開幕! ダイナディア魔箒レース
そして、その日はやって来た。
「またこの日この時がやってまいりました!
ダイナディアが誇る大魔箒レース、遂に開幕です!」
歓声を上げる観客たち。拡声魔法で高らかに宣言され、選手たちは刻一刻とその一瞬を待つ。
『オレ様たちは最後尾か。まぁ抜きがいがあるというものか?』
「魔法使いじゃないですしね……」
レースのスタート位置は、魔法使いのこれまでの活躍や登録順などで決まる、って聞いた。ギリギリでエントリーした上に、魔法使いですらないわたしたちが最後尾にいるのは、当たり前のことだ。
周囲の魔法使いさんや、集まった観客たちが、わたしの事を不思議そうに見ている。やっぱり、飛べるようには見えないんだと思う。
『あまり周りを見るなよ。キサマは正面だけ向いていればいいのだ』
「うん。いや、気にしてたわけじゃないんだけどね」
変な眼で見られるのは仕方ないことなので、気にする理由は無い。
ただ、自分でも信じられないってだけで。
「わたし、前まではあっち側にいたから」
観客の中に混じって、空を飛ぶ魔法使いたちをながめていた。
自分とはまるで違う存在だと、信じ切って。
……今でもそれは変わらないのかな?
「でも、わたしには箒さんがいますから」
箒さんと一緒なら、飛べる。
速さを競うあのドキドキを、わたしは空の上で感じることが出来る。
『……ただ飛べるだけ、と思うなよ?』
「はい。箒さんがすっごく速いってことは、分かってます」
3! カウントダウンが始まり、魔法使いの気配がひりついた。
2! わたしも箒さんを握り締めて、大きく息を吸う。
1! 正面を見据える。無数の魔法使いさんたち。その向こうに、きっと。
「――スタートッッ!!」
瞬間、空気が爆ぜた。
いや。魔法使いさんたちが、一斉に箒から魔力を噴き出したんだ。
風は感じない。前を飛ぶ魔法使いさんが、壁になっているから。
――うん、でもそれじゃ、物足りない、かな?
『さぁブッ飛ばすぞ!』
「はいっ……!」
ぐんっ。身体が後ろに引っ張られる。
いや、箒さんの加速に、身体が一瞬置いてかれたんだ。わたしはぐっと箒さんを掴んで前のめりになる。ひゅぅ、と風が耳の横を通り抜けた。
「なんだ、アイツ……!?」
「速いぞ! ……ちぃっ!」
わたしたちが前に行こうとしたのを感じたのか、集団の魔法使いたちが、箒さんの進路を塞ぎにかかる。でも。
『邪魔だ退けェ!』
「わわっ……」
箒さんは意に介さない。右に素早く回転しながら、箒さんは魔法使いたちの隙間に潜り込み、抜ける。
「なっ……」
一瞬。驚きにこぼれた声が、わたしの耳に届いて……
ひゅんっ。もうそのすぐ後には、その魔法使いたちはずっと後ろ。
『序盤は魔法は使われない。まずはここで上位に出るぞ』
「うん、分かった! 作戦通りだね!」
大会が始まる前、箒さんはわたしを乗せて飛びながら、箒レースについて教えてくれた。
魔法使いが密集する序盤では、魔法は使われない。集団でぶつかって事故になったら大変だからだ。
だから、まずはその間。速さが取り柄の箒さんは、出来るだけ速度を上げて上位の魔法使いたちに追い付く。
「くっ……こんな小娘に抜かされてたまるか!」
『おっと。次は下降だ、口を閉じろ!』
「……っ!」
魔法が使えない内は、相手を妨害する手段が限られる。つまり、進む先を塞ぐ事。前を塞がれた箒さんは、ぐぐっと下に降りる。
縦横無尽の箒レースとはいえ、上下左右に動き回っていたら真っ直ぐ飛ぶより時間がかかる。出来るなら、最小の動きで避けたい所だ、と箒さんは言っていたけれど……
『有象無象の雑魚になど、いちいち構っていられるか!!』
一気に、上昇。ぐぐぐっとお腹の中身が押しつぶされるような奇妙な感覚と共に、箒さんは突き進む。
一人、二人、三人! 上を飛んでいた魔法使いたちを追い抜かして、わたしたちはその前を行く。
『いちいち抜いた数など数えるなよ?』
「えっ、だめ?」
つい上を見ていたのがバレて、わたしは箒さんに釘を刺される。
