第4話 夜

「はあ、やっと着いた」



 やっとこさ、今日宿泊する宿『金の斧』の部屋へと辿り着けた。

 腕時計で時間を確認したらシアのお店に行ってからこの部屋に入るまで余裕で30分以上が経過しており、宿に入る前は明るかったのに外はもう暗くなり始めている。

 


「ふむ。 確かにセマが言っていた通り、綺麗だな」



 宿は綺麗で派手な装飾は少なく、モダンで好感が持てる雰囲気で個人的にも非常に良いと思う。この宿に来るまでの間、道々に一定の間隔で街路灯らしきものが設置されており、日本のようにLEDや水銀灯ほどの明るさではないであろうにしろ、一応街路灯があるのはありがたい。


 恐らく一国の首都というプライドと防犯のために設置してあるのだろうが、夜になると真っ暗になってしまうのでは?と危惧していただけに街路灯が当たり前のように設置してあったのは予想外だった。

 


「それにしても寒いなあ……ストーブでも出すか」



 よく考えてみると、ここは異世界だ。

 日本のように壁のスイッチ一つで明かりが点いたり、エアコンが存在する世界ではないし、部屋の中を見回しても明かりを点ける器具とか暖炉や薪ストーブのような暖房器具は一切見当たらない。



「ん? これは?」



 見ると天井の中心に何か透明な半球状のガラス玉みたいなものが嵌っている。何なのかと思い、真下に来ると自動的に明かりが点いて室内をボンヤリと照らし出す。



「ほう。 これは照明器具か……」



 スイッチの類が部屋の壁に無いところを見ると、この照明器具は人感センサーのように人間の体温か気配を感知すると光が点灯する仕組みらしい。まさか異世界に人感センサー付きの照明器具が存在するとは思わなかったので正直言ってびっくりした。


 この照明器具のお陰で夜になっても部屋が完全に暗くなってしまうことはないが、現代日本の生活に慣れてしまっている者にとっては光源がこの電球色っぽい魔法の光だけというのは些か心許ない。



「ストーブもだが、照明器具も用意しないとな」



 ストレージを開けて腕を突っ込んで最初に取り出したのは日本の大手電機メーカーのロゴが印刷されている段ボールだ。箱を開けると中にはビニール袋に包まれた四角く平たいLEDライトとA4サイズくらいの大きさのソーラーパネルと充電コードが入っている。


 これは日本の某大手電機メーカーが数年前にアジアやアフリカなどの発展途上国の中でも、特に電気などのインフラが整っていない無電化地域向けに開発した照明器具で、平らなボディに5つのLEDを装備し、付属の小型ソーラーパネルによる充電で約6時間ほどの充電で最長約90時間くらい使用できる機能を持ち、本体充電ソケットの横にはUSBポートが設けてあり、地球であればソーラーパネルで充電した電気を携帯電話やスマートフォンなどのモバイル端末などへの充電が出来る性能を有している。


 しかも明るさを3段階に調節可能で、防塵防滴構造により高温多湿で雨が多いアジア地域などでも問題なく使用できるほど性能が高く、本体左右に取り付けてある針金を折り曲げて作られたハンドルを使用すれば部屋の天井に吊り下げることも、机の上に立てかけて電気スタンドの代わりとして使うことも可能だ。


 まずはこの部屋を明るくするために螺子付のフックと紐、小型の脚立を使って天井から約1メートルくらい下がったところにソーラーランタンが位置するように吊るす。LEDランタンのスイッチを入れると既に充電済みだったらしく、薄暗くなり始めていた部屋の中を明るく照らしだす。

 

 改めて部屋の中を見渡してみると、俺が暫くの間宿泊する部屋は6~7畳くらいの広さがあり、窓際にベッドが1つと右の壁際に机と椅子、反対側の壁には服や物を吊り下げておくためのものと思われる木製のフック4つほどある。


 床はもちろん木製で壁は白い漆喰のようなもので作られており、掃除が行き届いているのか簡素な感じはするがボロい感じや不潔な雰囲気は一切無い。ベッドは当初懸念していた藁敷きなどではなく、ちゃんと綿のクッションが敷いてあるようだ。



「寝心地は問題ないかな?」



 クッションの弾力を確かめ、次にストーブが入っている段ボールと灯油、そして灯油ポンプとマッチを取り出す。



「うーん、日本では予算の問題で購入できなかったけど、まさか異世界に行くことで手に入れることが出来るようになるとはねえ……」



 段ボールから出てきたのは、上品な光沢を持つ黒い金属製の『ブルーフレームストーブ』と呼ばれているストーブで、もともとは燃焼筒下部に丸い穴が2つ前後に開いていて、そこから雲母が嵌っている窓を通して灯油が燃える青い炎の燃焼を確認できる対流燃焼式ストーブ。


 日本中にこのストーブの愛好家が存在し、俺も自宅でこのストーブの旧式モデルの39型を2台愛用していたのだが、近年この39型をベースにさらに改良を施して安全性と使いやすさ、インテリア性が向上した新型ストーブの上位機種が登場したのだが、それが今俺の目の前にあるこの黒いストーブだ。


