第58話

病院に運ばれた私は、意外とあっさり自分でも残念なくらいに、実に簡単に意識を取り戻した。


ベッドに横になり、放電で受けた火傷と、頭の傷の処置を受ける。


PP局のみんなが、お見舞いに来てくれていた。


「すみませんでした。あなたに怪我を負わせるつもりなど、なかったのですけど」


長島少年は、とても悲しそうな顔をする。


「コイツが大人しくあそこで待っていなかったのが悪い。たけるの代わりにくまの発信器を持たせたのに、それも置いて行きやがって」


横田さんが珍しく毒を吐く。


「だって、あんな大きなくまのぬいぐるみ、持って歩く方が目立つじゃないですか」


「普段たけるを背負ってるお前が言うな!」


七海ちゃんは泣きそうな顔をしながら、両手で私の頬を挟んだ。


「あぁ、かわいそうに! 女の子の顔に、こんな傷をつけるなんて!」


「そんな傷がついても、たいして変わらないだろ」


横田さんの言葉に、女子たちの空気が一斉に不穏化した。


さくらの眉間にしわが寄る。


「なにそれ。それって、明穂の可愛さを誉めてるの? それともけなしてるの?」


「そりゃ、DNAに傷がついているわけじゃないから、中身に違いはないけど……」


芹奈さんは首をかしげた。


「だけど、そういう問題でもないわよね」


七海ちゃんは私に向かって、背中越しに親指で横田さんを指す。


「この人がなんとなくモテない理由がわかりました。女嫌いとか言ってるけど、それって自分が何となくモテないのを、そうやって誤魔化してるだけですよ」


「おいコラちょっと待て。それは言い過ぎだ!」


言われた私には、もう笑うしかない。


「安心して下さい。腕のいい整形外科医を手配しています。傷は残らないように処置してもらいます」


長島少年は安心したように笑った。


「とにかく、無事でよかった」


「本当ですよ。明穂さんを迎えに行っていなかった時には、僕はもう死にそうになりました」


市山くんが泣いている。


私の顔の傷もそれほど深くはなくて、3日後には退院していた。


久しぶりに出勤した私を、森部局長は真っ青な顔をして出迎えてくれた。


「保坂くん! 本当にうちの局が爆破されたんだ! 脅迫状は、届いていなかったのに! 突然なんだよ、どうしよう!」


「もう犯人は捕まったから、大丈夫だと思いますよ」


「だけど、また別のやつらが来るかもしれないじゃないか!」


「そうですね、その時はまた、一緒に捕まえましょう」


そう言ったら局長は本当にうれしそうな顔をして、私の手をガッツリと握った。


「ありがとう。君は本当に頼りになるよ」


固い握手を交わして、局長はにこにこと立ち去る。


この局長には、軽度の認知症があり、そのサポートのために長島少年が派遣されたと、後から聞いた。


PET検査でも感知出来ない程度の軽症で、本人に自覚がない以上、内服薬による進行予防は指導出来ても、それを理由に退職させるわけにはいかないらしい。


そこで長島少年の出番となったわけだ。


彼は本当に頭がよい。


長島少年は保健衛生監視局上級局員兼、公安の電子犯罪部門特別顧問という肩書きの他に、大学に所属するPPの有効利用を研究する研究員でもあった。


彼はその学術論文を書くために、必要なサンプルを探していた。


少年はここの副局長に就任して、すぐに愛菜に目をつけた。


その身辺を詳細に調査し、彼にとって彼女がとてもよいサンプルになり得ることを確信したらしい。


そこで、私たちの部署に依頼が来た。


「ペーパーのために協力しろって言われた時には、何をやらされるんだろうと思って、ちょっと鬱が入りましたよね」


市山くんが言った。


「だけど共同研究者の欄に名前をのせてもらえるなんて、めちゃくちゃ名誉じゃないですか!」


七海ちゃんの彼に対する目の輝きは、いまだに失われていない。


「まぁ、普通ではありえないわよね」


芹奈さんも、腕組みで納得済み。


「おかげで、えらい目にあわされた」


横田さんはため息をつく。


さくらも笑っている。


そのことを、私だけが知らされていなかった。


愛菜という貴重なサンプルと接触させるには、何も知らされていない人物で、かつ彼女の興味を引く人間が必要だった。


その役目を私が担うこととなり、少年のもくろみ通り、彼女は私に興味を持った。


私が楚辺山高原誘拐事件の被害者で、PPの本格的な創設、運用のきっかけになった人物だったからだ。


彼女ははじき出される自分のPPの値に、大きな不満と不信感を持っていた。


彼女のPPはもっと正当な評価を受けるべきであり、彼女のその考えは、間違っていなかった。


その実体と計算値の差異を起こしてしまう現象こそが、長島少年の研究対象でもあった。


「あの子、めちゃくちゃ賢かったわよ」


芹奈さんは言った。


「正確な測定が出来なかったからあれだけど、知能指数だけなら、私も負けてたんじゃないかしら」


「とにかく手強くて、しつこかったな」


「粘着力は異常でした」


横田さんと市山くんはそれを今思い出しても、ぐったりと体力を奪われるらしい。


彼女はPP局に入局すると、さっそく局全体のハッキングを始める。

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