第8話 おとぎ話のフール達

 むかし、むかし。アルガイオという王国にとても若い王様がおりました。

 先王が若くして崩御し、まだ二十に届かないか位の王太子様が次の王様になる事に決まったのです。


 若い王様は王位につくと同時に、昔から妹のように可愛がってきた美しく、愛らしい有力貴族の少女を王妃に娶りました。

 それはそれは仲睦まじく、お似合いの夫妻だと国民は皆一様に騒ぎ立てたのです。

 王様は大層王妃様を可愛がられ、王妃様も王様を愛しているのは誰の目にも明らかでした。


 しかし、国王夫妻が結婚して1年が経った頃、アルガイオ王国内に流行病が広がりました。

 感染した者の半数は死ぬ。

 そんな酷く重い流行病に、王妃様が掛かってしまわれたのです。


 病が移る事を恐れて、周囲の者達は王様を王妃様へと近付けさせませんでした。

 王妃様を見舞う事すら出来ない王様は、神へと祈りを捧げました。

 愛する妻を神の御身元へと捧げられることの無いように、と。


 神への祈りが通じたのか、段々と王妃様の病状は回復していきました。

 王様も王国民も大層喜びました。


 しかし、喜びも束の間。国王様は宮殿医に残酷な事を告げられたのです。


『王妃様のお身体は病の影響でボロボロです。御子は勿論、この先そう長くもないでしょう』ーーと。


 その事は瞬く間にアルガイオ王国中に知れ渡りました。

 王国民は優しくお美しい王妃様の不幸を我が事のように嘆きました。


 王妃様は王様に離縁を申し出ました。

 しかし、王妃様を深く愛しておられた王様は、王妃様の申し出にまともに取り合おうとはしません。


 王妃様の不幸を知った貴族達は、跡取りのいない王様へ自分の娘達を側室として召し上げました。

 元々アルガイオの代々の王様には、沢山の妻がおります。当代の王様には王妃様しかおられませんでしたが、これを機に側室を取ることになったのです。


 王様は王妃様の心情を慮り、側室を取ることに渋っていましたが、他ならぬ王妃様の希望でもありました。

 とうとう王様は諦めて、アルガイオの貴族から貴族ではない商家の娘まで大人数の女の人を側室として迎え入れました。


 静かだった後宮は一気に華やかになり、跡継ぎの問題を危惧していた貴族達もしばらくは静かになりました。

 王妃様も度々側室様方との交流を持たれておりました。


 王妃様はとてもアルガイオ王国内で大きな貴族の令嬢でありましたし、側室を娶られた後でも王様は王妃様をご寵愛なさっておられたので、王妃様の立場が崩れる事は無かったのです。


