30話 終戦後の情報整理その1

 俺たちはシュウオウさんの屋敷へと移動していた。

 屋敷の奥にある、会合場のような部屋に俺、ヒミカ、タケフツさん、シュウオウさん、カンナさん、ロウさん、そして壁に力なくもたれかかって座っている大亮が集まっている。


 村人たちは戦いが集結したと知ると、怪我人の治療や搬送、戦場になった森の入り口の検分役なを若い連中に任せ、あまりにもあっさりと帰宅していった。


「この辺りは東大陸の端ですし、稀に海賊が現れたり、魔物の群れが流れて来たりするので、こうした有事はそれなりに慣れているんですよ」


 と、タケフツさんが広場で唖然としていた俺に教えてくれたが、にしてもあっさりしすぎだろうと思わずにいられない。

 この辺りは文化や価値観の違いなのかね。

 

 とにかく俺たちは今回起きた事について話し合いたいとシュウオウさんに呼び止められ、こうして屋敷に集まっている。


「皆、疲れているところすまない。後ほど村の者にも詳細を説明せんといかんでな。色々と話し合いたい事がある」


 シュウオウさんがそう言うと、若干1名を除き全員が背筋を正した。


「俺のことは愛らしいタヌキの置物とでも思って、気にせず進めてくださいな」

「緊張感なくなるわね……」

「ちゃんと話し合いには参加するよー」


 少し離れて座っている大亮がひらひらと手を振る。少しは動けるようになったようだ。

 ……どうでもいいが、あの手をひらひら振るのはどうやら大亮のクセのようだ。


「まず、今回何が起きたのか。何が行われようとしていたのか。我々村の人間は、正直把握しきれておらん」

「昨夜、ユキが屋敷のどこにもいないって騒ぎになったのが始まりだったわよね確か」


 聞くとユキはかなり村でも活動的、というかお転婆娘のようで、今までも悪ガキ仲間たちと探検と称しては夜間に出歩くことが多々あったそうだ。

 しかし大人たちが心当たりを探し回っても見つからず、他の子供たちも今回の件については何も知らなかったことから騒ぎが大きくなった。

 やがて村の者が、森の入り口の不寝番であるリサクという青年が気絶しているのを見つけ、これは一大事と村の戦士たちをかき集めて森の中を大捜索した。


「で、俺たちがいたと」

「そうだ。急に魔力の流れを感じたし、遠くから火柱が上がってるのも見えたからな」

「あの場にいたのはユキとあんたたちだけだったからね。正直、あの場では皆を抑えたけど、本音を言えば真っ先に私が殺してやりたかったわよ」

「だろうねー、お姉さんが一番殺気えぐかったからね」


 その後俺は大亮と2人で座敷牢に入った。

 そして驚いたのだが、大亮の奴、あの時寝ないでシュウオウさん相手に殺気と魔力を飛ばし続けたのだという。しかも、手段はシュウオウさんが明言しなかったが、やしろを破壊したとわざわざ自供したらしい。

 ……道理で今朝大亮を皆とんでもなく警戒した目つきで見てたわけだ。


「……お前なんでそんなことしたんだ?」

「ん? まあ……脅し?」

「はあ?」

「俺はともかく……一真に何かしたら、この魔力と殺気が別の所に向くよって」


 そう言う大亮の眼はひどく冷たい。

 時折こいつは、明らかに15歳のそれではない表情を見せる。

 いったいどんな人生を歩めば、こんな顔が出来てしまうのか……想像もつかない。


「それと、なんで社ってのを壊したんだよ? そのせいで皆とこんなに揉めたんだろ?」

「……あー」


 大亮はちらりとシュウオウさんを見る。

 話してもいいのか、判断に迷ってるようだ。


「……ここまで来てしまったら、もはや隠し立てはできますまい。もとよりここにいる者たちには皆聞く権利がある」

「ぬーん……じゃあ話すけど、絶対他に言いふらさないでね?」


 そして大亮は語り出す。

 やしろの正体は、かつて神族が造った“御神体”と言われる魔導具で、現在高天ヶ原たかまがはらには残り8つほどあるという。

 そして御神体とは、葦原中津国あしわらのなかつくにと高天ヶ原をつなぐ『道』を作り出すためにあるのだという。


「社がそのような……まさか……!」

「……ちょっと待って? あんたさっき気づいたら、森の中にいたって言ったわよね?」


 愕然としているロウさんを尻目に、ヒミカが俺に問いかけてくる。


「え? あ、うん」

「ってことは……あんたもしかして社から来た中津国人!?」


 ……まあ、そりゃ気づくよね。

 しかしヒミカは自分で言っておきながら混乱しているようだ。

 ……そりゃ目の前にいる人間が異世界人だなんて普通受け入れられないだろう。

 しかも自分たちが長年守ってきたものが、そんなとんでも装置だったと知った日にはショックは計り知れない。


「とにかく、そんなもんがあるといつどこの神族バカが『道』を開いて、中津国人が連れてこられるかわからないから、俺が旅して壊して回ってたわけ」

おさは知ってたんですか? 社が、その御神体だと」

「……知っておったよ。先代からも聞いておったし、何より……」


 今度はシュウオウさんが大亮を見て、ここから先を話すか伺ってきた。

 しかし大亮は首を横に振る。


「……まあ、代々村長には伝えられておることよ」

「……俺たちは何のためにそんなものを守ってきたんですか」

「封印の為さ」


 タケフツさんの問いに大亮が答える。


「封印?」

「御神体には『道』を作る役割の他にもう1つ役割がある」

「一体なんだ?」

「高天ヶ原と外の世界を隔離する結界。それを維持するための装置なんだよ、御神体は」

「……外の世界?」


 タケフツさんらが怪訝そうな顔になった。

 というか俺もこの辺りの話は知らない。

 外の世界って何だ?

 高天ヶ原や中津国とは違うのか?


「……高天ヶ原ってのはね、“世界”じゃない。本来は、もっと広い世界の中の“国”の1つに過ぎないんだよ」

「……はあ? どういうこと?」

「今から150年くらい前さ、高天ヶ原は“世界”から逃げるように隔離し、結界を張り、完全に独立した1つの小世界になった」


 ……。


「はあああああ!?」


 真っ先に反応したのはヒミカだ。


「あんたさっきから適当なこと言ってるんじゃないわよ! 高天ヶ原と中津国のさらに外の世界だなんてそんな……」


 ヒミカは言い終える前に、信じられないものを見たような顔で絶句した。

 つられて俺たちも大亮の方を見ると、にわかには信じ難い光景が飛び込んできた。


 大亮の周りに、西洋風の金髪の貴婦人。

 手のひらサイズの可愛らしい妖精のような女の子、褐色肌にアフリカかどこかの民族衣装っぽい服を来た小柄な少女、身の丈5,6mはあろうかという虹色の大蛇。そして見目麗しい女性の上半身と猛る狼の下半身を持った生き物が突如現れた。


「この娘たち、皆俺の友達だよ」


 大亮は両腕を開いて彼女たちを紹介する。


「そして、皆高天ヶ原の外に住んでいた種族たちだ」


 場の空気に、一層ピシッと亀裂が入ったような気がした。

 こいつは一体、あとどれくらい俺らを驚かせる気なんだろうか……。

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