 いつか、お金を貯めてこいつを購入して冬に使うのが夢だったのだが、まさか自宅ではなく異世界の宿屋で使うことになるとは……ちょっと複雑な気分だ。


 灯油が入っているポリタンクにポンプを挿し込んでストーブの燃料タンクが満タンになるまで給油し、燃焼筒を開いて安全装置を作動させ芯を上げ、新品の燃焼芯に灯油が染み込んだことを確認して問題がなければマッチで火を点けて燃焼筒を閉める。すると炎がじわじわと円形の燃焼芯全てを燃やし始め、炎の色が青くなるように芯の高さを調整すればこれで終わりだ。



「綺麗だなあ……」



 このまま、放っておけば次第に部屋が暖かくなり始めるだろう。

 燃焼部分が全てガラス張りだから電気が無い異世界の暗い部屋であっても、この青い炎のおかげで寝るときにLEDランタンを消しても明るいはずだ。


 本当はこのタイプで一番好きなストーブは、あのメカメカしい見た目の旧式である38型のデラックスバージョンなのだが、就寝中の暖房兼照明の代わりとしてはこのブラックモデルが適している。しかも燃焼効率がとても良いストーブなので、水が入ったヤカンを置いていると下手なガスコンロよりも短時間でお湯が沸く。


 

(そのうち、これのライバルとでも言うべきのゴールドフレームストーブを出そうかな……)


 

「部屋もそのうち温かくなるから、“アレ”を出そうかなあっと」



 そう言ってストレージから一丁のGPMG=汎用機関銃を取り出す。

 が、取り出された機関銃はとても特徴的な形をしている上に全長が一般的な機関銃よりも短い。



「こうやって実際に見ると、機関銃とは思えないほどコンパクトだよなあ……見た目はゴツいけれど」



 出てきたのはロシア製汎用機関銃『PKP ペチェネグ』のそれのブルパップ改修型。我が国の自衛隊が使用している89式5.56mm小銃や米軍のM16/M4、ロシアのAK74Mなどがピストルグリップとハンドガード又はフォアアームとの間に弾倉を挿入する箇所があるのに対して、フランスのFA-MAS、オーストリアのAUG、イギリスのL85A1などに見られるようにピストルグリップの後方に弾倉挿入部が位置し、それに伴って機関部も後方に移された又は移されてしまったタイプの自動小銃や短機関銃などが所謂『ブルパップ式』と呼ばれている。


 ブルパップ式の銃器の利点はフルサイズの銃器に対して全長がコンパクトでありながら、銃身の長さがフルサイズの銃器と変わらない点にある。そのため、コンパクトでも通常のフルサイズ銃器とほぼ変わらない命中精度を出せる上に車両や航空機、艦船や建物などの狭い空間でも用意に取り回しが可能な点だ。


 そのため、最近では自動小銃や短機関銃以外に散弾銃や狙撃銃でもブルパップ形式を取り入れて製品化する銃器メーカーも複数ある。しかし反面、銃器の機関部を抱え込んで撃つ姿勢になるため、フルサイズの銃器では可能だった姿勢での射撃や銃剣格闘が難しかったり、幾多の改修を施されても満足な動作を達成できない銃種も存在している。


 そして今、俺の手元にあるこの機関銃もブルパップ式に改造されてしまった姿を晒している。通常、汎用機関銃と呼ばれるベルトリンクで給弾するタイプの機関銃は給弾方法と大きな機関部の影響でブルパップ化が難しいのだが、このPKP汎用機関銃は多少強引ながらも見事ブルパップ化に成功している。


 そのおかげでフルサイズのPKPならば全長が1200ミリを超えるところだが、ストックが無くなったお陰でかなり短縮化されて全長がアサルトカービンライフル並みになっている。射撃後の空薬莢を排出するための排莢口にもリフレクターカバーが装着されて機関部左側から排莢される撃発直後の熱い空薬莢が銃本体を抱え込んだ体に当たらないように配慮がなされている。



「この街の夜の治安レベルがどの程度なのかは分からないけれど、小銃弾よりも強力な7.62×54R弾ならば、仮に相手が筋肉ムキムキの重装歩兵の集団でも圧倒出来るな」



 本当ならば夜の射撃音に配慮して、VSSやAs Valのようなサプレッサーや特殊な亜音速弾を使用する銃器を選ぶべきなのだろうが、先ず優先されるべきは己の命。夜の異世界の街にはどんな危険が潜んでいるのか分かったものではないので、今回は発砲時の消音性よりも機関銃の持つ制圧能力と弾丸一発当たりの殺傷能力、そして銃本体の取り回しのし易さを考慮してこのPKP汎用機関銃ブルパップ改修型を選択した。



「さて……では、ベルトリンクへの装弾をチャチャっとやっちゃいますか!」



 装弾器とベルトリンクこと機関銃用弾帯、徹甲弾や曳光弾、各種照準補助具を一通りストレージから出し終えた俺はこの機関銃を射撃可能状態に持っていくための作業に取り掛かった。

 





 ◇






 1階に降りると先ほどいた受付の女の子は居らず、代わりに受付にはこの宿のオーナーと思しき中年の男性が座っていた。恰幅が良く、俺から見た感じとしてはとても美味しいパンを作りそうな雰囲気を感じさせる人だ。


 

「すいません。 今からちょっと外出してきます」


「はいはい。 じゃあ、部屋の鍵を預かりますよ」


「はい」



 お肉が付いてプ二プ二していそうな手に自分が泊まっている部屋の鍵を渡す。



「じゃあ、行ってきます」


「いってらっしゃい。 ところで夕食はどうするかね?

