第95話 父の苦悩
その日の夜。
ミリアとクレハはあれから『ウツノミヤ』の祭りに参加し、暴飲暴食を繰り返し、今では借りたホテルでぐっすりと眠っている。
柄にも会わず、ミリアもお酒を飲んでいたのが俺にとっては意外な驚きだ。この話は時間があったらまたすることにしよう。
ホテル代はこちらで出そうとはしたのだが、お酒が入って機嫌が良くなったのか、フクダさんが払ってくれることになった。払うではなく、正確には、国の長としての権限で宿泊費を無料にしてくれたというのが正しいかもしれない。
国内全体が浮かれた空気を醸し出す中、俺とアイリはある場所に向かった。ある場所とはゴウケン、『トウキョウ』上層部の1人であり……アイリの本当の父親である彼の泊まっているホテルだ。
俺が先頭に、アイリがその後ろをついてくるようにして、俺たちは『ウツノミヤ』の南側にあるホテルに到着した。
他のホテルと対して変わりのない、木で組み上げられたホテル。宿舎といった方がイメージに合うかもしれない。
話によると、ゴウケンは二階の角部屋に止まっているらしい。
恐らく彼が泊まっているであろう部屋の前に行き、扉をノックする。
すると、中からよく知っている低めの声が響く。どうやらこの部屋であっているようだ。
アイリと向き合い、覚悟を決めると、俺はドアノブを捻った。
部屋の中に入ると、水色の短い髪の大男がベットに座っていた。
彼のあまりの体躯の大きさに部屋が小さく感じるが、この部屋は本来そこまで小さくない。
俺が『オオイタ』で泊まったものよりも一回り大きいもののはずだ。
それほどまでに巨人の大きさが遺憾なく俺たちの意識に刻まれていた。
「まあ座れや。飲み物ぐらいなら出せるぜ?」
「そうか、じゃあ麦茶を貰う。アイリは飲み物何かいる?」
「わ、わたくしも……タケル先生と同じものをお願いしますわ」
「坊主……お前自分のこと先生って呼ばせてるのかよ? 趣味か? 殺すぞ」
「趣味じゃない。アイリが保育園にいた時に先生の補助アルバイトをしてたからその名残だ」
ゴウケンは懐疑の目で俺を見たが、となりのアイリがコクコクと頷くので泣く泣く信じてくれた。
というか早速、結構親バカな雰囲気が出てるんだけど。
ゴウケンはコップに麦茶を入れて戻ってくると、コップと合わせて一枚の紙を渡してくる。
見るとそこには「外の奴らに聞かれたくない話がある。アイリ、頼むぞ」と意外にも綺麗な字でそう書かれていた。
その言葉の意味をすぐに理解し、アイリは左手で俺の腕を掴み、
すぐに窓の外の音が鮮明になり、聴覚が強化されたことが分かった。
麦茶を一口飲むと味がしないことに気付く。聴覚の代わりに味覚を失っているらしい。
「アイリ、ゴウケンにも
「それはしなくても大丈夫だと思いますわ」
「彼女の言う通りだぜ。俺は自分の
「ゴウケンもアイリと同じ
「いいや、俺のは違う。俺の
「アイリの
聞き間違いじゃなければ、こいつは今部下とかなんとか言っていた。アイリも驚いたように目を大きく開き、首を傾げて俺を見ていた。
「部下になるって言ったんだ。『トウキョウ』についてお前は知らないだろうから教えてやるよ。『トウキョウ』には王様を除いて5人の実力者がいる、俺も最初に名乗ったと思うが【五宝人】ってやつだ」
「ああ、確かにそう名乗ってたな」
「その5人の実力者がそれぞれ部隊を持っていてだな、兵士はそのどこかに所属することになってんだ。だからお前らもこっちの仲間になんなら、どっかの部隊に所属することになんだろ? そこで俺は以前から逃げ足の速い金髪のねえちゃんを追ってたし……タケル、お前にも面識があったからな、俺の部隊に入れてもらえるように交渉しといたんだよ」
「5つの部隊で結成されて……そんなことになってたのか『トウキョウ』は。でも、その話で行くとリリの部隊に俺たちが入った方がいいんじゃないのか?」
俺は思ったことを口にする。確かリリも【五宝人】の1人だったと思うし、一番面識あるのはリリだって俺は思っている。二日間だけであったが、一緒に観光もしたし、ミリアに至っては本気の勝負までして、友情・努力・勝利の勝利以外は堪能したはずだ。努力もしてないわ。この主張は無しにしよう。
「いや、リリ……あいつは特別なんだよ。部隊の構成員はリリ1人だからな。がはは」
大声で話したくないためか、ゴウケンは小さくがははと笑う。彼の笑い方は特徴的だ。
「リリ1人で部隊になってるってことか? それはもう部隊とは呼べないんじゃ……」
