第7話 錯綜

――――シグマ大帝国 帝都ベルサ

     治安警察軍 本部庁舎 本部長室




「失礼します! 情報省のテイザー情報官をお連れしました」


「うむ。 入室を許可しよう」



 治安警察軍本部庁舎の受付警備担当の兵士が情報省職員であるデイビット・テイザーを本部長アルフレッド・グスタフの許可の下、本部長室に連れて来ると室内はにわかに緊張感が走る。相手は帝国の巨大諜報組織たる帝国情報省の情報官。[帝国情報省]は[治安警察軍]と違い、司法警察機関でも軍組織でも無いただの行政機関であるが、シグマ大帝国国民の誰もが情報省がただの行政機関でないことは百も承知している。


 情報省は内部に[情報省軍]という独自の軍事組織を保有し、その規模は正規軍たる[大帝国軍]に及ばないものの、かなりの規模を誇り、現在の兵員数は治安警察軍を凌ぐ勢いだ。時には政治的理由で大帝国軍では軍事援助が不可能な間接的同盟国や友好的武装組織に対して秘密裏に武器援助や義勇派兵、軍事顧問を派遣することもある。


 地球で言えば表向きは日本の法務省公安調査庁のような行政機関を装いつつも、その実態はアメリカ合衆国のCIA中央情報局と旧ソビエト連邦のKGB国家保安委員会、イスラエルのモサド諜報特務庁を合体させたような性質を持つ組織ゆえ、シグマ大帝国内での情報省の非合法活動が表沙汰になる度に管轄するする国内の司法警察機関と衝突することがあり、治安警察軍も幾度となく情報省と対立した経緯がある。


 そのためシグマ大帝国の司法警察機関は憲兵隊など軍に所属する治安組織を含めて情報省とあまり仲が良いとは言えないのだが、情報省が各種諜報活動で独自に収集した各種情報が帝室や国家の安全保障に広く関わっているために邪険にすることもできないというジレンマを抱えているのも事実だ。



「失礼します。 初めまして、情報省・国内総局調査第一課のデイビット・テイザーです。

 この度の事件について、治安警察軍に助言を行うように仰せつかりました。

 宜しくお願いします。 本部長閣下」

 



 兵士に付き添われて本部長室に入室して来たのは中肉中背に銀髪の三十代後半の男だった。耳に掛からないくらいに短く刈り込んだ銀髪は見る者に清潔で爽やかな印象を与え、キビキビとした動きが好感を持てる。


 一見すると物腰が低く、人が良さそうな雰囲気であるがよくよく見ると全ての物事を見逃さないといった感じの隙の無さが感じ取れる上に目の奥が笑っていない。何人もの軍人や司法関係者、犯罪者達を見てきたアルフレッドは彼を一目見て容易ならざる人物だと判断した。



「治安警察軍本部長のアルフレッド・グスタフだ。 情報省所属の貴官が我々治安警察軍に何の用かね?

 まさか情報省が助言だけに来たわけではあるまい?」


「はい。

 早速ですが、昨夜発生した憲兵軍曹殺害事件についてお知らせしたい案件がありまして。

 他にも我が省が持つ情報と治安警察軍と今回の事件の情報の共有と今後の対応策を話し合わせていただければと思いまして……失礼とは思いましたが、直接訪ねさせていただきました」



 やはりそうかとアルフレッドは内心、自分の予想が正しかったことを確信した。

 情報省がただの助言だけで態々情報官を派遣する筈がない。



「ほう? ……して、その知らせたい案件とは何かね?」


「先ずはこちらをご覧ください。

 治安警察軍の方々が現場検証に終了後、我々の分析班が同現場で解析した残留魔力の結果を記した報告書と付近の建物から採集した遺留品です」


「うむ」


(ほう。 上白紙とはな……)



 デイビットは左手に提げていた革製の鞄から書類を取り出してアルフレッドに渡すが、受け取った彼は書類の内容を確認する前に渡された書類の紙質に驚いていた。渡された書類の紙は民間や官庁で一般的に使われている藁半紙ではなく、高価な上白紙だった。この用紙ひとつを見ても情報省に回されている予算が如何に潤沢なものかが大まかに判断できた。


 そんなことを思いながら、おもむろに渡された書類に目を通して行く。書類には現場を調べた報告文だけではなく、情報省所属の魔導士が調べた魔力解析結果がグラフや表を用いて説明されていた。そしてそれを見たアルフレッドの表情は報告書を読み進めるうちに次第に険しいものへと変化して行くのが側から見ても分かるほどで、彼は思わず声を荒げる。



「何だねこれは?

 こんな結果が現実としてあり得るとでもいうのかね!?」



 デイビットを睨みつけるように見ながら、アルフレッドは持っていた書類をバシバシと叩く。彼の行動に不信を覚えたミゲル以下、治安警察軍の幹部将校達はアルフレッドから回された書類を手に取り、内容を精査するが、彼らも内容を読み進める内にアルフレッドと同じような表情に変化していった。



「本部長閣下のお怒りはごもっともだと思います。

 私も最初この報告書を読んだとき、我が省の魔導解析部門の魔導士達の頭に焼きが回ったのかと疑いました……」


「では、この解析結果は……」


「はい。 間違いなく確かなものであり、緊急性を要する案件です」



 そう言われてアルフレッドは部下から戻された書類に再び目を通す。

 報告書の内容は恐るべきものだった。


 先ず憲兵軍曹がここ最近、帝都で頻繁していた連続通り魔の被疑者であること。凶器は本人に貸与されていた官給品の剣であることや死亡した被害者達の傷口や殺しの手口、犯行時間帯が似通っていることなど、治安警察軍の捜査会議で議論されていたこととほぼ同じ内容が記されていた。


