第12話 邂逅

「すいません。

 冒険者登録について話をお聞きしたいのですが」


「冒険者? ならば[普通科]だな。

 君から見て右手側の入口に入ったところが普通科だから、そこの受付に尋ねなさい。

 すぐに担当者を呼んでくれるよ」


「ありがとうございます」



 少々ぶっきらぼうではあるが、案内窓口にいた中年男性の職員に促された方向に進んで行き、大きな部屋に繋がる入口に入る。すると目に飛びこんできたのは銀行か市役所を連想させる横長のカウンターとその奥で机に座って仕事をするギルドの職員たちの姿だった。



(ほう。 小説とかではよくギルドの窓口が役所に例えられることがあるけれど……成程、たしかにこれは市役所の窓口っぽいわ)



 まあ、ギルドとはいえ職員が行う実務と言えば事務仕事が多くなるのだから実用性を考えれば、このような状態になるのも仕方がないのだろう。こうやって見ると、異世界でも事務仕事における机や物品の配置は地球のそれと同じになって行くというのがよく分かる。



(受付嬢は……いないのか?)



 この手のシチュエーションだと常にニコニコと笑顔を浮かべた美しい妙齢の受付嬢が冒険者登録に訪れた者を迎えてくれるものだが、実際にはそういうことはなく職員達は皆座って事務仕事に励んでいる真っ最中だ。



(これはこちらから声を掛けないとダメみたいだな……)


「あの……冒険者登録について聞きたいことがあるのですが」



 黙々と仕事をしているところ申し訳ないが思い切って声を掛けると、こちらに気付いた一人の若い男性職員が立ち上がって窓口に駆け寄って来た。



「はい、こんにちは。 ご用件は?」


「あ、冒険者登録についてなんですが……」


「冒険者登録ですね。 登録される方は貴方ですか?」


「はい」


「では、こちらへ……」



 そう言われて促されるままに案内されたのは衝立で仕切られた窓口奥の相談スペースで机を挟んで向かい合って職員とともに席に座る。



「私はギルド・シグマ大帝国帝都支部の普通科担当のタウルスです。

 本日のご用件は冒険者登録ということでよろしいですか?」


「あ、はい。 えっと、登録というか話を聞いてから登録するかどうかを決めたいのですが……

 あと申し遅れました。

 私の名前は榎本と申します」


「エノモトさんですね。 よろしくお願いします。

 それでは早速ですが、冒険者登録と冒険者についてお話しさせていただきますね。

 まず冒険者というのは……」






 ◇






「それではよろしくお願いします」


「本日は冒険者登録に申請いただき、ありがとうございました。

 冒険者の基礎講習は明後日からになりますので明後日の二月十五日の月曜日、朝の九時にこちらの窓口へお越しください」


「わかりました。 それではこれで失礼させていただきます」


「お気をつけて」



 若い男性職員に見送られながら俺はギルド[普通科]の部屋を後にする。時刻は既に17時を過ぎており、2時間近く彼から冒険者とその登録について説明を受けていたのだが、丁寧かつ分かりやすい説明のおかげで俺は冒険者に登録することを決めて先ほど登録の申請を済ませて来たばかりだった。


 冒険者の登録は身分証とお金を出せば直ぐに登録というわけではなく、今回はあくまで『登録申請』であって、後日ギルドにて講習を受ける必要があり、その後試験に合格した者だけが冒険者として登録されることで晴れて『ギルド登録冒険者』と名乗ることができる。


 講習は文字の読み書きから始まって簡単な算術や交渉術、護身術の習得や魔物や動物の見分け方、最低限の生存術を身に付けなければいけない。講習は人にもよるが、長くて1カ月超で短い場合だと2週間ほど掛かるらしい。


 因みに申請の段階でどれくらい文字の読み書きや算術が出来るのかを調べるために簡単な試験を約20分ほど受けさせられたが、義務教育を受けて地方の国立大学を卒業した俺の場合、成績は満点。日本の中学生の国語と数学に相当する問題を順番に解いて行ったのだが、10分以内という短時間のうちに解き上がったことに対して職員は相当驚いていた。



「まあ、おかげで算術と言語分野は免除になったし。

 冒険者講習はほぼ実地講習になりそうだなぁ……」



 俺の身なりと名前に姓があることと、申請書類にスラスラと必要事項を漢字や数字含めて記入していったことや物腰から基礎教育を受けた貴族階級か何処ぞの大店の息子と勘違いした若い男性職員が出してきた問題は実はギルド正規職員採用試験の過去問題の一部だったらしく、正規職員の募集開始まで臨時職員として働かないかという上役の中年男性職員に勧誘されたのだが、丁重にお断りしておいた。


 この異世界に来た目的は世界中を巡って無名の神によって連れてこられた日本人を元の世界に戻すことであって、この世界で生きることではないのだ。まあ、地球での俺が生きていたというありとあらゆる記録や家族を含めた人々の記憶は神様によって抹消されているので地球に戻ることは叶わないので必然的にこの世界で生きていくことになるのだろうが、それはイーシアさんが無名の神との決着をつけた後になるだろう。


