第11話 頼み事と頼まれ事

「な? 頼むって」


「いや、急にそんなこと言われても」


「これは雅人にしか頼めない任務なんだよ」


「勇者に魔王討伐を託す王様みたいなセリフだ」


 休み時間の廊下で颯太と会話を交わす。辺りでは男子がガムテープを丸めた物体でサッカーをしていた。


「だってうちのクラスで雅人が一番あの子と親しいじゃん」


「それはそうかもしれないけどさぁ…」


「な? な? 一度頼んでみるだけで良いからよ」


 話があると言われ付いて来た結果がコレ。さっきから両手を合わせて拝む姿勢の繰り返し。


「本当にやるの?」


「あぁ、俺は本気だ」


「やめといた方がいいと思うけど」


「身内の雅人には彼女の良さが分からないかもしれないが、俺にとっては女神様みたいな存在なんだよ」


「女神様ねぇ…」


「頼むっ、白鷺さんに一緒に遊びに行ってくれるように頼んでくれ!」


 彼が頭を下げてくる。精一杯に自分の意志を示してきた。



「はあぁ…」


 話し合いを終えると席に戻る。頭を抱えながら。


「やだなぁ…」


 面倒くさい頼み事を引き受けてしまった。まさか颯太がそこまで転校生の事に本気だったとは。


 どうやらこの前のコスプレイベントで華恋の姿を見て惚れてしまったらしい。一緒に遊びに行きたいらしいのだが、誘う勇気がない為こうして頼んできたのだ。


「席隣りなんだから直接声かければいいのに…」


 なぜ自分がこんな橋渡しみたいな事をしなくてはならないのか。ハッキリ言って損な役回り。


「むぅ…」


 窓際にいるグループの方に目を移す。智沙達とお喋りしている女子生徒に。


 確かに見た目だけは悪くない。でも中身がいろいろと残念な人物。友人は女神様と形容していたが、どう考えても彼女は悪魔だった。



「何の用?」


「悪いね。わざわざ」


 帰宅するとターゲットを部屋へと呼び出す。自分が客間へと向かおうとしたのだが断られてしまったので二階を打ち合わせ場所とする事に。


「別に。ちょうどこれも返したかったし」


「ちょ……また勝手に持ち出したの?」


「なに言ってんのよ。ちゃんと借りるって報告しておいたでしょうが」


「だからって本人がいない時に持っていかないでくれよぉ…」


 入って来た途端に彼女が2冊の本を差し出してきた。無断でレンタルしていた漫画を。


「で、話って何?」


「あぁ……うん。てかさ、人には部屋に来るなって言っておきながらそっちは頻繁にここに来るよね」


「アンタが話あるって言うから、こうしてわざわざ足を運んであげてんでしょうが!!」


「そ、そうでした…」


 机を叩く音が室内に響き渡る。ヒビでも入りそうなボリュームの破壊音が。


「さっさと用件言いなさい。早くしないと香織ちゃんがお風呂から出てきちゃう」


「う、う~ん…」


「どうして黙りこくってんのよ。喋らないと何も伝わってこないじゃない」


「待って待って、どうやって話そうか頭の中で作戦会議してるから」


「はぁ?」


 何と切り出せば良いのか。呼び出しはしたが打ち明ける算段は考えていない。


 それにまず先に確かめなくてはならない事があった。彼女の恋人の有無を。


「質問あるんだけど良い?」


「質問?」


「華恋ってさ、好きな人とかいる?」


「なっ…」


 もしそういう相手がいるとしたら問答無用で頼み事は破棄に。彼氏がいる子をデートに誘うなんて非常識すぎるから。


「付き合ってる男子とかいない? 前の学校から仲良くしてる人とか」


「アンタ……話ってそれなの?」


「え~と、全く無関係とは言わない」


「それ聞いてどうするわけ?」


「その答え次第で変わってくるんでございます」


 彼女が戸惑いのリアクションを見せる。普段の強気な姿勢とは真逆の態度を。


「……答えたくない」


「え?」


「アンタには教えたくないって言ってんの!」


