第3話 反発と無抵抗
「……ん」
リビングのテーブルに全員で座る。久しぶりに開かれる家族会議の為に。旅行の日程を決める時以来の話し合いだった。
隣の席には妹、向かいの席には父親と親がそれぞれ着席。いつもと違うのはそこに更に1人プラスされているという点だった。
「え~と、突然だとは思うけどこの家で女の子を1人預かる事になりました」
緊張感を抱いていると母親が喋り始める。とんでもない内容の台詞を。
「この子ね、かれんちゃんって言って母さん達の知り合いの子なの」
「知り合い…」
「いろいろ事情があって話せば長くなっちゃうんだけど、とりあえずこれから仲良くしてやって」
「いやいやいや…」
「むぅ…」
痴漢騒動の後、泥棒扱いをしてしまった女の子から詳しい事情を聞く事に。どうやら母親が自宅の鍵を貸したようで一足先に帰ってもらっていたんだとか。
彼女を自宅へ招いたのは晩御飯をご馳走する為でも、一緒に遊ぶ為でもない。この家で共同生活をする為だった。
「とまぁ、驚かせちゃってごめんね。ちゃんと前もってアンタ達にも話しておけば良かったんだけど」
「……本当だよ、ビックリしたじゃないか」
「悪かった悪かった」
自分も香織も今回の件については何も聞かされていない。女の子がうちにお世話になる事が決まったのは急で、ハッキリと確定したのは今日の昼間だったらしい。
「もっと早くに分かってたらアンタ達にも教えてたんだけどね」
「せめて一言ぐらい相談しようよ。こんな大事な話を勝手に進めちゃうなんて」
「母さん達だってトントン拍子で驚いてるのよ。2人に連絡する時間も無かったし」
「いや、けどさ…」
場の空気が明らかに気まずい。和やかとは正反対の雰囲気に覆われていた。
言葉を交わしながらも女の子の方に意識を向ける。知らない人だらけの場所に置かれているからか塞ぎ込んだ状態で沈黙していた。
「で、何か質問ある?」
「そりゃ、ありまくるよ…」
異常事態なのに母親はあっけらかんとした態度。肝が据わっているのか、ただ無神経なだけなのかは不明だが。
「どうして急にこんな事になったの?」
「ん~、かれんちゃんのお母さんが仕事で海外に行く事になって。それでしばらくうちで預かる事になったってな感じ」
「他の家族は?」
「いないわよ。2人暮らしだったから」
「……そうなんだ」
どうやら彼女には父親がおらず兄弟姉妹もいないんだとか。それはまるで数年前の自分や香織と似たような境遇だった。
かといって無抵抗で来客を迎え入れる事は出来ない。戸惑いが消極的な精神を大きく動かした。
「ならこの子はこの家に住む事に反対していないの?」
「はぁ?」
「だって他人の家だよ? 普通なら抵抗あるんじゃないかな」
咄嗟に思いついた口実を口にする。なるべく女の子を傷つけないような言葉を選びながら。
彼女だって親元を離れて暮らすのは嫌だろう。まだ学生で未成年なわけだし。
そしてそれ以上に知らない人の家にお世話になる事は苦痛なハズ。同世代の男子がいる場所なら尚更だった。
「かれんちゃんも最初はうちで住む事に遠慮してたんだけどね。ただ事情が事情だから…」
「本人が嫌がってるなら無理に連れて来る事ないじゃないか」
「でも他にアテがないのよ? うちで預かってあげなかったら路頭に迷う事になっちゃう」
「それは……確かに困るね」
さすがに10代の女の子が1人で生きていくのは辛い。まだ高校も卒業していないのに。
「だったらお母さんと一緒に海外について行くのは?」
「無理よ。それが出来ないからこうやってアンタ達に協力してもらうんでしょうが」
「う~ん…」
子供を1人残して出張に行ってしまうとはどんな親なのか。会った事はないが白状な印象が強く浮かんできた。
「香織は? やっぱりかれんちゃんがこの家に住む事には反対?」
「え? 私?」
「うん。嫌なの?」
「私は別に平気……かな」
「ちょ…」
次の言い訳を考えていると母親が隣に視線を移す。娘に意見を求めるように。こちら側への賛同を期待していたが彼女の口から発せられたのは肯定を示した言葉。お客さんがいる手前の見栄だった。
「じゃあ突然で戸惑うとは思うけど、そういう事で宜しくね」
「……えぇ」
結局いろいろな反対意見は出してみたものの提案を覆す事は叶わず。腑に落ちないまま話し合いは終了。
父親は着替える為に自室へ。母親はキッチンへと入っていった。
「遠慮しなくても良いのよ。今日からここがアナタの家になるんだから」
「あ……は、はい」
母親の問い掛けに対して女の子が控え目に答える。首を小刻みに振りながら。