 しかし、問題はその後であった。

 報告書には更に現場周辺で行われた残留魔力の検知結果において殆ど魔力が検出されなかったこと。代わりに現場には表面が燻んだ金色の細く掌に収まるほど小さい筒状の金属製の何かが複数発見されて治安警察軍が遺留品として回収したことに加えて、それ以外に同様の物品が現場付近の側溝の中に落ちていて、それを情報省の分析班が回収したことが記してある。


 そして情報省で分析した結果、回収された金属の筒の中から火薬の燃え滓が検出されたことに加えて、残留魔力の検出にも成功したことが報告されていたが、報告書の内容は一旦ここで終わっている。恐らく、事件が発生してまだそれほど時間が経っていないことや目撃者が殆どいないことなどが起因してこれ以上調べようがなかったためだろう。報告書の最後に『要継続調査』の文言が入れられていたからだ。


 しかし、これで終わっていた報告書に更に新しい内容が新規に追加されていた。残留魔力の検知後、一旦解析を終了していた若手の魔導分析官が違和感を感じて残留魔力の更なる精密魔力検査に取り掛かったところ、検出された魔力の魔法特性が分類不可能という結果を解析用の魔導具が示したのだ。


 この結果をもとに情報省は再度現場を調べるに至る。

 更に調査範囲を広げたところ、現場から直線距離で約六百メートルほど離れた商家の倉庫の外壁に幾つかの不自然な小さい穴が空いていることを発見したのである。


 倉庫の所有者立会いで倉庫内を調べた結果、倉庫の外壁に空いていた穴は室内に繋がっており、倉庫内部に保管されていた麦が入っている幾つかの麻袋がズタズタに引き裂かれているのが発見されたが、その後、果物の保管に使われていた大きめの木箱や樽が粉砕されて、穴が空いていた壁とは反対側の壁にも穴や破損が見られたという報告が記載されているた。



「因みに穴が空いていた倉庫の外壁は盗難防止のために頑丈な石壁が建材として使用されていました。

 厚さは約十五センチほどで、破城槌でないと破壊が困難な代物ですが現場から回収された金属片はこの壁に穴を開けて中へと飛び込んでいます」



 そう言ってデイビットは茶巾の中から歪な形状の金属片を取り出した。

 白い手袋の中においてその金属片の異様さが際立って見え、アルフレッド達はこの金属片が石壁を貫いているという事実を信じられない顔つきで金属片を凝視する。



「……実は我々が死亡した憲兵軍曹の遺体を検死した結果、体内からコレと似た大きさの金属片が見つかっているのだ」


「ああ、やはりですか……」


「やはりというと、どういうことかね?」


「閣下、我々情報省の見解としてはこの金属片は一種の銃弾ではないかと考えています」


「ほう? 銃弾とな?」



 デイビットの口から出た内容にアルフレッドは顔を顰めるが、彼は内心その答えに納得すらしていた。

 しかし……



「だが、銃弾が分厚い石壁を貫通するなど聞いたことがないぞ?

 まあ確かに我々も当初はこの金属片が銃弾ではないかと思ったが……」



 三十年ほど前に作られた銃は『先籠め銃』や『後籠め銃』と呼ばれてそれまで魔法や剣、槍、弓が主体だった戦いや魔物狩りに一石を投じることになった。弓と違って連射が出来ない、命中精度が悪い、火薬が雨や湿気に弱いといった欠点はあったが、こと貫通力に関しては弓と比べて圧倒的だった。


 鎧を貫くという点では弓と比べて能力的にはそう大差なかったが、平均的な太さの丸太で組まれた防塁や馬防柵、レンガで作られている民家の壁などをある程度の距離まで接近すれば貫通出来たため、密集隊形で敵の防御陣地に銃弾を撃ち込むという戦術が新たに生まれたし、銃器はそれまでの魔法や兵器と同じように常に威力増大や射程距離延伸の研究が続けれらている。


 しかしながら、今のところアルフレッドの耳に『六百メートル離れた位置にある分厚い石壁を貫通出来る銃』の存在など一度として入って来たことがない。アルフレッドとて治安警察軍の本部長である手前、銃も銃の威力もよく知っているが、シグマ大帝国全土で使用されている銃の大半は軍が保有しているがそれらの銃の威力は六百メートルはおろか、四百メートル離れた距離であっても分厚い石壁に当てることは出来てもそこから石壁を貫通するどころか表面に傷を付けて弾かれるのがオチだ。


 そのためアルフレッドはデイビットの掌に乗っている通常の銃弾より小さく歪な金属片にそんな威力があるとは俄かに信じられずにいた。しかし、そんな彼の心情を知らないデイビットは更なる事実を治安警察軍の面々に話し始める。



「では銃弾の話は脇に置いておいて、先に別のお話をさせていただきたいと思います。

 閣下もご存知のように魔力……魔法には地水火風光闇雷など様々な属性が存在します」


「それは知っておる。 魔法が使えるかどうかは別として、日常生活で魔道具を使う上で魔法の属性を知るのは誰もが幼年学校で習う基礎的な知識だからな」



 アルフレッドの言ったことにデイビットは静かに頷くが、彼らの認識には若干語弊がある。魔法の属性など魔法を使用するしないに関わらず、魔法が身近な存在である『ウル』において魔法の基礎的な知識を子供のうちに習得するのはごく一部の国を除いて殆どの国々では一般的な教育方針として定着しているが、これはあくまで都市部などの教育機関に限られており、人口密集地から遠く離れた村落では魔法はおろか、まともな教育機関があるのか怪しい場所も存在しているのだ。


