『剣姫』の剣《パートナー》な俺
水源+α
プロローグ
戦いは泥沼化すると、連鎖のように、呆気なく、未来を生きるはずだった若者達を死なせていく。
たとえ雨が降りしきっていても、大雪で吹雪が起こっていたとしても、さらに厳しくなった環境下の戦場に兵士達は赴いてく。
まるで死を望んでいるかのように、自らの足で戦場という地獄へ続く道を踏みしめて行く。
そして、殆どの者は生きて帰らない。
愛する息子達を送り出した家々に帰ってくるのは、遺体ではない。
運が良ければ、遺品と共に戦死通告が送られてくるが、最悪の場合、戦死通告という紙切れのみという時がある。───いや、殆どの家には息子の名が記された紙切れしか送られてこない。
そんな時代の遺族は思うだろう。
───何故遺体だけでも見つけて返してくれなかった......と
確かに、その辺は杜撰(ずさん)だと世間は思っている。
多くの失った命の上で、生きていられる祖国の王族や上層部に対して。
しかし───多すぎるのだ。
遺体が。
時間が何よりも厳守され、限られてくる戦場では、遺体回収などしてる暇がない。
そのために、遺族達は天国へ旅立った多くの若者達を弔うことさえできない。
───戦争は、負の連鎖の元凶である。
軍備を高めるあまり、内政が上手く回らず、経済危機に陥ったとき、戦争どころの話ではなくなる。
治安が悪化し、殺人や強盗、盗難、強姦などあらゆる問題が国内で起こり、また物の稀少性が上がり、価格の上昇で貧困村が多く出来てしまう。
その結果、餓死する人が増えていき、人口が減り続け生産量が減少し、ついには敗戦。
傀儡国家として、他国からの干渉を受けて、これまでよりさらに重い圧政に耐えなければならなくなる。
まだまだあるのだが、言うなれば───そう
戦争は結果として、誰にも利益を生まない。
確かに、勝利した国々は敗戦国に賠償金や領土権を奪えたり、労働者を極僅かな賃金で雇えたり等色々なメリットがあるだろう。
しかし、10年後20年後、敗戦国の歴史の教科書にはこう記され、勝った国々にしこりを残すことになるだろう。
『何々王国が我々の国から何もかも奪った』と。
言い方が大雑把すぎたが、即ち国家間の関係に捻れが生じるのだ。
昔の人達を毛嫌いし、現代の人達を毛嫌う昔の人の子孫だとさらに嫌う。
共同作業がままならなく、結局それぞれ信じる道を歩き続けるのだ。
協力すれば、さらに技術力向上や生産力向上、利益にも影響するというのに、犬猿の仲になっていれば協力なんて出来やしない。
もう一度言う。戦争は負の連鎖の元凶である。
憎しみの他に何も生みやしない。
だからやってはいけない。
今の世界の状況は平穏だ。
あくまで最近はである。
近頃までは戦争が勃発していて、すでに数々の国が姿を消していた。
当然戦争が起きたら、俺みたいな若者達は戦場に赴かなければならないと思うだろう───
しかし、これまでの戦争とは少し違った戦争方法になるだろう。
今の時代、男は死なない。いや、死ねないのだ。
じゃあ男が死なないでどうやって国同士が戦争をするはめになるのか。
女性が兵士となるのだ。
理由は、男性の人口がいつの日から減少し続けてしまい───いや、戦争のし過ぎで男性が激減してしまったのだ。
逆に女性が増加傾向になったこの時代は、これまで男性が握っていた権力が女性にある状態だ。
王が女王となり、団長が女団長となり、騎士(ナイト)が戦乙女(ヴァルキリー)となった。
世界は変革しつつある。
男尊女卑から、女尊男卑の世界へと。
───今や男性は子孫を残すための大事な資源である。
人口の割合で言えば、男性が三割程度しか居ないのだ。
これ以上減らし続けるのは滅亡の一途を辿ると世界中の国々が流石に危機感を感じ、警鐘鳴らすと、数が増やせないならということで男性の寿命を引き伸ばすために、世界中の魔導師達が集まり、技術の粋を上げて方法を探し、10年後ついに発見する。
100年後の今でも、その方法によって作られた魔法で数が中々増えない男性の寿命を引き伸ばしていた。
───それは男性を『武器』にすることである。
生まれた直後に、国側で作った、数々の聖霊の中では寿命が一番長いとされている、武器聖霊を体内に埋め込ませ、男性自体を武器聖霊にすることにより、鋼のように固い魂を作り出し、寿命を平均寿命から約50年引き伸ばすことに成功したのだ。
また、魔法の効果の中に、子孫を残すための対策として、30歳まで肉体の老化が続くが、それ以上は身体の衰退をしないように、ちゃんとしたフィルターもかけられている。
この計画を、男性武器聖霊化計画という。
この画期的な計画により、現在は各々の国々で男性増加に尽力し、いつの間にか領土権の争奪ではなく、男性達の争奪が目的になっていた最近の戦争も現在は休戦し、束の間の平穏を取り戻していた。
かく言う俺も、そんな平穏が訪れている世界を満喫している。
今居るのは、世界中の若者達が集まる中立学園都市”ベルフィナ”の第一学校という大きな学校の屋上。
ここ中立学園都市”ベルフィナ”の北に位置する学校だ。
他にも生徒数が多いためか、東の第二、南の第三、西の第四と三つの学校がある。
主に学習することは、勉学と戦闘技術。
ここに入るためには多少のお金が必要で、貴族や王族が多く居るが、特待生として無料で入学した俺みたいな人達も大勢居る。
俺はそんな特待生なのだが、今は絶賛サボり中。
退屈な座学は嫌いだ。
事実、俺はもう座学なんてここに来る前から全てクリアしている。
辺境の村でなにもすることがなかったから、度々通りかかる中央図書館の馬車の人から本を拝借して暇潰しに読んだり解いてたりしてたらそうなってしまったのだ。
仕方がないだろう。
外で遊べって言われても、外には虫やら狼やらたまには巨大な芋虫型の魔物が居たりしたら無理だろう。
というか虫は大嫌いなのだ。おぞましい形をしてるからな......
「ふぅ......」
やはり屋上は心地が良い。
空から降り注ぐ暖かな日光。
それに程よく温められた地面。
そして時々優しく頬を撫でてくれるそよ風。
───全て昼寝に適している。
「......おやすみ」
昼御飯まで寝てよう。
そう決めて、まだ一時限目の始まりを告げるチャイムを聞きながら微睡みに落ちていった。
───
──────
─────────......
「......ふわぁ」
お......昼御飯の時間かな
「行くか......」
確か午後の授業は実技か......
屋上の扉を開けて、下へと降りていく。
校内が授業時の静けさから一変し騒がしくなったことを感じ取った瞬間にチャイムが鳴り響いた。
「あ、今終わったところなのか」
俺の体内時計って......結構正確なんだな
寝慣れているからだろうか。
そんなことを思いながら、一年 剣(ソード)クラスの教室に立ち止まる。
「......ちゃっす」
軽く会釈して、教室に入るとこれまで談笑していた多くの男子生徒達が俺を睨んできた。
それを慣れた風にスルーして、自分のバックから弁当を”落ちこぼれ”と落書きされた机の上に取り出す。
「いただきまーす」
スプーン片手に、弁当箱を開けると、親が作ってくれた料理が出迎えてくれた。
「......」
しかし、ぐちゃぐちゃにされ、そして誰のかも分からない鼻水をくるんで丸められたティッシュが数個入れられていた。
それを見てクスクスと笑っている周り。
「......ぷっ」
幼稚すぎる......ここまでされると可愛いなあいつら。というか大丈夫なのか? 最近の貴族の子息は......
と、内心嘲笑いながら、開けた蓋をまた戻し、弁当を持って教室を後にする。
面倒臭ぇ......いちいちゴミ箱に捨てに行かせんなよ
「自分でもゴミを捨てられないとか......高校生にもなってね」
廊下を歩き、何時もゴミを捨てに行ってる学園内のゴミ収集場を目指した。
律儀にもあいつらは教室内のゴミ箱を何処かに隠しやがったためだ。
「あ......」
しかし、いつも使っている通路は業者が魔灯籠の点検しているため使えないらしい。
これじゃあ女子側の校舎を通っていくしかねぇじゃん......はぁ。殺されたりしたらどうしようかね
嘆息し、一人女子校舎の廊下を歩いていく。
───ここは共学だが、男女平等に扱われることはない。
簡単に説明すると女子は男子を使う側に属するため地位が高く、男子は女子の使われる側に属するため、地位が低い。
どう言うことかと言うと───いや、追々説明する。
「......」
ヤバい、凄い見られてる......
現在、女子だけがひしめく廊下を一人で歩く勇者をやっています。
禁止にはされてないけど......まぁ普段は入ってこない筈の男子一人が女子校舎の廊下を悠々と歩いてたら目立つに決まってるよな......
中には睨んでくる人も居て身の毛が弥立つ。
しかも何かいい匂いがする......
女子だけしか居ない空間だったためか、甘い匂いが鼻孔を擽り、お蔭で弁当を持っている片手が熱くなっていく頬と共に震えている。
あ~恥ずかしい......でもこんなに大勢に見られたら逆に怖くなってくる
今の状況を説明しよう。
───殆どの女子達が何も言わずずっと俺を見ている。
扉から顔を出す人
廊下の脇に寄って、わざわざ体を向けてくる人
そんな様々な女子達が昼食を食べる手を止めて見てくるのだ。
これはもう恐怖である。
「......」
度々ここの廊下を通ってるけど、その度にこうなるんだよな。というか男子ってそんなに珍しいのかな? 女子達が何か本当に興味津々な目で見てくるからさ......見世物じゃないぞって言いたいところだけど、まぁそんなこと言ったらボコされて終わりだわな......
