(僕は文鳥編)第1話 プロローグ
※この小説は、「処女、官能小説家になる」で咲子が官能小説に苦悩していた頃に書いたサスペンスホラー推理小説です。咲子の物語の番外編として楽しんで頂ければと思います。
↓
「僕は文鳥」
僕は文鳥、君のペット。
僕がはじめて君に出会ったのは、沢山の僕の仲間の中から君に選ばれたあの日からだったね。
君と目があってから、君は大きなキラキラした瞳で僕をじっと見て動かなかった。
気がつけば、僕は君の掌にのって君はつついたり撫で撫でしたり、そしてまたつついたりしたね。
君はいつも僕を見て、クシャっと笑うんだ。
君は僕に、「ダイスケ」という名前をつけた。
名付けの理由は、僕も知らないけど君がつけた名前だから、気に入ることにしたんだ。
僕は、毎日君から「ダイチャン」と、アダ名をつけられ腹をちょんちょんとつついたりくすぐったり。撫で撫でしたり。
またつついたりしては、ダイチャンダイチャンと僕を呼んだんだ。
僕と君との二人きりの生活は、こうして始まったんだ。
そして君は、やがて僕に沢山つぶやくようになったね。
「ダイチャン、最近ね、思うの。私、結婚出来るのかなって。年齢と共に、段々出会いが減っていくの。
いつも飲み会誘ってくれた、友達のはじきちゃんにも段々誘われなくなったし。
私、何かしたのかな?それとも、はじきちゃんに相手が出来たのかな?今日も、友達から披露宴しますので来て下さいってメールがきたんだ。
嬉しい反面、不安にもなるの。
私にもこんな日が本当に来るのかなって・・。」
君は、心に不安を抱える度に、僕の胸をちょんちょんちょん突ついてはふぅと溜息をついていたね。
僕は、君の癒やしの存在になれているのかな?時々不安になるよ・・・。
僕は、いつもこうしてただ君の側で存在することだけしか出来なかったからさ。
時々君は僕を掌でくるみ、掌をパッと開いて僕を自由にさせてくれたね。
僕は、君の部屋をいつも思い切り羽ばたいていたね
君は。僕のそんな姿を見ては、いつも最高の笑顔を見せてくれたんだ。
君の笑顔がもっと沢山見たいな。
僕は、君が笑う度に思ったんだ。
本当だよ。君が心から笑える時をもっともっと沢山増やしたい。
僕は思いの丈を込めて、いつも君の前で思い切り羽ばたいてみたんだ。
君がさみしそうな時は、思い切り突つかれてみたりしてさ。
そして、君は君が優しくなりたい時に
いつも。そっと僕を撫でてくれたね。
君は、やがて。
僕以外の他の男の話もするようになったね。
「ダイチャン。昔、私に毎日電話かけてきた人がいたの。
でも、その人。最近結婚したみたいなの。
私も、人から聞いたわけじゃなく。
たまたまFacebookで彼の結婚式の写真がアップされているのを見て、はじめて知ったの。
その時、ふと思いだしたの。昔、彼が毎日電話かけてくれた頃のことをね。
彼は、うん。うん。っていつも私の話を頷いてずっと聞いてくれるだけだったの。
当時の私には物足りなかったの。毎日連絡していれば、気持ちがそれでも変わるかもしれない。
だから毎日彼の電話をとって、毎日話を沢山したの。でも、どうしても私じゃ無理だったの。
当時は、他に私にも好きな人がいて。どうしても彼を越えることは出来なかったの。
でも、今思うの。今こうして、ダイチャンが毎日私の話を聞いてくれる時があって。
特に、「好きだよ」とか「愛してるよ」みたいな甘い言葉なんていらない。ただ、私の話を聞いてくれて。そばにいてくれて。こういう幸せもあるんだなって。やっと、私もわかってきたのかな。
もし、今の私が。あの頃のあの人と出会い。そして一緒になっていたら、私は幸せだったのかもしれない。って、今になってふと思ったの。」
僕は。思う。
いや、違うよ。
きっと、今の君が昔に戻ってその男に会おうと、その男が今にタイムスリップして君に会おうと。
僕は何も変わらないと思うんだ。
何かを学ぶ為に、君はその男に出会った。
何かを学ぶ為に、その男は君に出会った。
そして、その男は。
運命の人に出会っただけなんだよ。
幸せな男の写真を見て、隣のウェディングドレスの女を見て。
ふと、羨ましく感じただけなんだよ。
君は。だって、君は・・・そんなこと言いながらも、その男を特別愛してる訳でもないじゃないか。