「な、何で!?」


「なんでも! アンタに話す義務なんかないでしょうが」


「でも隠さなくちゃいけない理由もないでしょ? どうしてダメなのさ」


「うるさいっ!」


 続けて振り上げた手を後方に移動。顔面目掛けてビンタを飛ばしてきた。


「うわっ!?」


「ちっ…」


「な、何するのさ!」


「避けんなっ!」


「いや、避けないと痛いし」


 飛んできた平手が髪の毛をかすめる。寸前の所でかわす事に成功した。


「……帰る」


「え? 待ってよ。まだ話終わってないんだけど」


「ちょっと離してよ!」


「離したら出て行っちゃうじゃないか」


「あったり前でしょーが! アンタと話す事なんかこれ以上ないもん」


「そんなこと言わずに頼むから聞いておくれぇ…」


 更に振り返ってドアの方に移動。咄嗟に腕を掴んで引き留めた。


「しつこいわね、このっ…」


「お願いします。3ヶ月だけで良いですから」


「新聞の勧誘か!」


 何故か負けず嫌いな性格が湧き出してくる。彼女の体に近付くと腰周りをガッチリとホールドした。


「きゃっ!?」


「残ってくれる?」


「嫌だっつってんでしょうが。つか離れろ、スケベ!」


「仕方ない…」


「は?」


「うぉりゃーーっ!」


「キャァアァアアァ!!?」


 拘束して問い掛けるが無慈悲な回答しか返ってこない。やむを得ず実力行使に出た。


「……いったぁ」


「ふぅ」


 体にしがみついたまま後ろに倒れ込む。バックドロップの形で彼女をベッドの上へと移動させた。


「いてっ!?」


「なんて事すんのよ、このバカ!」


「け、蹴るのは勘弁…」


「うるさい! いきなりやるもんだからビックリしたじゃないの!」


 大技を決められた悦に入っていると背中にダメージが発生。容赦のない蹴りを浴びせられてしまった。


「なんとなく華恋なら平気そうな気がして」


「あぁ!?」


「いや、ごめん。頭とかぶつけてないよね?」


「ぶつけた。背中ぶつけた」


「ベッドの上じゃん。なら大丈夫じゃないか」


 もし壁に頭とか打ちつけていたのならさすがに悪い。衝突しないように位置調整はしたが。


「アンタ、女の子に乱暴して許されると思ってんの!?」


「だって逃げ出そうとするから…」


「だからってこんな真似する馬鹿がどこにいんのよ!」


「ん…」


 ここにいるぞと言い返そうかと思ったが寸前で留める。そんな台詞を口にしたら再びビンタが飛んでくるかもしれないので。


「やられた分はキッチリやり返す」


「え? ちょ…」


 立ち尽くしていると彼女が勢いよくこちらに突撃。ラガーマンのように胴体に抱きついてきた。


「な、何する気さ!」


「言ったでしょ。やられたらやり返す!」


「待って待って、この体勢はマズい」


 この位置から投げられたら壁に激突してしまう。近くに窓ガラスもあるので危険度は大きい。


「コラッ、触んな!」


「冷静に。まずは落ち着いて話し合おうじゃないか」


「話す事なんかない! 大人しく投げ飛ばされなさい」


「こんのっ…」


 技をかけられる前に反撃開始。再び彼女の体に腕を回した。


「何これ?」


「はぁ? 知らないわよ。アンタがやり始めたんでしょうが」


「うぐぐぐ…」


 なぜ部屋でお互いにプロレス技をかけあっているのか。こんな事をする為に彼女を招き入れた訳じゃなかったハズなのに。


「と、とりあえず手を離さない?」


「アンタが先に離しなさいよ」


「分かったってば…」


「隙あり!」


「え? ちょ…」


「どりゃあぁーーっ!!」


「う、うわぁあぁあぁぁ!?」


 休戦しようと妥協案を出す。その瞬間に意識がグルリと一回転。


「ふんっ、思い知ったか」


「いってぇ…」


 同じ技をかけられ背中からベッドに落下する羽目に。更に頭頂部を壁に擦ってしまった。