 魔法に特化し、自ら[魔法先進国]を名乗る『ダルクフール法国』、国民の種族故に魔法そのものと親和性の高い『魔王領』や『リーフ大森林連合王国』などは別にして、『シグマ大帝国』や『ウィルティア公国』などの人間種主体の[列強国]では基礎教育に重点が置かれているおかげで国民の約八割が文字の読み書きや算術などを行えるが、[文明圏国家]ともなれば国民の約五割、[文明圏外国家]であれば王族や貴族階級を覗くと一般国民の約三割程度しか読み書き算術が行えない。当然、魔法知識の教育ともなればそれらの割合を遥かに下回るのが現状である。


 地球と違って科学より魔法がリードする形で発展してきた『ウル』では[魔道具]や[魔導具]なるものが存在している。前者は魔法を用いる道具のことで日常生活全般において使用されることが前提のもので、後者は魔法の発動に用いる触媒や器具などを示す。


 [魔導具]に関しては主に魔法使いや魔導士といった魔法を職業的に用いる必要がある者たちが使用する魔法鉱石や魔法仗、俗に言う魔法の剣などといった魔法に関して広く深い知識と共に一定以上の魔力が必要になるので誰でも彼でも使えるという訳ではないが、[魔道具]の場合は地球で使用されているガスコンロや懐中電灯に相当する生活必需品が殆どであり、基本的な魔法の知識……例えば魔法鉱石の見分け方や主な使用用途、操作手順を知っていれば誰でも簡単に使うことが出来るのが特徴だ。



「その知識を前提にして申し上げるとすれば、この金属片にはどの属性にも当てはまらない未知の魔力残滓が発見されたのです」


「何だと? 未知の魔力……?」


「はい。 先程も申し上げた通り、魔力には属性があます。

 これらの属性にはそれぞれの魔力特有の癖や特徴があり、我々のような魔法を行使できない素人は別にして、魔法の道に進んだ者にとって魔力属性を見分けることは容易であるといわれています」


「そうらしいな。

 だが、貴官らの解析ではその属性を解明することが出来なかったのだろう?」


「その通りであります。

 しかし、この未知の魔力の性質を調べたところ属性よりもとんでもない内容が判明したのです」


「というと?」


「結論から先に申し上げますと、この未知の魔力属性の性質として高出力の魔法防護を破壊、もしくは貫通できることが判明しました」


「は?」


「え?」



 デイビットの答えに対してアルフレッド以下、居合わせた治安警察軍の幹部達は最初彼が言ったことに対して間抜けともいえる声を出し、ポカンとした表情を浮かべた。

 しかし、デイビットは彼らの反応を予め想定していたのか、構わずに説明を続ける。



「この結果は我々情報省上層部でも大変な騒ぎになっています。

 検出された魔力残滓の性質から、この未知の魔力はこの世界に現存する魔法で作られたあらゆる結界や障壁、防護術式をものともせずにあっさりと貫通し、破壊する能力を持っています。

 試しに、我が省の中でも特に魔力が高い元帝国軍の叙勲経験もある二つ名持ちの魔導士官が作り上げた強力な魔法障壁にこの銃弾の破片を素手で投げつけてみたところ……あっさりと破壊されました」



 デイビット自身、あれは何かの見間違いだったのではないかと思ってしまう出来事であった。未知の属性を持つ魔力であるという報告を受け、銃弾らしき物の解析を行っていた魔導士官の元を訪ねた彼が見たのは魔法障壁が破壊される瞬間だった。


 魔法使いではない彼や他の情報省幹部職員でも目視で直接分かるようにと、ワザと実体化された魔法障壁は術者を完全に覆う半球場のものでp、全体的に青白く光っていた。術者が了承したため、障壁の強度を測る目的で角材で殴る、剣や槍で斬りつける、至近距離から弓を射るといった完全に中の術者を殺す勢いで破壊行動を行なっていたにも関わらず、障壁はビクともしなかった。


 それどころか殴りつけた角材がへし折れてしまうほど強力な魔法障壁であった。その様子を見ていたデイビットは「流石、二つ名持ちの魔法使いが作った防護障壁だ」と感心すらしていたのだが、術者の同僚が面白半分に放り投げた銃弾と思しき金属片が障壁に触れた瞬間、ガラスが割れるような感じで粉々に砕け散ってしまったのだ。



「銃や弾弓で撃ったのではなく、素手で投げたのですか?」


「はい。 術者の同僚である魔導士官としては『まあ、試しに……』といった軽い気持ちで行なったようですが、まさかあのような結果になるとは夢にも思いませんでした……」



 デイビットの話を聞いてアルフレッドが一思考の海に潜る中、代わりにミゲルが質問をするが、彼に話をしているデイビット自身も訳が分からないといった顔になっているところを見ると、どうやら彼が話している内容は真実のようだとアルフレッドは黙考する。


 因みに魔法障壁を張っていた術者はこの事実に対してすっかり自信をなくしてしまい、今は情報省の仮眠室において塞ぎ込んでいるとのことだ。



「デイビット君、貴官は先程『高出力の魔法防護を破壊、もしくは貫通できる』と言っていたが、その根拠を教えてくれるかね?」



 思考の海から戻って来たアルフレッドはデイビットが言った結論に対して疑義を唱えた。彼自身、諜報分野において大帝国一と謳われる情報省が今回の事件が発生して間もない時間の中で何故そのような結論に至ったのか不思議に思ったのだ。



「情報省には国内外の軍事・経済・政治情報以外に魔法に関する情報も広く収集しています。

 流石に世界中とまではいきませんが、この大陸とその近隣の大陸や半島などにおいて古来から使用されている魔法の他に新たに発表された最新術式による魔法や呪術の大半が収集されて我が省の記録庫に保管し、日々情報省所属の魔法使いたちによって解析されて実践されています。

 その中でも特に威力・効果共に最強とも言える防護障壁の術式があるのですが、その術式を二つ名持ちの魔導士官が起動し、その防護障壁をあっさりと破壊されました」


「ううむ……」



 なんとも名状しがたい現象である。

 二つ名持ちという魔法使いの中でも特に魔力が強く、経験豊富な魔法使いの防護障壁を銃弾が破壊したという事実。魔法使い達からすれば悪夢にような状況だろう。


 これまでの常識として銃弾は魔法障壁を貫通できないと考えられてきたのだが、もしこの金属片から検出された未知の属性魔力の正体を突き止め、その効果を他の銃弾に付与できるようになれば各国の軍事的均衡は変化するだろう。


 他にも『障壁持ち』や『壁持ち』などと呼ばれる魔法攻撃に対して高い防御力と高魔力を併せ持つ一部の魔物や魔獣の狩りや駆除にも効果的だと実証されれば、剣や魔法攻撃が主体だった冒険者や狩人達の討伐活動にも弾みが付き、都市部から離れた位置にある辺境の村落の安全性が向上する可能性がある。


 しかし、アルフレッドには他にも気になる点がいくつかあった。



「デイビット君、この金属片の持つ隠された魔力については分かった。

 だが他にもどうにも分からない点があるのだが?」


「と言いますと?」


「死んでいた憲兵軍曹の体には幾つのもの傷があった。

 中には頭や腕を吹き飛ばすほど死体が大きく損傷している箇所もある。

 検死の結果と現場に落ちていた肉片や血液の跡から総合して判断された結果、これらの傷は憲兵軍曹が倒れた後ではなく、倒れる前に損傷していることが分かっている。

 仮に例の金属片が銃弾だった場合、立っていた憲兵軍曹に無数の銃弾が突き刺さったということになるのだが?」


「閣下。

 要するにこう仰りたいのでしょうか?

 一発ずつしか撃てない上に銃弾を手で装填することしか出来ない銃の弾を、人間が倒れる前にどうやって沢山当てることができたのか?と」


「まあ、そういうことだな。

 あとは現場に落ちていた金属の筒にも疑問が残る」


「なるほど。

 まず我々、情報省が出した結論から言いますと、今回使用されたれた銃は最新式の金属薬莢を用いた銃弾が使用されている可能性があります」


「金属薬莢?」



 聞き慣れない単語にアルフレッドは眉を寄せて思案顔になるが、デイビットは構わず話を続ける。



「これまで各国で使用されてきた銃器の弾丸の装填方法は主に二通りありました。

 前装式か後装式で弾丸と発射用の火薬が分離しているという点がどちらも共通しており、一発目を発射した後の装填時間が長く、立て続けに二発目三発目を発射することは不可能です。

 そこで新たに開発されたのが今日広く使われている紙薬莢です」


「そうだな。 アレ紙薬莢のお陰で随分と銃の扱いが楽になって今まで銃を敬遠していた冒険者や傭兵、猟師たちも銃を使い始めたと聞く」



 アルフレッドの言う通り、今日では軍人以外にも銃を使う者は増えた。

 今までの前装式・後装式の銃器は弾丸の装填と発射準備が面倒で専門の訓練を受けた者しか扱えないような代物だった。特に火薬の管理が面倒で、湿気や水気に弱いのが難点だったため、森や洞窟、遺跡に迷宮といった場所で活動する冒険者や猟師の殆どが銃という武器を信用していなかった。


 それでも銃という武器が廃れなかったのは魔法の存在があったからである。魔法は確か便利な存在ではあるのだが、こと兵器として見た場合は扱いが難しいものだった。特に軍人の大半が人間種で構成された軍を持つ国家にとっては……


 まず魔法を扱える人間の術者の絶対数が少ない上に強力な魔法攻撃を行おうとすると魔導師個人の魔力や才能、経験に大きく左右されてしまうのだ。もちろん、強大な魔力を保有する魔導師は軍や国が徴兵や仕官制度を利用して囲い込んではいるが、寿命が短い人間では軍事行動に耐えうる魔導師の肉体年齢は通常の将兵と何ら変わらないため、いつまでも当該魔導師本人の魔法抑止の傘に頼ることが出来ない。


 また、後進の魔導師たちに対する魔法そのものの伝授が上手くいかないという問題もある。どんなに強力な魔法の術式が存在していたとしても、扱う魔導師の魔力が不足していては使用どころか術式の起動さえも出来ないのだ。


 しかも、魔力や魔法特性は遺伝で受け継がれる確率は半々で強大な魔法使いの子供が必ずしも親の魔法遺伝を受け継いで将来魔導師になるという保証は無い。そういった事情もあり、国や軍は常に魔導師の採掘を行なっている。具体的には生まれてきた自国民の子供達全員の潜在魔力を検査し、高い魔力特性や魔法適正を持つ子供を徴兵や仕官制度で軍の魔導師幼年学校や国立の魔法学校に入学させるのだ。


 何故ここまで各国が魔法使いに対して拘るのかといういうと、魔法が国家に対して多大な国益をもたらすからである。強力な攻撃魔法を扱える魔導師が軍に入ればそれだけで戦力強化に繋がるし、優れた性能を持つ魔道具や魔導具、魔法兵器を開発・生産できればそれらに付随する産業の強化にもなるだけでなく、輸出して外貨を稼ぐこともできるのである。


 だが、これらはあくまで絶対数が少ない魔法使いの数が集中している運の良い国だけであって、それ以外の人間種主体の国は当てはまらない。そのため、魔法使いが少ない国は魔法以外の方法で戦力や産業の強化を図る必要があるのだが、ここで登場したのが『火薬』であり『銃』なのである。


 魔法を使わなくても強力な破壊力を持つ火薬、それを使用して金属の弾を遠くまで飛ばすことのできる銃は魔法使いの数が少ない国家にとってはまさに理想の存在だった。


 この世界には人間種だけではなく、魔族や長耳族、獣人族などいくつかの種族が存在し、彼らが築いた国家が少なからず存在しているのだが、その中でも魔族と長耳族はその殆どの国民が何らかの魔法を使うことが出来る。


 特に魔族と長耳族の軍人らのうち、将官などの高級軍人クラスともなれば並みの人間種の魔導師では太刀打ち出来ないほどの魔力を保有している者も多く、中にはたった一人又は数人で一国の人間種の軍隊を殲滅出来るほどの超強力な戦略級攻撃魔法を使えるようなバケモノも存在している。


 もちろん、数百年前なら兎も角、ここ最近のバレット大陸では非常に幸いなことに局地的な紛争以外では人間種と他種族の大規模な戦争は起きていない。しかし、人間種国家の指導者層や軍の幹部達は国家安全保障上の観点から、いつかは他種族との大規模戦闘が発生するかもしれないという想定のもと、日々対策が進められている。


 その中においてとある小国の軍隊において、ある参謀将校が書き上げた論文が軍内で高く評価され、その論文が[国際通信社]に所属する論説主幹の目に留まり、かの通信社が定期的に発行する新聞によって世間に広く公表された結果、各国の軍に注目されるようになるのが『銃と火薬による次世代戦闘形態への移行』という戦争論文である。



「確かリベール王国でしたか、『銃と火薬による次世代戦闘形態への移行』という戦争論考を提唱したのは……」


「そうだな。 が注目されたお陰で戦争の概念が次第に変わって行ったからな……」



 デイビットの言葉にアルフレッドは静かに、しかし忌々しげに頷き口を開く。



「だが、そのせいで戦争がより激化しただけではなく、犯罪までもが銃の影響でより凶悪化した……」



 銃の出現は魔法に対して劣勢だった国家や軍は取り敢えず自国の戦力に組み込むべく銃を購入し、模倣し生産して軍の正式兵器として採用していった。採用当時は、その性能を十全に把握できずに試行錯誤が続いたが、そこはやはり人間である。次第に集団での銃を使用した戦闘方法を確立して、その成果が実戦で証明され始めると、各国は次に銃の性能向上に尽力し始めた。


 当初は命中精度の向上、次に射程距離の延伸、そして次は次弾の素早い装填方法の確立である。


 これにより当初は銃身内に溝も何もないスムーズボアだった状態から、試行錯誤の末にライフリングが施され、次に撃発機構に手が加えられ、前装式から後装式へと銃は段階的に進化していった。そして弾丸を素早く装填する方法として紙製薬莢が発明されたのである。



「特に紙薬莢とそれを使用する銃というのは中々の衝撃でした」


「確かにな。 弾丸と装薬を紙で一緒に包んで纏め、それを銃の薬室に装填するなど……最初聞いたときは『紙で大丈夫なのか?』と驚いたものだ」


「しかし、今回のは紙薬莢などとは次元が違うものです」



 そう言ってデイビットは煤けた金属の筒を摘んで己の眼前に掲げる。細かいところまで見逃さないように注意深く見ていたデイビットは金属の筒を持っている手とは反対の左手をジャケットの内ポケットに入れて何かを取り出してから、改めてアルフレッド達に向き直った。



「本部長閣下や治安警察軍の皆様は見慣れているとは思いますが、こちらは我らがシグマ大帝国軍が正式採用している紙製薬莢を用いた口径十二ミリ実包です」


「ふむ。 我々、治安警察軍銃士隊でも使用している実包だな。

 それがどうかしたのかね?」


「ご存知のように、この実包は少々の水や湿気では変質しない特殊な紙を用いて弾丸と装薬を包んで実包としています。 これにより今まで弾丸と装薬を別々に装備して、射撃前に面倒な装填作業を行うといった無駄な動作をする必要がなくなり、この実包を手で直接銃の薬室に装填するだけで射撃が可能になりました」


「そうだな」


「そしてこちらが今回現場から回収された金属製薬莢と思われる物体です。

 仮にこちらにある金属片を弾丸と仮定した場合、このような形で実包が形作られていたのではないでしょうか?」



 そう言ってデイビットは金属片を筒の前に持っていき、互いをくっつけるようにして両者を合わせる。



「金属製薬莢を使用する銃の実包は数こそ少ないですが、現状では我らが帝国軍のごく一部の精鋭部隊に試験的に配備されています。 他国の例で言えば、魔王領とバルト永世中立王国、あとはウィルティア大公国で少数が使われている程度ですが、これからの銃の実包はこの金属製薬莢を使用していくことになると情報省では予測しています」



 淡々と語りながらデイビットは銃弾と金属製薬莢をくっ付けたり、離したりといった動作を繰り返していた。アルフレッドはその動作を黙って見ていたが、彼の脳裏には未知の銃が大量に銃弾を吐撃ち出す様を思い浮かべて内心身震いしていたが、ふとあることを思い出してミゲルに確認を取る。



「エルマン、報告では現場から立ち去った者と思われる足跡を見つけていたと聞いたが?」


「はい。 射殺した被疑者の血を踏んだまま現場から立ち去った足跡を発見しています

 現場に駆けつけた兵によれば足跡はそれ一つであり、即座に追跡を行ったとの報告が上がって来ています」



 傍らでミゲルの報告を聞いていたデイビットはアルフレッドに代わって彼に質問を行う。



「で、どうなりましたか?」


「はい。 増援として駆けつけた捜索犬数匹とともに兵士二十人態勢で追跡に臨んだそうですが、ある地点で足跡がプッツリと無くなっていたということです」


「ある地点……ですか? それは何処ですか?」


「報告によると、現場から約五百メートルほど離れた裏通りになりますね。

 足跡が無くなると同時に匂いもその地点を境に捜索犬全てが嗅ぎとれなくなっています」



 ミゲルの報告を聞いたアルフレッドとデイビットはまるで示し合わせたかのように顎に手をやって思案顔になる。足跡を消す方法がないわけでもない。魔法を使える者であれば、雪の上に残った足跡や靴の裏にべったりと付着した血液を洗い流すことも可能なのだ。