『なに、抜いた魔法使いの数など、後で調べれば簡単に分かるという事だ。オレ様は全ての魔法使いを抜き去るのだからな』
「あー……うん、そうだねっ」
わたしにそこまでの自信はない。けれどうなづいた。
勝てる、なんて思い上がってないけど。
勝ちたい、とは思っていたから。
『キサマは、前だけを向いていればいい』
言われた通りに、前を向く。
魔法使いさんたちは既にばらけ始めていた。速度に差が出てきたんだ。
「もうじきかな?」
『恐らくな。街を抜ける頃には』
魔法の解禁まで、あとわずか。
ダイナディアの魔箒レースは、街中から始まり、東の草原から北の森を経由し、また草原を越えてから、街へ戻ってくる。
いつもこのレースで魔法が解禁されるのは、草原に入ってすぐだった。
見知った建物の上を突き進む。
右へ、左へ、ほんの少しずつゆれ動きながら、箒さんは魔法使いたちを追い抜いていく。
やがて建物は減り、目の前に現れたのは……街の東門。
ばらばらに飛んでいた魔法使いたちは、その門を抜けるために、密集する。
『潜るぞ……!』
ぶぉんっ。くぐもった風の音が消えて、門を抜けた。
……その、直後だ。
「えっ……なにあれ……!?」
コース上に、何かが浮かんでいた。
「きゃは、きゃは、きゃはは!」
黒い球体に口が付いたようなそれは、手のひらに収まるくらいの大きさだけど、わたしたちの飛ぶ空の上に、無数にあって……
『――マズいな。上昇だ!』
それを見た箒さんは、ぐいっと進路を変え、真っ直ぐ高く飛んでいく。
「箒さんっ!? それじゃ距離が……」
門を抜けた魔法使いたちは次々と先へ進んでいて、高さのために角度をつけたわたしたちは、折角抜かした相手にも抜き返されてしまっている。
『あぁ、だがあれを喰らうよりはマシだろ』
下を飛ぶ魔法使いさんたちを見渡す。その周囲には、あの黒い球。
「きゃは、きゃは、きゃはは!」
球体は甲高い声で笑っていて、いかにも不気味。
何かあるんだろうなぁ、とは思っていたけど……
「きゃはは! きゃはは! きゃはははははははは!!
ははははははははははははは――ぎゃぁぁぁぁぁああっ!?」
ぼんっ。
「ええっ!?」
球体は、悲鳴を上げて爆発した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!?」「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
悲鳴は連鎖し、コース上には爆風が広がる。
「えっ、あれっ、箒さん、あれ平気なの!?」
『死にはしない。ただ死ぬほど痛くて、マトモに喰らえば飛ぶのは辛い』
淡々と説明する箒さん。その言葉通り、球体の爆発を喰らった魔法使いさんたちはよろよろと地上に降りていく。
『さて、キレイになったな。下降するぞ!』
ひゅぅぅ、と箒さんは高さを落としていく。昇る時より、降りる時の方がスピードは出しやすい。
お腹の中身がひゅっと持ち上げられるようなこの感覚は、まだ苦手だけど。
「あーらら? ウチの爆弾よけたヤツがいるなと思えば……」
そのまま直進していくと、大人の魔法使いさんがこちらを振り向いた。
髪が長くて肌が青白い、男の人だ。痩せている。
「さっきの変な爆弾のことですか……?」
「そう。可愛いでしょう?」
「……うぅん……」
可愛くはない。むしろ気持ち悪い。
そうハッキリ言ってしまってもいいものか。
『犬も食わんような下らない魔法だった、と言ってやればいいのだ』
「それは絶対言わない……」
っていうか、喰らってる魔法使いさんそこそこいたしね。
『それより、気を付けろ。この男、まだ手を持っている』
箒さんの忠告を聞いたわたしは、素直に男の人の手を見た。
片手は乗っている箒に。でももう片方は……小さな杖を手にしている。
「魔法の準備は万端、ってことだね」
『こいつに限らん。魔法が解禁された今……』
言いかけて、箒さんは突然ぐるっと横回転した。
「あわわっ」
そして、わたしがついさっきまで飛んでいたその場所を……火の玉が、ぼわっと飛んでいく。
「あら、気付いてた? カンのいい子ね」