「ま、待ってくれぇ…」


「何よ。まだやられたいの?」


「いや、あの……とても大事なお話がありまして」


 ゾンビのように這いずって彼女に懇願する。包み隠さずに全ての事情を暴露した。


「……という訳なんだよ」


「はああぁぁぁっ!?」


「へへへ…」


 相談を持ちかけた途端に驚きの声が返ってくる。予想通りの反応が。


「つまり私に木下と一緒に出掛けろと?」


「端的に言えば」


「ぐっ…」


「ダ、ダメ……ですよね?」


「当たり前でしょうが、バカ! どうして断らないのよ、バカ!」


 続けざまに彼女が怒鳴り散らしてきた。頬を真っ赤に染めて。


「じゃあ颯太には無理だったって伝えておくよ」


「なんて?」


「いや、普通に断られたって」


「私のイメージが壊れない言い方しなさいよ。あの男を振ったみたいな噂を広められたらたまらないわ」


「それは難しいよ…」


 彼は口が軽い。もし失恋したとなれば誰かに泣きつくかもしれない。


「ちゃんとそれっぽい理由考えてよね」


「他に好きな人がいるからとか?」


「アンタ、馬鹿か!?」


「え?」


 ポピュラーな言い訳を口にする。その瞬間に凄まじい罵声が飛んできた。


「ダメかな?」


「そんなこと言ったら今度は好きな人って誰だ、彼氏いるのかって噂を広められちゃうでしょうが!」


「あ、そっか」


「ちょっとは考えなさいよ、まったく。脳味噌ついてんの?」


「……そこまで言う事ないじゃん。これでもそれなりに考えて出した答えなのに」


 彼女の言葉は刺々しい。辛辣な言動が心臓に突き刺さる事が度々あった。


「ならどうすれば良いのさ。他に良いアイデアあるの?」


「最初からアンタが断ってればそれで済んだ話じゃない」


「ごめんって、その事に関しては謝るよ。だからこれからどうするかを考えよ」


「……はぁ」


「ん?」


 睨み合っていると扉の向こう側から何かが聞こえてくる。階段を上がってくる軽快なステップ音が。


「ヤバッ、あの子お風呂から出てきちゃったんじゃない?」


「かも。今日は早かったんだ」


「ちょっとちょっと、隠れるからどいて!」


「へ?」


 その瞬間に華恋が慌てた様子でベッドの下に移動。スカートなのにスライディングで潜り込んでしまった。


「何やってんの?」


「香織ちゃんが部屋に入って来るかもしれないでしょうが。絶対に話しかけんじゃないわよ」


「いや、たぶん大丈夫だって」


「そんなの分かんないじゃん」


 最近は彼女が顔を出す事は無い。お喋りに来る事や、宿題を教えてもらいにやって来る事も。


 ドアの方に意識を集中しながら息を飲む。しばらくすると足音は部屋の前をゆっくりと通り過ぎて行った。


「ね? だから言ったでしょ」


「ふぅ~、助かった」


「そこまで慌てて隠れなくても良いのに」


「だって雅人の部屋に来てるって思われたくないもん」


「いやいや…」


 人の漫画を持ち出している人間とは思えない発言。謙遜や感謝を排除している図々しい態度がそこにはあった。


「香織ちゃん、戻って来たりしないかな?」


「平気だって。来るならこのタイミングで寄るハズだし」


「ねぇ、アンタ達なんかあったの? 最近変じゃない?」


「え?」


「なんて言うか……お互いに距離を置いてるっていうか」


 不意な指摘に動揺が走る。その内容が的を射ていたので。


「ちょ、ちょっとした兄妹喧嘩ってヤツ?」


「ふ~ん。ま、私には関係ない事だけど。ただギスギスしたまま引きずるのだけはやめてよね」


「そうだね…」


 学校に行く時は女性陣だけがお喋りしていて自分は蚊帳の外。顔を合わせる食事中も会話はほとんど無し。お互い意図的に相手を無視していた。周りにはその事実を悟られないようにしていたが、どうやら彼女にはバレていたらしい。


「それよりいい加減出て来たら? いつまで潜んでるつもりなのさ」


「はいはい、もう出ますよっと」


「あ~あ…」


「……待って」


「ん?」


「動けない」


「はぁ?」


 見下ろす形で足元にいる人物に話しかける。その瞬間に新たなトラブルが発生した。


「どういう事?」


「知らないわよ。体が前に進まないんだもん」


「ほふく前進のスタイルで出てくれば良いじゃないか」


「だからそれが無理だっつってんでしょうが、このバカ!」


「あぁ、もう…」


 屈んで彼女の様子を確認。狭い空間の中で身動きがとれなくなっていた。


「手を貸して」


「く、屈辱的…」


「いくよ。せ~の…」


「いだだだだっ!? 胸が擦れる!」


「少しの間ガマンしてくれ」


「あがっ!?」


 仕方ないので腕を引っ張って救助する事に。頭をベッドに打ち付けはしたがどうにか脱出させる事に成功した。


「……つぅ~」


「大丈夫? 撫でてあげようか?」


「触んな、スケベ」


 指先を目の前にある髪に伸ばす。触れようとしたが振り払われてしまった。


「とりあえず下に戻るわ」


「え? まだ話終わってないよ」


「んっ」


 彼女が突き立てた親指で壁を指す。妹の部屋がある方向を。


「あぁ……そういう事か」


「またさっきみたいに大きな声出したら聞こえちゃうでしょうが」


「うい」


 密談は強制的に終了する流れに。騒ぎたくない考えには同意なので無言で出ていく後ろ姿を見送った。


「……ふぅ」


 結局、友人からの頼みを成就させる事は叶わず。部屋で暴れまわっておしまい。


「ま、いっか」


 元々、自分には関係のない話なので気にする必要は無いのかもしれない。グチャグチャに荒れてしまった布団を直すと大の字で寝転んだ。



「で、どうだった?」


「え? 何の事?」


 翌日もいつも通りに登校する。しかし休み時間になると颯太に連れられ強制的に廊下へと移動した。


「とぼけんな! 昨日言った事だよ。まさか話してくれなかったのか?」


「いや、する事にはしたんだけど…」


「けど? 何だよ?」


「ん~…」


 何と言えば良いかが分からない。上手く断る為の理由をまだ考えていなかった。


「ダメ……だったんだな」


「えっと、まぁ」


「はぁぁぁ…」


 言いよどんでいる様子を見て彼が状況を理解する。溜め息をつきなからガックリと落胆。


「別に嫌いとかそういう訳じゃないらしいんだよ」


「なに!?」


「ただ2人っきりっていう状況が苦手というか恥ずかしいというか」


「なら2人っきりじゃなかったら良いのか!?」


「さ、さぁ…」


 どうにかして彼女の面子を保たなくてはならない。そうしなければ自分自身の身が危うかった。


「じゃあ雅人も付いてきてくれよ。それなら良いだろ?」


「えぇ……それってデートって言わないんじゃ」


「な? な?」


「ダメだよ。颯太は華恋と2人っきりで出掛けたいんでしょ?」


「でもそれは無理なんだろ? なら雅人アリでも良いからお出かけしたい」


「それだと僕が邪魔じゃないか…」


 何が悲しくてデートの付き添いをしなくてはならないのか。保護者という訳でもないのに。


「分かった。だったらこうしよう」


「何?」


「もう1人女の子誘って2対2のデートだ」


「えぇ…」


「な? それなら雅人がハブれたりしなくて済むだろ」


 友人がさも名案であるかのように意見を挙げる。リア充感満載の提案を。


「嫌だよ。別にデートとかしたくないし」


「何でだよ。女の子と手を繋いでみたいとか思わないのか?」


「そ、それは…」


「じゃあそれで決定な。よろしく~」


 本心をごまかしながらもすぐに反論。けれど返事をする前に彼は立ち去ってしまった。


「女の子ねぇ…」


 女子と手を繋いでいる自分の姿を想像する。相手の子に笑われているイメージしか湧いてこない。


 それよりも華恋にこの事をどう話せば良いのか。断るどころかオマケで付き添う流れになってしまったなんて。


『何してんのよ、この馬鹿! ちゃんと断ってこいって言ったでしょ!』


 彼女が凄まじい剣幕で激怒。そんな姿が容易に想像できた。


「あぁ……嫌だなぁ」


 また確実にグチグチ言われる。夜の事を考えると胃がキリキリしてきてしまった。



「何してんのよ、この馬鹿! ちゃんと断ってこいって言ったでしょ!」


「……すいませんでした」


 帰宅後に同居人に思い切り怒鳴られる。慣例化されつつある部屋での話し合い中に。


「しかも何でアンタまで付いて来る事になってんのよ。は~、信じらんない」


「いや、僕は反対したんだよ。なのに颯太が強引に話を進めるもんだからさ」


「なら強引に断ってきなさいよ」


「そんな簡単に言わないでくれ…」


「私、行きたくない。絶対行かないわよ」


 予想通り彼女は拒絶の意志を見せてきた。腕と足を豪快に組みながら。ただ自分には1つだけその頑固な心を動かす秘策があった。


「颯太がさ、アニメのグッズとか売ってるお店に行きたいんだって」


「……え」


「ほら、前に服買いに言った所にあったじゃん」


「あ、あぁ……あの街ね」


「あそこに欲しいグッズが売ってるらしくて。キャラクターのコスチュームもあるとかなんとか」


「へぇ…」


 趣味の話題を持ち出す。緊迫した空気を打破するように。


「どうしてもそこに行きたいって言うんで一緒に付いて来てくれそうな人を探してるんだよ」


「それが私?」


「華恋ならアニメとかゲームに詳しそうかなぁと思って」


「……ん」


「でも行きたくないって言うなら仕方ない。残念だけど颯太と2人で…」


「ま、まぁどうしてもって言うなら付いて行ってあげなくもないけど」


「え? 本当?」


「しょうがないわね。特別に付き添ってあげるわよ」


 思っていたよりも単純だった。意外と扱いやすいタイプなのかもしれない。心の中で小さくガッツポーズを決めた。


 そして翌日、デートの約束を取り付けられた事を颯太に報告。その情報を聞いた彼のリアクションはそれはそれは凄いものだった。



「という訳で智沙は今度の週末って暇?」


「いや、突然そんなこと言われても意味わかんないから」


 1人で席に座っていた女子生徒に声をかける。ショートヘアの友人に。


「もし予定ないなら一緒に出掛けない?」


「え? それってデートのお誘い?」


「うん、そうだよ」


「……どうした。何か辛い事でもあったのか」


 目を丸くしている彼女に簡単な事情を説明した。友人が華恋に惚れた件と、2対2のデートを提案してきた点を。


「なるほど。それでアタシに声をかけてきたってわけか」


「そうなんだよ。颯太の奴、発案者なのに『もう1人の女の子は自分で誘ってくれ』だよ?」


「あはは、アイツらしいわね」


「結局のところ僕だけが頑張って本人は何にもしてない」


 これだけ苦労しておきながら楽しめるのは彼1人だけ。割に合わなかった。


「で、どう?」


「そうねぇ。コレって一応デートなのよね?」


「ん? そうなるのかな」


「じゃあ雅人はアタシに何か奢ってくれたりするのかしら?」


「……や、やっぱりこの話は無かったという事で」


 相談を打ち切って後ろに振り返る。気まずい空気から立ち出す為に。


「待て、コラ」


「は、離せ。何をする!」


「どこ行くのよ。まだ協議の途中でしょうが」


 その瞬間に全身の動作が停止。背後から伸びてきた手に肩を掴まれてしまった。


「もうこの話終わり。終了」


「ちょっとちょっと、そっちから誘ってきておいてそれは無いんじゃない?」


「今、金欠なんだよ。何かを奢ってあげる余裕がないんだってば」


「わーーかったわよ。別に奢ってくれなくて良いから付き合ってあげるっつの」


「え? 本当?」


「……ったく、この甲斐性無しが」


 どうやらただの同行という条件で承諾してくれるらしい。彼女以外に誘えそうな女の子がいないから正直助かった。


 それから皆と少しずつ連絡を取り合い予定を決める事に。とりあえず土曜日に地元の駅で集合する事で決定。授業中も休み時間も颯太がずっとウキウキしていたが、この約束を心待ちにしていた人物がもう1人いた。



「あ~、いよいよ明日かぁ」


「なんだかんだ言って楽しみにしてない?」


「は、はぁ? んな訳ないでしょ。何言ってんのよ」


 前夜に外出の為の打ち合わせを行う。家族が寝静まったタイミングで。


「11時に駅に集合って事になった」


「ん、了解」


「まぁ相手が颯太と智沙だから少しぐらい遅刻しても構わないよ」


「はぁ? 何すっとぼけたこと言ってんのよ。待たせたら悪いから時間より早く行くに決まってんでしょうが!」


「……はい」


 何故かお叱りの声が飛んできた。最初に誘った時はあれほど嫌がっていたというのに。


「でもどうするのさ。華恋の趣味バレちゃうかもよ?」


「そこは何とかごまかす」


「テンション上げまくらなきゃ良いけど」


「あの2人にならオタクだとバレても構わないわ。恐らく人に話したりしないと思うし」


「そうかも…」


 颯太自身もオタクだし、智沙は口が堅い。本人から2人に口止めしておけば大丈夫だろう。


 翌日は目覚ましをセットしておいた午前9時に起床。朝食代わりのお茶漬けを食べると華恋と2人で家を出た。



「ふぁ~あ……眠たい」


「だっらしないわねぇ。シャキッとしなさいよ、シャキッと」


「だって昨夜寝たの深夜3時だよ? 寝不足なんだってば」


 勉強の息抜きに買ったばかりのゲームをプレイ。気がつけば時間を忘れて夢中になっていた。


「アンタが夜更かししてたのが悪いんじゃない。私だって眠たいんだから我慢しなさいよ」


「そういや深夜アニメとかどうやって見てるの?」


「ケータイで動画サイト漁ってる」


「あ、なるほど」


 布団に潜りながら鑑賞しているらしい。その姿を想像すると何故だか泣けてきた。


「お~い」


「あ、颯太だ」


 その後のんびり歩いて駅へとやって来る。到着すると大きく手を振っている友人の姿を発見。


「うわぁ、あんな大声出して恥ずかしい奴」


「それ本人の前で絶対言わないでよ」


「分かってるっての。こっからは大人しくしてるからさ」


 彼女が小さく咳払い。その表情は自然な笑顔に変化していた。


「うぃっす」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


「来るの早かったね。絶対寝坊すると思ってたのに」


「ははは、遅刻しないように昨日の昼から待ってたんだぜ」


「……大人気のゲームでも買うつもりなの?」


 今日の約束が相当楽しみだったのだろう。普段からその心掛けを大切にすれば良いのに。


 それから5分ほど経過した後に智沙も登場。互いにうやうやしい挨拶を交わす。ただいつも教室で顔を合わせているせいか場に流れる空気の中に緊張感はほとんど存在していなかった。


「華恋さんの私服、初めて見たかも。可愛い~」


「いや、そんな事ないですよ。智沙さんの方が可愛いと思います」


「いやぁ、アタシなんか全然。女っ気がないってよく言われるし」


「私は好きですよ。智沙さんの私服」


「ありがと~」


 乗り込んだ電車の中で女子2人が会話を交わしている。お世辞合戦にも思えるやり取りを。


「なぁなぁ、君達ってそんなに仲良かったっけ?」


「何言ってんのよ、毎朝一緒に学校に通う仲よ。ね~?」


「そうですね」


「あ、あの! 俺も下の名前で呼んで良いっすか?」


「へ?」


「お願いします。俺も華恋さんって呼んでみたいです」


 そんな渦中に颯太が乱入。積極的な提案を持ちかけた。


「ど、どうぞ…」


「本当ですか!? やった」


「あはは…」


「華恋さんも俺の事は下の名前で呼んでくれて良いですからね」


「……わかりました」


 どうも彼女は颯太を苦手としているらしい。智沙と会話する時に比べて明らかに口数が減少気味。


 その後も転校生の話題を中心に大盛り上がり。電車に揺られながら目的地へとやって来た。


「着いたけど、どうしよう」


「どうしようって?」


「もう昼じゃん。腹減らない?」


「あぁ、そういえば」


 腹拵えするなら早めの方が良い。正午頃になればどこの店も混雑してしまうから。


「じゃあ先に何か食べましょうよ。動くのはそれからって事で」


「そだな。なら適当にどっかのスーパー入ろうぜ」


「え? 自炊?」


 近くにあったハンバーガーショップに皆で入店。行列が出来ていたが回転が早いのですぐに注文する事が出来た。ただ4人で座れそうな席が空いてなかったので2組に別れる事に。


