第7話 夏休み~序章~

 ―カリカリカリカリカリカリ……―


 ペンの音が部屋中にこだまする。


 ―パチパチパチパチ……―


 パソコンでキーボードを叩いている音がなんと言えぬ空間を作り出している。


 そう、俺は何をしているかと言うと



 課題論文を作成している。

 課題がそれぞれあり、今回は「生存権」をテーマにした、実際の判例に即して、自分なりの意見をだいたい30000字程度(原稿用紙で言うと400字詰めで70枚程度)でまとめることとなった。


 大学生って、遊んでいるように見えて、スッゴい努力してることを改めて痛感した。



 もう何日も寝ていない。いや、精神的に寝られないのだ。



 何故なら、この課題の評価によって



 夏休みが楽しく過ごせるかどうかがかかっているからだ。勿論、E判定を取らなければ、単位は取れる。しかし、ここは天下の慶央大学法学部。司法試験の兼ね合いもあってか、B判定未満の人は必修でいわゆる「勉強会」を行わなければならない。



 そんなのに縛られるのは、今は要らない。


 どうせ、遊べるのは一年だけだから、せめて夏休みはたっぷりと遊びたい。

 だから、頑張っている。


 ―捗ってる?うち、もうヤバイわぁ😭―


 溝呂木さんからメールだ。


 だいたい、ヤバイと言う奴ほど出来ている。

 今回もそのパターンだろう。



 ―あと、1時間もあれば完成かな?そっちは?―


 ―あと、1日はかかりそう……。助けて……―



 確かに好きな子からのヘルプは助けたい。だが、俺も危機迫る状況に陥っている。



 ごめん……、力になれません……などと思っていた矢先に、電話が鳴った。



「……もしもし?」


 恐る恐る電話にでてみる。


「村上君!!本当に助けてよ!」



 耳がキーンとなり、手が鼓膜の破裂を予感したのか、耳から自然とスマホが離れていた。



「でも、俺も同じようにあるんだけど……」



 これは事実だ。何もやりたくないが故に造ったではない。むしろ、そんなの作ってる時点で「ほんとに彼女のこと、好きなの?」と自分自身に問いかけたくなるはず。

 だから、嘘ではない。



「だってぇ……、っっうぐっ……」



 どうやら、自棄になっているらしく、まさかの電話口で泣かれてしまっている。


 ただでさえ、電話は使わないため、妊娠間近に控えた奥さんを持つ夫のような、おろおろしている状態になり、言葉が見つからなかった。


 取り敢えず


「えっと……、分かったよ。でも、もう少しだけ待ってて。絶対楽しい夏休みをゲットして、ふたりでプールでも行こうぜ」



 と多少またもや要らない言葉が入り交じっているが、これでも当時は一生懸命に考えた末の羅列だ。



 すると、泣き止んだのか



「…………うん、一緒に行こう……。頑張って、楽しい夏休みにしようね!」



 と、いつも通りの元気さで返してきた。多分、あの屈託の無い笑顔も付けて。



 其処で電話は切れた。というよりは、意図的に切られた。でも、やる気になったからであろう。

 俺も約束した以上、やるしかない。



 こうして、俺は予定よりも早く終わらせ、溝呂木さんの手伝いに入り、ギリギリで完成させた。



 流石に、精魂つきたという感じであった。



 そして、迎えた提出日。



 不安だったが、俺たちはAA判定だった。



 つまり、最高がAAAであるから、2番目の評価をもらうことが出来た。



 素直に嬉しかった。



 何より、溝呂木さんが喜んでいたことが今一番の幸福だ。



「ありがと!うち、ほんっとやばかったんよ」



 こちらこそ。


 そして、この笑顔が見られるように頑張ろう。どうやら、俺は<誉めると伸びるタイプ>らしい。



 こうして、夏休みを無事に迎えることが出来た。




















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