第21話 半兵衛

「私は、竹中半兵衛。諱は重治と申します。」


落ち着き払った口調で竹中半兵衛と名乗る若者は言った。半兵衛は表情を一つもかえず、利三を見つめている。利三は、この若者の心気の静まりに驚いていた。歳は10代の後半あたりであろう。その歳でありながら、心に乱れが感じられない。剣を鍛えてきた利三には、半兵衛のもつ心の静穏がよく伝わってくる。


「利三殿は、稲葉良通殿の女婿になられるとか。おめでとうございます。私は、稲葉殿と同じ西美濃三人衆の一人安藤伊賀守の女婿です。お互い斎藤家重臣の女婿としてお近づきになれれば幸いと思い、お声がけさせていただきました。」


半兵衛は非常に丁重に挨拶をした。利三は、こんな落ち着き払った若者にあったことはなかった。従者の甚助も落ち着き払っているところはあるが、それは剣を探究する者の落ち着きで、半兵衛のものとは違った。半兵衛のものは、何を突きつめようとしているのかわからないが、底知れぬ落ち着きという感じなのだ。


「安藤殿の女婿どのであったか。暗闇からお越しになられたので驚きました。」

利三が口を開いた。


「いや、これは失礼致しました。よく顔が怖いとかいつも知らぬ顔で表情がないと言われるのですよ。」

初めて半兵衛が相好をくずした。


半兵衛は利三を自室へいざなった。利三もこの男に興味をもったので深更ではあったがついていった。


利三は廊下を半兵衛について歩いているときも、半兵衛にぴったりくっついている小者に目をやっていた。その小者の挙措動作に無駄はなかった。いつのまにか半兵衛と利三の足元を二つとも照らすため燭を二つにしていた。なんという小気味の良さか。


半兵衛の居室に入ると、利三は上座を勧められた。利三の方が年嵩だし、客なのだから当然なのだが、利三は対等の立場で話がしたいと思い、それをやんわりと断った。いつのまにか利三は、この半兵衛という男を自分と同類の男という気分になっていた。


「藤次。酒を持て。」

半兵衛が命じた。あの小者は藤次というらしい。藤次は平伏していたが、すぐさま酒の準備のため、膳場へ向かっていった。


「あの小者、なかなか機敏な男ですな。その立ち居振る舞いからもそう感じられる。」

利三は、感心しながら言った。


「尾張からの流れ者でしてね。私が拾い、使っていますが、私以外の人前ではほとんど口をきくことはない。されど、ひとたび話し始めれば口から生まれてきたのかと思うほど喋ります。何よりも常人より経験が豊富です。今は、25、26ほどですが、同世代の常人の倍ほどの経験を積んでいると思います。いずれ利三殿とも話す機会があると思いますよ。その時は、大いに談義していただきたい。」

半兵衛は、表情を穏やかにして言った。


「?」

利三には、この言葉の意味は分からなかったが、藤次と話してみたいと思った。


藤次は、半兵衛の話によると齢25か26だが、身の丈が低い。五尺(約150センチメートル)ほどだろうか。


藤次が酒を運んできて、控えの間にさがっていった。


利三と半兵衛は他愛もない話をして酒を酌み交わした。半兵衛が、まだ17歳だということも分かった。


いくつか話題がかわったが、突然、半兵衛が真顔になった。

「さて、利三殿は、この美濃はこれからどうなると思われます?」


来た。利三は思った。このことを利三は半兵衛と話したかったのだ。


これからの美濃。それは、このいかにも知恵者、しかもただの机上だけの知恵者ではないと利三が感じている男と談義してみたかったことなのだ。

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