作戦その6 近い人に協力してもらおう!

 アレスの森への遠征はフェンネルとティーナの活躍もあって無事に終わった。(隊員たちは帰りも同じようにいちゃつきながら吊橋を渡る二人の姿を記憶から抹殺することにしたらしい)


 しかし、王都へ戻ってきた隊員たちの表情は暗い。それは、あんなにいちゃついていたにも関わらず、いつまで経っても二人の関係の進展が見られないからだ。


「作戦を五つも実行してきたのに、何も変わらないな」


 隊員たちは久しぶりに詰所で秘密の会議を行っている。


「別に仲は悪くないんだが」

「散々いちゃついてたしな……」

「でもなんか違う! それじゃダメなんだ!」

「お互いに意識したり、そういうラブな雰囲気が見られない!」


 全員の考えが同じだったことを確認し合い、ため息をつく。隊員たちは知恵を出し合って作戦を立ててきたつもりだが、男ばかりの騎士団にいることもあって恋愛経験が乏しい。これからどうしたら二人が恋人同士になるのか、完全に行き詰まっていた。


「どうしたらいいのかな……」

「何の話?」


 突然扉の方から聞き慣れない声が聞こえて隊員たちは身体を震わせる。確認すると、その人物はフェンネルでもティーナでもなかったのだが──


「クロルド隊長!」

「こんばんはー」


 明るい茶色の短髪の整った顔立ちでひらひらと手を振るその人は、第一小隊の隊長であるクロルドだ。ティーナに次いで町の女性から人気が高いが、この王子のような顔立ちでフェンネルよりも年上だと言う。


「フェンネルに会いに来たんだけど、もう帰った?」

「はい、寮に戻りました」

「そっか。書類を持ってきただけだから、置いておくことにするよ」


 あっさりと用事を済ませたクロルドだったが、部屋から立ち去る気配はない。それどころか、


「それでラブな雰囲気って何の話?」


 と、尋ねてきた。にこやかに微笑むクロルドにすべて聞かれていたことを知った隊員たちは青ざめる。ここで下手な嘘を言っても引き下がる人ではないとわかっているからだ。


「じ、実は、フェンネル隊長とティーナ副隊長のことで」


 隊員が素直にそう告げると、クロルドは大きな瞳をくるりと丸くする。


「何? あの二人付き合ったの?」

「いえ、そうではなく……」

「じゃあくっつけようとしてるってこと?」


 鋭い! 流石は二人と付き合いが長いだけあるということか。クロルドはフェンネルと対等な立場であり、次期団長の座を争うライバル同士でもあるので、下手なことを言えばフェンネルに怒られそうだ。だが、もう後に引けそうにはない。


「は、はい……」

「なるほどねー。なかなかの難敵だと思うけど、頑張るねー」


 ニヤニヤと笑うクロルドの様子を隊員たちは怯えながら見つめる。


「フェンネルがなかなか折れないんでしょ?」

「はい」

「だよねー。あいつ、誰かと結婚しようなんて思えないだろうから」

「?」

「詳しく言うと殺されるから、何も言えないんだけどね」


 何か知っている様子のクロルドだったが、それ以上言う気はないようだ。それに、言葉通りフェンネルの秘密を喋ったら殺される(と、まではいかなくてもボコボコにされる)ことは隊員たちにも想像がついたので、それ以上聞くこともできない。


「俺も協力しようか?」


 そんなクロルドは突然そう提案してきた。


「! いいんですか!」

「うん。俺もあの二人にはさっさとくっついてほしいと思ってたところだからね。フェンネルが色恋にうつつを抜かしている隙に、俺が団長になれるかもしれないし」


 クロルドとフェンネルは次期団長の座を狙うライバル同士だ。クロルドは特にフェンネルをライバル視している。


 そういった理由はともかく、フェンネルに近い人物が協力してくれることは、行き詰まりつつあった隊員たちにとってはありがたい話だ。クロルドの方が女性関係に明るいだろうと思われることも隊員たちの背中を押す。