 自分自身は何も感じないのだが、神の末席に位置することになったということは寿命が伸びたとかいう問題ではなく永遠と言うに等しいものになったので、多分イーシアさん達神様の問題が片付くのは恐らくは数十年……いや、下手したら数千年ということもあり得る。


 そんな永遠とも言える中でいきなりギルドの職員になっても意味がない。もちろん身分を偽るというのであれば何処かの公的機関に身を置くのも一つの手だが、今はそのときではない。

 


「にしてもギルドに加入するのに保証金が必要とは意外だったなあ……」



 実は冒険者登録の申請以外に保証金として金貨3枚、日本円で約30万円が必要と言われたのでその場で財布を開いて即金で支払った。冒険者登録を所管するギルド普通科においては『保証金』という名称で他の職業を所管する科では『加入金』として支払う決まりらしく、分割無しの現金決済らしい。


 保証金を支払わなければいけない理由としては主に冷やかし目的での冒険者登録申請を事前に排除する目的と本気で冒険者に志願したい者とを選別するのが目的だとか。何でも職員曰く「本気で冒険者というある意味で中途半端な職業に好き好んで就こうと考えている者が日々生活しながら金貨三枚という大金を稼ぐには相当な努力が必要ですから。それに金貨三枚を稼せげない者が冒険者になれたとして、続けていける思いますか?」と言ってたのが印象的だった。


 確かに冒険者というある意味で中途半端な存在である職業になるのに日本円で30万円という大金を出してまでなろうと思う者はそう多くないだろう。俺のように最初から保証金をすぐに用立てられる者は別として、本気で冒険者になりたい理由や目的を持った者だからこそ保証金を出してまで志願するのだ。


 安定職だから公務員になりたいという人間と国を良くしたい、国民の役に立ちたいという確たる目的を持って公務員になる人間とでは職務対する姿勢が違うように、まともな職に就けないから冒険者になるという考えを持った者が真面目に冒険者稼業を営めるとは思えない。


 それで言えば金貨3枚という一般人から見たら大金となるお金を保証金として支払う制度は有効だろう。少なくとも保証金を払ってまで冒険者になった以上、最低でも保証金と同じ額を取り戻すまで稼ぐためには真面目に依頼を受けるしかないし、普通であれば保証金の元を取ったから冒険者辞めますという者はいない筈である。



「まあ中には貴族や金持ちのボンボンのようにさほど苦労することなく、保証金を支払う奴も居るんだろうなあ……」


 

 俺もそのひとりなのだが、俺の場合は冒険者としての身分を利用したい目的があるので、冒険者になったら何もせずに現状維持でそのままでいるということにはならない。少なくとも何も後ろ盾がない現状では地道に依頼を受けて実績を作ってギルドから一定の信用を得る必要があるし、様々な業界や組織と伝手を作っておいて損はない。



(まあ神様から依頼された仕事と冒険者としての生活の線引きとバランスには気をつける必要があるが……)



 神様の依頼を遂行するにはこの世界全てを周る必要がある……あるのだが、何の後ろ盾も伝手もない人間が金の力だけで世界を巡るのは限界がある。そのためにも様々な職業の組合や協会が『ギルド』として存在し統合されているのはこちらにとっては好都合だ。


 こちらには銃だけではなく、主力戦車の装甲をぶち抜ける兵器もあるので冒険者になったからといって深刻な危機に陥ることは殆どないだろう。幸いなことにこの世界は中世ファンタジーではなく、鉄道もある近代である。


 お陰で国境の出入りや移動の制限も地球の中世ほど厳しくないのも有難い。唯一心配なのは国同士の戦争に巻き込まれることだが、冒険者という中途半端な身分であれば逆に兵士として徴兵されることもないだろうし、いざとなればイーシアさんの所に逃げ込めば何とかなるだろう。



「さてと……雲行きも怪しくなってきたことだし、何処かで夕飯食ってとっとと宿に帰るか……」



 面倒なことはまた明日考えることにして、本当はこのまま街をぶらぶらと散策して帰りたいのだが、今の季節は冬。日本の冬と同じで午後17時も過ぎるとさすがに辺りは暗くなってくる。しかも空は曇天で今にも雪が降ってきそうな状態だ。こういう天気のときは早めに帰宅するのに限る。



「こりゃあ、宿に戻ってから夕飯食ったほうがいいかな?」


「そこにいるのはエノモト殿かい?」


「え?」



 そう思って歩き出したとき、不意に自分を呼び止める声がしたので立ち止まって振り返ると、そこには見慣れた人達が……正確には冒険者クラン『流浪の風』の四人が立っていた。