振り向けば、女の魔法使いさんが杖で魔法を放っていたのだ。
なるほど、一瞬も気を抜けないってことだ……
『弱い魔法ならリカバリーの余地はあるがな。喰らわんのが一番だ』
「ていうか箒さん、どこまで見えてるの……?」
『一度に見える範囲は人だった頃と変わらん。魔法については鼻が効くようになったから、少しは察知できるが……』
箒さんは周囲をある程度見回すことが出来るらしい。
でも、鼻が利くって……鼻ないじゃん。わたしはそんなことを思いながら、だったら……と箒さんに提案する。
「わたし、前見てるから、箒さんは後ろお願いね」
急に魔法が飛んでくるなら、その方が安全だ。
『……操作、出来るんだろうな?』
「あんまり出来ないけど……少しは、練習したし……」
大会が始まるまでの間、わたしは箒さんと一緒に飛行の練習もしていた。
結果はまぁやっぱりというかなんというか、散々で……わたし一人じゃ、まともに方向転換も出来なかったんだけど……
「……指示だけなら、出せると思う」
『良いだろう。慌てふためくようなら無視するから、そのつもりでな!』
箒さんは偉そうに答えると、早速ぐいっと右に箒を動かす。また、火の玉を避けたんだ。
(箒さんは勝手に動く……わたしのやるべきことは……)
大きく息を吸って、前を見る。
前を飛んでいるのは、七人。
その中で、一番近くにいるのがさっきの爆弾の魔法使いだ。
彼はこちらを向かず、けれど杖からも手を離さず……
つぃ、と彼は杖を動かした。同時に小さく、風に乗って、彼の声が届く。
「……《狂乱の爆弾よ、喚け》」
「!! 右!」
ぽろ。
男の魔法使いは、何処からともなく出現させた爆弾を、手のひらからこぼした。
それは地上に落ちることなくその場に留まる。つまり、わたしの直進上。
『良いだろう!』
けれど箒さんはわたしの指示に従い、右に回転。
「きゃははは、ぎゃあっ!?」
ぼぅん。爆風でわたしの身体が少しぶれる。けど、避けた。
「避けたよ、箒さん……! わたし避けた!」
『分かっている! いちいちはしゃぐな!』
「だって、だって……!」
今のはわたしの指示だったから。
そりゃあ動かしてるのは箒さんだけど。さっきあの瞬間、わたしは確かに、魔法使いさんと戦っていて……
「ひゃうんっ!?」
感慨に浸る間もなく、左回転。後ろからの攻撃をよけたんだ。
『余計な事を考えている余裕があるのか!?』
「だって、楽しいものは楽しいんだもん……」
一歩間違えば痛い目を見る。それはいやだけど、だからこそ。
それを乗り越えた時のわたしの胸の高鳴りは、箒レースでしか味わったことのないもので。
だから、笑ってしまう。
やっぱり、エスメラルダさんが見たら怒るかな?
(だとしても、まずは――)
エスメラルダさんを探そう。彼女はきっと、一番前にいる。
「いい動きをするね。魔法使いじゃないって聞いてたから、油断してたけど」
「……箒が良いんです、スゴく」
男の魔法使いさんに言われて、答える。ふぅん、と彼は目じりで箒さんの事を捉えながら……小さく、杖を振っていて。
「箒さん、今!」
飛ばすなら今だ、と感じた。
ぎゅん、と箒さんは魔力を放って、一気に加速。男の魔法使いさんと並ぶ。
「おっと、これは驚いた」
「この距離なら、爆弾は……使えないですよね、多分」
彼が使っていた爆弾は、爆風が大きい。
箒レースだもん、小さいと簡単に避けられちゃう。
でもそれは、近い距離だと使えないってことで……
「ギャハギャハ!」
男の魔法使いさんは、答えない。
その間にも、爆弾の叫びはだんだん大きくなってきて……男は、結局、それを後ろに向かって放る。
『キサマ、案外よく周りを見ているじゃないか?』
そのすきに魔法使いさんの前に出ながら、箒さんはそう言ってわたしを褒めた。
「……箒さんに褒められると、なんか違和感があるんですよね……」
『あぁそれから、キサマが実は失礼な娘だ、ということも理解した』
「えぇっ!? なんでですか! そんなことありませんよ!?」
宿のお客さんからは、礼儀正しい子だってよく言われてるのに!