「ぜひお願いします!」

「任せてよ」


 こうして第二小隊の隊員たちとクロルドの妙な協力関係が出来上がった。


「まずは、そうだね。フェンネルはなんだかんだ言ってティーナを大事にしてるから、そんなティーナにちょっかいをかけてみようか」

「ちょ、ちょっかいを、ですか」


 そんなことをしたらそれこそフェンネルに殺されそうだ。だからこそ、それができるのはクロルドだけだろう。


「じゃあお願いします」




 翌日。隊員たちが肝を冷やす中、巡回を終えて戻ってきたフェンネルとティーナの元にクロルドがやってきた。


「こんにちは」

「げ」

「そんな顔するなよ、フェンネル」


 あからさまに嫌そうな顔をするフェンネルを意に介さないようにクロルドは微笑む。


「何の用だ?」

「今日はフェンネルじゃない、ティーナに用があって来たんだ」

「何かありましたか?」


 フェンネルに変わってティーナが尋ねる。


「うん、今夜デートでもしないかな、と思って」

「「は?」」


 ティーナとフェンネルの声が重なった。タイミングばっちり、流石の二人! と、隊員たちは思いながらも、ハラハラしながら横目で様子を伺っている。


「もう仕事は終わりだろう? たまには息抜きをした方がいい」

「いや、そういうことじゃなくて」


 眉間に皺を寄せたフェンネルが、


「何故お前がティーナをデートに?」


 と、横から尋ねた。


「部外者は黙っててくれないか? 俺がティーナを誘っているんだ」

「お前……」

「あ、あの、クロルド隊長」


 フェンネルがキレそうになったのを察してティーナが割って入る。


「デートというのは何かの冗談で、他に用事でもあるんじゃないですか?」

「おっと、手厳しい」


 クロルドは凄むフェンネルを見ないふりでティーナに笑顔を向けた。しかし、ティーナもティーナでクロルドのことをまったく信用していない。


「俺がティーナをデートに誘ったらおかしい?」

「おかしいです」

「何か裏があるに決まってるだろ」

「二人共、俺を何だと思ってるんだか」


 芝居掛かった様子でため息をつく。


「俺は男でティーナは女だ。突然に心が動いて口説くことだってあるさ」

「ないと思います」

「ないな」


 二人は揃って否定する。


「フェンネル、さっきから俺をティーナから遠ざけようとしているみたいだけど、君はティーナをどこか嫁にやりたいんじゃなかったか?」

「それは……」


 図星を突かれたフェンネルは狼狽えた。


「だったら見守るべきだ。ティーナには選ぶ自由があるし、俺なら幸せにできると誓えるよ」

「お前なんかにやれるか!」

「ティーナはフェンネルの子供じゃない。君たちはただの上司と部下だ。そうだろう? 口出ししないでほしいね」


 クロルドに強めに言われたフェンネルは言葉をつまらせる。どんなに腹立たしくてもクロルドの言葉は正論だったからだ。


「さぁ、ティーナ。こんな親気取りのおじさんは置いておいて、一緒にごはんに行こう! 美味しいお店を紹介するよ」

「……」


 ティーナは黙ったまま頷いた。


「ティーナ!」


 まさか受け入れると思っていなかったフェンネルの驚きの声にもティーナは顔を向けない。クロルドとごはんに行きたいわけではないけれど、自分の保護者気取りだと言われて、言い返せないフェンネルに怒りが込み上げていたのだ。


「行こう」


 クロルドが動かないティーナの隣に来て肩を抱いた。その瞬間、フェンネルの感情が爆発する。


「その手をどけろ」


 戦闘でも滅多に見せることのないドスの効いた声を出し、強くクロルドの腕を掴む。隊員たちから表情は見えなかったが、その背中からは凄まじい殺気が漂っている。


「ひっ」


 隊員たちは息を飲むが、クロルドは平然としているように見えた。フェンネルの力に対抗できないクロルドではないが、ティーナの肩に触れているので強く抗うことができないようだ。仕方なくティーナの肩から手を離すと共にフェンネルの手を払いのけた。


 クロルドの手が離れるとすぐに、今度はフェンネルがティーナの肩を掴んで自分の側へ引き寄せる。ティーナは滅多に見ることのないフェンネルの様子に怒っていたことも忘れてポカンとしていた。


「ティーナは……そうだ、今日は俺と約束があるんだ」

「約束?」


 クロルドとティーナは揃って驚いた顔をする。


「今夜は俺と食事に出る約束だ。な、ティーナ?」


 引き寄せる手に力を込めて同意を求められたことで、ティーナはフェンネルとの距離の近さに改めて気がつく。耳を僅かに赤くしたティーナはその勢いに押されてこくりと頷いた。


「ほら。俺の方が先の約束だ。お前は諦めろ」

「まったく、二人共しょうがないね」


 目の前の二人を見ながらクロルドは呆れた顔をする。


「今回は諦めるよ。またね、ティーナ。いい夜を」


 クロルドはあっさりと引き下がり、肩を抱いたままの二人を残して去っていった。はぁ、と息を吐き出したフェンネルはクロルドの姿が見えなくなったのを確認してからそっとティーナの肩から手を離す。一瞬寂しそうな顔をしたティーナだったが、続くフェンネルの言葉に驚きの表情を浮かべた。


「じゃあ行くか」

「え、本当に行くんですか!?」

「ああ。どうせ行かないとバレて後でうるさく言われるだろう。ティーナも嘘つけないタイプだしな」

「まぁそれはそうですが……」


 ティーナは照れた様子で視線を彷徨わせている。


「そうと決まればさっさと行くぞ。どうせ行くなら、美味い店に連れて行ってやる」

「本当ですか!」


 食べることが大好きなティーナは照れていたことも忘れて、思わず目を輝かせた。


「じゃあ俺たちは帰るぞ」

「お、お疲れ様です!」


 滅多にない事態に目を白黒させていた隊員たちは、慌てて頭を下げる。そんな隊員たちが見守る中、二人は街へと出て行った。


 行った店はデートっぽくない大衆食堂だったらしいが、次の日のティーナが嬉しそうだったので隊員たちは大満足だ。フェンネルに強く出られるクロルドは、多少ハラハラはするが大事な協力者。今後も協力して作戦を進めていきたいと思った。

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