第5章 東郷家の人々(4)


 実はまだ、脩と話がしたかった。

 だが門の前に着くと、脩はカメラの入った重そうなカバンを肩にかけ直すと、さっさと家の中へ入って行った。

 僕も諦めて、脩の後を続いた。







 玄関に入ると、すぐざわざわと人の声が聞こえて来た。全員が揃ったのだろうか?

 昼間はいなかった、円香の父親の一志、次男の弘二。

 脩は、カバンを置いてくる、と自分の部屋へ一旦戻ったが、僕は声のする部屋を覗いてみた。

 まだ六時くらいだというのに、全員でビールを飲んでいるところだった。

 一番端の席で、大きな口を開けて笑っている男は、昼間はいなかった。たぶん円香の父親の一志なのだろう。

 その横に、銀縁の眼鏡をかけた、神経質そうな青白い顔をした男が、静かにつまみをつまんでいた。彼は何者だろう?

 ざっと見回したが、美凪と彬の姿が見えなかった。

 まだドライブから帰っていないようだ…。



 不安な面持ちで、突っ立っている僕を、誰かが呼んだ。

 はっとして振り向くと、悦子が手招きしている。どうやらそこに座れと言っているらしい。

 その通りに、大人しく座ると、悦子は上機嫌で飲んでいた端にいた男に声を掛けた。

 やはり彼が東郷 一志らしかった。

 一志はビールの入ったジョッキを置くと、僕をじっと見た。僕はどきりとして、思わず座りなおして、背筋をピンと伸ばした。

 だが、一志は僕を見るとすぐにまたビールを飲み始めた。


 ―――高校生の助手なぞ、相手にしないという事か。


 昼頃言っていた、彬の言葉を思い出す。

 誰も僕らなんか期待していないのだ。

 嫌々ここへ来たが、こうまで扱いが悪いと腹を立てるよりも、何だか悔しかった。

 だが、ここで唇を噛んでいても仕方がない。無視されても、挨拶だけはしなくては…と思った時、一志から少し離れて座っていた円香が、一志に近寄って行った。

「ねえ、お父さん。ほら探偵さんなの。秋緒くんっていうのよ」

「…へえ?」

 先程、悦子に聞いた筈だろうに、一志はたった今聞いたというような顔で、僕を見た。

「遊佐先生の息子さんなんだって」

「遊佐…?」

 一志の横にいた、眼鏡の男が、その名前を聞いて僕を振り返る。

「遊佐って、遊佐 春樹さんかい?」

「え? はいそうですが…」

「じゃあ君、遊佐さんの息子かい?」

「はい…」

 そう、答えると眼鏡の男は嬉しそうに笑った。

「やあ。私は遊佐さんの大学の後輩でね。弁護士の守屋というんですがね。…遊佐って珍しい苗字だから、まさかとは思ったけど……こんな所で偶然だなあ」

 なんと。

 彼は弁護士で、父の大学時代の後輩なのだという。

 何だか知らない土地で、懐かしい友人に会ったような気分だった。

 守屋もなにか懐かしそうな顔で、僕をじっと見つめた。

「やあ、お父さんの若い頃にそっくりだ! 遊佐さんは、そりゃあ優秀な人でね、優しい人柄とハンサムな顔で、女生徒達の憧れの的だったよ」

「……はあ」


 誰の話だそれは。


 確かに父は、柔和な顔をしてはいるが、一度怒ると手は付けられないし、はっきり言って、モテる話は聞いた事も無い。

 守屋は続ける。

「前にね、一度だけ秋緒君に会ってるんだよ。ああ、でも奥さんが亡くなった時だったからね。君はまだ小さかったし、覚えてないか…。あ、悪かったねこんな話をして」

「いいえ」

 僕は首を振った。

 母が死んだのは、僕がまだ四歳くらいの時だった。

 はっきり言って、葬式どころか母の事もあまり覚えていない……。

 すぐ近所に住んでいた、母の友人で美凪の母親が、ずっと僕の面倒を見てくれてたっけ。





 母親の話題を持ち出して、少しばつが悪くなったのだろうか。守屋は、テーブルの方を向くと残っていたビールを、一気に飲み干した。

 そんな守屋に、僕はそっと声をかける。

「…あの……僕、聞きたい事があるんです」

「え…?」

「その、事件の事で」

「……そうか」

 守屋はそっと、この家の主人を見た。

 東郷 一志は、まだ上機嫌で他の兄弟と酒を飲んで笑っている。

 それを見た守屋は、小さく顎で部屋を出るように、僕を促した。僕も小さく頷いて騒がしい、その部屋からそろりと出た。

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