 しかし、時の移りとは残酷なものです。


 王国の隣にあるホノリスという国が蛮族に攻め込まれ、滅亡寸前まで追い込まれてしまいました。

 隣国の王様はアルガイオ王国の王様に娘である王女を側室として差し出し、ホノリス王国の支配権を委ねる代わりに、蛮族から国を守って欲しいと頼んだのです。


 ホノリスを助ければアルガイオ王国の一部となる。

 そう考えた王様はホノリスの王女様を側室に迎え入れ、ホノリスを狙う蛮族を見事に追い払ったのです。


 王国中が勝利に湧き、訪れた平穏に歓喜しました。

 ですが、王妃様だけ憂鬱でした。


 もう無くなってしまった国とはいえ、側室に一国の王女様がいるのです。対して王妃様は大貴族の令嬢。

 元ホノリスの国民の為にも、世継ぎの為にも、公務の出来ない王妃など必要ない。


 王妃様は再度王様に申し出ました。

 今度は離縁ではなく、側室にしてくれと。


 しかし、王様は首を縦に振ろうとはしません。

 王様の心はどんな美女が側室になろうとも、王妃様の元から離れる事は無かったのです。


 渦中のホノリスの王女様は、祖国を救ってくれた王様に深く感謝し、王様を愛しました。

 そうして憧れを抱くようになりました。


 王様の隣に堂々と立ちたいと。


 今まで王様は公務の出来ない王妃様に代わり、側室である令嬢を代わる代わる傍に連れていました。

 ホノリスの王女様が来てからは、元ホノリスの国民に好印象を持たせる為に王女様と公務をこなしていたのです。


 ホノリスの王女様は、それだけでは満足しませんでした。

 王様の心がどうしても欲しかったのです。


 ホノリスの王女様は率先してアルガイオの王国を視察し、貧しい人々への救済を施していきました。王妃様に代わって精力的に公務にあたる王女様に、いつしか国民は心を動かされていったのです。


 後宮の情勢もだいぶ変わりました。王妃様に気を遣われていた側室様方は、今はホノリスの王女様の顔色ばかり伺っております。


 それでも王妃様は王様に大事にされ、王城の一室にひっそりとお過ごしになられていたのです。

 どんなに体調が悪くとも、明るく振る舞われておいででした。


 それから程なくして、国中に吉報がもたらされました。

 ホノリスの王女様が懐妊されたのです。男の子だったら、世継ぎ。女の子でも王様の初めての子供です。


 その知らせを聞いた王妃様は、日に日に衰弱していく身体の悪さを見せることなく、にこやかに微笑んでホノリスの王女様にお祝いを述べられました。


 十月十日経った頃、ホノリスの王女様は珠のような男の子をご出産なされました。

 しかし、よく見てみると全く王様の特徴を引き継いではおられません。


 まだ赤子なのだから、そういうものかと周囲の人間は大して問題にはせず、盛大にお祝いを開きました。


 そんな中、各国を放浪していた“魔女”がふらりとホノリス王国に立ち寄りました。

 魔女は医学にも、薬にも精通しています。

 王様は魔女に頼み込み、王妃様を見てもらう事にしました。


 “魔女”は王妃様を一目見て、こう告げました。


 曰く、数多の呪いが身体を蝕んでいるーーと。


 強すぎる想いは呪いとなり、相手を徐々に蝕んでいくのだと。

 王様は王妃様を助けて欲しいと頼み込みました。


 王様の意を受けて、魔女は“呪い返し”という呪った相手に呪いを返す儀式を行いました。

 するとみるみるうちに、王妃様は回復なさって流行病に掛かる前までの身体を取り戻されたのです。


 それと反対に苦しんだのは、王様に側室を勧めた貴族達とホノリスの王女様でした。

 特にホノリスの王女様の苦しみ方は尋常ではなく、寝台に臥せったままうわ言をおっしゃいました。


 王様に愛されたかったのだと。隣に立ちたかったのだと。

 子供を産めば、自分を見てくれるのではないかと。

 子供が出来なかったので、王様とよく似た人と不義を交わしたのだということを。


 これを聞いた王様は大層お怒りになりました。

 ホノリスの王女様を幽閉し、後宮全ての側室を下げ渡しました。


 そうして、生涯ただ1人王妃様だけを愛し、王妃様との間に出来た沢山の子供達に囲まれて幸せに暮らしたそうです。





 ーーなんていう古いおとぎ話が広く伝わっている。


 もう遠い昔に歴史から消えてしまった国。現在、色々な人がこの国の存在は本当だったのか、それとも嘘だったのかと議論を交わしているらしい。このおとぎ話にしか存在していない国だからだ。


 私にとっては、とても懐かしい国名だ。分厚い本に印字されているその名前をなぞって私は微笑んだ。


 都合の良い“魔女”だなんてものは存在しない。この本に書かれた事は、ほとんど嘘だ。

 おとぎ話の王妃様は救われること無かった。私達の恋は誰も幸せにせずに儚く散った。


 アルガイオという一つの国の為に、夫であったクリストフォロス様と私は共に生きて死んでいったのだ。

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