陰陽之双剣

 

 闇の中、四方を炎が埋め尽くしていた。鉄の身が熱を帯びる。止め処なく血が流れ、身体に力が入らず、それでも彼は倒れることを拒んだ。熱された刀身を床に突き立て、身を起こす。刃が欠ける。


 もう何本目になるか、罅が入った。パラパラと煌めきながら落ちていく刃は地面に落ちる前に消滅していく。


 背後で何かを囁く声が聞こえた。ちらっと振り向くと、膝を突き今にも泣きだしそうな顔で手を伸ばす少女の姿があった。彼はその手から離れるように、前へと出る。


 傷だらけの剣を持ち上げ、両脚を杭のように立たせる。ひび割れた剣から赤い光が浮かび上がった。


 視線の先で屋根が崩れ落ちた。黒い靄のような霊気を纏った野太い足が床を踏み抜く。穢れに満ちた歪な声を上げるその人影は、天井を突き抜ける程の巨躯だった。爛々と輝く黄色い瞳に、額からは牛のような角が生えている。


 破れた天井の先で星空が冷たく輝いていた。


「ぐふ」


 怪物の口から溢れ出る瘴気が、目や口に入り込み、肺が焼けるように痛い。口の中に溜まった血の塊と共に悪態を吐く。


「臭いな、口の中位掃除しろよ、木偶の坊が」


 言葉が通じるようにはとても見えないが、怪物は彼目掛けて何かを投げつけた。人間の上半身だ。断面は何かに引き千切られたかのようで、背骨が突き出ている。彼は視線すら向けずに身体を横に傾け、死体は床を転がった。


 その者の名前を少女が呼ぶのが微かに聞こえ、彼の身体は微かに震えた。


「今ので動揺でも誘ったつもりか、甘いんだよ」


 彼は剣を掲げた。刃の傷は一層深くなり、零れる光は一層輝きを増した。


「俺が何人の死を見てきたと思ってやがる」


 周囲の火炎を吹き飛ばし、瘴気すらも消し飛ぶ。燐光に照らされ、幾つもの炭と化した人の塊、床に突き立つ幾つもの剣が淡い光を放ち、蛍のように飛び立っては、彼の刃に集まっていく。そして、彼自身の身体からも淡い光が放たれる。


「そして、何人の命を使い潰してきたか……!」


 血に塗れた顔を、偽悪的に歪めた笑みで塗り固め、怪物へと向かう。少女が否定する声は、彼には届かなかった。


「我が刃は三公闘戦の剣なり、滅せよ、百鬼退散、怨敵降伏、諸願成就」


 彼を含めた数多の命が熱を持ち、彼の刃を熱し、叩き、遂には内側から砕け、巨大な光刃を形成する。苛烈に燃え上がる剣を彼は振り抜いた。


 咄嗟に防御しようとして振り上げた両腕ごと、怪物を叩き斬る。渾身の一撃は怪物を易々と切り裂き、裂いた先から炎が流れ込み、内側から怪物を焼き祓う。


 燃え上がりながら炭と化していく怪物を眺めながら、彼は床に倒れた。その体もまた、祓った怪物と同種の火に焼かれていく。



「嫌、駄目……」



 少女が駆け寄り、涙を零した。強い癖に泣き虫で、構ってやらないとすぐにいじける面倒な女だと思っていた。だが、自分はもっと酷い。弱い癖に粋がり、辛く当たり散らす面倒な男だったことだろう。


 今更優しくなったところで、罪滅ぼしにもならないが、彼は少女の髪をそっと撫でた。彼女の手にある剣もまた今にも砕け散りそうであった。お互い、長くはない。


 せめてもの間、こうして――


「私……助け…」


「何……?」


 少女が何事かを呟いた。瞬間、少女は彼の胸に刃を突きたてた。


「おま……」

「私――いの――き――に」


――馬鹿野郎。


 叫び声は、燃え盛る命の火によってかき消されて、届かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る