第5章 東郷家の人々(8)
守屋は天井を見上げながら、刑事に聞いた。
「…あそこに、何があったんですか?」
「いや、それなら…」
何だか含むような言い方をする刑事を振り向くと、一志とちょっと困ったような笑いを浮かべながら、二人目配せをしている。
「何ですか?……」
「いえ、上にあった物は警察の人に全部下ろしてもらって、ここにあるんですよ」
「見ていいですか?」
「どうぞ」
そう言いながら一志があまり大きくはないダンボール箱を、部屋の隅から持って来た。
中を覗き込むと、そんなに多くは入っていない。
守屋は一つ一つ手に取って確認する。
しかし、そこには守屋が期待するような品は入っていなかった。
古い手縫いらしい着物が数着。
戦時中の兵服。
そして、お守り。
「…これだけですか?」
「ええ。それだけなんです」
こんな物の為に、わざわざ滑車まで取り付けて、老人にもキツイとしか思えないやり方で隠しておくような品には見えなかった。
隠すなら―――そう、通帳とか金とか金目の物だ。
もしくは日記や何か書類の類―――そういった物ではないだろうか?
成る程、先程の刑事と一志の態度はこういう意味だったのか。
「変でしょ? 俺はてっきり隠し財産か何かあると思ってたんだけどね」
一志がちょっとつまらなそうな顔で守屋に囁いた。
まあ、一志がそう思うのは当然だろう。
親族でもない守屋でさえ、少しがっかりしたのだから。
「……で? それで、東郷さんはロープに足を掛けて、そのまま天井に上ろうとしたら、足でも滑らせて、運悪く首を吊った状態になった…と?」
「その通り! あんた、結構鋭いね」
何となく思った事を言っただけなのだが、刑事はにやりと笑って、守屋の背中を叩いた。
「でも……」
「事故、ですよ」
とても納得がいかず、刑事にもっと詳しく聞こうとした守屋を、一志が止めた。
「親父は事故です。自殺じゃないですよ。ね?」
「え、ええ…」
一志は「事故」という言葉を強調している。
「警察がそう言ってるんですよ。さあ、守屋さん。遺言は? 親父の遺言を預かっているんでしょう?」
一志は守屋に掴みかからんといった様子だった。
「あの時の一志さんの眼は忘れられませんよ。こう、ぎらぎらと光っててね」
守屋は苦笑いを浮かべた。
僕は、守屋の長い話を黙って聞いていた。
「あの後判ったんだけど、一志さんはこっそり遺言状を覗き見てたらしいんだ。だから事故なら財産は円香くんのものになると、知ってたんだね」
未成年の娘のものなら、必然的に親が管理する事になるだろう。
一志の眼の色が変わるのも無理はない。
「長くなったね。……他に聞きたい事とかあるかい?」
「そうですね…。でも、何だか偶然過ぎるような気もするし…なんていうか…」
「うん。こう、しっくりこないというか……わかるよ」
そう言って守屋は笑った。
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