お題「私が君の手を引いた理由」

 

 私が君の手を引いた理由。

 それは「引ける」と思ったからだった。

 雨に打たれてぐちゃぐちゃになって一人で泣いていた君。見つめる私に気づいた君は、泣きながら私を見上げて、目が合った瞬間に大きく目を見開いた。その顔が愛おしく思えて、だから手を差し出したんだ。……正直に言えば、選んでくれるとは思わなかった。


 君との生活は悪くなかった。

 泣き虫で私を窺う様子ばかり見せていた君は、いつの間にかよく笑うようになっていたね。

 一緒に何かを食べる、そんなことですら君は目を輝かせた。

 私の言うことやること、全てに興味を持ってついて歩く様はまるでアヒルちゃんのようだった。

 とても微笑ましくて、愛らしくて、少しでも長く続けばと思わずにはいられなかったよ。


 だけどもう、おしまい。

 君を探している人たちがいる。

 居場所があるなら帰らなくてはいけない。少なくともそれは私の元ではないんだ。

 君は泣くかもしれないね。初めて会ったあの日のように泣くかもしれない。だけどそれはきっと次の話の始まりになると思うんだ。

 きっと二度と会えないだろう。君の幸せを心から祈ってる。

 

 


 

 ───これは誘拐犯Aが逃亡前に残した一通の置き手紙である。

 


 

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