「おい、なんでアイツが華恋さんとなんだよ!」


「そりゃ、やっぱり女の子同士の方が落ち着くからじゃないかな」


「くそっ!」


 颯太がハンバーガーにかぶりつきながら不満を漏らす。彼が華恋と一緒になろうとしていたのだが、それより先に智沙が連れていってしまったのだ。


「空気読めよ、暴力女が!」


「あっはは…」


 多分だけど彼女は颯太の気持ちを知った上で邪魔しているのだろう。目的は不明だが。


「あれ? 俺のハンバーガー、中に肉が入ってないぞ」


「え? 嘘?」


「マジだって。レタスやチーズも」


「そんな…」


「そういやパンも入ってなかったわ。どうなってるんだよ、これ」


「……今まで何食べてたの」


 適当に会話しながら食事を進める。食べ終えると目的の店へと向かった。


「華恋さんもアニメとか見たりするんですか?」


「あ、はい。雅人くんにいろいろ勧められて見たりしてます」


「くっ…」


「あれ? 雅人、あんたアニメとかに興味あったっけ?」


「……いやぁ、実は最近目覚めちゃって」


「へぇ~、知らなかったわ」


 場の雰囲気を壊さないように話を進める。犯人を睨み付けてやったが華麗にかわされる結果に。


 それから辿り着いた店内をブラブラ。しかしまたしても男女で別行動になってしまった。


「おい、雅人。いつになったら華恋さんと2人っきりになれるんだ?」


「知らないよ、そんな事」


「さっきからずっと智沙にくっついてばかりじゃないか。どうしてあんな奴まで誘ったんだよ」


「自分で2対2を提案したクセに…」


 思惑通りにいかないからか友人が苛つき始める。口周りにハンバーグのソースを付着させながら。


「これ可愛い~」


「ですよね。色違いのもありますよ」


 そんな状況も知らないで盛り上がる女子2人。呑気にキーホルダーを物色していた。


「なぁ、雅人。智沙を連れてどこかに行っててくれないか?」


「えぇ…」


「頼む! 自分勝手なお願い事してるのは重々承知なんだ」


「でもどうやって連れ出せば良いのさ。あの2人ずっとべったりだし」


「きびだんごあげれば付いて来るだろ?」


「付いて来るわけないじゃないか」


 店内でちょっとした口論を繰り広げる。周りにいたお客さん達の視線を集めてしまう声の大きさで。


「……少し落ち着こうか」


「そうだな…」


 この会話を本人に聞かれたら元も子もない。ただ彼女は颯太の気持ちに気付いてるので無駄な隠蔽行為だった。


「とりあえずこの店での別行動は諦めてよ。どこかで隙を見て連れ出してみるからさ」


「おう。じゃあ任せたわ」


「はぁ…」


 外の人混みを利用すれば上手くバラけられるだろう。予め行動を決めておけば颯太がいる場所と違う所に智沙を連れ出せるハズ。


 彼女に協力を仰いでも手を貸してはくれない。どちらかといえば颯太と華恋を2人っきりにする事に反対みたいだから。やはりやるなら自分達だけで実行するしかなかった。


「じゃあ、そろそろ出るか」


「次どこ行くの?」


「あっちにも似たような店あるんだよ。そっちも寄ってみようぜ」


「はいはい。あんた本当にアニメとか好きね」


「そりゃ、どこかの暴力女と違って魅力的な子がたくさんいるからな。やっぱり二次元は最高だ」


「んだとゴラァッ!!」


「ギャアアアアァァーー!?」


 颯太と智沙が漫才のような掛け合いを見せる。基本的に会話の中心はこの2人。


「はぁ…」


 多くの人が行き交う通りへと出た。ここで自分が智沙の腕を引っ張り、無理やり離れ離れになる予定。もはや作戦なんて立派なものではなく、ただの力業だった。


「……やだなぁ」


 彼女の性格を考えたら確実に何かしらの文句を付けられる。暴力は無いにしても。


 だがいつまでもウジウジしていては先に進めない。意を決して友人の腕を掴んだ。


「え……ちょ、ちょっと!」


「……ん」


「雅人!」


 振り返らずにただ前だけ見て進む。背後からの言葉には耳を貸さずに。そのまま人混みをかきわけるように移動。そして近くにあった店へと飛び込んだ。


「ふぅ…」


「コラコラコラ!」


「えっと、ごめん…」


 事情を説明しようと振り返る。しかしそこにいてはいけない人物の姿を発見。


「あ、あれ?」


 何故か華恋も後ろに立っていた。しかも智沙と2人仲良く手を繋いだ状態で。


「アンタ……何考えてんのよ」


「いや、あの…」


 すぐに失態に気付く。これだと別行動をとった意味がない事に。


 彼女達の後ろを確認するが颯太の姿が見当たらなかった。どうやら彼だけがはぐれてしまったらしい。


「これは何かのジョーク?」


「へ?」


 戸惑っていると友人が疑問の言葉を発する。不満を孕んだ強気な口調で。


「げっ!」


 最初は意味が分からなかった。ただ強引に引っ張られたからそういう表情をしているのだとばかり。


 けどそうではない。ここは自分が来てはいけない場所。男だけで入ったら怪しまれてしまうお店だった。


「バカな…」


 辺りをキョロキョロと見回す。カラフルな布地がたくさん置かれている店内を。


「あの、智沙さん…」


「……何よ」


「もし良かったらここで下着とか見ていきませんか?」


「アホか!」


「いでっ!?」


 顔面に強烈なビンタが飛んできた。手加減なしの制裁が。


「いちち…」