 しかし、匂いともなれば話は違ってくる。

 衣服に着いた匂いであれば浄化魔法や水魔法などを応用すれば除去も可能だが、術者本人の体から発散される体臭などは完全に消すことは難しい。人間の体は常に代謝を行なっているので、流れ出る汗や口臭などをその都度浄化魔法で除去し、犬の鼻を誤魔化せるくらいに偽装することはよほどの術者でも生きている限りはほぼ不可能だ。



「念のため、足跡と匂いが途切れた地点から周囲約五百メートルに非常線を張って家屋内や下水道内部も含めて隈なく捜索を行いましたが、不審な人物や新たな足跡等追跡の手掛かりになるものは何一つ発見できませんでした……」



 ミゲルは悔しそうに唇を噛み、しかし少し肩を落としながらその後の捜索の結果を二人に伝える。『軍』名が付いているが、治安警察軍は帝国軍と違って戦争ではなく、犯罪の取り締まりに重きを置いた軍である。その治安警察軍が捜索犬まで動員して逃亡者を捕縛できなかったばかりか、追跡さえできなくなったのだ。彼の悔しさは如何程のものか、アルフレッド達はミゲルをただ黙って見ていた。



「あとこれは捜索打ち切り後、非常線を解いて二時間後に元々、当該区域の巡回を担当していた兵が再度巡回を行なっていたところ、事件現場から足跡と匂いが途切れた地域までを憲兵隊が捜索を行なっていたという報告が上がって来ております」


「何? 憲兵隊が?」



 憲兵隊という言葉を聞いた瞬間、アルフレッドは敏感に反応した。



「何故、憲兵隊が捜索を行うのだ?

 彼らは軍人がらみの犯罪以外での捜査は基本的に行わない筈だが?」


「ああ、それは恐らく死んでいた憲兵軍曹の叔父が憲兵隊第一方面の方面部長ですからね。

 当の方面部長から見れば、可愛い甥っ子が殺されて憤慨しているというところですか?

 彼は甥っ子の憲兵軍曹を普段から色々と面倒を見ていたと聞いています」


「何だそれは? 通り魔の被疑者はその憲兵軍曹だぞ。

 それが身を守るために憲兵軍曹を殺した人物に憤慨するのだ。

 現場の状況から見て正当防衛だぞ!」



 デイビットの想像を聞いてアルフレッドは憤慨し、声を荒げる。

 もし本当に彼の想像通りであれば、勘違いも甚だしい。



「確かに閣下の仰る通り、正当防衛です。

 しかし方面部長にとって、相手は甥っ子を殺した憎き殺人犯です。

 これはあくまで私の推論ですが、憲兵隊は治安警察軍よりも早く憲兵軍曹殺しを行なった者を捕まえたいのでしょう。

 現在のところ、市民らの間では憲兵軍曹の死因は通り魔に返り討ちに遭って殺されたと広く噂されているようで、ことの真相を把握しているのは我々情報省を含む治安警察軍と内務省警保軍だけです。

 もし死亡していた憲兵軍曹の正体が帝都を震撼させた無差別連続殺人犯である通り魔だったと言うことと、何者かに逆襲されて倒されていたのだと世間に露呈すれば、憲兵隊の信頼は地に落ちます。

 その前に憲兵隊はこの事件をなんとしてでもしたいのかもしれませんね……」


「それは……」



「ない」とは言い切れない。

 アルフレッドは今までの経験から、デイビットの言うことを即座に否定できなかった。



「そう言えば、本部長閣下は憲兵隊の出身だとお聞きしていますが……現在の憲兵隊第一方面部長とは面識はお有りでしょうか?」

 

「いや、ないが……」



 デイビットの質問に少々言い淀むがアルフレッド自身、憲兵だったのはもう二十年も昔のことだ。長寿命を誇る魔族や長耳族でもあるまいに、それだけの時間が経てば各方面本部の顔ぶれも変わっているだろう。事実、アルフレッドは現在の憲兵隊第一方面部長の名前こそ職業柄知ってはいるが、会ったことは一度もなかった。


 しかし、ひとつだけ言えることは憲兵隊が今回の事件を闇に葬り去ろうとしている可能性は高いとアルフレッドは考える。憲兵隊は治安警察軍と同じ司法警察権を持つ治安機関ではあるが、憲兵隊の主な任務は犯罪行為を行った帝国軍人の捜査と逮捕である。


 治安警察軍のように一般人を捜査対象にすることもあるが、それはあくまで帝国軍及び帝国軍人に関する犯罪行為に限定されている。今回のように憲兵が市街地を巡回するという行為は実は珍しく、本来ならば軍刑務所や捕虜収容所、軍用鉄道、物資集積基地、軍務省など帝国軍関連施設とその周辺の警備と哨戒任務に限られている。


 では何故、今回死亡した憲兵軍曹が帝国軍とは関係のない市街地にいたのかと言うと、今回の連続通り魔事件はその手口から、被疑者は軍人または元軍人ではないかと見られていた。そのため憲兵隊が半ば強引に帝都市街地での警備巡回を始めたのだが……



