邪(よこしま)なるもの

 今日は、みなさんに恵方巻のお話を聞いていただきましょう。


 節分には、歳徳神としとくじんという幸せを司る神様がいる方角(恵方)を向いて、恵方巻を食べるという風習があるとされています。

 今年の恵方はひのえ・南南東でした。福を巻き込むことにちなんだ巻き寿司を、縁が切れないように丸ごと食べる、この習慣もすっかり私たちの生活に定着してきました。


 しかし、この恵方巻にまつわる風習の起源ははっきりとしておりません。

 一説には大阪発祥と言われていますが、はっきりとした由来はなく、そもそも恵方巻という呼称さえ、どの文献にも残っていないのです。



 では、どうして恵方巻の習慣が全国へと広まったのでしょう?

 なぜ、神様に向かって大きな口を開けるのでしょうか?



 神社へ行けば礼をしたり、教会では祈りを捧げたりと、神様の前ではこうべを垂れるのがごく自然な所作です。

 大きな口を開けるなど、ばちが当たりそうと言われても仕方ありません。


 しかし、これには公に知られていない大切な理由があるのです。





 あなたは自分の口の中を覗いたことがありますか?

 鏡に向かって口を開けると、喉へつながる孔の手前に口蓋扁桃こうがいへんとうというピンク色の肉壁があります。

 喉が痛いときに、扁桃腺が腫れるなどと言いますが、あれのことです。


 この口蓋扁桃の裏側、普段は見えない暗がりには、誰もがよこしまなるモノを隠匿しています。


 本人には自覚のないまま、この暗がりに邪なるモノは棲みつきます。

 ほおっておくと徐々に肥大化し、その持ち主の精神はインへと堕ちていくことになります。

 陰への堕落を防ぐために、歳徳神に口の中を見てもらい浄化すること、それが恵方巻を食する重要な目的なのです。



 この邪なるモノは暗がりを好み、光を嫌います。

 あなたが洗面所の鏡の前で口を大きく開けても、歯医者さんの診察台の上で口を大きく開けても、テレビを見て笑いながら口を大きく開けても、奴らは口蓋扁桃のかげに隠れて姿を見せることはありません。

 では、どうやって奴らを歳徳神の前に引きずり出すのか。

 そうです。

 文字通り餌をまくのです。

 恵方巻と言う餌を。


 普段、あなたが食事をするときに食道へ落ちていく食べ物、それをほんの少しだけ奪うことで邪なるモノは育っていきます。

 食べ物を飲み込むときには口を閉じているので、暗がりの中で奴らは好き勝手に振舞っています。

 つまり、暗がりと食べ物、この二つを用意すれば容易におびき出すことができるのです。


 恵方巻が太巻きである理由が、もうお分かりになったでしょう。

 太巻きによって口の中が暗くなった状態を、口が閉じられたと勘違いし、のこのこと邪なるモノが出てきたところを歳徳神が電光石火の早業で浄化するのです。



 この時に一つだけ、注意することがあります。

 恵方巻を食べるときは目を閉じること、これだけは絶対に守らなければいけません。

 邪なるモノは姿を見られることを非常に嫌います。

 もし見られた時、奴らは持っているすべての力と引き換えに、見た相手を即座に陰へと堕とすのです。それを防げるのは歳徳神の霊力のみです。

 あなたに見られたことを奴らが気付いたら(例え、あなたが奴らに気づかなかったとしても)、あなたの精神は陰に落ちたまま闇の中で生きていくことになってしまうでしょう。



 この邪なるモノへの対処方法の研究が進んだため、恵方巻という架空の風習を作り出して全国に広めたのが政府機関セ〇ンイレ〇ンと言われています。

 邪なるモノの存在が公になると恐慌パニックを起こす怖れがあったため、極秘裏に封じ込めようという意図が感じられます。

 しかし、肝心な「目を閉じて食べる」という絶対条件が広まらなかったことは、政府機関の誤算でした。


 あなたの廻りで、節分の翌日から人が変わってしまったような方はいませんか?

 もしかしたら、目を開けたまま恵方巻を食べてしまったのかもしれません。





  ※山本正純さんの企画「恵方巻をテーマにした短編小説」参加作品

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