「……それに、案外見てるって言いますけど……ほら、掃除の時とか、部屋中をじっと観察するじゃないですか」
『オレ様は部屋の掃除などせんが』
「はいっ!? ……ともかく、それと同じ感覚で見てたら、何がどうなってるかくらいは分かるというか……」
『……色々違うと思うがな……まぁいい……』
箒さんは、わたしの説明に納得したのかしていないのか、それ以上は何も聞かず、飛行に集中する。
コースは間もなく東の草原を終え、北の森へと入る。
『中では高さに制限がかかる。木も邪魔で速度を出しにくい』
直前に、箒さんがわたしに改めて説明してくれた。
「視界も悪いし、木にぶつからないようにみんな慎重に飛ぶんだよね?」
コースは森の中に設定されていて、木々を超えた空の上に逃げることは許されないのだ。だからみんな、この中ではゆっくり確実に進む。
『だが、オレ様たちはそこで一気に突っ走る。なぜなら……』
「魔法を使えないから?」
『そう。魔法による妨害を警戒すると、迂闊に速度を出せんからな』
速く飛べば、その分魔法に対する反応も難しくなる。避ける、っていったって、複数人から狙われればそれも大変だし。
でも、森の中ならそれはない。
単純に、木々を避けるので精一杯になるのが一つ。もう一つは、木々が視界を塞いで相手を狙いにくいってところ。それから……
『大体の魔法使いは、森を抜けた所で大魔法を使用するからな』
「……魔力を貯めておく、ってことだよね?」
魔法を使うための力。良い魔法使いほどたくさんの魔力を持っているというけれど、大魔法を使うには、やっぱり消耗も激しいみたいで。
中盤に大魔法を使えば、後半が苦しくなる。狙うなら後半で発動して逃げ切る方が確実なのだと、箒さんは語る。
『まぁ所詮、箒と速度に自信のないアホウ共の考えた手段に過ぎんがな……!』
あ、最後に余計なこと言った。
「箒さん、魔法嫌いなの?」
『嫌いではない。が、それに頼ってレースをするような輩は……
……おい待て。なんだあれは』
箒さんが言葉を切り、あれを見ろ、とわたしに促す。
「森の上に……黒い雲……?」
森の木々の上。帽子でも被せたみたいに、黒い雲が渦巻いていた。
いや。あんなところにだけ雲が出来るなんて、おかしいよね。
あれは自然のものじゃない。っていうか、わたしたちはあれを知ってる。
「ねぇ箒さん、さっき大魔法がなんだって言ってた……?」
『……森に入るぞ、気を付けろ』
ごくり。息を呑んで、わたしたちは森に踏み入る。
――瞬間。
どぎゃぁんっ! 激しい音を立てて、いくつかの木々が、砕け散った。
その木の根元には、倒れた魔法使い。
「あわわ……マトモにくらったんだ……ホントに平気なのあれ……?」
『死には、しない。じきに救護も来るだろう。……姿勢を低く保て』
箒さんはそう答えて、低空飛行。変に高い位置にいると危ないんだ。
すいすいと木々の間を抜けながら、森を進む。
一人。二人。三人。倒れた魔法使いの数は多い。
これをやったのって、やっぱり……
「……あら。貴方、結局参加なさったんですね?」
「うん。……来たよ、ここまで」
深く息を吸い込む。空気は重くて、焦げ臭い。
びかん! と雷が鳴った。その光に、前を行く魔法使いの顔が照らされる。
『エスメラルダ・リージェント・ダイナディア……!』
まさか、こんなに早く会えるなんて、思ってなかったけど。
「……そう。貴方、まだそんな顔が出来るのね」
言われて、わたしはまた、自分が笑ってしまっていることに気が付いた。
いや、そりゃそうでしょ。だってまたエスメラルダさんと戦える。あんなスゴい魔法使いと、また。
「相変わらず、と言うか。……そうね、せっかくだから一つだけ教えておいてあげましょうか」
だけど。エスメラルダさんの顔は、あんまり楽しそうではない。
鬼気迫るというか、ずっと緊張しているような顔だ。……なんでかな?
「教えるって、なにを……?」
アドバイスかな? そんな気楽な雰囲気でもなさそうだけど……
「その箒の事です」
エスメラルダさんは、視線をわたしの箒へと移す。箒さんは何も言わない。
「私、実はその箒の事を知っているんです。
彼は……父上が選ばなかった箒、ですからね」
「……え?」
一瞬、耳を疑った。
森に入ってほんの数十秒。レースはまだまだ、中盤戦。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます