第94話ケンカするほどゆりゆりしい
夜も更けてきたというのに、大気をも揺らす振動が起きた。自室で休息を取っていた私のもとにメイド服姿のセアラが慌てた様子でやってくる。
まだ、仕事の最中だったのね……。
セアラ「姫様、ご無事でしょうか!?」
ドアを壊しそうな勢いで開けた彼女の身体を見てもどこにも怪我らしきものはない。私はまず、それを確認してからセアラの問いに「ええ、大丈夫」と答える。
オブ「今のは一体……ロイオさんたちは無事なのかしら?」
セアラ「……あの男共なら問題ないでしょう。寧ろ、奴らの仕業ということも考えられます。それより、姫様は自室にてお待ちください。私は外の様子を見てまいります」
オブ「私も行くわ」
セアラ以外の使用人たちも何人かは起きていると思ったけど、それでも危ない目に遭うかもしれない。私のスキルなら多少は護れるはず。そう考えての提案だった。
けれど、セアラは目を大きく見開いて、武装しようとする私の手を掴んだ。
セアラ「お待ちを、姫様はここにいてください。わざわざ、主に調査などという仕事をしていただく必要はございません。それは私たち
最近のセアラはずっとこう。以前にも増して過保護になっている。私を想ってのことだとよくわかっているけれど……でも。
オブ「仕事をするのに地位なんて関係ないわ。私がしたいの」
セアラ「姫様、西の領主との会合の準備は出来ているのですか? そちらの方を万全にしていただくことこそ、領民、しいてはこの領内の安定に――」
オブ「それはちゃんとロイオさんと相談しながら決めました。準備は万全です」
ロイオさんの名前を出すと、苛立ち始めたセアラは掴んでいた私の手を放すと背を向けた。今朝からそうだった。私がロイオさんの名前を出す度、セアラは私と目を合わせようとしない。
セアラ「そうですか。では、失礼します」
オブ「待って、だから私もいくって――」
セアラ「ご心配無用です。姫様は自室でおやすみになられてください」
オブ「なによ! セアラのわからず屋‼」
あっ……しまった。口をついて出た一言はもう戻らない。
セアラは何も言わずにスタスタと出て行く。
オブ「ま、待ってセアラ! 今のは!」
呼び止める声など聞こえないとセアラは扉を閉める。
オブ「ど……どうしよう」
一人、自室で戸惑いながら椅子に力なく座った。セアラにも会談にはついてきてもらう予定なのに……この状態じゃ……。
***
セアラ「……屋敷周辺は特に異常なし、か……あれほどの地響きを起こせる連中となると、やはりねこたちだが……」
そうなると、何者かの襲撃があったと考えるべきか……。だが、異界から来て間もない奴らが誰かから怨みを買うか? ねこだけなら有り得るが今は四人揃っているはず。それに、襲撃するなら一人の時を狙うのが鉄則だろう。
ほかに考えられることと言えば……。
セアラ「仲間割れ……あの連中に限ってそんなことは有り得ないか」
息の合った悪ふざけ、兄弟想いな二人、一応の成人二人。
私が知っているあの四人が、仲間割れをするなど考えにくい。些細なイザコザはあるだろうが、それだけで街に地響きが起こるなどバケモノにもほどがある。
私は考えを纏めようと顎に人さし指を曲げて当てる。
思考の中に先ほどの姫様の強い言葉が沸き起こる。
「なによ! セアラのわからず屋‼」
セアラ「わからず屋……。いいや、今は姫様の安全を確保するのが先だ。反省の言葉も謝罪の言葉もすべては姫様の警護が万全なときにすべきこと」
今の私をすべきことは、一刻も早く安全を確認すること。
私は人さし指を下ろし、屋敷の門番である使用人の一人を呼ぶ。
セアラ「私は少し出る。警戒を怠るな。それと、姫様を屋敷から出さぬように」
使用人「かしこまりました。いってらっしゃいませ、セアラ様」
頭を深々と下げるメイド。
それに頷いた私は馬を出し、元凶であろう男の元へ駆ける。
ねこに直接問いただせば何かわかるだろう。
セアラ「まったく……あの男は、本当に問題児だな」
どうせ、私の顔を見るなり飛び掛ってくるんだろう。こんな夜更けでも、何故か起き上がり屈託のない笑顔を向けてくるだろう。
月光が照らす街道を駆けると冷たい風が吹く。
しかし、別に寒いと思わなかった。それどころか頬がつり上がる。
セアラ「ふっ……下らないな、あの男は」
真っ白い肌と髪、白い衣服。
全身白尽くめの小さな同い年の男を私は胸のうちで嘲った。
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