先生の魔法は?

 魔法力100万オーバーの怪物、藤堂一花いちかさんの実験が始まろうとしている。


 「まず、二人で手を繋いでもらわないといけませんが、この状態では無理ですね。不細工ですが、コードで繋ぎましょう」

 

 藤堂さんは、黒いビニールでコーティングされた電線のようなケーブルを持ってくる。両端がハサミのようになっており、ソフィアと私の足首をはさんで繋いだ。


 まさか、あの魔法を使うの? 藤堂さんは、ソフィアの事が好きなんでしょ! 私とソフィアに使わせるんじゃなくて、藤堂さんと、ソフィアが使うべき魔法でしょ。こんなの意味がないじゃない。


「ウェールス、エクスペクターティオ、クピティタース」


 何のためらいもなく呪文を唱える藤堂さん。


「さてと、仕上げですね」


 藤堂さんは、私の口を塞いでいる布を外す。抗議の声をあげようとするが、声を出すことができない。


「んん、ぬぬー」


 続いて、ソフィアのガムテープもバリバリとはがされた。


「んんんんっ、ふがんん」


 ソフィアもなんとか声を出そうと懸命に頑張っているがうなり声になるだけだ。


「さあ、リピートアフターミー、ソフィア先輩、川本先輩、アモー、アモー、アウァールス、カーリタース、インコルップトゥス、メルス」


 声を出せなかった口が、勝手に呪文を唱え始める、抵抗出来ない。私とソフィアの声がまるで合唱のようにシンクロした。


 二人同時に呪文を唱和してしまった。今のところ、何の変化も感じない。


「鎖を外しますよ」


 ガチャンガチャン、手足の自由を奪っていた鎖が順番に外される。私とソフィアは、緊張がとけ思わずひざまずいてしまう。


 「藤堂さん! あなた、どういうつもりなの?」

 

 なんとか立ち上がり、藤堂さんに詰め寄ろうとしたその時、後ろからぎゅっと腕をつかまれた。

 

「!?」


 振り向こうとした私は強く引き寄せられ、抱きしめられた。


 私は……ソフィアに抱き締められている。心臓の鼓動がどんどん速くなる。頬と頬が触れあってとても心地いい。


「今日は、ごめんね、かすみ」


 耳元でささやくソフィア


 嬉しいけど、その話はあとにしよう。まずはこの状況をなんとかしないと。


「最近、私のこと構ってくれないから、寂しかったんだ。私を見て、かすみ」


 くっ付けあっていた顔が離され、真正面から見つめ合う私たち。ソフィアの瞳は大きく開いて光を取り入れようとしている。

 きれい…… そんなに見つめられると心までのぞかれているような気持ちになる。


「ねえ、ソフィア、こんなこと……してる場合じゃ……ないよ」


 すでに、私の言葉もソフィアには届いていないようだ。


「あー、かすみの瞳の中に私がいる! 私だけが映ってる。ふふ、もう、他の人なんか見ちゃだめだよ。あの女のことも見なくていいんだよ」


「あの女? あの女って白姫先生のこと?」


 恐ろしい魔法だ。一時的とはいえ、ソフィアをこんなにしてしまうなんて。でも、なんかおかしい、私の気持ちはそんなに盛り上がっていない。この間は、藤堂さんにあんなことしちゃったのに。


「白姫……」


 ソフィアの表情がみるみる険しくなる。


「あいつ、いっつも……いっつも、いっつも、いっつもおー、邪魔しやがってええええ!」


 えっ! うそっ! ソフィアの形のいい眉がつり上がり、目が大きく見開かれている! 瞳は怒りの色で塗り潰され、もう、私すら見えていないのかもしれない。


 怖い、と思った。初めてソフィアを怖いと思った。


「藤堂さん、お願い! もうやめて!」


 藤堂さんは、何も言わない。よく見ると、体が床から少し浮き上がっている。


「わたしとぉー、かすみのぉー、邪魔をするやつはぁー、消えろぉーっっ!」


 ソフィアの頭上に銀色の光る物体が姿を現した。鋭い切っ先をもつ棒状の物体。


「――グングニルの槍!」


 北欧神話の神オーディンが使ったという槍、決して的を外さない、魔法の槍。一度放たれたら逃れるすべはない。


 「川本さん、実はですね、もう一人お呼びしてるんですよ」


 藤堂さんの言葉の意味を知り、全身が震えるのを感じた。


 ガチャ、と保健室のドアが開き、白姫先生の能天気な声が聞こえる。


「おまたせー、待ったー?」


 ヴァンデ飛べ! 間に合って!

 

 私が空間移動の呪文を唱えるのとほぼ同時に、グングニルの槍は放たれた。

 ビュンと空をきる音が聞こえ、両手を拡げて先生の盾となった私の背中を、体験したことのない衝撃が襲った。焼けつくような痛みで意識が遠のく。

 

(――おいおい)


 誰?

 

(――死んじまうだろうが)


 いつもの声?





「川本さん! 川本さん!」

 

 私を呼ぶ声で目を覚ました。ゆっくりと目を開けると白姫先生が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

 

「――生きてる」


 ここは……? 保健室ではない。見覚えのあるコンクリートに囲まれた部屋。そう、秘密基地だ。

 

「よかった……、心配したのよ。あんな無茶して」


「今度は私が先生を守りたかったんだ、いつも助けてもらってばっかりだから」


「ばかね、死んじゃったらどうするの? でも……ありがとう、ちゅっ」


 先生のくちびるが私のおでこに軽く触れる。

 

「えっ?」


 なんだろう、この気持ち? 恥ずかしいような、それでいて心が満たされるような不思議な気持ち。もう何もいらない。このまま時間が止まればいいのに。

 

 先生の魔法、それは私を幸せにする魔法。いつまでも解けない魔法なのだ。




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