「実際それで事足りるんだから仕方ねえだろ。それに、あいつは
「あ、それは察したわ。確かにリリはそういう事しそう」
「リリさんとってもおてんばですわ」
「アイリもリリと会ったのか? 怪我とかしてないだろうな」
「だ、大丈夫ですわ。お友達ですもの」
ゴウケンは心配そうに彼女の手を掴み用心深く傷がないが見る。
アイリは恥ずかしそうに手をブンブンと振って抵抗していた。
「ゴウケン……やっぱりお前親バカだろ」
「がはは。当たり前だろ。こんな可愛い娘が自分に出来たことを考えてみろ。溺愛しない奴がいたらぶっ殺してやる」
「ゴ…………お父様……」
「話がそれちまったが、本題に戻るぞ」
「他の奴に聞かれたくないってやつか」
ゴウケンは深く頷いた。
俺とアイリは顔を見合わせ、唾をゴクリと飲み込んで話を聞く体制に入る。
「まずはだな……アイリ。落ち着いて聞いてくれ」
「は、はいですわ」
「アイリ……俺の娘であるフジミヤアイリは死んだことになっている」
アイリの手に力がこもる。
大男から告げられた事実に流石に俺も背中から汗が噴き出した。
「アイリが死んでる……? どういうことだ?」
「お前はもう知ってるだろアイリの
「…………魔王因子のことか?」
「そうだ。運が……あまりに運が悪い。まさか俺の娘にその
「お父様……それで私を捨てたのですか」
「そう…………いうことになる。本当にすまん、アイリ……」
ゴウケンは両手でアイリの手を包み、謝罪する。
深い後悔に満ちた表情で彼女に頭を下げていた。
「アイリが【
「そういう事でした…………の。お父様は、わたくしを守ってくださったのですね」
「いや、全然守れてない。本当なら……俺はあの時王様に楯突いてアイリを俺の家族のままでいられるようにすればよかったんだ。でもそれは出来ねぇんだ。俺はどうしようもなく弱かった。弱い自分が許せねぇ。俺は……父親失格だ」
ゴウケンは天井を見上げ、涙を流した。
彼のその姿を見て、アイリは立ち上がる。そして、彼の胸に抱きついた。
「いえ、お父様はわたくしを守ってくださったのですわ。わたくしが今ここでお父様とお話しが出来ている事自体その証拠ですの」
「アイリ…………ごめんな。でももう俺はお前を家族にすることは出来ない。お前を生かして遠くに置いておくことしか……出来ねぇんだ」
二人は抱き合い、互いに涙を流す。再会できた喜び、離れ離れになった時間への後悔など、様々な思いが溢れているのだろう。しばらくの間、すすり声が部屋に響いていた。
どうにかして二人を家族に戻すことは出来ないだろうか。
話を聞くに、王様という人がアイリの存在を認めないようだ。
そして、その王様はゴウケンでは歯が立たない程に強い。
歯向かったらきっと家族になるとかの話以前にゴウケンが死んでしまう程なのだろう。
二人の抱擁が終わったところで、俺はアイリの手を掴む。
聴覚が強化されたところで、俺は話し出す。
「ゴウケン、その王様というやつはどれくらい強い?」
「どれくらいと言われてもなぁ。比較で見るなら、この世界でリリの次に強いぐらいじゃねえか? 魔王が生まれたらそれが1番かもしれないけどよ」
「リリ……本当に馬鹿みたいに強いんだな。彼女から口添えがあれば、アイリをお前の娘にすることも出来ないか?」
「それは無理だ。王様は確かにリリよか強くないが、リリに負けることはねぇ。
「リリの攻撃さえ通らない無敵の
俺のはちょくちょくダメージ通ることあるし無敵ってわけじゃないけどね。
というか、リリは電気で全身防御してたり、ミリアは宝具で光の粉を纏ってるし、その王様……多分『トウキョウ』の国王さんも無敵系の
実力行使で王様とやらを説得することは現実的ではないと思えた。
ゴウケンは思い出したかのように再び話し出す。
「話は戻るぞ。俺がここにきたのはアイリに真実を伝えるためだけじゃねえ。これからの話もしに来た」
「これから……ですの?」
「ああ、明日リリがこっちに来る。それは話していたよな? 実はそれと共に王様がこっちに来ることになってんだよ。よっぽど金髪のお嬢ちゃんが心配なようでな」
ゴウケンは俺の腕をガッチリと掴むと獣のような鋭い目つきで俺を見る。
「こっから先、お前らは『トウキョウ』に行くことになる。その際アイリは連れて行けねえ。アイリを『ウツノミヤ』にかくまってくれるように『ウツノミヤ』に交渉してくれねえか?」
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