第56話

 空色の和服を着た明日軌は、朝一番に黒沢に帰宅の挨拶をした。

 そして黒いメイド服のコクマを連れて玄関に行くと、妹社達が別れの挨拶をしていた。

「身体を大事にね、凛」

「キノも。無理しないでね」

 蝦夷組の女子二人は手を取り合ってお互いを心配し、男子二人は軽く殴り合う様な仕草をしてお互いを奮い立たせていた。本当に仲が良いんだな。

 しかし、蝦夷と東北の妹社達の間には距離が有った。黒人のイモータリティーは姿も見えない。

 一度敵対し合ったので仕方無いが、妹社には共生欲が有るので、時間が経てば仲良くなれるだろう。

 そして、蜜月は萌子の怪我を労わっていた。

 その二人に近付く明日軌。

「ごめんなさいね、萌子さん。怪我をさせてしまって。具合はどうですか?」

 それに応えたのは蜜月。

「怪我が原因で、少し熱が有るみたいです」

「まぁ。休んでいないと」

 明日軌が萌子の細い首筋に手を当てて熱を測ると、萌子はさらしで釣った腕を上げて照れる。

「あ、だ、大丈夫です、これくらい。私、鈍いので怪我は良くするんです。馴れていますから、本当に大丈夫です」

「馴れたら困るんだけどな。挨拶が済んだら俺が休ませますから、ご心配無く」

 萌子の兄、一春がそう言うと、黒いメイド服のコクマが頭を下げながら話に割り込んで来た。

「明日軌様。汽車の出発時間が近付いています」

「ええ、そうね。では、蜜月さん。翔さん、凛さん。駅に向かいましょう」

「はい」

「分かりました」

 蜜月と翔は袋に入った日本刀を持ち、帯のゆるい和装の凛は風呂敷包みを持った。

「じゃ、お元気で! 戦いが終わったら、また会いましょう!」

 蜜月は、元気に手を振って別れの挨拶をする。

「はい! 生きてまた会いましょう!」

 萌子が手を振り返す。

 その他の妹社達も手を振り、黒沢家が用意してくれた二台の黒塗りの車に乗り込む明日軌達を見送った。

 明日軌が連れて来た三人のメイド達は先に表に出ていて、車に荷物を積み終えている。

 翔は明日軌達と共に前の車に、妊娠中の凛は医学知識の有るメイド達と共に後ろの車に乗る。凛は共生欲のせいか翔と別々になる事に不安そうな顔をしたが、車には定員が有るので大人しく従ってくれた。

 車は何事も無く駅に着き、一行は汽車に乗り込む。大荷物を持ったメイド達は客車の入口付近に、明日軌と蜜月は真ん中左手側に、翔と凛は真ん中右手側に座る。

「凛さん。これから長い間、汽車に揺られます。気分が悪くなったら、すぐに言ってください」

「はい。お気使いありがとうございます」

 明日軌は翔に視線を送り、頷きを確認する。彼女の面倒は彼が見るだろう。

 蜜月はその様子を羨ましそうに眺めていたが、コクマが全員に配ったカニ尽くし駅弁を見た途端、そっちに集中した。まだまだ花より団子かな。

 そして汽車は走り出し、予定通り、夕方に越後の名失いの街に着いた。

「コクマ。先行して翔さんと凛さんの部屋の準備を。二人一緒の部屋が宜しいかしら?」

「そう……ですね。お願いします」

 凛の肩を抱いている翔が応える。身重で長時間の旅はかなり堪えたらしく、凛は少しぐったりしている。

「それから、車を」

 ガソリンは貴重品なので戦闘以外では使いたくないのだが、そうも言えない状況だ。

「はい」

 一瞬で駅から姿を消すコクマ。

 駅の外では、真っ赤な夕日の中、執事服のハクマが馬車を待たせている。

「私達は先に帰ります。翔さんと凛さんは車をお待ちください」

「すみません、ご迷惑をお掛けして……」

 青い顔の凛が頭を下げる。

 その凛を駅のベンチに座らせた明日軌は、彼女の前で屈んで手を取った。

「そう思うなら、出産後に働いて返してください。期待しています」

 言い方は女主人らしく事務的だったが、その眼差しは優しい。

「だから元気な赤ちゃんを産んで貰わないと。ね?」

「はい」

「土地勘の無い二人をここに残すのはちょっと心配ですね。――貴女、ここに残って凛さんを見て頂戴」

 立ち上がった明日軌は、蜜月の装備を持つ係の紺色メイドにそう指示する。

「じゃ、私の装備は私が馬車に乗せますね」

「ごめんなさいね。お願いします」

「いえいえ。私の装備ですから」

 袴姿の蜜月は、鏡の鎧等が入っている鞄を持って馬車の方に行った。

「お帰りなさいませ。お疲れ様でした」

 明日軌も馬車に向かうと、そこで待っていたハクマが頭を下げた。

「ただいま。留守の間、問題は有った?」

「何も。戦闘も起こらず、平和でした。半分になった蛤石からも神鬼が沸きませんでした」

「そう。良かった」

「ただ……」

「ん?」

「エルエルさんの好物のチーズを、のじこさんが嫌ってしまって。少し仲が悪くなっています」

 クスっと笑う明日軌。本場のチーズを何度か貰った事が有るが、独特な風味と香りは明日軌も苦手だ。それらを食べ切った事もない。

「平和ね」

「ええ」

 そして明日軌と蜜月は馬車に乗り込み、数日ぶりの雛白邸に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る