 宿帳を書いたときに聞いていると思うけど、宿泊料金と食事代は別々だが外で食べて来るかい?」


「そうですねえ……食事は先方の都合次第なので何とも言えませんが、多分がっつり食べることになると思います」


「そうかい。 一応ここはあと二時間あるかないかくらいで食事の提供は終了するから、それまでに戻ってくれば食事にありつけると思うよ? 」


「わかりました」


「あと、うちだけじゃなく殆どの食事処はあと二〜三時間くらいで店を閉め始めるから、うっかりしていると食事が出来なくなるから注意しなよ?

 それと最近、ここらへんも夜は物騒になってきてるし、くれぐれも気を付けるようにね……」


「お気遣い、ありがとうございます。 では、行ってきます」



 そう言って俺は宿を出た。






 ◇






――――宿を出て約10分。



 俺は今、セマたちが待っている『食堂 飢える噛む亭』へ向けて石畳の歩道を歩いているが、携帯しているフラッシュライトを点灯していない。辺りはすっかり暗くなったのだが、設置されている街路灯が思いのほか明るいのだ。


 設置してある街路灯はありがちな青銅製で装飾が施されている西洋風のものではなく、黒く塗装が施された飾り気も何もないシンプルな鉄の支柱に箱型のランプが乗っかっている構造だ。


 しかし、見た感じではガスや電気とも違うエネルギー源の光源を使用しているようで、電球色っぽい光が辺りを“ボヤァ~”っと照らしだしている。


 何を光源にして輝いているのか?

 どのようにして一斉に点灯させているのか仕掛けが非常に気になるのだが、残念なことに筐体に使われているガラスが乳白色の磨りガラスになっているため、ランプの中身をうかがい知ることはできない。


 ま、いずれにしてもこのように街路灯が明かりを提供してくれているおかげで、ライトを使わずに歩けるというのは非常にありがたい。


 街路灯は、ほぼ一定の距離を置いて設置されている。

 体感距離としては、大体20メートル置きくらいだろうか?

 その割には光の届く距離が長く感じるし、距離が長くなればなるほど薄暗くなるのだが、それでも真っ暗になるというほどではない。


 また、街路灯を見ながら歩いていて解ったことだが、街路灯5基毎に電球色ではなくLEDのように真っ白に輝いている街路灯が設置してあることに気付いた。恐らくこの白く輝く街路灯は、歩いている暗い夜道の距離を誰でも簡単に目測で計れるように設置されているのではないかと思う。

 まあ、自分なりの憶測だから真相は解らんが……

 





 ◇






――――更に歩くこと、約20分。




 ようやく『食堂 飢える噛む亭』が見えてきた。

 と、同時にそちらの方向から歌声やらやかましい笑い声や叫び声が聞こえて来る。先ほどまで大通りを歩いているにも関わらず、誰ともすれ違わずに一人きりで歩いていたため非常に心細かった。


 しかし、食堂の前まで来ると何人かのんちゃん、兵衛べえちゃんが店の前の道端に年齢性別種族の関係無く転がっていて、吐瀉物ゲロの臭いこそしないが非常に酒臭い。


 

「まったく! このクソ寒い中よく凍死しないな……」



 セマたちと食事をするためにまたここへと来るハメになったのだが、銃器を持った状態だと非常に目立つため、俺は店に入る前に機関銃と拳銃をストレージに締まってから店の扉を開けた。






 ◇






「あの~?」


「いらっしゃい。 ……食事かい?」


「ああ、ええ……向こうに座っている人達に誘われて来たんですが……」



 会計にいたのは、がっしりした体格の男性だった。

 本当はそのまま店の中へ入る筈だったのだが、いざ扉を開けて中へ入ろうとしたらこの怖そうなおっさんと目が合ってしまい、何も言わずに入るのが憚れるので恐る恐る声を掛けて見たのだ。


 年の頃は恐らく50代半ばで、身長は多分……軽く190センチ以上。

 角刈りの銀髪に鋭い眼つきにゴツい顔立ちのため、もの凄く迫力があって怖い。


 季節が冬のため服装が厚着ではっきりした体格が分かりづらいが、それでも胸板が厚くて丸太のように腕が太いのに比例するかの如く首が太いため、この男性の体格が容易に想像でき、仮に俺が彼のパンチを受けたならば火星まで吹っ飛ぶ自信がある。まあ、この惑星『ウル』が存在する星系に火星があるかわからないが……



「ん? ああ……お前さんは、あそこに座っている若い冒険者たちの連れかい?」


「ええ。 彼らと食事をする約束だったので、ここへ来たんです」


「そうかい。 それじゃあ、どうぞ。 いらっしゃい!」



 この怖そうなおっさんにに案内されて店内の奥、カウンター隣の壁際にあるテーブル席に座っているセマたち[流浪の風]のメンバーたちのところへ行くと既に彼らは食事をしていたらしく、テーブルの上にはいくつかの料理と酒が既に配膳されていた。



「こんばんは」


「ん? おおっ、エノモト殿!