「む…」
テーブルには3人の人間が存在。痴漢をした男に、被害に遭った女性。プラス事情を知らない妹が。こんな異質な状況でまともな会話なんて出来るハズがない。気まずさ全開だった。
「あの…」
「え?」
「私、香織って言うんですよ。こういう字で…」
「は、はぁ…」
「よろしくお願いします」
部屋に退散しようと考えていると妹が先に切り出す。近くにあったボールペンを使ってメモ帳に名前を記入しながら。
「えと……よろしくお願いします」
「かれんさん……でしたっけ? どういう字を書くんですか?」
「ん…」
「へぇ、美人さんの名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
続けて来客に向かってペンを差し出した。戸惑いの色を見せながらも彼女は指示通りに行動。白紙部分に華恋という文字を記した。
「う~む…」
これは自分も名乗った方が良いのかもしれない。3人いて1人だけしないのは不自然だから。
「
「げっ…」
しかし自己紹介は実行に移る前に中断。同席者を無視するかのように女性陣2人が会話を進めてしまった。
「お母さんから16か17って聞いたんですけど」
「えっと、この前17歳になりました」
「学年で言うと2年生?」
「あ、はい。高2です」
「そうなんですか。なら私の1つ上ですね」
「……ど、ども」
「ん…」
居心地は最悪。まさか自宅で息苦しい思いをする羽目になるなんて。目立たないよう、なるべく気配を消しながら過ごす決意を固めた。
「私の方が年下だからタメ口で良いですよ」
「いやいや、そんな…」
「いやいやいや」
その後は母親が作ってくれたカレーを皆で食べる事に。客人のこれからについてを議論しながら。
「学校はどうするの?」
「アンタ達と同じ
「ほ~い」
主に言葉を発するのは母親と妹だけ。肝心の本人は簡単な返事をしている以外ほとんど喋る事はなかった。
「狭いけど、この部屋を使ってね」
「はい。ありがとうございます」
「まだ布団しかないけどゴメンね。これからいろいろ買い揃えていくから」
「い、いえっ! とんでもないです」
食事後は皆で自宅をウロつく。華恋さんに間取りを教える為に。
「じゃあいくぞ、雅人」
「うん」
「せーの……ほっ」
「あ、手が滑った」
「ぐわあぁああぁっ!!?」
男2人で邪魔なタンスを移動。しかしミスが原因で父親の足に落下。中年男性の断末魔が室内に響き渡った。
「あとはトイレやお風呂の場所とかの確認だね」
「あぁ、うん。てか父さん足大丈夫?」
「う、うぅ…」
とりあえず寝泊まり出来るスペースの確保には成功する。机や着替え等の必需品はこれから少しずつ揃えていくらしい。
「洗濯物はこのカゴに入れておけば良いですから」
「わかりました」
客間の次はバスルームへと移った。体重計などが置かれた脱衣場へと。
「これから洗濯は私が担当するから。まーくんはやっちゃダメだよ」
「え? なんで?」
「……ん」
「あ、なるほど。了解しました」
妹に険しい顔で睨み付けられる。一瞬意味が分からなかったが女性陣の苦々しい表情を見て状況を理解。
「あのぉ…」
「ほ?」
「洗濯とか私がやろうかと思っているのですが…」
「えっ!?」
羞恥心をごまかしていると華恋さんが初めて会話に介入してきた。積極的な意見を掲げながら。
「いや、お客さんにそんな事してもらうのは悪いし」
「で、でも…」
「本当に大丈夫ですから。ね? まーくん」
「こっちに振られても困る…」
彼女の発言がキッカケで空気が少しだけ気まずくなる。女子同士で小さな衝突が原因で。
「あのね、香織。気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど華恋ちゃんはお客さんじゃなくて家族になるのよ」
「あ、そっか」
「だからそういう言い方はダメ。お母さんが再婚した時にも同じ事を言ったから分かるわよね?」
「うん……忘れてた」
その口論は即座に終結。間に割って入った母親のおかげだった。
「華恋ちゃんもそんなに気を遣わなくて良いから。ね?」
「でも…」
「華恋ちゃんがこの家の生活に慣れて、それで余裕が出来たら家事を手伝ってくれれば良いから」
「……わかりました」
「料理得意なんだってね。頼りにしてる」
「あ、ありがとうございます。なんだかすみません…」
「おぉ…」
大岡裁きで一件落着。声には出さなかったが尊敬の念が止まらなかった。
我ながら本当に良い母親を持って幸せ。父親は色々と残念だけど。そしてリビングへと戻ってくると本人がソファの上にぐったりと倒れていた。
