第9章 屋根裏の犯罪者(12)



 丁度、春休みだったのだと奈々は言う。

 前の晩、花見をするから全員来るようにと、横暴な祖父の提案に、奈々たち家族も遊園地へ行く予定を変更して、この鎌倉の屋敷へやって来た。

 奈々は鎌倉の家が嫌いだった。

 挨拶しても無視する祖父。

 明らかに、迷惑げな顔で応対する、親戚の叔母たち。

 父も母も、この家では立場が弱いらしく、家にいる時よりも小さくなっている。

 僅か八歳の奈々でも自身が可愛がられていない事ぐらい、わかっていた―――。







 東郷家の花見は、何事もなく無事に終わった。

 昨年は酔っ払った祖父が、他の花見客に絡んで乱闘寸前という事件があった為、今年はそういう騒ぎもなく、全員がホッとして帰路についた。

 その後だ。円香と祖父の言い合いを見たのは。

 夕方だったが、外はまだまだ明るく日が差していた。中庭と呼ばれる池や橋のある庭に、二人の人影があった。

 奈々は母親の文子と、部屋へ戻ろうとしていた時だった。

 悲痛な円香の声に、奈々も文子も思わず足を止めた。

「もう…止めて下さい!」

「円香」

「お願いです……」

 声の主は、やはり円香だった。

 そしてもう一人は、祖父である東郷正将―――。どうやら言い争いをしているようである。奈々はこんな二人を見たのは初めてではなかった。実は前にも見た事があるのだ。だが文子は初めてだったのだろう。驚いた顔で、二人を見ている。

 庭には円香と祖父しかいなかった。

 名も知らない赤い花々の横で、二人は奈々たちには気付いていないかのように、言い合いを続けていた。

「私は……」

「何故だ円香!」

「私は…おばあ様とは違います!」

 円香は泣いているようだった。

 奈々には、円香が苛められているようにしか見えず、母である文子に言って、二人を止めて貰おうと、後ろにいた母親を振り返り見上げた。

「お母さん……?」

 文子の顔は白く強張っていた。

 そしていきなり、奈々の腕を掴むと、自室へ引きずるように押し込めた。

「お母さん? どうしたの?」

「何でもないの……」

「ねえ。お姉ちゃんが」

「奈々!」

 短く、だが強い調子の言葉に、奈々はびくんと体を固くした。

 母親の顔は、先程よりも白く見える。

「いい? さっき見た事は誰にも話しちゃ駄目よ?」

「お姉ちゃんの喧嘩のこと?」

「そう」

「お父さんにも?」

「そうよ」

 真剣な顔の母親に、奈々は小さく頷いた。

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