「やはりエノモト殿か。 

 ギルドの普通科を出て行く人物を見てもしやと思ったのだが、追いかけて来て正解だった」


「追いかけて来たって……何か用でも」


「いや、この前冒険者について話しをしていたが、保証金のことは言っていなかったからな。

 もしかして保証金を払えずに窓口で門前払いされたのかと……」


(なるほど。 そういうことか……)



 どうやら彼らは保証金の件を俺に話していなかったため、俺が保証金を払えずに窓口を追い返されたと思って心配で後を追って来たらしい。いや、確かに保証金を払わなければいけないことには少々戸惑いもあったが、イーシアさんから金はたんまりと支給されているので自分の懐が痛むことはない。



「ああ、そのことか……いや、大丈夫。

 ちゃんと保証金の金貨3枚は即金で払ってきたよ」


「え?」


「うそ……」


「本気でか?」


「あら……」


「……ん?」



 セマだけでなくムシルや、エフリー、リリーまで驚きの顔で俺を見ている。

 もしかしたら、金貨3枚という金額をポンと出せたことに驚いているのかもしれない。確かに日本円で30万円という大金を冒険者になる為に払うのだから、そりゃあ驚くのも無理はないが俺としてはこの金額は向こう何年……いや、何十年と続くであろう異世界調査に使える身分を取得するのに必要な経費なのだ。



「エノモト殿? エノモト殿は金貨三枚という大金をギルドに渡して大丈夫だったのか?

 これからもずっと旅を続けるにしろ、何処かに腰を落ち着けるにしろ金貨三枚は必要な金だったのでは?」


「いや、あまり大きな声では言えませんが懐には少し余裕があるからね。

 それに金貨3枚はあくまで先行投資みたいなものだよ。

 やっぱり、ギルドが身分を保証してくれるのは有難いし、一生冒険者をするわけじゃないから」


「そうか。 まあ確かに冒険者を続ける者は少ないからな」


「そういうこと。 

 冒険者である程度経験を積んだら、所属を『普通科』から『商工科』に変更しようと思っていてね」


「商工科……なるほど、エノモト殿は将来的に何か商売を始めようと考えているのだな?」


「そう」



 これはセマではなくギルドの職員に聞いたことなのだが、ギルドの所属に関わらず冒険者という仕事を続けている者はそう多くないのが現実なのだそうだ。代表的な理由としては下記のようものが幾つかある。





・体力が若い頃と比べてたなくなった。


・結婚して子供ができたので、危険が少なく安定した収入が欲しい。


・冒険者時代の経験を買われて別の職業に誘われたので転職した。


・冒険者時代に作った伝手で別の職業に転職出来た。

 

・冒険者時代に貯めた資金と伝手で新たな商売や事業を始めた。


・怪我や個人的な都合、仲間の死亡やクランの解散などのため故郷に戻り親兄弟が営む仕事を継いだ等々……





 上記以外にも様々な理由で冒険者をリタイアするものは多く、特に人間種の冒険者は冒険者を始めて大体20年〜30年ほどの期間で冒険者を辞めて転職したり故郷に戻ってしまう者が多いらしい。


 逆に寿命が長い長耳エルフ族や魔族、一部の長命な獣人族などは百年単位で冒険者を続けている者もいるらしく、そういう大ベテランの冒険者は殆ど国お抱えの御用冒険者として活動している者も多く、中には一代限りの爵位を得て豪邸を建てた冒険者もいるのだとか。


 いずれにしても長命な種族と比べて寿命が短い人間種の冒険者は高齢になっても冒険者を務めている者は極一部であり、そういった稀有な者たちも発掘や調査など経験と伝手を必要とする荒事以外の依頼を専門に請け負っている。


 冒険者になる者達の目的や理由は様々だ。冒険者登録申請時に保証金を支払う必要があるので働いて保証金を捻出する必要に迫られる者が多く、金持ちの子弟以外で初めての職業が冒険者という者は殆どいない。


 そのため冒険者になる前には何らかの仕事をしていたという人々が大半を占めるが、何故彼らが保証金を稼ぎの中から捻出してまで冒険者になるのかというと、冒険者という職業が中途半端な存在であるからだ。中途半端というと日本人から見ると何やら悪いイメージがあるが、この世界では全部が全部悪いイメージとして捉えられているわけではない。


 日本のようにインターネットが普及していないこの世界では転職というのは容易ではない。 似非中世ファンタジーの世界とは違って近代に差し掛かっているこの大陸の国々には職業斡旋の機関や組織はあるにはあるが、それでも知人や取引先の紹介による就職や転職が大半を占めている。


 しかも、ある程度年齢が行った者は新たな職業に転職するには経験や伝手以外にも信用が必要になってくるのだが、全く面識のない雇用者に対して信用してくれと口で言っても無理な話だ。



「確かにエノモト殿は冒険者より商売人の方が向いているだろうな。

 それで言えば、冒険者として顔を売って方々に伝手を作ってから商工科に登録した方が賢いやり方ではあるか……」



 セマが言ったように冒険者になる者は伝手や経験を養う以外に『顔を売る』という目的がある。有名なパトロンがついていたり、国お抱えの御用冒険者が所属するクランに加入出来ればそれだけで名を売ることができるし、様々な依頼を請け負って地道に冒険者の等級が上がっていけば、自然と顔が売れて信用を得られるためギルドに所属する冒険者達は余程の理由がなければ依頼を遂行し、己将来のためにも真面目に仕事をこなすのだ。



(まあ逆を言えば、ギルドに所属していない冒険者者達に荒くれ物が多いと職員が言っていたのは、それが理由なのかな?)



 ギルドに加入しない……または加入できなかった者達は殆どの場合、脛に傷がある者が多く、犯罪歴があったり何らかの理由で就職が上手くいかずに保証金を用意出来ないがためにギルド所属の冒険者になれなかったりする。


 事前に犯罪歴を可能な限り調べるギルドの冒険者になれたということは後ろ暗い経歴がないという証明にもなるため、それだけでも依頼主や雇用主から信頼度が上がるので、保証金が少々高くても冒険者になろうとする者がいるのはその為だ。


 また冒険者は中途半端かつ派遣の何でも屋という側面があるため極端な話、冒険者でありながら依頼で冒険者らしくない仕事をすることもある。物流や料理屋の店員、中には等級の昇進に関係のない図書館の司書を長年やっている者もいる。


 「自分が今働いている仕事以外にどのような職業に向いているのか?」という目的で冒険者になる者も珍しくはなく、彼らに言わせれば「金貨三枚で自分のやりたい仕事に将来就けるのなら安いもの」らしく、途中から商工科や海事科に所属を変えて起業したり職人に弟子入りしたとか、航海士や船員になる者もいる。


 また、面白いところでは情報科に鞍替えして探偵業の事務所を開設したり、冒険者時代に同じクランの魔道士に魔法の手ほどきを受けて魔法に興味を持ち最終的に魔道士へと至った者もいるし、傭兵から軍の指導教官へと大成した冒険者もいたとか。



「でも、エノッチが冒険者になるなんて想像できないわ。

 セマから冒険者についての話を熱心に聞いてたから、もしかして?って思ってたけど、本当に冒険者を目指すなんて……」



 それまで黙って俺とセマの話を聞いていたリリーがジロジロと俺を見てくるが、俺だって冒険者の身分やギルドに魅力を感じなかったら冒険者になろうとは思わない。



「まあ、冒険者になったからって一生冒険者をするわけじゃないから。

 君達だって一生冒険者で生計を立てようとは思ってないでしょう?」


「まあ、そうだけど……」



 因みに彼ら冒険者クラン『流浪の風』は結成からちょうど3年が経過したところで、セマはギルド職員、ムシルは警察官、リリーは学校の先生を目指しているらしく、魔道士であり修道女であるエフリーだけは修道院に戻るのが決定しているということを後日彼らから直接聞かされた。


 異世界ファンタジーにおいて冒険者というのは金と依頼でどんな仕事でも請け負う何でも屋のそれであり、今の生活が第一で将来のことは流れに任せるままという享楽的な人物達として描かれることもあるが、彼らを見るとどうやら現実に生きている彼らは彼らなりに将来のことを考えながら冒険者稼業に身を投じているようである。



「ところでオレ達は今から夕飯なんだが、エノモトはこれから何か予定はあるのかい?」


「いや、特にないね」



 ムシルが会話に入ってきたが、彼らも俺と同じでこれから夕食を食べようと考えているらしい。俺の予定を聞いてきたということは俺を夕飯に誘おうとしているのだろうか?



「良ければまたわたし達と夕食をご一緒しませんか?

 タカシさんと一緒に話しながら食べるのって楽しいので、また一緒にお食事したいです」



 考え込んでいる俺を見てすかさずエフリーが夕食を一緒に食べようと誘ってくるが、男色家でもない限り女性の……しかも若くて可愛い娘の誘いを断る野郎はいないだろう。もちろんエフリーと2人きりの食事ではないが、1人で食事をするより誰かと楽しく会話しながらの食事の方が料理も美味いのは確かだ。



「お邪魔でなければ、また是非一緒に食事したいね」


「ならば決定だな。

 雪が降ってきてるから、近場の料理屋で構わないか?