 待ってましたよ。 申し訳ないが、先にいただいているよ」


「どうぞどうぞ、お構いなく。 それでは、失礼して……」



 5つある席のうち、空いているセマの右隣りに座る。

 因みに俺の右にはリリーが座っているのだが、少しデキ上がっているらしく若干顔が赤い。



「エノモト殿は何を飲む?

 この店は麦酒や葡萄酒も美味しいところを安く提供しているから、どれも美味いぞ」



 そう言ってセマは自分の直ぐ後ろの壁の少し上の方向を指差す。

 壁には日本の定食屋のように様々なメニューと酒の名前が書かれた紙が貼られており、灰色っぽい藁半紙には達筆な日本語で料理名が書いてあるが、いまひとつ意味が分からないメニューがあったりする。



「では手始めにこの……『暖かい葡萄酒』をいただきましょうかね?」


「分かった。 すまない、注文を!」


「は〜い! ありがとうございます……って、え?」


「おや?」



 セマが席の近くを通りかかった給仕の若い女性を手を上げて呼び止めて注文をしようとするが、何処かで聞いた声だと思って俺が給仕の女性に目を向けると、やって来た給仕と目が合った。



「シアちゃん?」


「え、タカシさん?」



 セマに呼ばれてやってきた給仕はこの食堂のオーナーであり、肉屋の経営者の娘であるシアだった。俺はもしかしたらまた彼女に会うかもしれないという予想はあったが、シアの方は予想外だったらしく、目をパチクリさせながら俺を見て驚いていた。



(まあ、昼飯食った客がその日のうちにまた来店って、そうないよなぁ……)


「ん〜? 二人は知り合いなの?」



 俺の隣に座っているリリーが少し呂律が回っていない口調でこちらとシアの顔を交互に見ながら尋ねてくるが、果たしてどちらに対して聞いているのだろうか?



「ああ、彼女は俺が昼ご飯を食べる場所を探しているときに声を掛けて来てくれてね。

 で、彼女の案内でここに来て料理を食べたんだ」


「ふーん……」


「その節はありがとう。 牛肉の煮込み美味しかったよ」


「あ、ありがとうございます。 っていうか、タカシさんって冒険者だったんだ?」



 お? 何だろう?

 なんかシアがさっき会ったときと比べて妙によそよそしいけれど、どうしたのだろうか?



「いや、俺は冒険者じゃないよ。

 まあもしかしたら、その内なるかもしれないけれど」


「そうなんだ……」


「うん。 ああ、ところで注文良いかな?」


「あ、はい」


「あそこに書いてある『暖かい葡萄酒』を一つと、あと……『骨付き牛の直火焼き』をお願いね」


「はい。 少々お待ち下さい」



 注文を受けて厨房へ去って行くシアの後ろ姿を見送ってから、セマたちに向き直る。



「さっきの給仕の女の子はシアっていう名前の子でね。

 ここの店を経営している肉屋の娘らしい」


「ほう? ということは、あの給仕がグレアム殿の娘か……」


「グレアムって誰ですか、ムシルさん?

 パッと聞いた感じではシアの父親ってことは、この食堂を営んでいる肉屋の経営者のことを指しているように思えますが?」


「エノモト殿が年上なんだから、オレのことは呼び捨てでいいですよ。

 名前をさん付けで呼ばれるとムズムズしますから、もっと気軽に話しかけてください。

 グレアムって名前はエノモト殿仰る通り、この肉屋の経営者の方で元傭兵だった男のことです」


「へえ、そうなんだ。

 でも何で元傭兵が肉屋の経営を?」


「そりゃあ、俺が肉好きだからさ!」


「えっ!?」



 突然、自分の真上から野太くて力強い声が響いて来たことに驚いて上を見ると、先ほど店に入るときに会計にいた銀髪角刈りのおっさんが下を向いてこちらに怖い顔を笑顔にして話しかけてきた。



(いつの間に後ろに来たんだよ……)



 周囲のテーブル席は満席で、シアたち給仕係の女の子たちが窮屈そうに席の間を行き交っているのに、明らかにシアよりも一回りも二回りも体格が大きいこの人はどうやってこの混雑を抜けて来たんだ?



「ごめんな。 脅かしてしまったか?

 そこのガタイの良い兄ちゃんが言っていた通り、俺は元傭兵でな。

 大陸中の戦場を渡り歩いていたんだが、同じ傭兵だった女房が妊娠しちまって傭兵稼業から足を洗ったんだよ」


「へえ……」


「で、傭兵辞めて農家にでもなろうと思ってたんだが、女房の実家がこの肉屋でな?

 身重の女房を一人にして働く訳にもいかねえだろ?

 だから女房とまだ腹ん中にいたシア共々、彼女の実家に預けてどこかの豪農の下で働こうと考えてたんだが、牧場の牛の面倒を見るのに男手が必要だって言われちまってそのまま働いてたら、いつの間にか食堂の経営をやっていたってことさ」


「はあ~そうなんですか?」


(っというか、奥さんも元傭兵かよ……)



 思わず脳裏にポージングをキメてる筋肉ムキムキな女性を想像してしまった。目の前のこのゴツイおっさんと同じようにゴツイ女性が隣に立っているのを想像して思わず「うわぁ……」と心の中で呻いてしまった。



(シアはよくあんな可愛い娘になったもんだ)



 彼女の顔を思い出していると俺の表情から思考を読み取ったのか、グレアムさんはニヤリと笑って俺の両肩をバンバンと叩く。



「ワハハハ! お前さんが考えていることがよく分かるぞ!

 大方、シアが俺に似てなくてよかったとか思ってるんだろう?」


「え!? あ、いや……」


「それもしょうがねえわな。

 俺の娘だとシアを紹介したら、みんな今のお前さんのような顔になる。

 ま、慣れだよ。 慣れ」

 

「先程も言った通りグレアム殿は元傭兵なんだが、冒険者の間でも有名なお方なんだ。 グレアム殿の二つ名『投槍腕とうそうわんのグレアム』と聞けば、陣後方に控えている敵軍の将や軍師、騎士達は震え上がり、いつ自分たちが串刺しになるかと恐れて陣中から容易に動くことが出来なくなるほどだったと言われている」


「はあ……」



 どういう意味か分からなかったのでムシルに詳しく聞いてみると、まずグレアムさんの二つ名にある『投槍腕』とは槍を遠くに投げるための投槍器が元になっているらしい。投槍器とは、地球の中央アメリカはアステカなどで使われていた『アトラトル』という元イギリスSAS出身で保険会社の調査員である考古学者がタクラマカン砂漠に取り残されたときに所持していた槍を遠くに飛ばすための道具だ。


 棒の中をくり抜いたような形状の投槍器後部に設けられた突起を槍の後端に施された窪みに嵌め、紙飛行機を飛ばすのに近い要領で槍を前方に向けて投げるのが正しい使い方だ。因みに槍を遠くへ飛ばすための試行錯誤はこの世界でも盛んに行われていたようで、この世界で開発された異世界版アトラトルは『投槍腕器とうそうわんき』と呼ばれているらしい


 地球のアトラトルが矢を少し大きくした程度の比較的小型のサイズの槍を飛ばすのに対し、この世界では歩兵が装備するフルサイズの槍を飛ばす。そのために投槍器は大きな槍を飛ばすことを目的に頑丈なモノが求められて試行錯誤を経た結果、人間の腕と同じかそれより大きなモノへとサイズアップした。


 そして投槍器はその見た目が人間の腕のような外見から『投槍器』と呼ばれているらしく、グレアムさんはこの投槍腕器を用いての槍投げの名手なのだという。遠距離攻撃魔法や弓矢の発達で戦場では殆ど見られなくなった投槍腕器であったが、一部の槍を装備した歩兵が個人的に使用していたりするため、完全に姿を消したわけではないらしい。


 ムシルが言うには、このグレアムさんはその投槍腕器を使用する数少ない投げ槍使いで、現役の傭兵時代には投槍腕器で投擲した槍で敵軍の指揮官や軍師を何人も屠り、槍の射程距離は魔法の補助無しの場合で最大400メートル以上も飛んだこともあるのだとか。因みに投擲した槍が風魔法の補助を受けて追い風に乗ると約800メートル以上の飛距離を叩き出したこともあるという。


 しかし、ここで脅威なのは槍の飛距離ではなくグレアムさんの持つ神技とも呼べる投槍の命中精度だ。見通しの良い平地ならば90パーセント以上の確率で命中し、馬や竜騎、飛竜などの人間の脚よりも速い動物に騎乗していたりしてもそれらが移動する先=未来予測位置に対して槍を打ち込んでいたとのことだ。確かに神技である。



「今の俺は槍を持った傭兵ではなく、包丁を使うただの肉屋だ。

 幸運にもこうして娘もできて店も持てた……俺は傭兵一筋で冒険者になったことはないが、退き際だけは見極めてしっかりと冒険者稼業から足を洗うということだけは心に留めておけよ?

 人間は魔族やエルフ族のように長寿の種族じゃねえ、お前らの年齢だとあと二〜三十年くらいで体が老いて頭も段々と働かなくなって行く。

 冒険者や傭兵みたいな仕事はいつ食えなくなるか分からねえからな……」


『………………………』



 少々お節介ではあるが、全員が静かにグレアムさんの忠告を真剣に聞いていた。確かに彼の言う通り、冒険者という職業はいつ食えなくなるか分からない職業だ。


 この世界の冒険者らの仕事が俺の知るファンタジー世界の冒険者と同じであるのなら、それこそ数瞬後には食えなくなるどころか死んでいてもおかしくはないだろう。



「なんだか辛気臭い話をしちまったな。 

 ………………っと、こいつは俺の奢りだ。 遠慮せずに飲んでくれ……」



 一度場を離れてバーカウンターへと歩いて行ったグレアムさんは少し大きめの酒瓶を抱えて直ぐに戻って来た。そして酒瓶をテーブルの上にドンと置いて栓を抜くと、そのまま悠然と会計の所へと戻って行った。






