スクールガールラプソディ

嵐山之鬼子(KCA)

-Chapter 1-

 ──ピピピ……


 可愛らしい目覚ましの音で目が覚める。

 ベッドの上で起き上がり、部屋を見回すと軽い溜息が出たけど、朝から落ち込んでいても仕方ないので、さっさと起きてパジャマから着替える。

 母──“ママ”が用意してくれた今日の着替えは、メリーゴーランドと観覧車の絵が描かれた黒いTシャツと、白地に青の細かい水玉模様が入ったスカート。

 暁美おばさんから沢山もらってきたイトコの幸枝ちゃんのお下がりじゃなく、一昨日の土曜日、“ママ”とデパートに“お出かけ”した時に買ってもらった新品だ。

 たったそれだけのことなのに、なんだか少し嬉しくなってしまう。

 一緒に置かれていた白いシミーズとクリーム色のパンツを着てから、おニューの服に着替え、紺色のニーソックスを履く。

 スカートが短めだから、ちょうどいいだろう。


 部屋を出て、洗面所で顔を洗ってから、ダイニングにいる母に「おはよう」の挨拶をすると、ニッコリ笑いかけてくれた。

 「おはよう、マキちゃん」

 テーブルについて、「マキ」はイチゴジャムをたっぷり塗ったトーストとサラダとホットミルクの朝食をとる。甘い物を気兼ねなく食べられるようになった点だけは、“こう”なったことの恩恵だろう。

 「ごちそうさま」のあと、洗面所で歯を磨く。

 そのまま部屋に戻り、学校に行こうとしたところで、“ママ”に呼び止められた。

 「こ~ら、髪の毛梳かしてないでしょ。やってあげるからココに座りなさい」

 逆らっても無駄なので、「マキ」は大人しく“ママ”の目の前の椅子に座った。

 愛情の籠った手付きでヘアブラシで丁寧に髪を梳かれるのは、決して悪い気分ではないのだが、そのあと母がやたらと可愛らしい髪留めやリボンを付けたがるのが困りものだ。

 「いってきまーす!」

 赤いランドセルを背負って元気に家を出た時には、起きた時のユウウツな気分もだいぶ納まっていた。


 通学路の途中でクラスメイトの女の子たちと合流して、昨日放映のアニメ『プラナリキュア』や先週末発売された漫画誌『ぐーてん』などの話題に花を咲かせる──と言っても、それほどまだ頻繁に口をはさめるわけでもないのだが。

 学校に着いても授業開始直前まで、その雑談は続く。

 つくづく女の子はおしゃべり好きなんだなぁ……と半ば感心しつつ、そのおしゃべりの輪に自分も少しずつ慣れつつあることに気づいて、「マキ」が少しだけ複雑な気分になりかけたところで、担任教師の蒼井三葉(あおい・みつば)が5-Aの教室に入って来た。

 「はーい、出席をとりますから皆さんお静かに」

 まだ20代後半と若いうえに美人で優しく、6-Bの担任・天迫星乃と並んで桜庭小学校で人気を二分する蒼井だが、締める時はキチッと締めるタイプだ。


 「伊東智子(いとう・ともこ)さん」「はーい」

 「尾上聡美(おのうえ・さとみ)さん」「ハイッ!」

 「河原真樹(かわはら・まき)さん」

 おっと、自分の名前が呼ばれたようだ。

 「…はい」

 半呼吸の躊躇いをかみ殺して、「マキ」は素直に返事した。

 「工藤明日香(くどう・あすか)さん」「はいっ」

 結局、本日の5-Aには男女共に欠席者はいなかったようだ。


 授業時間は別段いつもと変わらず平穏無事に進行していったのだが、給食の時間にちょっとしたトラブルがあった。

 クラスメイトの男子のひとり、お調子者として知られる吾妻雄二(あずま・やゆうじ)が、女子のひとりからデザートのプリンを横取りしたのだ。

 当然、その男子と、女子「達」──取られた娘の友人や学級委員の呉羽(くれは)しずるたちとの間で言い争いが起こる。


 その様子をひどく客観的に見つめている自分に気づいて、「マキ」は驚く。

 かつての自分であれば1も2もなく雄二の味方をしただろう。しかし、どうやら“今の立場”になってから、自分でも気付かなかったが少しずつ物の見方が変わっていたらしい。

 雄二サイドの無法はよく分かるが、さりとて、しずるサイドのヒステリックな糾弾に積極的に同調する気にもなれない。


 結局、担任の蒼井を呼んで来ることで、「マキ」はその場を何とか無事におさめたのだった。

 「マキちゃん、ありがと~」

 途中から本人そっちのけでのケンカに発展しかかっていた、当の被害者の少女・武藤千種(むとう・ちぐさ)が感謝の言葉をくれるが、「マキ」としては別段感謝される程のことをしたつもりはない。

 むしろ、子供同士のケンカに教師(おとな)を介入させてしまったことに、内心スッキリしないものがあるのだが……。

 「いいえ、あの争いを無理なく納めるのは、河原さんのとった方法が一番良かったと思うわ。あたしもついアツくなっちゃってたから」

 堅物な学級委員のしずるにまで褒められて少々こそばゆいが、悪い気はしなかった。


 5時間目は体育の時間だった。

 「今日は体育館でバレーボールだってさ」

 「わーい、ウチの体育館って、外と違ってクーラー入ってるから、この季節は助かるなぁ。よかったね、マキちゃん」

 「う、うん。そうだね」

 これまではその“立場”上、女子と一緒に着替えることに少なからぬ抵抗感があり、また女子の側からも冷ややかな壁のようなものを感じていたのだが、先程の昼休みの一件が功を奏したのか、女子側の壁はほとんど消えているようだ。

 いろいろな女の子たちが、積極的に「マキ」に話しかけてきた。

 その対応に追われていたせいか、「マキ」の方も、赤い襟の女子用体操服と五分丈の黒いスパッツに着替えるのを、いつもみたく躊躇わずに済んだのは、幸運と言うべきか。

 その日の授業では、最初の20分ほどでトスやレシーブの練習をしたのち、残りは6人チームに分かれて、5分単位でバレーボールの試合ミニゲームを行うことになった。

 「マキ」の所属する女子第二チームは、じつはバレー部でセッターを務める千種と、巧みな頭脳プレイを指示するしずるがいたためか、2試合とも勝利を収めることができた。


 「チグサたちだけの力じゃないよ~。マキちゃんがブロックを決めてくれたから……」

 「そうね、河原さんの奮戦がなければ、莉子達はともかく、男子チームには勝てなかったと思うわ。ありがとう、河原さん」

 かつてはほとんど話したことさえなかった大人しい千種と、以前は自分を目の仇にしていたはずのしずるから認められ、感謝されたことに、不思議な感動を覚える。

 「ううん、チームメイトだもん。あたり前でしょ。それから、苗字じゃなくて「マキ」でいいよ、呉羽さん」

 だからだろうか。気がつけば、そんな言葉が自然と口からこぼれていた。

 「オッケー、じゃあ、あたしも「しずる」って呼んで」

 体育館で手を取り合い、ニッコリ微笑み合う少女たち。

 その光景は、心が洗われるような清々しい光景だった。

 ──もっとも、3人の中のひとりは、本当は少女ではなく“少年”なのだが。


 桜庭小学校5年A組、出席番号男子の3番・河原真樹(かわはら・まさき)。

 それが、「マキ」と呼ばれている“少女”の本来の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る