24話 彼らは不敵に笑う

「ビーチェ、そっちはどう?」

『終わったぞ。援護は必要か?』

「いや、思ったよりヒガン村の人たちが強い。もうあっちも終わった」

『ほう、ではすぐに合流しよう』


 大亮とビーチェは念話でお互いの状況を確認し合う。

 大亮は村の戦士たちに気付かれないよう岩壁を降り、やしろへと向かっているところだ。


(タケフツさんは気づいてたな俺に)


 大亮が回復に努めていた時、タケフツは常に岩壁の上にも注意を払っていた。

 当然ながら、まだタケフツは大亮を完全には信用していない。

 いつあの驚異的な力が自分たちに向かってくるかわからないのだ。

 当然の対応と言えるだろう。

 他の事を気にしながら、よく鬼を単独で8体も倒せたものだと大亮は感心していた。

 こっそり岩壁を降りた時も、タケフツだけは闘気を納めずこちらを睨みつけていた。

 随分と警戒されたものだと思うが、自業自得かと大亮は小さく苦笑した。

 

 とにかく、タケフツらのおかげで大亮が思う最悪の状況からは抜け出した。

 ヒガン村の人たちが一人も犠牲者を出さず、その上鬼を全滅させるのは正直大亮も予想外であった。 

 あとは、自分が若雷じゃくらいを足止めするだけだ。

 当然できることならば、若雷を倒し『道』を封印するのが最善だが、今の自分の状態でそこまで望むのはさすがに高望みが過ぎる。


 村人たちが逃げる時間を稼いだら、自分も頃合いを見て逃亡し、イズノメに連絡して援軍を待つ。

 おそらく『道』からやって来る敵方の勢力と、大きな戦いを繰り広げることになるだろうが、もうこうなってしまった以上他に手は無かった。

 自分の存在も明るみに出るだろう。

 中央の神族に知られれば、自分の今後の活動に大きな支障が出るのは必至だ。

 大亮はまんまと黒雷こくらいたちの策にハマってしまった自分の愚かさを呪った。

 ……言い訳をするならば、今は中津国なかつくににいるはずの家族たちが、こんなにも簡単に敵の進行を許すとはほぼ想定していなかったのだが。


『……大亮』

「ん? どうしたのマカ」


 大亮に念話を飛ばしてきたのは、地精霊ノーミードのマカであった。

 普段かなり無口な彼女から、こうして念話が飛んでくるのは珍しいことだ。


『……なんか、地脈が変。不安定になってる』

「どういうこと?」


 地脈とは、地中や自然に宿るエネルギーを高天ヶ原たかまがはら全土に循環させる、いわば血管や経絡けいらくのようなものだ。

 魔術を使う者は、この地脈からエネルギーを経絡に取り込み、体内で魔力に変換・精製・循環させることで術を発動させている。

 とはいえそこまで意識する者は高天ヶ原にもほとんどいない。

 エネルギーも地脈も、本来感知できるものではなく、大抵の者は無意識に体内に取り入れているのだ


 しかし、大地の精霊であるマカには、地脈の流れを察知することが出来る。

 大亮が『道』から迷い込んできた中津国なかつくに人を感知できるのはマカの能力のおかげだった。


『……よくわからないけど、あの御神体の辺りの地脈が不安定。乱れてる』


 マカに詳細がわからないのならば、大亮にわかるはずもない。

 しかし、御神体の辺り、すなわち『道』の周辺に何かしらの異常が生じていることは理解できた。

 それが大亮たちにとって吉なのか凶なのかはまではわからないが。


「わかったよ、ありがとうマカ」

『ん、お礼なら後で撫でる』

「はいはい」


 もうすぐ大亮は若雷の元へと到着する。

 『紅眼』はもう使用できず、相手は強敵。

 ビーチェたちの力を借りようにも、彼女たちの戦闘能力は若雷には遠く及ばない。

 

「あー……なんだろうなコレ」


 それは疲労が頂点に達したのか、それとも彼ら家族の影響なのか。


「……ちょっと燃えるね」


 大亮はこの状況の中、不敵に笑ってみせた。


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 ヒガン村では、ロウを中心にして避難の準備が進められていた


「荷物は必要最低限の物以外は置いて行け! 何かあれば道中若い者が調達する!」


 村の入り口付近にある大きな広場に、村人たちが集まっていた。

 鬼との戦闘が想定よりも早く終わり、戦士たちも避難活動に加わったことで非常にスムーズに進んでいる。

 ヒガン村村長シュウオウも予想外の早さだ。

 要因は主に2つ。


(タケフツが戻っていたこともそうじゃが……あやつ、この2年でまた見違えるほど腕を上げよった)


 南大陸首都コクセキで南方警備軍本部に所属し、より質の高い訓練と実戦を経験したことで、タケフツの実力は明らかに跳ね上がっていた。

 彼が今日この場にいたのは本当に偶然だ。

 このあたりの運の良さも、シュウオウがここまで生き延びた理由の1つかもしれない。


 そしてもう1つ。

 大亮が黒雷こくらいを単体で退けた事だ。

 あの名前・・・・を出された時からシュウオウは大亮に対して裏切りなどの疑いは抱いていない。

 しかしあれ程の暴威を、たった1人で退けることが子供にできるなど誰が予想できただろうか。

 

 タケフツと共に援護に駆けつけるつもりであったが、それよりも早く大亮は黒雷を倒し、更には社から新たな脅威の存在が感知された。

 シュウオウは気配の消えた大亮を案じたが、アリエルを使いに出したという事は命に別状はない状態だと判断し、村長としての責務を全うするためにタケフツらを鬼の迎撃に向かわせたのだ。


「ちょっと! 何考えてるのよ兄さん!」


 ヒミカのよく通る声が辺りに響き渡った。

 見ると、タケフツの周りにヒミカと若い男たちが群がり、何やら揉めているようだった。


「なんで兄さんがあんな奴の為にそこまでするのよ!」

「そうだタケフツ! 大体、こんな事になってるのもきっとあのガキが社を壊したからだ!」


 ロウが慌ててその場に割って入る。


「どうした何をしているこんな時に!」


 タケフツは真っ直ぐにロウの目を見た。


「あの少年を……大亮を助けに行きます」


 タケフツは、大亮が岩壁から降りて社の方角――あの化け物のような力の方へ迷わず向かって行った姿を確認している。

 それは、戦士としての矜持なのか。

 それとも、村の危機に手を貸してくれる彼への恩義か。

 タケフツは村の安全を確保した今、大亮の救援に行く事を宣言した。


「皆はこのまま西へ移動してくれ。俺は大亮を保護したらすぐに追いかける」

「無茶よ! あんな化け物みたいな魔力持った奴相手に向かってくなんて! しかもあいつらさっきからどこから沸いてくるのかわからないのよ!? もし、1人でいる時にまた急に敵が来たら……」


 『道』の存在を知っているのはこの村ではシュウオウだけだ。

 他の者にとって、今回の敵は急に森から現れた謎の化け物でしかない。

 次はいつどこに、どんな化け物が現れるかわからないのだ。


「そもそも、あのガキ共が化け物を引き連れて来たんじゃないのか!?」

「そうだ! あいつらが来てからおかしな事が起きたんだ! そうに決まってる!」

「……あいつが何者だろうと関係ない」


 正直、タケフツは大亮を信用などしていない。

 むしろ今なお警戒すべき存在だ。

 事実、岩壁の上にいた大亮をタケフツはずっと警戒していた。


 だが、最初の暴威黒雷に真っ先に向かって行き、それを退け、今も命懸けで戦おうとしている。

 大亮が村の為に戦っているとはタケフツも思っていない。

 何かしら自分の利の為だろうとは感じていた。


 だが、村を脅威から守ってくれている。

 結果としてそれが事実だ。

 動機などどうでもいい。

 恩義を前にして、それを見殺しにするようなマネは――


「……士道に背くあるまじき事……だな」

「ならんぞタケフツ」


 止めたのは、村長であり師でもあるシュウオウだ。

 皆が一様にシュウオウを見た。


「いくらお主でも、あのような相手に1人で向かうなど許せるわけがなかろう」

「そうよ兄さん! 少し冷静に――」

「そういうのは儂にも声を掛けんかバカモン」

「……は?」


 タケフツはにやり、と笑う。

 つられたようにシュウオウもまるで悪ガキのような笑顔を見せた。


「だから俺はあなたが好きですよ、長」


 この状況で師弟2人は不敵に笑っていた。

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