3-7 物理教編2

淡い緑の光が私を包み込み、衣服の繊維を魔法で構成した物に変化させる。

クリスマスカラーのチューブトップドレス、ワインレッドのガーターベルト、大きな白いリボンにポニーテール。


ケミカルヒロイン

マジカルマヂカ

「変身完了!」


「ほほう。これは確かに魔法少女だな。」

変身した私の姿を見て偽ワイズマンはそう言った。つまりコイツは、これまで魔法少女(変身を必要とする魔法使い)を見たことがなかったということだろう。

コイツのいう“奇跡”とやらもますます怪しい。

「ペテン師が。化けの皮を剥いでやるわ!」

腕を前に突き出し身構え、手のひらに理科を集中させる。


脱水効果の高い濃硫酸は生物とって劇薬である。私も魔法少女の頃はこれを主体に戦ってきたが、賢者になってから満足に放つのが難しい。(濃度の低い希硫酸から水分だけを蒸留するという裏技で濃硫酸の生成を可能にしたが、この方法は非常に手間がかかるうえに、量をたくさん作れない。)

それに雨はもうほとんど止んでいるが、雨上がりで湿気の多い状態では硫酸の濃度は薄まってしまう。

そういうわけで、今回使用する化学物質は、

「マジカル、リン(P)」


元素番号十五番。リンである。


リンには性質の異なる同素体が存在するが、その中でも発火点の低い白リンは約六十度で発火する。

生成に苦労する硫酸よりも私の負担は軽く、武器としても好都合だ。

(私が最近ハマっている)アロマキャンドル用のライターで点火するとあっという間に炎となった。


「むぅ。見事な火の玉。魔法少女は炎の使い手だったか。」

「・・・。」

コイツ、理科を理解していない。(いや駄洒落じゃないよ。)

「アンタのハッタリは私には通用しないわ。」

「むぅ・・・。私の奇跡はハッタリなどではない!」

マントに付いた雨水をバサッと翻し、オーバーに手を広げる。上空の雲はまだ分厚いが、先ほどまでの雨はほとんど上がっている。


「私は空間を捻じ曲げるチカラ、念動力を操る術者。」

はっ?

「・・・念動力~~?」

もちろんそんな力は力学に存在しない。

私が胡散臭そうな顔をすると偽ワイズマンは声を荒げてこう言った。

「神の奇跡だったはずの雷も地震も科学によって証明されたではないか!今、現在において解明されていないからといってそれがなぜ非科学なのだ?」

「・・・うっ、たしかに。」

こいつ、小者感は強いのに妙な説得力がある。・・・しかし、私にはわかる。こういう奴は本気で理科を信じていない。自分に都合の良い神秘の力が魔法であると思っているタイプ。真実を捻じ曲げる者。そう、だからペテン師だ。ペテンを語るにはそれなりの、説得力のある何かを持っている。

この男の場合は・・・。


「見よ!この空飛ぶチカラを!!」

そういうと男は、火力や揚力といった現代の科学で用いられる飛行に必要な動力源を使用せずに浮かび上がったのだ。

「なっ?!」

こいつ、口先だけのペテン師じゃない。何かの力を利用してるんだ。

「はははは、これが奇跡のチカラ。私の念動力だ!」

少し浮いたぐらいの高度ではない。地面からゆうに五メートルはある。それは昆虫や鳥類にだけ許された“空”の領域。しかも、飛ぶことの基本原理である揚力を用いずに。

「・・・嘘でしょ?!」

悔しいがあのチカラは本物だ。

物を引き付ける力、引力に逆らってアイツの身体はふわりと浮いていた。

力学使いなのか?

そんな考えが頭をよぎるが、星の持つ引力に逆らうなど容易なことではない。魔法使いがチカラを使用するのなら、なんらかの予備動作、準備が必要なハズだ。それを省いているとなると、余程の熟練者か、実力者ということになるだろう。

だけどこんな小者が本当にそれほど強力なチカラを?

私としてはやっぱりイカサマのセンが濃厚であると推測する。だいたい、言動に威厳がないし。

「貴様、よくもそんなに堂々と無礼なことを言えるものだな。」

「アレ?」

例によって心の声は漏れていたらしい。


さて、頭上に飛び上がった偽ワイズマンは、当然、チカラを見せるだけでは終わらない。

「貴様の炎と私の奇跡。チカラ比べといこうか。」

「私は別に炎の使い手じゃないつーのっ!!」

そう言いながら燃え盛るリンの含有量をさらに増やして炎を大きくする。直撃すれば熱によるダメージは計り知れない。

一撃必殺は私の主戦術なのだ。

ただ、理科のチカラで炎は出せても、リンはれっきとした質量を持った物質である。だから、重力によって地球に引きつけられる。これに逆らって宙を舞うにはなんらかの力を物体に与えて重力を打ち消さないといけないのだ。地球の重力を振り切る。これの完成形が、そう、宇宙ロケットである。


話が若干逸れたが、私は気合と野球選手バリのフォームを以って、

「おおぉおりゃああっ!」

地球の重力に逆らい、

燃えさかる炎を放り投げたのだ!


そして、

もちろん、

全然届かなかった。

体力測定のボール投げの全国平均を大きく下回る私の遠投など、こんなもんです。

液体や気体で飛距離を稼げるマジカル濃硫酸を私が多用していたのはこれが大きい。

炎の玉は偽ワイズマンには遠く及ばず、無念にも地面に転がって消えた。擬音で表すなら“しょぼん”がしっくりくるだろう。周囲の建物に延焼しなかっただけ幸運だったと言えるのかもしれない。

ともあれ、私の攻撃は不発に終わった。


「やはり、そのチカラ、色々と制約があるらしいな。」

「・・・。」

うるさい。理科なんだから当たり前よ。

「コラァ、降りてこい!!」

「いかにお前が魔法少女であろうとも空からの相手には対処のしようもあるまい。」

「ぐぬぬ。」

たしかに上空の相手に対して私の化学魔法はほとんど届かない。距離を取られれば液体でも限界がある。

これまでにも空を飛ぶ暴走召喚獣の相手をしてきたが、よく考えれば、全部他人任せだった気がする。

「それではこちらの番だな。」

偽ワイズマンのマントは、本物が身につけていた高価な素材のクロークではなくナイロン製の雨ガッパだ。さらに、着ているワイシャツやスラックスもよく見ればバッタもんで、高級感が感じられない。

私がそんな部分ばかりを観察していると、偽者の攻撃、“ミサイル”が飛んでくる。

「!?」

え、ミサイル!?

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