だって、君が僕につけた名前の男は、別の男なのだから。
君は、やがて僕にある男の写メを見せては沢山話して来るようになったよね。
君の枕でスヤスヤと眠っている写真。
君の作った料理を、美味しそうに食べる写真。
そして。
君の頬に顔をくっつけて笑っている写真。
君も少し頬を赤らめて、今まで僕に、一度も見せたことのない表情をしていたね。
なんで。そんな写真。見せてくるんだよ。
なんで。そんな話。僕にしてくるんだよ。
君にとっても、すでに終わった。過去の話じゃないか。君は、こっぴどく振られたんじゃないか。
僕が、君から男に振られた話を聞くたびに
僕は、羽をピクピク震えさせていたんだよ。
君は、きっと気づいてないんだろうって思っていたけどね。
それでも、僕は君の前で冷静な姿を必死で取り繕っていたんだ。君の心を落ち着かせる為に、僕が出来ることは・・こんなことしか出来なかったからね。
「すまない。亜紀子。やっぱり。君とはこれから先も一緒に暮らしていくことは出来ない・・。
君に、想いを告白されたあの日から君をずっと追いかけていたいという気持ちを探していたんだ。
君と、一緒に暮らしてきっと、これから先も君への思いが増えればいいんじゃないかって。
僕はそう思っていたんだ。
でも、やっぱり。違うんだ。君、じゃない。一緒にいればいるほど、僕は苦しくなっていったんだ。
君からの気持ちを強く感じれば感じるほどに、君への罪悪感が募って僕は何度も、押し潰されそうになったんだ。
亜紀子。本当にすまない。別れよう。」
僕は、君から君を振った男の話を聞いてはじめて、君が「亜紀子」という名前だったことを知ったんだ。君はいつも、その男との思い出を楽しそうに僕に話しては最後になると、いつも酒を飲みながら泣き上戸になり僕に絡んできたね。そしていつも「大輔・・」と呟いて涙をこぼしていたんだ。
その時、はじめて僕に「ダイスケ」って名前を君がつけた理由がわかったんだ。僕は、代用品だったんだ。君を振った男のね。
でも。僕は、それでもよかったんだ。
君とこうして、話したり。笑ったり。泣いたり。眠ったり。僕は、それでも楽しかったんだ。君の側に、それでもずっといたかったんだ。辛くても、ずっと・・・。
僕が君の家に来て数日後、君はやがて僕に関心を持たなくなってきたんだ。僕をつついたり、撫でたり、話したり・・・君は僕に対して全く何もしなくなったんだ。やがて、事務的に僕に餌をくれるようになったんだ。
家に帰ったら、真っ先に僕の所へ来て「ダイちゃん、ただいまぁー。会いたかったよぉー。」って、くしゃっと笑って。僕を掌に乗せることは無くなっていったんだ。
君は、家に帰ったら真っ先に携帯を充電するようになった。携帯の前でソワソワし始め、やがて携帯がブルルルと鳴る。
そして君は、クシャっと笑って受話器に向かって「大ちゃん、ただいまぁー。」と、言うようになったんだ。
君にとっては、本当の大ちゃんから電話が少しずつかかってくるようになっていったんだよね。
「君にとって僕は、やっぱり本物を失った寂しさからの代用品でしかなかったんだ。」という思いが、日に日に募っていったんだ。
君はいつも、男から電話が鳴る度に「私?私は全然元気よ!そっちはどう?」と、何事もなかったかのように話していたね。とても明るく振舞っていたね。
でも、僕は知ってるよ。君が毎日呑んだくれになりながら、本物の大ちゃんへの未練話ばかり聞かされていたからね。
あんなに、辛かったなら。なぜ、君はそれを相手に伝えようとしないのだろう。なぜ、僕にばかり伝えるのだろう。
相手に思いを伝えなければ、何も伝わらないというのに。もし、このまま彼と君との関係が始まるとするならば、彼はきっとまた同じ事を繰り返してしまうかもしれないんだよ!
君が男に対して嫌だと思うことがあるなら、君は男に気持ちを素直に伝える勇気を持つ必要があるんだよ!
僕にもし、言葉が伝えられる力があるなら今ありったけの思いを伝えたい。これは、僕の単なる願望だけど笑いたい時は笑って欲しいし、泣きたい時は泣いて欲しい。そして、怒りたい時は怒って欲しい。
自分を殺してまで、相手に合わせて一体何が幸せなんだい?そこまでして、君はその男に嫌われたくないのかい?