 ああ、もちろん食事代はお互い折半だ。

 前回のように一方的に食事代を奢って貰うのは冒険者としての沽券に関わるからな」



 俺の返事に嬉しそうに尋ねてくるセマだが、今回は絶対に食事代を割り勘にすると決めているようだ。本来なら金を湯水の如く使える俺が奢った方が彼らとしても懐が痛まなくて済むのだろうが、1回なら兎も角、2回、3回と俺が一方的に奢っていては彼らも居心地が悪くなってしまうらしく、彼の提案を受け入れるのはしょうがない。



「わかったよ。 じゃあ今回は割り勘ということで」


「よし。 ならば雪が強くなる前に早く料理屋に入ろう。

 実はこの近くに酒も飯も美味い食堂があるんだ。

 結構遅くまで営業しているから、今の時間でも大丈夫だろう」


「酒も料理も美味いとは楽しみだねえ。

 聞いたら急激にお腹が減ってきたよ」


「ははっ! ならば早く入って注文しないとな」



 という訳で俺達は連れ立ってセマの案内する食堂へと向かうことにした。






 ◇ 






「ご馳走さま。

 いやあ、確かにセマの言う通り酒も料理も美味かったよ。

 そして何より安い!」


「だろう? ここの店主は元冒険者でな、帝都ベルサのギルドに来た時にはいつもここに寄るんだ。

 冒険者時代に作った伝手でこの国では手に入りにくい大陸南部の蒸留酒なんかも普通に飲めるし、食材だって冒険者をしていた時に知り合った農家や畜産家などから易く野菜や肉を仕入れているらしい」


「なるほど。

 だから酒も料理も質が高いのに値段は手頃なんだ?」


「そういうことだ」



 正直この世界に来たばかりの俺にとってこの世界の物価というのはまだよく分からないが、彼ら冒険者がこぞって褒め称えるということは、やはり先ほど食事した店のメニューは安いのだろう。


 因みに俺が飲み食いしたものはメキシコのテキーラに相当するアルコール度数が高いバレット大陸南部で作られているスッキリした甘みが特徴の蒸留酒と、香辛料をふんだんに使ったスペアリブに似た肉料理、赤い色が特徴の辛い野菜スープに少し硬めのパンのセットである。


 食堂に入る際、外は雪がちらついていたので店員に体が温まる辛い料理を頼んだら上記の料理が出てきた。全体的にメキシコ風というか南米風というか、とにかくそんな感じの料理だった。


 よく異世界ファンタジーの料理は地球のそれと比べてレベルが数段落ちる料理で、味付けはシンプルに塩のみというパターンも多いが、今のところ元日本人である俺でも問題なく食べることのできる料理が多く、下手したら地球のものよりも美味しい料理も何品か食べた。

 

 今の段階ではまだ分からないが、少なくともこの国の大衆食堂で提供されている料理は味付けの濃さを除けば日本人でも問題なく食べることが出来そうだ。調理法に関しても『焼く』『蒸す』『炒める』『煮る』など、多彩な調理法を用いているので地球より遅れているということはないだろう。


 酒などのアルコール飲料に関しても多少の雑味などはあるものの、料理同様普通に飲むことが出来る。俺の場合、毒などの有害な物質が体内に入っても神であるイーシアさんによって体を弄られたお陰で完全に無害化されるので、仮に酢酸鉛が多量に溶け込んだワインを大量に摂取しても問題ない。まあ、自ら進んでそんな飲み物に口を付けようとは思わないが……



「さてと……では、そろそろお暇させてもらうよ。

 気付いたら雪が結構積もっているし、これ以上雪が積もらない内に宿に戻らないと」


「そうか。 食事しながら話しているだけだったなのに知らない間に結構時間が過ぎてたんだな。

 今のうちに我々も宿に戻らないと危ないか……」



 俺は空から降ってくる雪を見ながら、セマは懐から取り出した懐中時計を見ながら互いに宿に戻る準備を進める。大衆食堂に入って彼らと食事をしていたのにいつの間にか2時間超もの時間が経過していた。

 

 時刻は俺の腕時計で午後19時52分。

 地球であればまだまだ宵の口にも差し掛かっていないが、テレビやインターネットなどの情報を提供する媒体が存在せず、娯楽が少ないこの世界では風呂に入るか布団に入って寝る準備を始めていてもおかしくない時間帯である。


 特に今は雪が積もり始めているお陰で通行人の姿はいつも以上にまばらならしく、ギルドに行くときに見た沢山の人々の姿が幻だったのかと疑いたくなるほど外を歩いている人の姿が少なく、賑やかだった通りの雰囲気は降雪の影響もあり非常に寂しい。


 特に今は俺達の話し声や近所の飲み屋から微かに響いてくる喧騒以外に聞こえる音は殆どなく、日本と違って道を照らすのはぼんやりと光る街灯だけなので、光が届かない建物の影はほぼ真っ暗な状態なので気の弱い者なら馬車が通れるほど広い道とはいえ、歩くのを躊躇われる雰囲気がある。



「じゃあ、俺はここで失礼させてもらうよ」


「ああ。

 ところでエノモト殿は冒険者の基礎講習はいつからなんだ?」


「明後日からだね。

 算術と筆記は免除になったから、講習はほぼ実地講習になるだろうって言われたっけ?」


「ほう? 職員がそう言ったのか?」


「そうだよ」


「へぇ〜エノッチって頭いいんだ?」


「凄いですね。 タカシさん」


「算術の項目が免除っていうのは確かに凄えな!」



 何やら『流浪の風』のメンバー全員が驚いているようだが、そこまでビックリするほどなのだろうか?