「まさか憲兵隊も身内に件の通り魔が居たとは思わなかったのでしょうね。

 しかも、治安警察軍や警保軍の反対を押し切ってまで行った市街地での巡回活動によって憲兵軍曹に犯行の機会を与えることになったのですから……憲兵隊としては何がなんでも憲兵軍曹を倒した者を捕まえて事態を収拾したいのでしょう。

 具体的に言えば、捕まえて通り魔に仕立て上げるつもりでしょうな?」



 ないとは言えない。

 先にも述べた通り、憲兵隊は帝国軍と帝国軍人の犯罪行為を取り締まるのが主な任務である。であるが故に憲兵隊は何よりもメンツを気にするのだ。捜査対象である大多数の帝国軍人は真面目で実直で犯罪を犯す者は少ないが、それらを取り締まる憲兵隊から連続殺人犯が出たとあっては憲兵隊員全員の沽券どころか、帝国軍人らの犯罪を誘発しかねない危険性を孕んでいる。


 現状、憲兵軍曹が通り魔であるという証明は物的証拠しかない。

 憲兵軍曹がどのようにして一緒に死亡していた女性を襲って犯行に及んだのかは、彼を殺した者だけしか目撃していないのだ。


 仮に我々治安警察軍や警保軍が通り魔の正体が『ミルズ・マウザー』憲兵軍曹だと公表した場合、憲兵隊は必ず確たる証拠を求めるだろう。その時に彼を件の通り魔として証明するには、殺人の現場を目撃しているであろう逃げた彼または彼女の証言が必要になる。だからこそ、真相を知っている治安警察軍や警保軍は被疑者の公表を見合わせている。

 

 そして憲兵隊はそれを逆手にとって憲兵軍曹を射殺した正体不明の人物を血眼になって探しているのだが、恐らく現場で捜索を続けている末端の憲兵隊員はミルズが通り魔であることは知らないのだろうと思われる。でなければ正義感に駆られた一部の憲兵たちの口からとっくの昔に『世界通信社』の記者あたりに事件の真相が漏れているはずだ。

 しかし…………



「まずいな……」


「はい。 事態はとてもまずい方向へと推移しています」



 憲兵軍曹を射殺した者が褒賞金を目当てに名乗り出れば我々治安警察軍が彼または彼女を保護して事件の事情聴取が出来ればそれが一番なのだが、仮に名乗り出なくても問題はない。本物の通り魔はもうこの世に居ないので、これ以降通行人が無差別に殺されることはないだろう。


 その点で言えば帝都の治安は回復したも同然である。また、治安警察軍なり警保軍辺りがミルズを殺した者を確保すれば、公の場で憲兵軍曹を被疑者死亡のまま裁くこともできる。しかし、憲兵隊が先にミルズ殺しの者を見つけた場合、更なる混乱を生む可能性が高い。



「諸君。 

 仮にだ、憲兵軍曹を正当防衛で殺した者が金属薬莢を使用する連射可能な銃を所持していた場合、捕まえに来た憲兵隊を銃撃しない可能性はあると思うかね?」


「捕まえ方にもよると思いますが。

 自分に危害が加えられると思えば躊躇なく使用すると思われます。

 そうでなければ、マウザー憲兵軍曹の死体はなっていないかと……」


「私もエルマン中佐殿と同意見ですね。 

 彼または彼女が銃を手放しているとは思えません。

 恐らく今も身を護るために所持しているでしょう。

 金属薬莢という最新の撃発機構を持つ連射可能な銃を所持しているのです。

 もしかしたら、投擲魔導弾などの他の武器も持っている可能性もありますね」


「投擲魔導弾か……」



 否定はできない。

 投擲魔導弾は元々、魔導砲に使用する魔導砲弾を歩兵や騎兵が砲を用いずに携帯・使用できるように開発された投擲用の魔法爆発物だ。人が手で投げる武器であるため、弾弓を使わない限り飛距離は出ない。威力に関してはそれぞれ製造国によって多少ばらつきはがあるものの、もし投擲魔導弾が街中で使用されたら憲兵隊や周囲の一般市民に甚大な被害が出るだろう。そうでなくても、銃を使われれば捕縛に向かった憲兵隊員がミルズ・マウザー憲兵軍曹の二の舞になりかねない。



「我々、情報所としましては早急に憲兵軍曹殺しを行った者を保護したいと考えています。

 仮に憲兵隊が今回の事件の口封じのために件の者を害したという事実が明るみに出れば、帝都に大使館や領事館を置いている諸外国に不信感を持たれかねませんから」



「それだけではあるまいに……」とアルフレッドは内心、嫌悪感を抱く。

 情報省がそれだけの為に動いているとは彼はこれっぽちも信じていなかった。彼ら目的は例の金属薬莢を用いた連射可能な銃を手に入れることであると確信していた。


 でなければ治安警察軍が実施した現場検証後の現場で更なる調査などしないだろうし、態々二つ名持ちの魔導士を動員してまで銃弾の解析作業などする筈もない。デイビット自身が言ったように本音としては未知の魔法技術が施された銃弾とそれを撃ち出す銃を何としてでも手に入れたいに違いない。省益と国益の為に。


 しかし、そうなると治安警察軍を預かるアルフレッドとしては今も銃を持って帝都の街をうろついている輩には今すぐにでもこの国から出て行ってもらいたいと考えていた。正直って碌なことにならないだろうことは目に見えている。


 もしかしたら憲兵隊上層部もミルズ殺しの捜索は表向きであり、本当の狙いは彼を射殺した銃にあるのかもしれない。そう考えると治安警察軍は情報省と憲兵隊の未知の銃争奪戦の争いに巻き込まれているのでは?と思った。


