第71話
遠くで鳴り響く砲声を聞きながら、混合妹社隊は赤絨毯が敷いてある雛白邸玄関ホールに集合した。数十人の紺色メイドも控えている。
そこに黒い忍び装束を身に纏った双子忍者を従えた明日軌が大階段を降りて来た。青いセーラー服を着て、長い黒髪をキッチリとポニーテールにしている。
階段の真ん中辺りで立ち止まった明日軌は、鏡の鎧を着てヘッドフォンで両耳を覆っている妹社全員の顔を見渡す。
一人だけ着物でお腹が大きい凛で動きを止め、口を開く。
「敵の総攻撃が始まりました。これからみなさんにはこの街に避難して来た人々の為に戦って頂きます」
「はい」
蜜月が返事をし、それに倣って他の妹社も返事をした。
頷く明日軌。
「この戦いが終わっも、みなさんにはまだ仕事が有ります。それは、生き残った人達の探索です。敵は大きな街を中心に襲っているので、例えば山奥の小さな村等にはまだ人が生き残っている可能性が有ります」
明日軌は再び全員の顔を見渡す。
「だから、絶対に生き残ってください。特にイモータリティのみなさんは国を滅ぼされているので、敵を憎む想いが強いでしょう。ですが、貴方達が倒れてしまったら、貴方達の国で生き残っている人々を助ける事が出来なくなります」
異国人達は口を引き締める。
「最後に。みなさんが大切に想っている人の顔を思い浮かべて。その人も、みなさんと一緒に戦っています。みなさんを信じて。それを忘れないで」
ゆっくりと右手を振りかざす明日軌。
「では、作戦を開始します!」
蜜月とのじこ以外の少年少女が陸軍式の敬礼をする。
そして玄関から駆け足で出て行き、指示されたそれぞれのジープに乗り込んで行く。
翔と凛は小声でお互いを励まし合い、凛がホールに残る。
ジープは避難して来た複数の家が使っていた車両だが、雛白が外国から買い付けた物を敢えて選んで用意したので、全部同じ車種だ。だから見易い場所に番号札が貼って有る。
そのジープ群が鉄門から出て行ってから、のじことコクマは明日軌の顔を見た。特にのじこは真っ赤な瞳で穴が開く程見詰めている。
「のじこさん」
階段を降り、膝を曲げて銀髪少女と目の高さを合わせる明日軌。
「一番大変な事をお願いしてごめんなさいね。でも、のじこさんならやり遂げてくれると信じています。頑張って」
「うん、頑張る。だから、約束して」
「ん?」
「死なないで」
いつも無表情なのじこは、ここでも感情を表していない。しかし、誰が見てものじこは明日軌を心から心配していた。
「雪が降ったら、去年みたいに一緒にカマクラ作って、その中で一緒に鍋焼きうどん食べよう」
「……うん。命懸けの戦いだから絶対の約束は出来ないけれど、覚えておくわ」
明日軌は複雑な顔で頷く。
それを見てからハクマに視線を送るのじこ。
「ハクマ。明日軌を、守って」
「勿論です」
即答のハクマに頷いたのじこは、名残惜しそうに明日軌を顧みながらコクマと共に玄関から出て行った。
「雛白メイド隊。全員配置に着いて」
「はい」
命令を下した明日軌に深々と頭を下げたメイド長の大谷は、部下達に指示を出す。白と紺、そしてこの時の為に衣装を用意された緑色のメイド達がそれぞれの持ち場に散る。
少し顔色が悪い凛も、一人の緑色メイドに連れられて地下避難所に向かった。
ホールに一人残った蜜月は、なぜかぼんやりと物凄く高い天井を眺めている。
「どうしました? 蜜月さん」
「……明日軌さん。ウソ、言っていませんよね?」
「ウソ?」
「のじこちゃんの約束、守るつもりは有りますか?」
一瞬、言葉に詰まる。
しかし、約束を守るつもりは有る。自分が死ぬと完全に信じているのなら、今こうして立ってはいられない。
生きて、平和の中で美味しい物をお腹いっぱい食べたい。オシャレをしたい。
恋をしたい。
「……はい。勿論です。繰り返しになりますが、命の掛った決戦ですので、絶対ではないですけれど」
「そうですか。すみません、変な事言って。私の守りたい人は――あんな姿になってしまいましたから。少し、不安な様です」
ハッとする明日軌。
肝心の蜜月に共生欲が働いていない?
いや、人形に共生欲が向いているのか?
それなら、アイカと共に生きる覚悟が出来ていないのか?