 それから逃げ出すようにランジェリーショップを退店すると颯太に通話。近くにあったファーストフードの入口で合流する事が出来た。


「どうしたんだよ、雅人。顔色が悪いぞ?」


「いや、何でもないんだ…」


「肌が緑色になってるぞ。大丈夫か?」


「……多分、それは颯太が病気だよ」


「あれ? 周りにいる人達もみんな緑色に見える。どうなってるんだ、これ」


 話しかけてきた友人にうすら笑いで返す。今の自分に出来る精一杯のリアクションで。


「はぁ…」


 作戦は見事に失敗。友人は軽く落ち込んでいたが、それ以上にダメージを受けている人間がここにいた。


 華恋まで連れ出してしまうだけならまだマシだったろう。よりにもよってあんな店に飛び込んでしまうなんて。


「華恋さん、次はこの店に行きましょ」


「あ、はい」


 颯太が意気揚々とお喋りしている。先程まで抱えていた不満を晴らすように。


 合流してから3人の会話にほとんど参加していない。ただ黙って後を付いて行くだけ。女性陣2人の突き刺さるような視線が痛かった。


「しにたい…」


 もうこの場にいる状況が耐えられない。今すぐにでも自宅へと逃げ出したい気分。


「雅人」


「……え?」


「いつまで落ち込んでんのよ、アンタは」


「智沙…」


 店の外で1人佇む。すると先程、頬を殴打してきた人物が姿を現した。


「何でさっきあんな事したの?」


「えっと…」


「まぁ大体の理由は見当つくけどね」


「へ?」


「そんなにアタシと2人っきりになりたかったのなら、そう言えば良いのに」


「はぁ…」


 大袈裟に溜め息をつく。彼女のからかってくる言葉に優しささえ感じてしまった。


「颯太に頼まれたの?」


「……そうだよ」


「ふ~ん、でもちょっと強引すぎない?」


「それは自分でも思った。でも他に方法が思いつかなかったし」


「せめてトイレ行ってる隙にしなさいよね。いくらなんでも無理やりすぎるわよ」


「うん…」


 まさか騙そうとしていた人物にミスを指摘されるなんて。どうやら彼女は全ての状況を見透かしているらしい。


「でも雅人は良いの?」


「何が?」


「華恋さんと颯太が、その……そういう風になっちゃったりしても」


「良いってどうして?」


「だからぁ、あの子をあんな奴にとられても良いのかって聞いてんの!」


「へ?」


 突き付けられた発言に戸惑う。口からは情けない声が漏れ出した。


「いや、だから僕達は従兄妹なんだってば」


「でもアンタ達には直接血の繋がりは無いんでしょ?」


「え?」


「じゃあ普通の男女と同じじゃない。ただの親族関係ってだけで」


「……まぁ、そういう事になるかな」


 言われてから気付く。同じ家に住んでいるとはいえ彼女とは赤の他人。もし全く違う出逢い方をしていたら恋愛関係にだって発展していた可能性もあった。


「俺、これ好きなんですよ」


「私も知ってます。主人公がお馬鹿なんですよね」


「そうそう。けどそれが彼の魅力なんす」


「あははっ、ですよね」


 店内にいる彼女に視線を移す。颯太と親しげに会話している女の子に。そこにあったのは無邪気な笑顔。初めて電車の中で会った時と同じ優しい表情を浮かべていた。


「……智沙」


「ん? 何?」


「やっぱりあの2人、邪魔しちゃおっか」


「お? 良いね~。ついにやる気になったか」


 別に華恋とどうこうなりたい訳じゃない。颯太に恨みがある訳でもない。ただ何となくこのままではいけない気がしていた。


 それから友人の励ましにより見事復活。皆の輪の中に溶け込む事に成功した。最初は遠慮していた華恋も帰る頃には颯太と親しげに。共通の趣味を持つ仲間と喋れて楽しかったのだろう。


 日が暮れ始めた後は電車に乗って地元の街に帰還。颯太も実家に寄って行くらしく同じ駅で降りた。



「どうだった、今日?」


「楽しかったわよ。予想してたよりね」


「それは何より」


 2人並んでのんびり歩く。夕焼けに染まった住宅街を。


「アイツ、思ってたより良い奴じゃない。なかなか見る目あるわ」


「そ、そっか」


「また一緒に行こうって言われちゃった」


「誘われたら行くの?」


「2人っきりじゃなかったらね。残念だけど顔はタイプじゃないし」


「……正直者め」


 ハッキリとした死刑宣告を聞いてしまった。本人が聞いたら絶句するような台詞を。


 だけど自分は2人っきりで出掛けた事がある。しかも本人からのお誘いで。家族という理由での同行だったが心の中で勝ち誇らずにはいられなかった。


「ただアンタの行動にはドン引きだわ」


「えっ!?」


「腕を引っ張ってきたかと思えば下着売ってる店に突入とか」


「す、すいません」


「そんな大胆な変態だったのね。信じられないわ」


「いや、あの…」


 なんとか言い訳しようとするも言葉が出てこない。全てを揉み消してくれる特殊な事情が。


「こっそり私の着替えとかも覗いてそう」


「してないよ。そんな事!」


「そういえば昨夜お風呂入ってる時に誰かの気配を感じたような…」


「だから違うってば!」


「次から一緒に出かける時は手錠かけとかなくちゃね」


「えぇ…」


 扱いが雑で悪質。もはや召使い以下の奴隷だった。


 友人達がいなくなった事で彼女がいつものように喋りかけてくる。ただその表情は家に帰るまでずっと晴れやかだった。

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