、そして信念があまりにも未熟だわ。」


パンディットの左手が怪しく光り、マツリの後ろ首を掴む。力まかせに握られたわけではない。これはあくまでも理科だ。

「ぐぅっ。」

そのことでマツリは身体の違和感を感じていた。

苦痛でも、不調でもない。ただ単に全身のチカラが抜ける。言うなれば倦怠感だった。

「何・・・を、したの?」

「貴方がそこで寝転がっている男にやったこととほぼ同じよ。」

マツリの生物魔法ブラッドキューブは、血流をコントロールして血栓を作り出し意図的に痛風状態にする人体の魔法。それは激しい苦痛を伴う。

「ただ、健康そのものである貴方の血管に血栓を作ることは出来そうにないから。私なりのアレンジを加えて、流れを少し“穏やか”にしたの。」

「!?」

「眠いでしょう?

人間はね、血液の運んだ酸素を体内に取り込んで活動している。

眠い時にあくびが出るのは脳が多くの酸素を要求するからなのよ。」

「うぅ・・・。」

次第にマツリの瞼が重みを増す。

ボヤけた視界にフェニックスが入るが・・・。


「そこの野鳥は助けてくれないわよ。いや、違うわね。正確には助けられない、かしら。」

「・・・。」

たしかにフェニックスは火の玉を一つ放ったきり、木の上から動いていない。

「現実世界で契約者からのエネルギー供給に頼って生きる使い魔は存在するだけで消費する。

それはさしずめ新陳代謝をする人間と一緒。

その上、

燃費の悪い大技しか持ち合わせていない上位召喚獣だものね。この位置で貴方に被害を出さずに私に攻撃なんて出来ると思う?」

「くぅ・・・。」

計算し尽くされたパンディットの行動にマツリは成す術(なすすべ)がなかった。



「さっき語った理想郷の話は本当よ。私は本当にアレを実現しようと“努力”している。

そして、貴方には、類稀(たぐいまれ)なる資格がある。

だから、私に協力しなさい。グレイベアード。」

パンディットがマツリにこだわっていたのはこの資質の部分であり、仲間として引き込みたい。これまで幾度となく敵対してきても排除してこなかったのはこれが理由である。


劣勢に立たされ、一度納得しかけたパンディットの理想郷に心が揺らぐ。

「うぅ・・・。」

霞む視界にフェニックスの姿がシルエットとなり、鳥の形をした影がマツリの心に語りかけた。

違う。そうじゃない、と。

「わ、私は・・・・・・、

理科を蔑(ないがし)ろに、するようなひとに、協力なんて、出来ません!」


瞳の中に火が灯る。

「・・・なに?」

同時にパンディットの顔に血管が浮き出て鬼の形相になる。

「貴方、理科を憎んでいるはずじゃなかったの?ねぇ、グレイベアード。」

「うぐっ。」

頭を押さえ込まれて顔が地面に着くとマツリの口の中で腐葉土の味がした。

「私を、その名前で呼ぶな!」

「!?」

「私は、魔法少女、

マジカルマツリだあぁぁぁああ!!」


マツリの絶叫に呼応するように周囲の空気が熱を帯びて、パンディットを跳ね飛ばす。その光景を見ていた木の上の使い魔フェニックスは、

「よく言った!」

嬉しそうに顔を綻ばせた。


力学とはその瞬間にだけ発生するだけである。持続するエネルギーである必要はない。

圧倒的な魔法力で押さえつけていたとしても爆発の瞬間にだけパンディットの力を上回ることでその態勢を変えることが出来るのである。

跳ね飛ばされた理論的な要因は上記だが、では何故、一瞬の爆発的な力が生まれたのか。パンディットは自身の態勢を瞬時に立て直し、それを考察していた。

「グレイベアードは魔法少女としての試験に一度失敗し、賢者の道を選択した。

再試験で魔法少女になったとしてもこれほどのチカラがあるはずは・・・。」


「魔法少女のチカラの源は夢見るチカラ。すなわち、理科を信じる想いのチカラ。

純粋で素直なマツリにはもともと非凡な魔法少女のチカラが備わっていたのよ。」

「なんですって?」

「あなたは知らないでしょう?マツリの枕カバーの柄が、それは見事なチューリッ・・・って、痛い痛い痛い!」

高速で移動したマツリがフェニックスの羽を引き裂いていた。

「フェニックス!何の話をしているんですか?!」

「何って、マツリの魔法少女たるチカラの証明を。」

「やめてください!それは単なるプライバシーの侵害です。」

「・・・。」

一拍おいて、姿勢を正し軽く咳払いをしてから・・・。

「・・・チューリッヒ。

私の枕カバーはチューリッヒです!アレはスイスのお土産で。」

「ウソ~?オランダ土産だって・・・ぐぇっ!!」

顔を真っ赤にさせたマツリがブレイブナックルでフェニックスを殴っていた。

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