「ん? 免除になるのってそんなに凄いことなの?」


「いや、ただ単に免除になるというのではなく、算術が免除になることが凄いんだ。

 筆記の項目が免除になるのは今どきよほどの辺境や田舎出身でもない限り珍しくないのだが、算術に関しては実家が商家や貴族、役人の家系くらいでないと碌に教えられない場合が多いからな」


「へぇ〜そうなんだ?」


「ああ。 特に足し算や引き算は兎も角、ギルドの職員が独断で免除にするということは掛け算や割り算のような算術も計算できるかを検査して免除の資格を与えるということだからな。

 エノモト殿、君は算術の免除を言い渡されたときにギルドの職員にならないかと誘われなかったかい?」



「あー……確かに上役のヒトに行く行くは正規職員にするからということで誘われたけど、丁重に断ったよ」



 確か最初は臨時職員からのスタートで、採用募集の時期になったら正規職員に格上げするという内容だったか?



「やはりか。

 ギルドは常に優秀な者を探しては職員へと勧誘しているからな」


「勿体ない。

 何で職員採用の口を断ったのよ?

 ギルドの正規職員って給料とか待遇面が良くてなりたい人間が多いのに……」


「いや、そう言われても……」



 俺の場合、世界の様々な場所を巡る必要があるから、あまり組織という存在に縛られると色々と不都合が出てくるんだけれど……



「まあ良いじゃないか、リリー。

 ギルドの正規職員採用に誘われるくらいに頭の良い人間と知り合いになれたんだぞ。

 ひと昔なら兎も角、今の時代は冒険者の依頼も多様化してただの馬鹿では冒険者稼業は務まらなくなってきているんだ。

 もしかしたら、エノモト殿は冒険者として大成するかもしれないぞ?」


「そうかなぁ?」


「まあ、俺のことはお構いなく。

 じゃあ雪が酷くなる前にこれで……!」


「あ! エノッチ、ちょっとぉー!?」


「んじゃ、さようなら〜!」



 これ以上話し込んでいると雪がマジでヤバそうなので、俺は強制的に話を切り上げてそそくさと退散した。






 ◇






「ふう! 早く帰らないとヤバいな……」



 セマ達『流浪の風』メンバーと別れて約10分ほど時間が経過した頃、本格的に降雪の勢いが増し始めた。彼らと別れた直後は「大丈夫かな?」と思いつつ気楽に歩いて帰っていたのだが、今の状態はちょっとヤバい。


 街中なので風こそ吹いてないが、黙って道の真ん中に立っているとすぐに頭や肩にこんもりと雪が積もる。しかも雪の粒が大きいので地面に積もる速度が速く、場所によっては既に人間の足首の高さを通り越している。



「誰も歩いてない……」



 宿のある方向へ向けて街灯に沿うように歩いているのだが、見事に誰もいない。それどころか足跡や馬車の車輪の轍すら見当たらず、自分の目の前の道には綺麗に降り積もった白い雪しか見えない。



(まるで俺だけがこの世界に存在してるみたいだな……)



 日本の市街地ならば、雪が降っていたとしても車のエンジン音や救急車やパトカーのサイレン、列車の通過音や遮断機の警報音などが何かしらの音が遠くから聞こえてくるものだが、今のこの街では音は全く聞こえず、耳に入ってくるのは俺の足が雪を踏み締める音と抱えている自動小銃とスリングの金具が擦れる小さな金属音だけ。



(ここまで誰もいないとサイレントヒルみたいで逆に怖いわ……っと、ん?)


「ん〜?」



 目に飛び込んできたのは俺以外の者が作った新しい足跡だった。ただそれだけだったら、俺は何も気に留めなかっただろうと思う。違和感を感じたのは広い道のど真ん中で突如足跡が始まっているのだ。しかも足跡が一番始まった場所には何かが這いずったかのように雪が掻き分けられている。



「何これ?」



 周囲を見渡してもここまで至る足跡や足跡に積もった雪は確認できず、俺の足跡とコレ以外に雪を踏み締めた形跡がない。



「お? あれは……」



 視界の端に飛び込んできたのは、誰かが付けた足跡の途中に何かが落ちてそこにこんもりと雪が積もっている状態だった。気になるのでそこまで行って雪を掻き分けると出てきたのは帽子だった。



「ケピ帽? っていうか、制帽……なのか?」



 雪の中から出てきたのは灰色のケピ帽だった。

 フランスの外人部隊がパレードなどで被っていそうな帽子で色はグレー。帽子本体の作りは非常にしっかりしており、縫製も丁寧で正面にはイスラエルの国旗を連想させるような六芒星の帽章が佩用されていて、その六芒星の中央部分にフリーメイソンのシンボルのひとつである『プロビデンスの目』にそっくりのモノが描かれている。



「面白いデザインの帽章だな……」



 六芒星とその中央部に『目』という見ようによっては少しおどろおどろしい雰囲気だが、雰囲気としては軍隊の制帽のそれと同じ匂いを感じる。



(ふーむ、落とし物として交番に届けるか? 

