第50話

「バカにしている……!」

 怒りで鼻息を荒くしている明日軌は、一行を引き連れて山道を下る。

 確かにエンジュはサービスをしてくれた。おかげで色々分かった。

 まず、敵はこちら側の情報をかなり持っている。あらゆる場所にスパイが居ると思って良い。

 そう思うと、今回の妹社の反乱も納得出来る。

 明日軌が政府に妹社の同士討ちを防止してくれと具申した途端、寝返りした。つまり、政府にスパイが居て、明日軌の案が利用されたのだ。

 その証拠に、寝返りさせて蝦夷を落とすも、それ以上の行動は本気でしていない。単純に他人の考えを使っただけなので、その後に何をするかまでは頭と手が回らなかったのだろう。蝦夷が速攻で落ちたのは、たまたま寝返りが上手く行っただけだ。

 恐らく次は九州と四国が落ちる。

 しかし本州は落とさない。攻めて来るのは、この国以外の全ての国が落ちてからだろう。

 なぜそう思うか。

 エンジュ達は、フルスペックプリンセスと戦う気が無い。

 エンジュ達は、猿人が全滅するまで戦いを止めない。

 それが明日軌が見ていた悪夢に繋がる。

 考えを纏める。

 敵の作戦はこうだ。

 まず、この国以外の国を神鬼支配にする。

 逃げた人間はこの国に集まる。

 それから落とした蝦夷と九州四国から本州に向けて侵攻。

 そこまで来たら人間の抵抗力は弱くなっているはずだから、エンジュ達も戦いに参加する。くのいちであるコクマが遅れを取る程の戦闘能力を持っているので、人は為す術も無く殺されるだろう。

 四方を海に囲まれているので逃げ場は無い。

 妹社も倒されるか寝返るかになる。

 終始敵が有利な戦いだろう。

 最終目的地は越後の名失いの街。

 最終決戦地は雛白邸。

 庭を覆う死体。

 エンジュと戦う蜜月。

 政府にスパイが居る敵は、最後の最後に攻める予定の越後の名失いの街にフルスペックプリンセスを配属させたのだろう。共生欲が有る妹社は縁の有る人に寄り添おうとするが、人が一人も居なくなったら生き残っている敵に共生欲を向けるしかなくなるからだ。

 しかし蜜月は何が有っても敵に抵抗し続けるのだろう。

 そして、明日軌は死ぬ。

「と言う訳です!」

 大隊長の積め所に着くなり、通信機のマイクに向けて一気に考えを言う明日軌。

 ただし悪夢で見た部分は言わない。今現在は所詮夢の話だから。

『えー。分からない部分がふたつ有るのですが』

 通信機のスピーカーから黒沢の声が返って来る。

 通信機を前にお茶を飲んでいた枡田は目を白黒させている。

「どこでしょう!」

 興奮している明日軌は、思わずマイクに前歯をぶつけてしまう。失礼、と謝ってから咳払いをひとつして気分を落ち着かせる。

『まず、なぜ敵は蜜月さんと戦わないのでしょう。それと、妹社の寝返りを求める理由です』

「これは極秘事項で、政府の人間も一部しか知らない事ですが、現場では隠す意味は無いでしょう」

 明日軌は座布団に座り直す。

 人払いしてあるので、この和室では枡田と二人切りになっている。明日軌のお茶も無い。

「以前、我々は浮遊型の大型神鬼を倒しました。その神鬼には、蜜月さんの母親が取り付いていました」

『母親が取り付いて?』

「意思を持って動く神鬼には人の部品が使われている事はご存知ですね? その技術の応用の様です。人の身体をそのまま残し、言葉を話せる形にした様です」

『ふむ』

「その母親は、こう言ったそうです。蜜月さんは神様の嫁で、迎えに来たと」

『神様の嫁ですか?』

「フルスペックと言う言葉が嫁の資格だとすれば、その神と言う存在は実在しているはずです。恐らく敵で一番偉い人の事でしょう」

『神の嫁だから戦わない、か。理屈は通ってます』

「それから妹社の寝返りを求める理由ですが、これは確定情報ではありませんが、簡単な事です。妹社には敵の血が流れているからです」

『ほう。妹社は元々敵だと』

「共生欲がどこに向くかで敵か味方かに変わっているだけです。敵にも共生欲が有るのなら、同種族への攻撃には躊躇いを感じているのかも知れません」

『そうなると、敵は人間なのでしょうか?』

「神鬼を裏で操る黒幕は、人型の生物です。が、人間ではない様です。妹社よりも身体能力が発達しているので、明らかに人間ではありません」

『妹社よりも?』

「はい。百メートルを一秒で走り抜ける様子をこの目で見ました。妹社でもそこまでの速度では走れません」

『なるほど。しかし、例えばうちの兄妹の両親は普通の人間ですが。だからこそ我々は妹社を味方、そして仲間だと認識しているのです』

「ええ、それは承知しています。蜜月さんのご両親とお兄さんも普通の人間らしいですし」

『その兄は、今は?』

「残念ながら、大分昔に、蛤石に」

 普通の人間が蛤石を触ると、それに吸い込まれる。双子の忍者の里が滅びた原因はそれだ。

「妹社が産まれる条件は不明です。それはそれを調べる場所に任せ、我々は敵の事だけを考えましょう」

『そうですね。しかし、敵の黒幕、か』

 通信機の向こうで黒沢が唸っている。

『そう言った存在の噂は有りましたが、全く情報が無いので、特に重要視していませんでした』

「政府の重要な場所に敵が潜り込んでいる証拠です。情報操作がされているのでしょう」

『ふむ……』

「私達は政府の力を借りずに敵の裏をかかなければなりません。何か良いお知恵はございませんでしょうか」

『敵の、裏ですか……』

 考え込む黒沢。

 明日軌も考える。

 しかし、今までごちゃごちゃと考えていた事は全て無意味だった。

 敵は回りくどい事は一切していない。無限に生産出来る神鬼でただ街を蹂躙しているだけだ。

 策が有るとすれば、蜜月の確保に関してのみ。そしてその策は思う通りに進んでいる様だ。それが気に入らない。

「……裏をかくのが無理なら、いっその事、抵抗を止めてみますか」

 ぽつりと呟く明日軌。

 黒沢は返事をしなかった。

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