第19話 東の村

「神獣…どんなのだろうか…」


 水国王ズイを見送り部屋のベッドで横になる。

とにかく気になる。

そもそも那国はどのような場所なのか。

神獣に興味を持っているのはなにも死の王の情報を手に入れる為だけではない。

知能がそれなりに高く、なつくような動物なら飼いたいと思った。

今いる世界は一人だ。

もちろん皆親切ではあるが、心を許せるとは言えない。

普段の生活むこうのせいかつでは気がつかなかったが、一人は寂しいものだ。

鬱陶しかった母親もあんなに嫌だった学校も今は少しいとおしい。


(犬みたいな動物かなぁ……けど、神獣ってことは大きいの…かな…?どっちにしろ見てみたいな…)


 考えるのがめんどくさくなった。


(よし………もう…行くか!)


 考えていてもなにも変わらないため行くことにした。

しかし、一人で行くのは少々心許ない。

というよりも、寂しい。

一人で外で寝るのは怖い。


(誰かついてきてくれないかな…)


 とりあえずマリフに相談することにした。


(軍団長ー、聞こえますかー?)


 心の中で呟く。


(はい、ロース様。どうされましたか?)


 軍団長がすぐに返事をした。

そういえば名前がロースになったんだと思い出す。


(那国へ行きたいんですけど……誰か一緒に来てくれる人はいませんか?)


(カイロはどうでしょうか?)


 カイロを進められた。

確かにカイロと一緒に行くことは考えたが、少し怖かった。

彼は時折、不適な笑みをこぼすからだ。


(カイロさんは忙しそうなのでいいです。)


(そうですか……ここはあえて水国のものにしたらどうでしょうか?)


(考えておきます。ありがとうございます。)


 恵国はあまり余裕がないのだろうか、やんわりと断られた。

水国で一緒に行くとしたら…あの美しい姫しかいなかった。

一緒に旅をしたらなにかがあるかもしれないなどと妄想する。

妄想している自分に気づくと恥ずかしくなった。


(僕………変態…?)


 頬が赤くなるのが自分でわかる。

さて、それはそれとして、どうするべきか。

もう選択肢はなかった。

心の中で呟く。


(軍団長、やっぱりカイロさんと行きます!!)


(わかりました。本人に直接連絡していただいてもよろしいですかな?)


(はい。)


 軍団長との会話を終え、一息つく。

自分の愚かさに腹が立つ。


(本当…ロースってなんだよ………コータと同じレベルの名前じゃん…)


 前に自分の発言に責任を持とうと心に誓ったが、有言実行することも誓った。


(カイロさん、カイロさん、一緒に那国へ行きませんか?というより行きましょう。お願いします。)


(え?大豪司様!え?…どういうことですか?…え?)


 カイロは戸惑っているようだ。

戸惑うのは仕方がないが、今は早く那国へ向かいたかった。


(今から那国へ向かいます。一緒に来てください。今すぐ準備をしてください。城門で待ってます。)


 少しわがままが過ぎるかなとも思ったが、これくらい強めに言えば、すぐに用意をしてくれるだろう。

もし断られなければの話だが。


(わ…わかりました。すぐに準備をしますので、お待ち下さい!)


 嫌なのではないかと思ったが、その声からはやる気を感じた。

これで一応準備は整った。

杖を背負う。

カイロを待たなければいけないため城門までは歩いていくことにした。


(そういえば………魔法の相性とかどうなってるんだろうか………そういう概念はないのかな?水と火くらいなのかな……)


 まだまだ知らないことがたくさんあった。

カイロに聞くだけではなくて、経験も必要だと思った。

色々考えているうちに城門の近くまで来た。


「ロース様!?!」


 ビックリしたような声を出した方を見るとマリフがいた。


「ロース様、お出掛けでしょうか?」


 どうやらマリフは今から那国へいくとは思っていないらしい。


「今から那国へ向かいます。」


 マリフは驚いた顔をしている。


「い…今から…?」


「はい、今から。」


「…………」


 突然のことで驚いているのだろう。

ついさっき、那国へ行きたいと聞き、今はもう向かうと言うのだ。

普通、驚く。


「魔法で行くのですか?」


 マヨネーズ…瞬間移動のことを言ってるのだろうと思った。


「那国との国境までは瞬間移動でいきます。そこから先はなにも分からないので空を飛ぶか歩いて神獣を探します。」


「そうですか…お気をつけて下さい。」


 マリフは落ち着きながら話した。

よほど驚いたのだろうか。

マリフと話していると城の中から走ってくる人影が見えた。


「大豪司様!お待たせいたしました!」


 驚いた。

まだ十分程度しかたっていない。

しかしカイロは荷物をまとめ、リュックのようなものを背負っている。


「では、いきましょうか。」


「はい!軍団長、行って参ります!」


 カイロは修学旅行にいくかのようなテンションだ。


「ロース様の足を引っ張らぬようにな!」


 マリフが笑顔で言う。


「じゃあカイロさん、国境近くの村を……」


「はい!!」


 言い切る前に素晴らしい返事が響いた。


「行ってきます。マヨネーズ」


 田畑が広がる田舎に到着した。

少し懐かしい気がした。

日本と似ている部分を見つけて安心した。

カイロが口を開く。


「ここは東の村です。この前、ロース様が行かれたのはここからさらに東に少し行ったところにある村です。那国との国境はその村から少しいったところにあります。」


 その話を聞いて思い出した。

馬人と戦ったことを。

左腕のない馬人は強そうだったが、仲間が巻き込まれないようにするためか、すぐに逃げた。


(あの馬人…国へ帰ったのかな………)


