003 悪は殺す①




「あれはまさか――」


 実に数分前のことである。この町の兵団に入って間もないペジットは、ライムのアジトを物陰からひっそりと観察していた。ライムがその建物から出ていくのも確認済みである。

 今回指名手配されているセラルフィとトトの二人は別として、小隊長からライムの動向についても探るよう指示されていたのだ。シルヴァリーのことを裏で嗅ぎまわっている人間がいるという情報を、シルヴァリー本人から知らされ、それを特定することがペジットの所属する部隊の役目だった。どうやらシルヴァリーはあえてライムを泳がせていたようである。まさか指名手配犯二人も彼と通じているとは思わなかったが。

 兎に角。


「どうしようか……オレ一人で突入して、みすみす逃がしたなんてことになったら困るしなあ。小隊長の拳骨も地味に痛いし」


 砂埃の目立つ、栗色の髪を撫でながら小隊長の拳骨を思い出す。少しして、青色の瞳に決断の色が宿った。


「オレだって伊達に凶獣狩りをしてきたわけじゃない。今家の中にいるのは最低でも二人。大丈夫。十人までなら絶対に負けることはないさ。足音からしても三人いたかいないかだったはずだし……」


 国からこの町に支給された装備でも一番安物の兵団服を纏っているペジットは、一振りの長剣を確認して、家の前に立った。

 貧乏人には違いないが、貧困生活から脱するために鍛えた剣術だけが、ペジットの自信となっていた。災害孤児だったペジットは、もともと正義感だけは人一倍あった。きっとあの三人はこの町を脅かすテロリストなのだろう。それでこの町の子供を人質に、シルヴァリーを殺せとか言ってしまうのだろう。脳内で勝手に膨らんでいく悪の存在が、ペジットの正義感を更に大きくしていく。


「許さんぞ悪党共……ッ! このオレが、町を――ユーリッドを救って見せる!」


 扉に手を掛けようとした瞬間、向こうから独りでに扉が開いた。




     ****




 トトが部屋から出ていったと思ったその直後である。


「セラ! 来るな!」

「やはり居たか、テロリスト共!」


 物騒な物言いにセラが扉の方に視線を向けた。


「テロリスト!?」


 聞き返した瞬間。騒がしい声が交差したと思うと、冗談のような速度で一つの影がこちらへ吹き飛んできた。

 扉の先から覗くのはこの町の兵士特有の鎧を纏った青年。情熱に満ち溢れる顔には鋭い刀傷が流れている。赤い短髪を掻き、切っ先をこちらに向けた。まさかずっと跡をつけられていたのか。単身で乗り込んできたということは、まだシルヴァリー達にはここのことはバレていないはず。

 トトの方に目を向けた。彼の服は破れているところもなければ兵士の大剣に血が付いている様子もない。自分の身長と大差ない大剣で人間を吹き飛ばしたようだ。細い線からは想像もできない筋力を持っている。

 トトも打ちどころが良かったようで、後頭部を抑えながらも立ち上がった。


「トト! あなた彼に何を言ったんですか!」

「知らないよ! コイツが変な妄想をしてるだけだ!」


 赤い瞳が怒りに揺れる。


「妄想だと!? この期に及んで保身をはかるつもりか!」

「あーもう面倒くさい! ちょっと話聞いてよ」


 無駄に正義感のあふれている青年剣士。説得さえできれば何とかなるかもしれない。トトも同じことを思っていたのだろう。抵抗する様子は見せなかった。

 流れに任せて和解する方向へと持っていこうとしたセラルフィだったが。


「そうです! そこの兵士! あなたシルヴァリーの正体を知らな――」

「問答無用だ。悪は殺す」


 呆れるほど頭の固い男だった。

 他の兵士はゴロツキの制圧と自己防衛を両立させるために剣と盾を両方備えているようだが、この赤髪だけは両手剣のみの攻撃的な武装を施している。今こちらが対抗できる手段はセラルフィの持つ細剣と無制限の魔術行使のみ。あいにく魔術行使をしようにも心臓を奪われている今ではまともな力を発揮できないでいた。


「くそっ! やるしかないのか」


 手にほうきを取るトト。ただの掃除道具で大剣を相手にできるハズはなかった。


「無駄な足掻きはやめろ。時間の無駄だ」

「うるさい!」


 大声をあげながら扉の男へ飛びかかるトト。どう見ても勝ち目はない。にもかかわらず、青年は大剣すら構えずに一歩後ろに下がった。


「いけない、止まって!」


 遅かった。あのまま屋内で青年と対峙していればわずかにも勝てる可能性はあったのに。一般的に大剣は大振りの武具。そういったタイプの相手には狭い場所での戦闘に持ち込むのがベターだったのだ。ただの特攻兵かと思っていたが、想像以上に戦い慣れしている。

 完全に誘い出された。


「一人目」


 足を掛けられたトト。体勢はあっけなく崩される。かわす時間は無く、受け流す武器は無い。無意識に突き出した箒は刃によって豪快にへし折られる。

 セラルフィに助けられる力は無い。臓器一つ無いだけでこうも無力を痛感した日は無かった。声を上げる間もなく、

 ――凶刃の動きは停止した。


「トト、それは――」


 時間的な意味ではない。物理的な意味で、ペジットの大剣は勢いを殺されたのだ。金属と金属がぶつかり合うような不快音を発し、今まで無かったはずのソレは現れた。


「かな、づち……?」


 青い光を内包する、酷く機械的な大槌だった。

 ひび割れた装甲を纏っていると考えてもおかしくないその外装は、柄の着いた巨大な手榴弾しゅりゅうだんを思わせた。

 幾つもの筋が通った大槌。心臓の様に脈動している。溢れんばかりの光が外へ出ようと膨張し、それを留めようと大槌が収縮する。心臓。まさに生き物の臓器をそのまま武器へと変換したような禍々しい物質が、二人の間に鎮座していた。


『使用コード〝トレイル〟。所持者ノ生命活動ヨリ危険性ヲ感知。防御態勢ヘ強制移行シマス』



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