第16話 最後の未來


「えっ........、誰ですか?あなたたち?」


未來はぽかーんと口を開けているような口調で聞いてきた。



その時、俺は主治医に言われたことを思い出した。




「未來さんは........お....恐らく、記憶喪失になる可能性があります」



単純に言えば、癌を治すために使用した抗がん剤は世界的に見てもあまり使用例がなく、同時に未來の癌もまだ世界で数人にしか症例がないという事情から、最も強い抗がん剤を使わざるを得なかった。



故に癌と言っても、難病扱いであり、そしてその副作用の代償はかなり大きいものだと言うことらしい。



「う....うそ....うそやろ?そんな........、ことがあったらたまんない....よ」


溝呂木さんも驚きを隠せない。



知らなかったから、尚更心に響くのだろう。

「過去を知らない」未來への恐怖が。



「本当に分からないか?」



「はい........、すみませんが........」



どうやら、副作用がきたらしい。

改めて、絶望という二文字を噛みしめ、味わっている気がした。


溝呂木さんも泣いてこそないが、それでも目に涙を浮かべて、今にも存在自体が透き通ってしまいそうだった。



俺も胸が痛む。

心臓がなる度に、痛みを増していく。


うっ........、もう限界だ........。



俺と溝呂木さんは、この場の雰囲気に堪えられなくなり、病室を離れようとした。



「じゃあな、未來」



向こうからの反応はない。


溜め息をつき、呼吸を整えてから病室を後にしようとする。




その時



「えっ、えっ、ちょっと帰らないでよ!」




は?何?



俺たちはベットのある方を向く。

ん?いつもの未來?



すると、今度はドアから主治医が。



「おおー、直哉くん。それに........彩香ちゃんだっけ?あのー........順調にきてるよ」



何が順調にきてるだよ!だって、記憶が........



「心配していた副作用も難なくすり抜けたからねぇ。安心して」




そういい残しドアを閉める。



もう一度、ベットの方を振り返る。

すると、



未來が舌を少し出し、ウインクして

<私、騙してました>感を醸し出している。

効果音をつけるなら、テヘッと言ったところだろう。



............................。




「おい、未來!!!!」




二人でハモった。いや、ハモっても全然おかしくない。



「ごめんね。だって、あんまりにも上手く行き過ぎてたからさぁ、心配している二人にも悪いかと思って」



「全然良くねぇよ!」



「そうや!何が騙しましただ、ボケ!いてもうたるど!」



俺は未來への怒りがあったが、同時に溝呂木さんの怒りに怯えてしまい、調和されてしまった。



それに、未來はこういうやつだと言うことを思い出してからは、あまり怒る感情はどこかへ放り出してしまった。



「せやから言うてるやろ!嘘はあかんて!」



「ごめんごめん。彩ちゃんなら、関西人だしジョークとかも精通してるかと思いまして........」



「アホか!それとこれは話が別や!」



どうして怒っているのに、可愛く見えてしまうのは俺がMなんだろうか?



こんなに無地つましい光景を目にするのはそうそうないと思い、じっと見ていた。


まるで他人事のように、スゴく遠い第三者目線で。



「................。ほら、村上君も未來に言うて」



えっ、急に俺かよ!



「まぁ、あれだな。嘘はよくない」



「ちょ、ちょっと!もっと強く言わんと」



強く言わんとと言われましても........。



「はぁー........。もう、疲れてものも言えんわ。お腹も空くし........」




こういうときはおれの出番だ。



「じゃあ、俺が買ってきたたこ焼きでも食べる?」



「本当に?食べる食べる!」




ほら。ギリギリで買ったかいがあった!

何故か、未來も一緒に言っていた気がするが........。


まあ、いいか。そんな細かいこと。



「あっー、待って!先にかつお節からかけないと」



「村上君、こまか!どっちでもええやん」




とにかく、俺たちは昔の仲良し三兄弟のように談笑し、幸せの時間を過ごした。



しかし、面会時間にも限界がある。



また、3人の時間が合う日に続きをしようということになり、解散した。



「未來、本当に元気そうやね」



「ああ、それが何より良かったよ」



「なぁ、未來。死んだりしないよね?」



俺はすっかり未來が限られた時間しか生きられないことを忘れていた。


いや、忘れてしまおうとしていた。



もっと言えば、口にしたくも無かった。



「いや、大丈夫だろ。だって、あんなに元気なんだぜ?心配すんなって!」



空元気で言った。



「そう........、そうだよね。死んだりしないよね........」



「そう。大丈夫だから」



「うん、ありがと」



罪悪感というのは、恐ろしいものだ。

逃げれば逃げるほど増大し、それが自分の身へと降りかかってくる。


でも、現実逃避したかった。



未來が死ぬことなんて考えたくもない。



俺はこのとき、いい選択をしたはずだった。

溝呂木さんも一先ずは安心して帰っていった。




俺も久しぶりの睡眠をとった。





俺の睡眠は必ず終わりが来る。溝呂木さんもそう。そして、未來も。




そう信じていた。





9月14日を迎えるまでは。

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