家族の食卓
砂塔悠希
VERSION 1.1
号令が発せられたのはその日の午後、まだ陽射しの暑い時間帯だった。
一瞬、騒然となった街に号令の声が繰り返し朗々と響いていた。
スバルも友人たちもその瞬間、我が耳を疑い、号令を信じるのに時間を必要とした。他の誰もがそうであったように。
そうして、街は号令に向かっての準備を始める主婦でごった返し、スバルたちは学校で何ごともなかったようにいつも通りの生活を再開した。しかし、今更何を学んだ所でどうにかなるわけでもない。こんな時は、早く帰って家族や恋人とその瞬間迎えるべきだと誰もが思っていた。もう、号令は発せられてしまったのだから。あとはそのときに向かって進むしかないのだから……
最終校時、スバルたちは講堂に集められ、校長の長く重苦しい訓示を受けた。
「……君達若い者の将来に幸あれと……」
――けっ、何が将来だ―――
スバルは舌打ちして校長の禿頭を睨みつけた。号令が発せられた以上、将来もへったくれもない。もう進むしかないのだ。たとえどんな犠牲を払ったとしても……
講堂から溢れ出る生徒たちの表情に覇気はなく、後はもう家族のもとへ帰って最後の晩餐を迎えるだけだった。
スバルは無表情な生徒たちの列を抜け、校外へと出た。
街に別れを告げたかった。生まれ育った、思い出のぎっしり詰まった街、アクアプラに。
暮れなずむ街を思い出を求めてスバルは歩いた。アーケードの人波を縫い、バスに乗って海へ行く。大きな紅い夕日が水平線に沈もうとしていた。
視線を海から空へと向ける。空には星が瞬き、その中にひときわ大きな蒼い惑星が浮かんでいる。
「――――――戦争、か……」
蒼く輝く母星を見ながら独白(つぶや)く。
波の音が最後の日を見守るように静かに響いていた。 帰途につくバスの中で、何組かのカップルに出会った。男も女も無表情に、それでも最後の別れを惜しむように寄り添い、女の中には泣き腫らした目をしているものもいた。
胸の痛む思いで家の扉を開けた。
中から美味しそうな食事の匂いが流れてくる。この日のために用意された特別のメニューが食卓で柔らかな湯気を立てている。
正装をした家族が、スバルの帰りを待っていた。
鞄を置いて席に着く。そしてゆっくりと皆の顔を見回した。
「全員、揃ったな。では、始めようか」
父が声を掛けた。
「あと、どれくらいなの?」
妹が不安気に聞く。
「そう……あと、8時間くらいかな」
兄が答えた。
そして、スバルたちはいつものように夕食を囲み、いつものように団欒の時を過ごした。
今日あったこと、楽しかったこと、くやしかったこと、明日のこと、次の休みのこと。ごく当然やってくる未来のことに思いを馳せながら“幸せな家族”を演じて。
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