 ……って、この世界に交番に相当するものってあるのかね?)



 まあ場所によってはあるのだろうが、今目に見える範囲では交番かそれに相当する建物はない。とはいえ、立派な作りの帽子なのだから捨てる意味でここに置いたいたのではないだろう。恐らく持ち主は落としたことに気付いたら、探し始めることだろう。



(仕方ない。 宿の人に聞いて明日届けるか)



 持ち主が探していることを考えればここに置いておくのが適当なのだろうが、こうも良い作りだと例え帽子でも盗まれる可能性が高い。なので、ここは一旦持ち帰って後日この街の治安機関に届けることにして宿へ帰ることにする。



「まったく、面倒くさ……ん?」


(あれは……)


「……人か?」



 新たに自分の目に飛び込んできたのは足跡の先、大通りから外れて細くなる路地の手前に建つ建物の壁にもたれ掛かっている人間だった。頭や肩には薄っすらと雪が積もり、心なしか少し体が震えているように見えた。



「酔っ払いかねぇ?」



 何れにしてもこの雪の中では凍死する危険がある。

 アレが酔っ払いなのかはわからないが見てしまった以上、見過ごすことは出来ない。仮に見なかったことにして宿に帰って次の日、あの人物が凍死していたら寝覚めが悪い。



(しょうがない。 念のため、声くらいは掛けておくか……)



 そう思い、方向転換して続いている足跡を辿って壁にもたれ掛かっている人物の元を目指す。距離にして目測で約20メートル程の距離だったのだが、雪のお陰で人間というシルエットこそ判れど性別は分からなかった……が、近付いて見てどうやら相手は女性らしいということが分かった。


 何故「女性らしい」と疑問符を付けて言ったのは女性にしてはすごい長身であることと、肩幅が比較的広くてグレーの制服を着ていたため、今ひとつ判断がつかなかったからである。ただ、ひとつ分かったのは俺が今持っているケピ帽の持ち主は間違いなく、今目の前にいるこちらに背を向けたままの人物であるということだ。


 ケピ帽と同じフィールドグレー色の制服に黒い革製の帯革とそれに連結された右肩に掛かる斜革、足には同じく黒い革製のロングブーツ、制服の肩に存在する僅かに見える肩章などまるでWW2時代のドイツに存在していたナチス政権下の保安警察の制服にそっくりである。



(これでケピ帽に髑髏トーテンコップの帽章と袖にSD章があれば完全に保安警察のそれだよなぁ)



 まあそれはないだろう。

 ケピ帽には中央部にプロビデンスの目が描かれた六芒星という今まで見たことがない帽章が佩用されているし、よく見ると雪が積もっていない部分から見える肩章の一部も陸軍型にそっくりとはいえ、武装SS親衛隊SD親衛隊保安部DDR旧ドイツ民主共和国NVA国家人民軍などとは似て非なる様式である。



(うーむ、見たところ一般人には見えないけれど、声かけて大丈夫かね?)



 こちらの存在に気付かずにずっとこちらに背を向けたままなので引き返すのなら今の内だが、どうも心の中の何処かで声を掛けなかったら一生後悔するのではという引っ掛かりがある。



(はあ……ここまで近付いて今更後悔しても意味ないか)



 ならば思い切って声を掛けてみようと決心して俺は未だ背を向け続ける人物に声を掛けた。



「あの……大丈夫ですか?」



 突如背後から声を掛けられてビックリしたのか、一瞬体がビクリと反応したように見えた。



「うぅ……」



 制服を着た相手は俺の声に反応してか立ち上がろうとしたようにも見えたが、まるで膝カックンを受けたかの如く力が抜けてそのままバランスを崩して前へと倒れていった。



「え? ちょ、ちょっと……!」



 まさかそのままあっさり倒れるとは思わなかったので慌てて駆け寄り相手を抱き上げる。頭や肩に積もった雪を払い落として顔を見ると制服の相手はやはり女性であった。しかもかなりと言うか、ものすごい美女であった。



(うわ、これは凄え……)



 歳の頃は20代前半だろうか?

 ボブヘアーに切り揃えられた紫色の髪に、血色を失ってはいるが白磁のような白く綺麗な肌。細い顎のラインに高い鼻とキリリとした眉は意思の強さを感じさせる。が、今はそういった雰囲気よりもこのまま放って置けば永眠しそうなほどに弱々しい呼吸が俺を慌てさせる。



「ちょっと、本当に大丈夫ですか!? って、うわ!

 顔が真っ青じゃないですか! この雪の中じゃ凍死しますよ!!