 しかしなぜわざわざ国境近くの村ではなく、この村なのかわからなかった。

また魔法を使わなければいけない。

二度手間だ。

面倒に思い少し腹が立ったが、抑える。


「なぜこの村に来る必要があったのでしょうか?」


 完璧に怒りを隠して聞いた。

しかし、ここでカイロがもし、なんとなく、などと言ったら空から落としてやろうとまでおもった。

今日はなにかイライラする。


「この村には大魔導師がいるのです。」


「そういうことですか。」


 自分を恥ずかしく思った。

自分よりも十歳ほど上の大人を心の中でバカにしてしまっていたことに。

自分の方が優れていると思ってしまっていたことに。


「会いに行きましょうか。」


 夕陽に照らされる畑を横目に歩いていく。

綺麗な景色が心を弾ませる。

家は田畑の近くには見当たらなかった。

少しいくと家が建つ地域が見えた。


「これが…集村か……な?」


 地理の授業で聞いたことあるような、ないようなことだったが、確かそんなようなものがあった気がする。

キョロキョロしながら歩くのを見てかカイロが話す。


「国境に近い村や街ではこのような集落の形になります。外敵からの防御の為です。」


「へー、そうなんだー。」


 気の抜けた返事になってしまった。

授業を思い出したら頭が痛くなったためだ。

弾んだ心が落ち着いた。

あまり、人は出歩いていなかった。

カイロと魔導師の元へ歩いていく。


「おい、お前!何しに来た!」


 声の方を見ると5歳ほどの小さな女の子がいた。

服は現代日本ではあまり見ない、昭和の写真で見るような子供服を着ている。


「捕まえに来たのか!」


 少女は怒っているようだった。

しかし、それは微笑ましいものだった。

何を捕まえに来たと思っているのだろうか。

カイロは顔色をうかがうようにチラチラとこちらを見ている。

なんなのだろうか。


「何を捕まえに来たと言うんだい?」


 自分でも驚くほど優しい口調だった。

とにかく久しぶりに兵士とは関係ない人間と触れあえてうれしかった。


「マユー!なにをしてるの?」


 家から母親と思われる人物が出てきた。

少女のいる場所を確認した後、カイロの鎧姿に驚いている。


「も………申し訳ありません!!国軍の兵士様に対してのご無礼許してくださいませ!子供のしたことです。私の命はどうなっても構いません。どうか許してやってください。この子の命だけは………。」


 母親が慌て必死の形相で駆け寄ってくる。

そしてカイロの前で両膝を地面につけ、頭を下げた。

いわゆる土下座だ。

その様子に呆気にとられた。


「いえ…私はロース様の付き人ですので……」


(いつから付き人になったんだ!)


 心の中で突っ込む。

カイロと母親の目線がこちらへうつる。


「なにもされてないよ…?」


 不安げな顔をした少女を見る。

母親が自分のせいで窮地にた果たされていると感じているのだろうか。


「許すので魔導師のところへ連れていってくれますか?」


 許すってなんだよと自分に突っ込んだ。

上から目線も甚だしい。

しかし、母親はそれでよかったらしい。

死を覚悟した目は今は過去の話。

安堵で涙が光っている。


「ありがとうございます!!こ…こちらです!」


 少し声が震えている気がする。

それは怒りなのか悲しみなのかはわからなかった。

母親が歩いていく。

少女は不安げな顔でその場から動こうとしない。


「ほら、いかないと!」


 少女の背中を軽く押す。

少女は先をいく母の足に抱きつき、母と顔を見合わせる。

そして手を繋ぎ歩き出す。


「こちらです!」


 先ほどとは違い、ハキハキと母が言った。

カイロと共についていった。

少し坂になっているところを上がる。

家が集まって建っている所から少し離れたところに一軒の家があった。

一般的な木の家ではなく、石造りの、不思議な家だった。

窓からは明らかにランプの明るさではない光が零れている。


「こ……こちらになります。」


 ご苦労だったとカイロが言うと親子は小走りで帰っていく。

その姿を見て母を思い出す。

母と一緒に作ったトンカツのことを思い出す。

食べようとしていた巨大なトンカツを思い出す。


(ホームシックだ…)


 寂しくなったが、とりあえず魔導師に会うことにした。


コンコン


「魔導師殿!恵国軍兵士カイロと申す!扉を開けよ!」


 音もなくドアが開く。


「なんじゃゴルぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 えげつない巻き舌で怒鳴る金髪が目に入った。

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