僕には、さっぱりわからないよ・・・。君らしさが君からなくなってしまうことが、僕にとっては一番の残酷なんだ。
だって、君はいつも。男の電話をとるたびに目を潤ませ、声を震わせては「元気だよ」と、伝えていたからね。
数日後、君は家に電話の男を連れてくるようになったんだ。男は、いつも写メで見せてくれたあの男と全く同じ顔だったよ。でも、写真の時よりも男は少しやつれているように見えたんだ。
男は、最初の頃君にこう言っていたんだ。
「すまなかった・・。君と一緒に暮らしていた頃、どうしても君に必要性を見いだせなくて。僕は君と離れたんだ。
だけど、君と離れた時間を通じて・・僕はやっと気づいたんだ!
僕にとって、やはり君が一番必要だったということに・・。君に辛いことをいってすまなかった。寂しい思いをさせてすまなかった。
僕が、悪かった。亜紀子、本物にごめんな。」
男は、潤んだ目で君をじっと見てそういったんだでも、僕は君からある事を聞いていたんだ。男は、他に女が出来たのが原因で君から離れたってね。
僕の予感では、その女と結局上手くいかなかったから、寂しくて元カノの君の所へ転がりこんだだけなんだと思うんだ。この男の写真より少しやつれた顔と、細々と気弱な声がそれを物語っていたんだ。きっと、男はただ単に身の上に嫌な事があったのだろうと。つまり、君は利用されているだけだよ!
もし、君がすんなりこの男を受け入れてしまったら君は、また同じ事を繰り返すだけだよ!
だって、この男は君が常に自分を好きでいてくれると知っているから頼っているんだよ!
僕は思うんだ。この男は、寂しい時には君の側にいて満たされた時には、また消えるんだ。
だけど君は、涙を浮かべ男と何度もキスをして。男に抱かれ。長い夜を愛し合い・・・。そして、その男の全てを受け入れたんだ。
僕はその間ずっと、羽をピクピク震わせながらただそれを邪魔することもなく。飛ぶことも。鳴くことも許されず。
柵の中で、見守り続けるしかなかったんだ・・・・。ずっと・・・・。
僕は、産まれてからずっと此処に生きる意味を見つけられなかった。僕が生まれた頃、僕と同じ顔の仲間達と沢山の取り合いをしながら育った。
僕らはペットショップで事務的に産まれ、そして生かされてきた。将来の道は、僕らの飼い主によって決まる。誰にも買われず、死んでいった仲間も沢山見てきた。
少しでもお金持ちに買われる為に、宝石だらけの客を見つけては必死で羽をバタバタさせてアピールする仲間もいた。
だけど、そんな仲間に限っていつまでも売れ残り、隅っこでわざと弱々しく振る舞う仲間に限って「可哀想に」と言われて、客を騙して買われていくんだ。
僕は、どちらにもなりたくなかった。ただ、「ずっと、この人の側にいたい」と思える飼い主に会いたかった。
ある日、このペットショップに君が現れたんだ。僕らは、お互いに一目惚れだった。君は、僕を見るなりすぐさま財布を取り出し、僕を買った。
僕は、幸せだった。君に会える為に、この世に僕は産まれたんだ。僕には、それがとても嬉しかったんだ。ほんの少しの間だったけど、ずっとこの人の側にいたいと思える人と沢山の時間を共に出来たんだよ。
だけど君は、男が現れた途端・・・僕を突ついたり撫でたりしなくなった。
君は、部屋いっぱいに僕を飛ばすこともなくなった。そして、餌をだんだん与えなくなったんだ。やがて、少しめんどくさそうに僕を見るようになったんだ。僕の存在は、君から少しずつ離れていったんだ
僕は、やがて衰弱し羽を動かすことすら困難になっていったんだ。だけど、君はそれすら気づかずに笑っていたよね。時折クシャッと笑ったりしてね。
僕は、君の男の代用品だけど。
君は、男の元カノの代用品でもあったんだ。
僕は今、君の代用品であることに対して疑問を持つようになってきたんだ。だけど、君は、それでもとても幸せそうだった。
そんな毎日が続くようになり、やがて僕の体は、衰弱を増し。
僕は、何故この世に生まれてきたのか。
そんなことは、もうどうでもよくなったんだ。
君が好きだ。君に伝えたい。
君が心配だ。君に伝えたい。
生きて。生きて。
君にこれからもずっと伝えていきたい。
だけど、そんなことは許されず。
僕はずっと声を押し殺しながら。
君たちの愛し合う姿を、毎日見つめるようになったんだ。ずっと・・・。
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