「足、大丈夫だった?」
「……骨折してるかもしれない。ヒビが入ってそう」
「そうだ、今度サッカーやろうよ。久しぶりに公園に行ってさ」
「よ~し、望むところだ。父さんの華麗なドライブシュートを見せてやる。ハッハッハ」
「何、このバイタリティ」
明日も朝早くに起きなくてはならない為、話し合いもそこそこに解散。歯磨きを済ませた後は各自の部屋に引っ込んだ。
「あぁ……緊張した」
大の字でベッドの上に寝転がる。模様の無い真っ白な天井を見つめながら。
「……あ」
リラックスしていると大きなミスが発覚。雰囲気に流されて名前を教えるタイミングを逃してしまっていた。
「うわぁ…」
初日に済ませておかなくてはいけない作業を怠るなんて。あまりにも間抜けすぎる。
「本当に間が悪いヤツだなぁ…」
そして何より一番の失態は夕方の無礼についての謝罪。セクハラ行為を一言も詫びていなかった。
「ん?」
「ねぇねぇ、ちょっと良い?」
「ダメって言ったらどうする?」
「この部屋にあるマンガ全て処分する」
「罰が重すぎるよ…」
反省を繰り返していると妹がドアを開けて中を覗き込んでくる。返事をする前に進入しながら。
「さっきの人どう思う?」
「タンスを足に落として痛そうだったよね」
「お父さんじゃなくて華恋さんの事だよ」
続けて学習机の椅子に着席。来客の話を振ってきた。
「どうって何が?」
「印象と言うか、イメージと言うか」
「んん?」
「綺麗じゃなかった?」
「え? う~ん……まぁ、そうだねぇ」
照れ隠しで答えてはいたが本心は違う。学校でも街中でもあそこまで顔立ちが整っている女の子は見た事がない。大抵の男子なら一目惚れ出来そうなレベルだった。
「だよねぇ、はぁ…」
「なに上司に叱られたサラリーマンみたいな溜め息ついてるのさ」
「だってさぁ…」
「もしかして便秘気味?」
「よし。ちょっと漫画燃やす為のライターとガソリンとダイナマイト持ってくる」
「自爆テロでも起こすの?」
くだらないジョークで盛り上がる。食事中の時とは違い緊張感はかけらも存在していないので。
「でも変じゃない?」
「変?」
「普通ならこういう場合、真っ先に親戚の家とかに行くものじゃないの?」
「あぁ……だよね」
確かに彼女の言う通り、いくら知り合いの娘さんとはいえ他人を住まわせるなんて有り得ない。年頃の女の子となれば余計だった。
「まさかお父さんの隠し子…」
「僕も同じ事を考えてた」
「だとしたら驚きだよ! まーくん以外に子供を作っていたなんて」
「あの親父め。許せないな」
「でもそうだとしたら今頃お母さんブチギレてるよね」
「だよね。血祭りにあげて離婚届を突きつけてるハズだよ」
「じゃあ私もまーくんを血祭りにあげないと」
「何のとばっちり?」
恐らく無実であろう父親を罪人に仕立て上げていく。春休み中に見ていた昼ドラのせいか妄想力が爆発していた。
「それにあの人どこかで会った事ある気がするんだけど…」
「どこで?」
「分かんない。変な錯覚っていうか」
「デジャヴ?」
「かな? よく知らないけど」
質問を飛ばしながらも彼女の意見に同意。あの顔にどこか見覚えがあった。それはついさっき味わった物でなく電車の中で華恋さんと会った時に感じたもの。
しかしテレビで活躍してるタレントがうちに来るハズはないし、そもそもあんな子をメディアで見た事がない。もちろん学校でも。
ひょっとしたら昔どこかで会った事がある子の可能性もある。ただ自分と香織は3年前までは他人だった間柄。その2人が共通して見覚えあると認識したならば幼なじみの可能性は皆無だった。
「ん~、そろそろ部屋に戻ろっかな」
「おやすみマン」
「くれぐれも華恋さんに変な事しに行ったらダメだからね?」
「そんな男だと思われてるなんて心外だな…」
まさか既に実行済みだなんて。口が避けても言えやしない。
「はぁ…」
1人になると再びベッドに寝転がる。不安を表した溜め息と共に。
様子を見に行ってみようかと思ったが夜這いと勘違いされては困るので断念。謝罪と正式な自己紹介は明日以降にしようと固く決めた。
「……寝るか」
布団を捲ると中に潜り込む。寝坊しないように目覚ましをセットしながら。
「おやすみ…」
興奮と混乱が止まらない。遠足や運動会の前日のように。
少しだけ違うのはそれがあまり良い情報ではないという点。情けない事に意識は現実逃避する方向へと動いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます