第29話

「横田さんと保坂さんの紹介で来ました」


そう言って受付のロビーに陣取った彼女は、物珍しそうにガラス張りの一階社屋、受付ロビーを見渡す。


「へー、結構いいところに建ってんだね、しかも、おしゃれな感じで」


「ここへ来たこと、なかったの?」


相手が女性ということもあって、女嫌いの横田さんは面会をパス。


なぜかしら天才少年長島健一氏の指示により、私が一人で彼女に対応することになった。


「だって、別にどこでもよかったんだもん。脅迫状送るの」


紅茶が運ばれてくる。


白い厚手の陶器に、わずかに揺れる湯気の気配が、6月のしっとりとした湿気をさらに強化してくる。


「わ、ありがとうございまーす」


自分で受付に頼んでおいて、出されたカップを彼女はうれしそうにすすった。


「で、なんの用?」


「私をここに引き抜いてくれる話し、どうなった?」


「そんなこと、できるわけないじゃない」


「なんでよ、ちょっとくらい、いいじゃない」


「なにが『ちょっと』なの?」


意味が分からない。


私がそんな顔をしていると、彼女はくすくすと笑った。


「ま、別にいいんだけど」


足をぶらぶらとさせて、子供みたいに笑っている。


落ち着きなく周囲を見渡していたその視線が、たけるにとまった。


「かわいいよね、そのウサギ」


たけるについて、誰からも何かを言われる筋合いはない。


「昨日きたときも、そう思ってたけど」


彼女は、ふいに顔をあげた。


「ねぇ、私と友達になってよ」


「えぇ?」


困ったように眉をしかめても、彼女はそんなことは全く気にしない。


「じゃ、決まりね。アドレス交換して?」


「嫌よ、断る」


彼女のカメラが、たけるに向けられた。


「私、こういうのは得意なんだよね」


彼女のスマホから発した電波が、私のたけるに勝手に侵入し、彼の体を侵食した。


「明穂! 乃木愛菜さんと、フレンド登録したよ!」


「ちょっと!」


たけるからの報告。


私は一切、そんなことは許可していないのに! 


愛菜からのハッキング行為だ。


「へー、ダイエット中なんだ、別にそんな太ってないじゃない」


たけるの中からスマホを取り出し、彼女の登録を削除しようとしても、全く機能しない。


「なによ、これ!」


「いいでしょ、私が作ったフレンド登録アプリ」


このままでは、私の全てが覗かれてしまう。


必死でウイルスを削除しようとしても、既存のウイルスセキュリティでは、対応していない。


「大丈夫だよ、フレンド登録するだけで、他の個人情報は、元の設定通り、こっちで好きに変更するわけじゃないから」


彼女は自分のスマホを見ながら、うれしそうに笑う。


「みんなさ、バカみたいにフレンド登録してるくせに、見向きもしない人間っているじゃない? 登録したけど、一回も連絡とらないとか、その場の雰囲気だけでお互いに登録しあってて、後で見ても誰だったか思い出せないとかさ」


彼女の横顔はいたって普通で、ごくごく平凡だった。


「もう死んじゃっていない人とか、名前も覚えてないような人とか、友達じゃないけど、友達な人って、いっぱいいるじゃない? そういうところに私もこっそり紛れ込んで、友達になるんだ」


まだ温かいカップを持ち直した彼女の視線が、真横に流れる。


「知らない友達。だけど、友達。誰も気づかないし、削除もされないのよ」


「そんなことして、楽しい?」


「楽しいに決まってるじゃない。友達って、多い方がいいに決まってるでしょ?」


「友達じゃないじゃない」


「友達として、カウントされてるよ?」


愛菜はにっこりと微笑む。


「PPの計算用に決まってるじゃない。だから、私よりPPの高い人を見つけたら、適当に友達になってもらってるんだ」


彼女の手が、たけるの頭にぽんぽんと乗った。


「かわいいよね、この子。たけるっていうんだ」


「ありがとう愛菜! 愛菜もかわいいよ!」


たけるの言葉に、彼女は微笑んだ。


「ね、お願い、明穂。私、友達少なくて、寂しいんだ」


彼女の視線が、ゆっくりと床に落ちていく。


「これもね、何かの、ひとつの縁ってゆうか、きっかけだとも思うんだよね。私も、自分を変えたいと思ってるんだ、本当に」


そんな風にしおらしい態度を見せられても、なんとも返事のしようがない。


彼女は、要注意人物なのだ。


愛菜が局を立ち去ったあとで、スマホのフレンド登録を強制解除してもらおうと思ったら、長島少年から『そのままで』と言われた。


PP3000の考えていることは、本当に分からない。


「今日は、乃木愛菜ちゃんとお友達になったね!」


一日の終わりを告げる、たけるの爽やかな音声。


私は愛菜と、友達になった。

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