 気分が悪いんですか? 良かったら救急車を呼……じゃなかった、自宅か病院まで送りますよ?」



 女性が酔っ払いではないのはすぐに分かった。

 顔や耳、首筋がが赤くないし、何よりアルコールの匂いがまったくしない。逆に赤と真逆の真っ青な肌色で、触った手や顔が氷のように冷たい。



(うお! こ、これは……!)



 薄く目を開いた女性と目が合った。

 その瞬間、俺の身体をビリビリと強烈な電撃を食らったのかと思うほどの衝撃が走る。



(き、綺麗だ……)



 たったそれだけ。

 それだけしか浮かんでこないほど俺はこの女性に心を奪われていることに気付く。



(赤い瞳……か)



 まるで宝石のルビーのような濃く赤々と透き通った瞳に俺は魅了される。お互いの目が合ったのはほんの一瞬であったが、それでも心の奥底まで見透かされたような錯覚とともにいつまでもその瞳を見つめていたいという気にさせる出来事だった。



「寒い……助けて…………」



 耳に入ってくるのは弱々しくも、甘美というほかない美声。

 いつまでも耳元で聞いていたいという気にさせる不思議で美しい声であったが、その声の主が助けを求めていることに対してボーッとしていた思考が再起動して一気に回転し始める。



「分かりました。 とはいえ……うーん、とりあえず暖かい場所に移らないと凍死してしまいます。

 近くに私が宿泊している宿がありますから、とりあえずそこまで行きましょう」



 俺の提案に対して女性の首がほんの少し動いて首肯したように見えた。

 最早声を出す体力さえも無いのか、ガチガチと歯と歯を打ち鳴らして震える彼女。



(こりゃあ、いよいよもってヤバイぞ……!)



 まずはここではない何処か暖かい場所に移動しないと彼女だけではなく俺まで凍死してしまう。雪はまるで俺が彼女に出会うのを見計らったかのように勢いを増し始め、放っておくとものの数分で雪がお互いの頭や肩に降り積もる。


 咄嗟に俺はこの女性の体温がこれ以上低下しないように自分が着ていたダッフルコートを脱いで手早く彼女を包み込ませるようにして羽織らせた。身長が高いので上半身しか覆えないが、何もしないよりかはマシだろう。



(うひょう、寒みぃーッ!!)



 コートを脱いだ以上手早く行動しないとこちらが凍死する。

 俺は素早く女性の前に回りこんでしゃがんで彼女をおんぶする体勢をとった。



「すいません。

 雪が酷くなってきたので、手っ取り早くおんぶして宿まで連れて行きますけど良いですか?」



 この世界にセクハラという概念があるかは分からないが、一応断っておくことに越しことはない。しかし、女性が最早首肯する力もないのだと悟った俺は一刻の猶予もないと感じて一気に彼女を背負った。



「直ぐそこまでですからね。

 すみませんが、ちょっとだけ我慢して下さい!」



 そう言って足に力を入れて立ち上がると女性はしがみついてきたので、俺はそれを了承の合図とみなして自分が宿泊する宿を目指して歩き出す。



「すぐ着きますからね。 大丈夫ですよ!」



 本来であれば、自分の背丈よりも長身の女性を背負ってきつくないわけがない。だがこの世界に来るにあたって俺の身体はイーシアさんによって弄られて強化されているお陰か、長身の女性を背負ったまま歩いても全然苦ではない。



(早く、早く宿に!)



 迅る気持ちを抑えて俺は彼女に余計な振動を与えないように細心の注意を払いながら一路、宿を目指して走る。



(病院? 医者? いや、この雪だ。

 何とか連絡をつけても来てくれる保証はない)



 本来ならば医療のプロに彼女の容態を診てもらうのが得策なのだろうが、生憎この天気だ。自動車が存在しないこの世界で医者が雪の中、自分の命を掛けて宿まで来てくれることはないだろう。



(となると俺がどうにかするしかないのか……)



 これは責任重大である。

 ただの体調不良や低体温症であれば 手の施しようはあるが、もし怪我などしていたら素人の自分では手の出しようがない。

 だが……



(それでも絶対に助ける!)



 仮に怪我していたとしてもそれが何だ。

 こちらには神様の後ろ盾があるのだから、いざとなれば神様に頼ってでも彼女を助けたい。イーシアさんが何らかの条件を出したとしても、その条件を飲んででも俺は彼女を助ける覚悟だった。



(もしカラダを求められたらどうしよう?)



 一瞬、この状況に似つかわしくない内容が浮かんだが、あのエロ神ならあり得そうなので否定できないのが辛い……がしかし、こうして助けた以上最後まで面倒を見るのが世界一お人好しと言われて馬鹿にされる日本人としての責務だ。



「絶対に助けますからね! 頑張って下さい!!」



 半分は自分自身を奮い立たせるために言った言葉であったが、その言葉が女性の耳に届いたのか彼女は俺の肩口に顔を埋めて最後の力を振り絞るようにしてより一層強く抱きついてきたのを感じた。

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