そんなことを思いながら、何とか廊下を渡りきり、走って階段を降りて、収集場に行く。
「本当に心臓に悪いなあの廊下。というか女子が怖いわ......魔物より恐怖の対象だわ」
もしあの場で失礼なことを起こしていたら、今頃俺は校長室に呼び出されて即刻退学処分になってたのだ。
しかも、女子に男子が喧嘩を吹っ掛けても先ず勝てない。
これまで最先端の魔法と実技を学習してきた女子に、座学と申し訳程度の魔法を学習してきた男子が勝てるわけないのだ。
しかも、契約者(コントラクター)となれば瞬殺だろう。
そんな危ない綱渡りならぬ、廊下渡りを今やってきたところだ。
冷や汗が出まくりである。
「......」
まぁ恐怖の感情を捨てて遠くから見てみれば女子全員が可愛く見えるんだけど......近くに来た瞬間の怖さったら本当に異常! 人生かかってるし......退学なんてレッテルはられたら犯罪者と同じ扱いになっちまう......
「お、見えてきた......」
あそこに行けば、何時もの気の良いおっさんが居る筈だ。
溜め込んできた分の愚痴聞いてもらお......
そう笑みを溢し、駆け足でゴミ箱に近付くと
「───え?」
思わず、持っていた弁当を落としてしまう。
そこに居た人物に、俺は───
「......『剣、......姫』?」
恐怖した。
───シルバーブロンドの長髪。
特徴はやはりその何処までも澄んだ青い瞳だろう。
そして、甲乙付けられない程に、容姿が完璧である。
人形のようにパーツが纏まってい端正な顔立ち。
口元にポツンとある小さなほくろがさらに大人の色香を足したように全体を昇華させている。
すらりと綺麗に伸びた腕や足。
豊満な肉付きをした、色気が周囲とは比べ物にならない程に際立っている肉体美。
まさに、美の女神を体現したかのような可憐な少女に、しかもゴミ箱の前という何とも言いがたい場所で出会ってしまった。
だが、そんな少女を前にしても、本能が恐怖している。
見惚れる? ......それは無理な話だ。確かに見惚れるかもしれないが......その腰に差してる剣で何人戦場で殺してきたか......
───『剣姫』アリア・ダンデリオン
『剣姫』と呼ばれてるのは、目の前に居る少女が戦場で敵から恐れられ、そう呼ばれ始めたのがきっかけだ。
幼い頃から戦場で生きてきたという噂を耳にしたことがある。
戦い振りはまさに鬼神の如き速さと力で、綺麗に首を掠めとるように跳ねていくらしい。
豪速の剣は、鉄をも軽々と紙のように斬れるという。
そして特筆すべきはその身体能力だろう。
一瞬で敵に肉薄出来るスピードで斬殺していくのだ。
すれ違い様に、もう殺されているということだ。
彼女が居た戦場の敵兵士は必ず全滅するのだとか。
敵国からは恐れられ、属国には英雄扱いされている、時の人とも言うべき、有名人である。
もしこんな有名人で学園内カースト最上位に居て、しかも滅茶苦茶強い人に無礼を働いたりしたらっ......
「退学では済まされない......いや、即刻死刑だ......」
震えている小声でそう呟いてしまう。
確かに、男性は大事にされている。
しかし、今の時代では女子は男子を道具としか思ってないのだ。
そんな『道具』程度の者から、圧倒的優位に立っている女子に無礼を働けば、怒るどころの話ではなく、殺そうとしてくる。
廊下を歩いている時の10倍くらいの冷や汗が絶賛吹き出し中である。
......う、動けん......余りの怖さに硬直してる......
女子に脱兎の如く怯える男子。
一昔前なら、そんなの想像できなかっただろう。
しかし、俺にとっては今の状況は人生の分岐点なのだ。
このまま俺が気に障るような行動をした瞬間、良ければ退学で監獄行き、最悪の場合ここで首チョンパ。
それか、即刻回れ右して教室に戻るか、即ゴミ箱に弁当のなかの鼻水が混ざっているご飯を捨てて、そのまま帰るかである。
やばい......本当にマジで怖い......
思わず、同じ意味を持つ言葉を脳内に並べてしまう動揺している。
───その時だった
「───」
こちらに気付いたのか振り向いてきた。
「───っ!?」
「......」
じっと俺の瞳を、その澄みきった綺麗な青い瞳で見つめてくる。
幸い、腰に差してる業物のサーベルに手を掛けておらす、俺を警戒などしてないようだ。
ど、どどどうするんだこの状況......
俺も俺で、じっとアリア・ダンデリオンの瞳を見つめ、絡み合う視線をこちらから一方的に逸らそうとは思えなかった。
静寂が訪れている。
少なくとも、自分の中で鳴り響いている激しい鼓動音以外の音は何も聞こえない。
これまで吹いていた筈の風も止み、不気味な雰囲気に包まれている。
だが、俺は次の剣姫の一言で、心が急激に跳ね上がってしまった。
それは───
「......綺麗な目」
「───ぇ」
そこで、見計らったかのように昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、それまで包まれていた静寂を破った。
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