 情報省は情報省軍という軍事組織を独自に保有しているが、情報省軍の部隊が帝都の市街地で任務とは関係のない通り魔殺しの者を公然と探していては他国の目を引くのは必然だ。帝都には隣国のウィルティア大公国やバルト永世中立王国を始めとした各国の大使館や領事館がひしめき合う大都会だ。当然、街中には各国の大使館員や駐在武官が歩いている。


 魔王領を筆頭とした各魔族国家や他種族国家は帝都に大使館や領事館を置いている人間種国家との兼ね合いで帝都ではなく、シグマ大帝国第二の都市『メンデル』に大使館と領事館を置いているのでそこまで警戒しなくていいが、それでも人間国家の大使館と領事館は数十カ国が帝都に集中している。


 もし彼らが例の銃の存在を知れば、魔導士という戦力不足に悩む国々は秘密裏に銃の確保に動き出すことだろう。そうなれば情報省としては憲兵隊以外の競争相手が増えてしまうことになり、万が一、他国に確保されてしまえば大黒星である。



(これは我々だけで彼の者を保護し、秘密裏に国外退去へと仕向ける必要があるな……)



 情報省は各省庁内に情報提供者を作り様々な情報を収集している。もちろん治安警察軍とて例外ではないだろう。憲兵隊はもちろんだが、こと銃に関しては情報省も敵とはいえるが、彼らの持つ情報は捜索の過程において有用であるのは間違いなく、情報省を利用しつつ確保に成功した際の身柄をどのようにして守るかをアルフレッドは考え始めていた。



(内務省は……ダメだな。

 あそこは最近、人事異動で警保軍総監に就いたのは元帝国軍のマテバ南方方面軍上級大将だったか……)



 仮に憲兵隊が銃を目的に捜索をしているとすれば、帝国軍上層部にも情報は行っているはずだ。そうなれば内務省警保軍の捜査情報は帝国軍に筒抜けになっている可能性が高い。



(やはり、我々だけで見つける必要があるか……)



 通り魔を倒してくれた者を探したして確保。然るのちに国外退去処分という流れになるだろうが、帝都の治安回復に一役買ってくれた恩人に対しての行為としてはとんでもない行いだ。しかし、このままでは他国までもを巻き込んだ銃の争奪戦になるのは間違いなく、下手をすると人死にが出る事態も考えられる。



(それだけは絶対に阻止せねば……!)



 憲兵隊から治安警察軍に移る際に宣誓した皇帝陛下と善良なる大帝国臣民への忠誠心は今も揺らいではいない。彼らを守るのが治安警察軍人としての職務であり義務である。彼らの平穏な日常がたった一丁の銃で揺らいではならないのだ。



(この銃を持っている者は一体何処からやって来たのだ?)



 そして何処に行こうとしているのだろう?とアルフレッドは想像する。

 と、同時に別のことが頭の中に浮かんでくる。





――――未知の銃器を持った正体不明の人物が現在も帝都の何処かを歩いている





 これだけでもそら恐ろしい出来事なのだが、何故かアルフレッドはそこまで不安には思わなかった。通り魔を倒したということも理由の一つではある。しかし長年、治安警察軍で養われた己の勘がその人物が通り魔を殺したくて殺したのではないのだと囁いていた。



(とりあえず情報省の息がかかっていない者を使う必要があるな……)



 頭の中では情報省と繋がりがない又は情報省を毛嫌いしているのは部下の名前が候補として幾つかあがる。ミゲルに指示をして名前が浮かんだ者たちを本部長室に招聘しようと考えていたところ、突如として驚きの声が上がる。



「ほ、本部長!!」


「どうした!?」



 自分を呼ぶ大きな声に対して思わず怒鳴るように応える。

 声の主はミゲル・エルマン中佐だった。



「き、消えていきます……」


「何がだ?」



 半ば呆然とした様子で話すミゲルを見て一体どうしたのかと首を傾げるアルフレッドだったが、次に発した彼の言葉にアルフレッドは大いに驚くことになる。



「遺留品が……遺留品が消えていきます!」


「何だとぉ!?」



 急いで机の上を見るとミゲルの言う通り、変形した銃弾と薬莢が揺らぎ、まるで蜃気楼のように姿を薄くしていっているではないか。



「くそっ!」



 思わずまだ消えていない薬莢を一つ手で掴むが、その薬莢も手の中で色が薄くなって次第に実体としての形状を保てなくなり、消えてしまった。



「く……ッ! デイビット君、キミのほうは…………」



「大丈夫か?」聞こうと振り向いた先、デイビットは己の掌を見て呆然と立ち尽くしていた。

 まさにポカンとという言葉がぴったり合うくらいに呆然としている。



「そんな……何で?」


「…………………………」



 立ち尽くすデイビットの姿を見て逆に冷静になったアルフレッドは内心安堵していた。



(まあ、あんな物騒極まりないものは消えて無くなってくれて良かったのかもしれんな……)



 これで情報省が諦めるとは思えないが、現物が無ければ探しようがないだろう。デイビット以下、情報省の者達の内何人があの銃弾と薬莢のことを知っているのかはわからないが、少なくとも捜索する過程で障害が生まれたのは確かである。



(もしかしてあの薬莢の持ち主はこういうことを想定していたのか?)



 物体と綺麗さっぱりに消し去る魔法など知らないが、並みの魔導士にできる技術ではないだろうことはグスタフは直感的に理解した。また同時に一つ分かったことがある。相手は銃だけでなく、相当な魔法の使い手であるということだ。それを知った瞬間、アルフレッドの背中には冷や汗が滲み出て戦慄が走る。



(頼むから、大人しくこの国から出て行ってくれたまえよ?)



 消えていってしまった銃弾と薬莢を見て未だに混乱の渦にある部下達を他所にシグマ大帝国・治安警察軍本部長アルフレッド・グスタフは祈るような気持ちで静かに窓の外を見つめていた。

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