最後の隣人、最初の友人

アワユキ

最後の隣人

 人類はもはや孤独ではないのだ。

(アーサー・C・クラーク著、福島正実訳、早川書房刊、『幼年期の終り』より)


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 その恐ろしげな姿に反して、彼らはとても穏和で友好的だった。二メートルを優に超える巨大な体躯。鱗のような外骨格のような奇妙にすべらかな皮膚。知性を感じさせない無機質な瞳と、何より特徴的なのがその口である。大きく裂けた顎には、刃のような鋭い牙が生え揃っている。何も知らない子供が見れば、泣きわめき逃げまどうであろう姿だ。とはいえ、手と足は二本ずつに、直立した体には頭が一つ、その顔には鼻こそないが目が二つに口が一つ。概ね地球の生命と似通った姿であると言えるだろう。無数の触椀が生えていたり、煮え立つ不定形の液体といったような、形容しがたい異形の姿ではない。

 彼らは地球人類との交流を望んでいた。最初は言葉の壁があったが、彼らは見かけと違い知性も高く、すぐに地球の言語を習得し両種の交流が始まった。彼らの種は名を持たなかった。それでは不便だということで、地球人類は便宜上、彼らをネイバーと呼ぶことにした。

 彼らは長い間、いくつもの星々を渡り歩いてきたのだという。その道程で沢山の種と出会ったが、交流が思うようにいかず、常に物別れに終わってしまったのだと。

 彼らは相互理解を望み、人類は快くこれを受け入れた。初めて地球を訪れた宇宙の隣人だ。侵略などではなく、友好のためにはるばるやってきたとなれば、断る理由などあるはずもない。

 人類は彼らを手厚く歓待した。豪奢なパーティを開き、地球の文化……芸術、音楽、様々な方法で彼らをもてなした。精神性の違いか文化の違いか、全てを理解してもらえはしなかったが、それでも彼らは地球の文化を理解しようと努力してくれていた。その中で、特に彼らが喜んだのは食事だった。彼らが過去訪れた星では、他の生命を糧とするもの自体とても少なかったのだという。人類の提供した食事は、彼らにとってはとても新鮮かつ驚きに満ちたものであるらしく、いたく気に入った様子だった。


 今度は彼らの番だ。自分達という種を理解してほしい、と彼らは望み、もちろん人類はこれを歓迎した。彼らに関してはまだまだ知らないことだらけである。相互理解は早ければ早いほどいい。彼らの一人が、ある大国の首脳に歩み寄る。そのまま、にこやかな顔でネイバーを見上げる首脳の頭を一口で噛み砕いた。大きく開かれたネイバーの凶悪な顎は、見た目に反せず恐ろしい力で人間の頭蓋を粉砕してみせた。

 初めての異種同士の交流。地球の歴史に輝かしい一ページを刻むはずだった会場は、阿鼻叫喚の地獄と化した。ネイバー達は人間の頭蓋を割り、四肢をもぎ、胴を裂き、次々とその腹の中へ収めていく。人類は無力だった。当然、衛兵は配備されていたが、それはせいぜいが人間のテロリストを想定した程度のものだった。なにせネイバーはずっと友好的で、武器の一つも所持していなかったのだ。彼らは宇宙を渡る船を造れるほどの技術を持ちながら、他者に危害を加えるための道具は一切持っていなかった。人類は、彼らが真に穏和で戦いを知らない種族なのだと、そう思った。だがそれは間違いだった。ただ、必要なかっただけなのだ。彼らの皮膚は銃弾すら通さず、人間を素手で肉塊にできるほどの膂力を備えていたのだから。

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