しまった、人形に対する共生欲は無効なのか?
「明日軌様。本部の設置、完了しました」
大谷の報告に、ついうっかりポカンとした顔を向ける明日軌。
「え? あ、はい。みなさん、移動しましょう」
もう事は動き出している。ここまで来たら共生欲の調整なんか出来ない。
「蜜月さん。分かっていると思いますが、蜜月さんの役割は――」
「エンジュの足止めと、会話。その後、蛤石の機能停止ですよね。大丈夫です」
歩きながら会話する。そしてドアを潜ると、雛白邸の玄関と鉄の門の間に大きな白いテントが建っていた。モンゴルの遊牧民が使っていたテントで、ちょっとした家くらいの規模の物だ。
「最悪の結果だけは避けてください。それは蜜月さんにとって、とてもとても辛い人生でしょうから」
「はい。本当に私が樹になるなら、死んだ方が楽でしょうね」
「蜜月さん……
「分かってますって。死を選んだりなんかしません。あんな身体になったアイカを守れるのは私しか居ませんしね」
「それなら良いのです。のじこさんを救うのも蜜月さんの役割ですし」
「え?」
ここに来て始めて聞く役割に驚く蜜月。
「未来の話です。その話は、また今度」
テントの入口を塞ぐ布をハクマが上げ、中に入る明日軌。
続いて蜜月が入り、大谷、ハクマも入る。
中にはすでに軍服を着た六人の人間が通信機を使って仕事をしており、色々な音声が飛び交っている。男性と女性は半々で、小倉家、沢井家、黒沢家の通信士達だ。
入口の対面、テントの最奥に、赤いメイド服を着たアイカが守護神の様に立っている。
「アイカ。みんなを守って。最後までお願いね」
「分かりました」
蜜月に応えるアイカを見て、数人の通信士がギョッとした。白目を剥いた気味の悪い等身大の人形だと思っていたのに、喋って動いたからだ。
「では、私は表を見張っています」
「宜しくお願いします。龍の目でも見れていない事態に気を付けて」
蜜月がテントから出て行ってから、明日軌は中心に置かれたテーブルに着いた。
テーブルにはもう一人、雛白家通信士の渚トキが座っている。ショートカットの頭にヘッドフォンを着け、探検隊が着る様な動き易い洋服を身に纏っている。
「現状報告」
「戦車隊による蛤石監視所への砲撃は続いており、小型の侵攻を防いでいます。中型乙四はすでに倒れています。蛤石監視所は完全に崩壊しています。監視員の避難は完了しています」
渚の報告に頷いた明日軌は、テーブルに敷かれた大きな地図に目を落とす。
オカッパの頭にヘッドフォンを着けた大谷も遅れてテーブルに着く。
「メイド隊の配置は完了しました。自警団の皆様も待機完了です」
言いながら、青いピンを地図に刺して行く大谷。地図の中心の蛤石が有る広場を取り囲む様に、何十本も刺す。これが自警団の戦力を現す。
メイド隊は移動が激しいのでピンで表わさない。
「混合妹社隊、蛤石を迂回している南側以外の配置は完了しました」
渚が地図の外周に赤いピンを刺して行く。これが混合妹社隊の配置を現す。
九州から人々を追いやって来た大型が現れると思う南側には、エース級の二組を配置している。
翔、隆行、キノの青井組。
カイザー、エリカ、ベンの海外組。
大陸側からも大型が飛来する可能性も有るので、西側にも二組配置している。
大輔、守人、ユイの沢井組。
一春、萌子、人数合わせにエルエルの黒沢組。
そして北側に、哲也、雄喜の小倉組を配置した。
東側に穴が開いているが、あちら側に沸く神鬼は東京の方に行くと予想し、戦車中隊をひとつ置くのみにしている。
混合妹社隊は、対大型戦の配置を徹底した。大型が一匹でもこの街を射程に入れたら、作戦全てが台無しになる。
「南側、配置完了しました。のじこ組も現在地報告が有りました」
言いながら、南側に六本の赤いピン、街中の通りに一本の白いピンを刺す渚。
白がのじこ、コクマ組を表す。念の為に東側に寄った場所に居ろと指示して置いたので、その通りの位置に居る。
「戦車隊、砲弾が尽きた車両が後退を始めています」
渚の報告に、ポニーテールの頭を大きく振って頷く明日軌。
資源不足の為に弾薬や燃料が底を尽くので、これで戦車の半分は役立たずとなる。
「戦車隊、東側を除き、全隊撤退。自警団、戦闘開始!」
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