 ◇






「へえ、じゃあ冒険者には等級によって受け取る報酬も違ってくるんですか?」


「違うというよりは、請け負える依頼の内容が違ってくるのさ。

 等級が上がれば上がるほどそれに比例して依頼の達成難易度も上がり、当然報酬の額も大きくなるという寸法だな」


「一級とかになると国や街、役所やギルドそのものから直接指名で依頼が舞い込むこともあるらしい。 オレが聞いた話だと、大型種のオーガの討伐で成功した冒険者のクランに額は分からないが、報酬として金貨がごってり詰まった袋が幾つか渡されて、何人かは噂を聞きつけた軍隊の人事担当者から士官候補や教官として来ないかと誘われたらしいぞ?」


「ほう? それは凄い」



 グレアムさんが去った後、俺たちは冒険者の仕組みについて話をしていた。殆どの場合、俺がセマたちに質問して彼らが答えるといった感じであったが、冒険者の仕事内容や制度、[ギルド]という組織についてかなり詳しく聞くことが出来た。


 まず『冒険者』についてだが、やはりというか何というか俺が想像する異世界ファンタジーの冒険者とほぼ同じだった。依頼はド定番の薬草や鉱物といった素材の採集から魔物や盗賊の討伐に商人や輸送貨物の護衛に施設警備など、おおよそ危険とか荒事と呼ばれる仕事を請け負う何でも屋という位置付けで、そういった依頼の仲介や斡旋を[ギルド]が行なっているということ。


 ただ意外だったのは、ギルドに加入している冒険者達は全員が『組合員』として活動しているということだ。ギルドには二種類の区分があり、一つは『職員』というもので、これはギルド内部で働く受付や事務員といった者たちを指し、日本で言うところの『団体職員』に相当する。


 次に『組合員』だが、これは先に述べた冒険者以外にも商人や傭兵、魔法使いに船員などギルドから斡旋された仕事や依頼を請け負ったり、ギルドが持つ幅広い情報網を活用する目的で[ギルド]という組織に加入している者たちを指す。

 


「冒険者という名前の由来は元々は『冒険家』という意味だった。

 本当の冒険家は迷宮や遺跡を探索して失われた魔法技術や魔導具、隠された財宝などを発掘して、一攫千金を狙う冒険活劇の登場人物みたいな職業だ。

 しかし、いつのまにかそれ以外の者たち……金銭によって魔物の退治や護衛、素材採集など冒険家の稼業とは無関係な内容を請け負う者まで一括りに『冒険者』と呼ばれるようになったんだ。

 どうしてか分かるかい? エノモト殿」


「いえ」


「不思議には思わないかい?

 魔物の退治や駆除ならば狩人や猟師がやればいいし、護衛や施設警備なら傭兵がやるべきだろう。

 素材採集なら専門の業者や学者がやった方が効率がいい筈だ。

 しかし何故、冒険者という中途半端な存在がさっき言ったような専門的な知識や技術を持つ職業の者たちの仕事を奪いかねないようなことをしていると思う?」


「いや、そう言われてみれば不思議ですね……」



 確かに言われてみれば不思議である。

 ファンタジー、特に異世界ものと言われる小説や漫画に慣れ親しんでいる者にとって『冒険者』という単語に慣れてしまってその存在に疑問を持っていなかったが、セマの言うように何故専門家の仕事を奪うようなことをしているんだろうか?


 いや、それどころか国のそれぞれの地域を領主が治めているような封建制が罷り通っている場所だと、軍隊などの国家組織に属していない武装した集団が領内を彷徨いたり、国を跨いで移動することなど国や領地を治める者にとって最も嫌うことのひとつな筈だ。


 それが何でギルドという国家に属さない組織が存在し、そこで働き仕事を斡旋されたり請負ったりする

制度や風習が生まれたのか?そして何故、各国の指導者達がそれを許容しているのだろう?



(まあ、ここら辺の問題を一介の冒険者であるセマ達に聞いても正確な回答が得られるとは思えないな……)



 それに俺もセマ達も酒が入っているから、この件はまた別の日……シラフの状態で調べないと話にならないだろう。そういう訳で、俺は話を続けるセマに耳を傾ける。



「ちょっと前に昔の冒険者が半端な存在だったと言ったが、それは今でも同じでな。 ところでエノモト殿の故郷では仕事に就くときはどうやっていたんだい?」


「俺の故郷では?」


「そうだ」


「俺の故郷では職業安定所や求人案内といったもので就職先を探していたっけかね」



 懐かしいな。

 自筆で履歴書を書いて持って行けば「パソコンで履歴書くらい簡単に作れないのか?」と言われて面接に落ちて、今度はパソコンで履歴書を作って別の企業に持って行けば「自筆で書かずにパソコンで履歴書を作るとは……君、履歴書作りに手を抜いているのかね?」と面接を担当した禄にパソコン操作が出来ない、如何にもなバブル世代の仕事をするフリだけに精を出すしか能がない名ばかり役職持ちの中年オヤジに言われて絶望感に襲われながら殺意が湧くという事態に何度も陥ったものだ。



「なるほどな。 ここシグマ大帝国の帝都ような大きな都市部では斡旋屋や職業紹介所などがあるが、地方の田舎や辺境ではそういった場所は殆ど無く、基本的に個人の紹介や伝手で仕事に就くしか道がない。

 代々貴族だった家やそれらに使えていた家令や侍従の家系も基本は世襲制だったしな。

 商家や農家も未だ同様に長男が跡を継ぐ世襲制が多く、女性の場合は嫁に出されるか婿を取って来るしかない」


「そうなんですね」



 やはり、ハローワークのような職業の斡旋や紹介を行う組織というのは都市部にしかないらしい。



「世襲は長男が担うという風習が残っている地域だと、家における次男以下というのは長男にもしものことがあったときの予備のような存在だ。 女の場合はさっき言ったように嫁に出されるか、生まれてきた子供が女ばかりなら外から婿を入れるしかない」


「なるほど」


「では、長男が五体満足で健在だったら次男以下はどうすればいいと思う?

 まあ商家や農家の場合、商会や農場が大きければ兄弟姉妹で力を合わせて家を盛り立てて行くということも出来るが、それ以外の商家や農家、貴族家の次男以下はどうなる?」


「んん?」


(まあ普通に考えれば、外に仕事を求めるしかない?

 でも、貴族階級ならば侍従でもいけるのか?

 だがそうなると、何かのときに家の後継者争いが勃発したりするのかな……)


「規模が大きい豪農や豪商であれば長男の補佐をする存在になったりもするが、長男との関係が険悪だったり家の財政に余裕がない場合は次男以下は家を出るしかなくなる。

 しかし、先ほど俺が言ったようにそれが都市部ならば斡旋屋を仲介して職に就けるが、田舎や辺境では個人の紹介が必須なことが多いから、職に就くのも容易じゃない。

 その上、貴族家の出身だとその家の領内で職に就くことになるが、全ての者たちが己の満足する職に就けるわけでもないしな」


「そこで登場するのが、[ギルド]というわけさ。

 職に就けるほど専門的な知識や技術は持っていないが、それなりの教養や体力があるという中途半端な者たちが就ける職業なんてたかが知れているし、稼ぎも少ないしな。

 しかし、職に就けず溢れてそこら辺をぶらぶらしていたり、食い詰めて強盗やスリなんかに身を落とさないようにしないと国や街、辺境の治安が悪くなってしまう。

 で、そういった中途半端な奴らに首輪を嵌めて管理して適当な仕事をさせつつ、将来的に自分がどんな仕事に向いているのか、それに就くにはどうすれば良いのか?という時間と場所を提供する目的で作り出された職業が『冒険者』というわけだ」


「なるほど。 そういうわけなんだ……」



 セマの説明を引き継ぐようにムシルが[冒険者]の成り立ちについて説明を続けるが、彼の言うことに思わず頷いてしまう自分がいる。


 まあ、確かに言われてみれば無職の人間がそこら中に溢れているよりかは多少なりとも何らかの仕事に携わっている方が国としては良いことだろう。日本のように生活保護が存在する世界ではないので、『金が無くなる=死』という事態に直結しかねないこの世界では彼らが犯罪に手を染めたりする前に何とかして定職に就いて貰わないといけないだろう。


(人によっては追い詰められて金や食べ物目当てに窃盗や殺人に走る者も出て来るだろうし、もしかしたら無職の人間が増えると困るというのは切実な問題なのかもしれないな)



「だが、そういう目的で[冒険者]という枠を作ったのは良いが、「職に就けないなら、冒険者になれば良い」という風潮が出来上がってしまって職に就いてない奴が『無職ではない』って言うために冒険者ギルドに殺到してしまってな。

 しかも、昼間にセマが言ったようにかつての傭兵ギルドや情報ギルドに加入出来なかった奴まで冒険者ギルドに流れ込んだものだから、色々な問題が発生して冒険者ギルドの手に負えなくなってしまった。

 で、色んな仕事が被って効率が悪くなっていた他の職業ギルドも巻き込んで業界の再編と統合を行い、ついでに『冒険者』を単なる無職の中途半端な奴らの集まりという状況から脱するためにも、冒険者になるための各種試験と階級制の導入、身分の保証というある意味での首輪と報酬という飴を与えることにしたんだよ」


「へえ、なるほどねぇ……」


「身分が保証されたお陰で冒険者達は誇りを持って依頼を受けることができるようになり、依頼を出す側も冒険者を舐めてかかるものは少なくなった。

 業界が再編されて新生[ギルド]が誕生した際に導入された『共済保険』が職員だけではなく、冒険者を含む全ての組合員に加入する自由が与えられたことで安心して依頼も請け負えるしな。

 ま、これはギルドに加入している冒険者だけなんだが……」


「ほう? そういう制度まであるんだ」


(ということは、『冒険者』って所謂失業対策枠ということになるのか?)



