第4話
局内の電光掲示板に、警報システムが点灯した。
その合図に、瞬間的にオフィスに緊張がはしる。
だけど今のそれは、職員向けの外的緊急性の低い警告ランプだった。
同じ部署の局員の誰かが、高ストレス値を計測して、本日欠勤扱いとなる連絡。
その分、他の局員への仕事の分配が増えることになる。
だけど、この警告は……。
顔を上げた。
その場いた誰もが気づいていながら、それを口に出そうとはしない。
分かってはいるけど、触れたくない、重たい問題がここには残されていた。
横田さんが立ち上がる。
「今期のケアマネージャーは、保坂だったな」
「はい」
局員の健康管理と、出勤及び業務内容は、個人ではなくチームで責任を持つ。
もう長い間、顔を見せていない局員が、この部署にはいた。
電光掲示板の連絡は、その対応を求めている。
「一緒に来い」
横田さんと二人で、廊下に出た。
白く細長く無機質な、だけど照明だけは暖かい廊下を通り抜け、地上部分の社屋に向かう。
この真っ白なトンネルが、外の世界と繋がる唯一の通路だった。
問題の局員は、三階建て地上社屋の二階、職員福利厚生フロアの面談室にいた。
浜岡介司、三十一歳、独身、結婚歴一回、子供なし、男性。
横田さんは、無言で廊下の先を歩く。
「今日は、局長の応対じゃないんですね」
「何か大事な用事があって、今は対応出来ないらしい」
「大事な用事って?」
私は顔を上げた。
「爆破予告でないことは、確かだ」
横田さんの横顔が、いつにもまして厳しい。
浜岡さんは、横田さんと同期入社の局員だ。
お互いに切磋琢磨しあったよきライバルのような関係だったが、奥さんを病気で亡くしてから、情緒が安定しない。
「実は、俺が局長にお願いしたんだ。あの人が相手だと、いつまでも甘えて話しにならない」
先を歩く横田さんの顔は、まっすぐに前を向いていた。
たどり着いた面談用のブースに、浜岡さんは一人で座っていた。
入ってきた私と横田さんを見て、顔色が変わる。
視線だけで、彼のじっとりと追い詰められるような感覚が、こちらにも伝わってくる。
空気の張りつめた室内に、3人が座った。
「これからの会話はすべて録音し、五年間保存されることが法律で義務付けされている。それでも、いいな」
横田さんの言葉に、浜岡さんはしっかりとうなずいた。
これからする話しは、そういう内容だということを、それだけで察したようだ。
「あぁ、そろそろそういう時期だってことは、分かってたよ」
横田さんは録音機器をテーブルの上に置くと、スイッチを押す。
「浜岡介司、さんですね」
「はい、そうです」
それが厳かな儀式の始まり。
「あなたのパーソナルポイント、PPが、1000ポイントを下回りました。我が社の規定では、1300ポイント以上が就労条件となっているのは、ご存じですよね」
「はい」
彼のPPを下げている主な要因は、体重の変化、血糖値、睡眠係数の悪化。
それに加えて、社会的な変動要因となる、継続的な私的欠勤、もしくは、過労による高ストレスでの、公的な就労不能状態が続いていること。
健康に問題があるような、過度のストレス状態での勤務は、法律上許されない。
「食事も取れず、睡眠の質が悪い。抑鬱傾向もみられる。もうずっとだな」
浜岡さんはじっと前を見つめたまま、静かに座っていた。
「君の、奥さんが亡くなった時期から、始まっていることだ」
淡々と話す横田さんの物言いに、全くの感情はない。
これまでは横田さんではなく、優しい局長がずっと浜岡さんの話を聞き、彼の相談相手を務めていた。
「大事な人だったんだ」
「反対しただろ」
浜岡さんは、全く表情を変えない横田さんを見上げた。
横田さんは、そのまま続ける。
「君たちはPPが近く、趣味や性格、思考、行動パターンなども確かに似通っていた。お前との相性は、誰がどうみても完璧な、最良の相手だった」
「俺は、運命の出会いを感じたんだ」
「運命だなんて、そんなものは存在しない。全てスーパーコンピューターがはじき出した、当然のマッチング結果だ」
「そうだと頭では分かっていても、やっぱり彼女と出会えたことは、奇跡のように感じたんだ!」
浜岡さんの語気が強まる。
握りしめた拳が、小さく震えていた。
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