第19話 閑話・クシャナの独白

 独白ねぇ。はいはい。


 自己紹介?


 こほん。


 私はクシャナ・フォビオン・サーサーン。


 伯爵家の長女で、リンド王朝王立魔法局では出世街道まっしぐらのエリート────だったわ。


 女だてらに………というやっかみが出るのは世の常で、やはり出る杭である私は打たれてしまった。


 特に今回は王族と親しくなりすぎたからやっかみが半端なかったわ。


 事の発端は、三大国家の協定で「勇者召喚する」という、よくわからない神頼みのようなことが決まり、その任が私に回ってきたこと。


 私は太古の文献を漁って、その準備を整えたのよ。


 だから勇者は召喚できた。と思ってるわ。ここだけの話、王族だけだったらなにも準備できなかったでしょうね。


 そして、私の評価は魔法局次長の席も確実と言われるようになった………んだけど、召喚された勇者が無能だったの。これは私にとって痛恨の極みだったわ。


 王城の中では「クシャナが関わったせいで召喚した勇者は、ただのおっさんだった」とか言われるし、もう、むっちゃくちゃムカついたわよ。


 まぁ、呼び出した王族を批判したら不敬罪だから、私を非難して毒抜きしようという意図は理解できるけどね。納得はできないけど。


 で、くだんのおっさん。


 剣もダメ。魔法もダメ。異世界から来たというだけで本当にただのおっさんだったのよ。がっかりなんてもんじゃないわ。


 じゃあせめて、異世界の知識でとんでもない武器とか作れたら………と思ったけれど、要求される文明レベルが違いすぎて今のこの世界じゃ無理。ましてや、このおっさんも専門家ではないから要点はわからない。


「銃ってどうやって弾を飛ばすの?」


「火薬かな?」


「どこに火薬があるの」


「弾の中?」


「どうやってその弾を作るの」


「さあ?」


 どんな武器の話でもこんな感じだったわね。


 だけど仕方ないのよ。こちらの世界でも武人じゃない一般人に戦い方を聞けば、きっとこうなるわけだから。


 王族は早々にこのおっさんを見限り、さっさと戦いに赴かせて名誉の戦死でもしてくれ、という感じだったんだけど、私の意地もあるし沽券にも関わるから、出来るだけのことはやらせてみたわ。


 魔法の基礎を教えた時、すぐわかったんだけど、このおっさんに魔法のセンスはなかった。


 そして、馬鹿だった。


 本当に馬鹿みたいに、魔力が枯渇して死ぬ一歩手前まで、毎日毎日修練していた。


 誰かに強要されているわけでもないのに、必死に、寝る間も惜しんで、同じことを繰り返すのよ。自分自身に拷問掛けてるみたいな、ある意味怖さも感じたわ。


 私は努力だけじゃどうにもならないことがあるって知っているから。


 例えば家系。


 私は伯爵家だからまだいいんだけど、庶民の場合は魔法局の職員になるなんて夢のまた夢。そういう世界なんだから、仕方ない。血統は大事なの。


 それなのに、このおっさんは王国貴族に対しても「俺は呼ばれて来てやった側なんだから、やたら偉そうにしないで欲しい」と正面切って文句を言うような男だったの。ちょっと胸が熱くなったのは内緒ね。


 まだあるわよ。


 例えば魔力。


 生まれながらにして人の魔力は大体決まっているってのは常識じゃない? 鍛えたら増える筋肉みたいな代物じゃないって、子供でも知ってるわ。


 それなのに、このおっさんは努力だけで魔力の総力を引き上げちゃったのよ。信じられないことでしょ?


 だって初歩の初歩、三歳児が使えるレベルの魔法が、このおっさんの手に掛かると極限究極魔法になっちゃうんだから。


 同一系統の他の魔法を覚えられない不器用さはあるけれど、最大級の魔法を一つ覚えていれば、勝ったも同然。魔王軍とドンパチする勇者の仕事なら、後のこざこざした魔法はいらないと断言してもいいわよね。


 しかも! 全系統を覚えたのよ、あのおっさん。


 誓って言うけど、おっさんに魔法の才能はないわ。なのに努力だけで覚えてみせたの。もう、なんていうか、私の胸がキュンキュンしちゃったのよね。


 剣技もそう。体術も。すべて努力だけで乗り切っちゃう、まさに「努力の勇者」って良くない? キュンキュンポイントじゃない?


 それにこのおっさんは、決して驕らないのよ。


 勇者の立場やその実力があれば、好き勝手できるっていうのに、そんなことをするように見えないし、実際、しないわけ。


 それに他の男達みたいにないの。


 特に私みたいな巨乳って、男たちから卑しい視線を一身に浴びるわけじゃない? そんな私に対しても、まるで娘か姪っ子に接するような、親戚のおじさんポジションで接してくるのよ。


 私はさ。魔術師としても魔法局職員としても、そして女としても一級品であると自負していたの。


なのにどれもこれも、このおっさんに「はいはい」って、なんだか子供をあやすような感じで接してくるのよ?


 私のプライドが「それは許せない」と警笛を鳴らすのもわかってくれる?


 それに他の男と結婚するなんて考えられない。


 だって初夜権があるじゃない。魔族にはないの? 権力者が領民の新婚夫婦の初夜に、新郎より先に新婦と性交することができるって権利よ。私の実家は伯爵で領主だから、私の処女は王族が奪うってことになるわけ。


 ま、私の処女が王族への年貢みたいな扱われ方なんだけど、そんなクソみたいな風習のために結婚したくないって思ってたわ。


 けど、あのおっさんと結婚すれば「勇者」と結婚することになるのだから、王族も口出しはできない。勇者の新妻の処女権を要求したりなんかして、もし勇者が暴れたら………誰も止められないものね。


 いろいろ言ったけど、ま、結局は好きなのよ。


 顔? あの変わった顔立ちは、うーん、私の美的感覚からすると「イマイチ」よ? 種族が違うんじゃないかって思うくらい顔立ちは違うし、ちょっと肌の色も違うような気がするし、そもそもあのおっさんみたいな野性味溢れる顔立ちって、私みたいな貴族の価値観だと「下等」なのよ。


 私は外見で男の優劣をつけるつもりはないわよ? 見た目が良ければすべて良し、なんてのは10代のガキの意見だし。


 わかるかなぁ。何ていうか、ほっとけないのよね。


 あんなおっさんなのに、やたら母性本能をくすぐるというか。


 性欲の対象かと言われたらそうではないんだけれど、一緒にいたいと思う対象ではあるわよ。


 いい? この独白、絶対おっさんに聞かれないようにしてよ。そこの魔法石で録画してるやつよ。わかるっちゅうの。


 あとであんたもやるんだからね! 

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