 確かにフリーターともいえる人間が剣や弓などで武装して好き勝手に魔物を狩ったり、遺跡を探索されたりすると色々問題が発生しそうだけど、身分を保証するという意味で首輪を付けて管理したほうが得策ではあるし、その上できちんと報酬を支払えば普通の人間ならば悪さをしようと企む輩は少なくなるだろう。



「それに冒険者が魔物を狩ったり、医薬品開発の材料として各種素材を採取したり遺跡を探索するという行為は必ずしも悪いことだけじゃないんだ。 確かに場所によっては専門職の者達の仕事を奪ってしまう可能性もあるが、田舎や辺境に行けばそういった専門職の玄人は少ないし、場合によっては全くいないこともある。

 軍人や衛視だって人数には限りがあるから巡回する場所にムラができたり、潜伏している魔物や盗賊の存在を見逃してしまうこともままある。

 そういった隙間や空白を埋めるのが俺たち冒険者という存在だ。

 依頼やギルドの要請でどんな仕事であっても報酬さえきちんと支払われさえすれば犯罪行為以外のまともな仕事を請け負う。

 だから『冒険者は何でも屋』って言われることがあるんだよ」


「そういうことなんだ。

 でも、等級とか試験とか冒険者になるにはそれなりに頑張る必要があるんだな……」


「まあな。

 それに数百年前は今と違って殆どの国で領主制度が存在していたお陰で国はおろか、街と街の間の移動さえも制限されていた影響で冒険者は満足に移動が出来なかった時代も長かった。

 だが、時代も変わり移動の制限が緩和されて流通が発達し、国家間の経済活動が活発になると冒険者たちも手続きさえすれば好きな場所に行けることが可能になると必然的にある程度の文字の読み書きが必須にななってきた。

 それに合わせて簡単な算術や交渉術、動物や魔物の種類や捌き方を覚えたり、犯罪集団を想定した対人戦闘の訓練に加えて怪我をした時の応急処置の練習などを行う必要がある。

 ま、要するに活動範囲が大陸中に広がったおかげで、腕っぷしだけじゃあ冒険者になれなくなったってことだ」



 そう言いながらムシルは己のこめかみを人差し指でツンツンと突く仕草をする。

 要するに冒険者になるには腕力や体力だけではなく、ある程度の知力も要求されるということなのだろう。因みにセマが言っていた冒険者の階級というか等級は以下のようになるらしいが、魔法使いなどギルドの[魔法科]に所属していても[普通科]で冒険者登録をしていない限り等級が付くことはなく、使える魔法の種類で請け負える仕事が決まる仕組みらしく、魔法使いのような学者や研究者の側面を持つ職業の等級などはそれらの取り纏めを行っている学会において論文や研究成果を発表して初めて等級が決まるとのことだ。






 ギルド普通科・冒険者等級



 特級(全ての能力に置いて常人を遥かに凌駕する実力を求められる等級。普通の人間の身体能力では到達できないため、魔族や獣人専用の等級と言われている)


 一級(魔法に関する幅広い知識と実力、大規模なクランの指揮能力が必須になる)


準一級(体力・知力共に一定以上の実力があり、魔法が使えることが望ましい等級)


 二級(中規模程度のクランではリーダーを任される等級。的確な判断力が求められる)


準二級(この等級以上は昇級のためには筆記試験が必須になる。ある程度以上の交渉術や算術などの知能面での能力が求められる)


 三級(冒険者の中でも最も多い等級で、ここからベテランと呼ばれ始める等級)


 四級(冒険者になってから大体一~二年くらい実力がつき始めて昇級する等級)


 五級(冒険者開始時の等級だが、元軍人や猟師などは特例で四級から始められる場合もある)


 六級(冒険者研修時の階級。あくまで研修用の一時的な等級)






 因みに俺が持っている旅券は高級軍人や外交官、王族や貴族などを除けば、交易商人のような一定以上の収入があることや、国家認定の職人や商社の社員くらいしか持てないらしく、平民が旅券を取得しようとすると権力者との繋がりや余程のコネがないと不可能らしい。


 冒険者にしても全ての者が国を跨いで移動できるわけではないらしく、個人で旅券を取得している場合を除き、3年以上ギルドに所属し、且つ二級以上の等級を持つ者のみギルドの保証の元、出身国へ旅券の発行を促して貰えるらしい。


 ただしこれはあくまで『促す』だけであるので、当該冒険者の母国が旅券を発行してくれるかはその時の国の情勢と運次第なのだという。とは言っても、殆どの場合は旅券を発行してくれるらしいが……



「でもムシルがそう言っても、あんたのその見た目じゃあ説得力がないわよね?」


 

 今までグラスを傾けながらセマやムシルの話を黙って聞いていたリリーが茶化すようにムシルの話に茶々を入れる。



「何だよリリー、オレの見た目に何か問題があるのか?」


「だってさあ、そんな筋肉の塊のようなムシルが「腕っぷしだけじゃあ冒険者になれない」って言われてもまったく説得力無いし、ムシルが頭を使う姿なんて想像出来ないんだもん」


(まあ確かに、身長180センチを軽く超える筋肉ムキムキである大男のムシルは、見た目が完全に脳筋キャラそのものだもんな。

 顔はイケメンだけれど、セマがシュッとしてる体格に対してムシルはガチムチでその上デカい戦斧を背負ってる姿はどう見ても荒事専門だし、セマと並んでると明らかにセマの方が頭を使った戦いをしそうに見えるからなあ……)



 俺は黙ってムシルと酔っ払ったリリーの言い争いを見ているが、セマやエフリーは何時ものことなのか2人を放って黙々と飲んだり食べたりをしている。



(まあ、これは放って置く方が無難だな……)



 彼らの若さゆえにありがちな酒の席での騒ぎを肴に初めての異世界での夜は過ぎて行くのであった。

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