作戦その4 夜に二人きり☆雰囲気で距離を縮めよう!
アレスの森まであと一日と迫った夜。
「おはようございます……」
まだ暗い内に寝ぼけ眼のティーナが起きてきた。
「ティーナ、お前は相変わらず朝が弱いな」
焚き火の前で座っていたフェンネルが苦笑いをしながら立ち上がって出迎えた。
野営はいつ魔獣や物取りに狙われるかわからないので、夜は常に誰かが起きて見張りをする。普通は寝落ち防止と戦力的な問題から隊員二人一組で見張りをするが、第二小隊では隊長と副隊長もそれに加わる。二人の戦力は一人で二人以上のものがあるので、一人で夜の番をするのが通例だ。
隊員たちの工作により、フェンネルとティーナが交代するように順番が組まれた。ティーナは寝起きが悪いので、頭がしっかりと覚醒するまでフェンネルは交代しないことがわかっているからだ。夜に二人きりで過ごせば何かが起こるのではないかと期待しながら隊員たちは眠りについている。
「ほら」
「ありがとうございます」
眠い目をこすりながら、ティーナはフェンネルが淹れてくれた濃いめのコーヒーを受け取った。
「フェンネル隊長はおやすみになって大丈夫ですよ。あとは私が見ておきますから」
「その状態で放って寝れるかよ」
まだ目の開ききらないティーナを呆れた表情で見ながら、フェンネルはティーナの向かいに座った。
「でも、フェンネル隊長の睡眠時間が……」
「俺はティーナと違って二時間くらい寝れれば大丈夫だ」
「羨ましい……」
長い睡眠時間を必要とするティーナにとって、フェンネルは燃費がよくて羨ましく感じる。
「食いそびれた夕飯も食べるだろ? 用意してやるよ」
「すみません」
そして、ティーナは食事もよく食べる。フェンネルが手際よく鍋を温め直すのをティーナはぼんやりと見つめた。
「むしろ俺はどこでも熟睡できるティーナが羨ましいよ」
「確かに睡眠に関して苦労したことはありませんね。でも、一旦目が覚めればなかなか眠らないので、安心して交代してくださいね」
「それはわかってるけどよ」
フェンネルは温まった鍋の中身をお椀に入れてティーナに手渡す。
「ありがとうございます。美味しそう」
「今日の当番はミリオだったんだが、夜の間暇だったから作ったやつにアレンジ加えといてやったぜ」
得意げにそう話すフェンネルは普段よりもリラックスした格好だ。襲われることを想定した見張りなので、本当はちゃんと戦闘用の騎士服を着るべきなのだが、自分に自信のあるフェンネルはインナー一枚という薄着でいた。そのせいで、普段は服の中に隠れているしっかりとした筋肉やいつも身に着けている青い石のペンダントも見ることができる。
それもいつものことなので、ティーナは特に咎めることもなく幸せそうな顔でお椀の中の匂いを嗅いでから、木のスプーンで掬って口に入れた。
「おいひーです」
「口に物を入れたまま喋るな」
ティーナは温かいお椀の中身をはふはふとしながら食べている。
「そもそも、俺は女が一人で夜の番をするのはどうかと思ってるんだ」
フェンネルはよく食べるティーナを嬉しそうな顔で見ながら、話を夜の見張りのことに戻す。
「? 私は負けたりしませんよ?」
「戦力の心配をしてるわけじゃねえよ」
心配しているのは魔獣が襲ってくることではなかったらしい。見当違いなことを言うティーナに、フェンネルはやれやれとため息をつく。
「隊員からの信頼も厚いのはいいことだが、あまりに平等に扱われすぎてる。ティーナもそんな感じだしな」
「私は別に気にしませんけど……。テントは別にしてもらってますし」
「それは当たり前だろ」
ティーナはフェンネルが懸念することがわからずに首を傾げる。
「隊員のことを疑ってるわけじゃねえが、男ばかりのところに女一人なんだぞ? 襲われでもしたらどうする」
フェンネルが心配していたのは男ばかりの第二小隊の隊員がティーナに間違いを起こさないか、ということだったのだ。隊員たちはそんなことをしたらフェンネルに殺されることがわかっているのであり得ない話だが、フェンネルはそれを知らずに不安に思っていた。隊員たちを疑っているわけではないのだが、隊員たちも男だ。長い遠征で欲が抑えきれなくなることもあるのではと思うのだ。
そんなフェンネルの心配を、ティーナはケロリと一蹴する。
「倒します」
「即答だな……」
だが、ティーナの言うように隊員たちが例え襲ってきたとしても返り討ちにできる力を持っているので、考えすぎだったかとフェンネルは苦いながらも再び笑顔を浮かべた。
「まぁいいけどよ。おかわりいるか?」
「はい!」
ティーナは早くも空になったお椀を差し出す。
「そういえばフェンネル隊長、私が夜の番をしている時、いつもこっそり見に来てくれますよね? もしかして心配してくださってるんですか?」
「俺は眠りが浅いから、目が覚めたら覗きにくるだけだ」
隊員たちは自分たちの作戦で夜に二人きりにできたと思っているが、実はみんな知らないだけでいつもティーナが夜の見張りを担当する時は、フェンネルが様子を見に来ていたのだ。だから、夜に二人きりというのは特別なことではない。
フェンネルはお椀いっぱいに鍋の中身を入れてティーナに再び渡す。ティーナは幸せそうな笑顔を浮かべながらおかわり分を口に運んだ。
「本当にティーナはよく食うな。そりゃ、こんだけ成長するわけだよ」
「またそんな子供扱いしないでくださいよ」
ティーナは不満そうに頬を膨らませる。二人が出会ったのは、ティーナが十六の頃だ。年齢差が十歳あることもあって、時々フェンネルはティーナを子供のように扱う。フェンネルと対等でいたいティーナにとってはそれは不満だった。
「背もそんなに伸びて、偉くなったもんだ」
「もう! 今は副隊長なんですからね!」
そうしてえへんと胸を張る仕草もまた子供のようなのだが、ティーナはそのことに気がついていない。
「頼りにしてるぞ、副隊長さん」
「言われなくても! 今年もシーズンが始まりましたから、どうぞ任せてください」
この遠征は騎士団のシーズンの始まりと言っていい。王都に戻ればまた忙しい毎日の始まりだ。
「そういえばフェンネル隊長、今年もろくに休みを取りませんでしたね」
騎士たちは魔獣の活動が大人しくなる冬に代わる代わる長期の休みを取る。故郷が遠い騎士たちは年に一度、そこで帰省することになる。
しかし、ティーナの知る限りフェンネルは毎年ろくに休みも取らず、ずっと王都に残っていた。
「休みなら取ったろう」
「休みと言いながら訓練場に来て訓練しているのは休みとは言いませんよ」
いつも働いてばかりのフェンネルをティーナは心配している。だが、ティーナが何を言ってもフェンネルは休みを取ろうとはしない。
「フェンネル隊長の故郷は北の方ですよね? 帰らなくていいんですか?」
「いいんだよ」
フェンネルは表情を曇らせて身に着けているペンダントに触れた。その動作を見て、ティーナの胸はドクリと嫌な音を立てる。その自分の感情から目を逸らすように、ティーナはお椀に目線を落とした。
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