第21話 昔語り
――遠い昔の話をしようか、リル。
この国の成り立ちの話だよ。本当はお前には、こんな、知っていても面倒しか生まない知識を植え付けたくはないのだけど、お前はこの国で育ってしまったからね。というか面倒な知識については今更だし。シーズが馬鹿すぎるからね……。
――ああ、そんな不安そうな顔をしなくてもいいよ。面倒な知識ではあるけれど、即座にお前に危機をもたらすようなものでもない。……いつか、お前がこの国を離れることを決めたら、もしかしたらすべて忘れてもらうことになるかもしれないけれど。
追い出すわけじゃない。ただ、この国は少し窮屈だ。閉じている。ずっと、ずっとね。それは必要に駆られてのことだし、かつてそれを皆が選んだからだ。だからって、お前までもここに閉じ込めておきたいとは、僕は――僕達は思わないというだけだよ。できるなら、お前にくらいは広い世界でのびのびと、なんのしがらみもなく生きてほしい。この国で育ててしまった僕達が言えたことではないけれどね。
……話が逸れたね。そう、この国の話だ。お前も僕も、母上や父上も存在していない、遠い遠い昔の話。
遥かな昔に存在した、魔術興国の話は覚えている? 今は【禁智帯】アズィ・アシークがある場所に存在したという国の話だ。
少しだけ話したことがあるけれど、その国は初めて『魔力』というものを明確に認知し、定義し、研究し、利用しようとした国だ。魔力血統たる王家が主導してね。魔力血統だからこそ、と言うべきかな。
ともかく、かの国は魔力、魔術によって栄えた。他の追随を許さない、魔力に関する研究の優位性と、魔術師の数、そうして強大な魔力を有する王族。全てがあったからこそ大国としての地位を築いた。
だけれどね、その強大さを打ち崩しかねない不安要素を秘めてもいたんだ。大国となる前はきっと表面化していなかっただろうけれど、それは年経る毎に無視できないほどのものになった。
――そう。リルはもう知っているね。『発現因子』の欠如だ。
長く、長く続く魔力血統にこそ顕れる、その性質。けれどね、当時、それはまだ判明していない事実だった。
規則性もわからない、ただ少しずつ、確実に、王族に生まれる『魔力なし』が増えていく。強大な魔力を保有することが王族の証であるのに、そうでない者が生まれる。……それは恐るべき禁忌だった。秘匿すべき忌み事だった。
記録はないけれど、おそらく最初の頃は『魔力なし』と判別された時点で殺されていたのだろうね。けれど、それも無理があるほどに、『魔力なし』が増えた。何の罪もない赤子を、『魔力がない』という一点で殺すことに疑問を憶える者だって出てきた。
それでもその王家は、瑕瑾のない『魔力血統』でなければならなかった。そうでなければ魔術師に溢れた国を治めることは不可能になっていた。
――まあ、実際がどうだったのかはわからない。不可能というほど危機的な状況だったかというなら、恐らく違っただろう。けれどもう、その頃には王家はどうしようもないくらいに凝り固まってしまっていた。
そもそも近親婚を繰り返しているからね。子は生まれにくかっただろうし、生まれた子が正常である率も低かっただろう。『魔力なし』か否かを別にしてもね。
そんな状況だ。家臣の中には、『魔力なし』というだけで殺すのは忍びない、せっかく生まれた子供であるのに、とひっそり逃がす者も居た。或いは、腹を痛めて産んだ我が子を殺されることを了承できない――それほどまでに魔力に盲目になれない者も居た。
逃がされたそれらの『魔力なし』は、隠れ里のような場所で息を潜めながらも生き続けた。ひっそりと、己の生まれた国を――己が排された国を見つめ続けていた。
同じような境遇と実際的な接触度合、それから否応ない共感を考えれば、『魔力なし』やそれに関わる者達が惹かれあい、血を結ぶようになったのは当然の流れだっただろう。
そうして、そのうちに気付く。『魔力なし』の血をひく者が、王家よりも強大な魔力を持つこと。王家に生まれる『魔力なし』の多さに反するように、かつて『魔力なし』として殺されかけ、追われた人々の系譜が『魔力血統』の性質を顕すこと。
――単純な話だ。彼らもまた、『魔力血統』であることには変わりない。『魔力なし』であれど、『魔力血統』に連なる者には違いなかった。そんな単純な事実すら、当時の王家はわからなかったようだけれどね。
その存在を禁忌として処理するしかできないまま――その王家は国諸共滅びた。
どうして滅びたか? ……そうだね、たくさんの歪みを内包し、それを知る者が増えてしまったからかな。
その頃には、国民の大半もやはり歪んでしまっていて――選民思想のようなものかな――『魔力血統』としての性質が疑わしい王家を排そうと、反乱が起こったわけだ。そうして、王家はそれを鎮圧しようとした。強大な魔力を保有する者だけを王族として生かすようにしていればその数は減る一方だったから、それを補おうと、王家は密かに禁呪に手を染めていた。
――人の命を命と思わないような、人が手を出すべきでない、世の理を狂わすような……そういう、忌まれるべき行いの果てに、制御不能になった禁呪が全てを終わらせた。文字通り、何もかも無くなってしまうことで、終わったんだよ。
『魔力なし』の系譜は、その頃には既に国外に出ていた。国内に隠れ住むにも限度があるほどに増えてしまっていたからね。だからこそ、その一部始終を知ることができたわけだ。
その国を覆う結界魔術は王家の系譜たる強大な魔力があればどうとでもなったから、一応自分たちの祖国である魔術興国の内情は知り得た。滅びに向かっているのだって知っていたわけだけれど、まさかそんなふうに、唐突に、跡形もなく滅びるだなんて思いもしていなかった。
ただ、同じことが繰り返されてはいけないことはわかっていた。魔力――ひいては魔術を至高とする国が、それ故に滅びた末路を、他の国に辿らせるわけにはいかないと考えたわけだ。
だから、出来うる限り、その国の痕跡を消していくことにしたんだよ。とりわけ禁呪については厳重にね。その頃には『魔力』についてはどの大陸にも広がってしまっていたし、『魔力血統』こそが至高とばかりに王族となっている国が殆どだった。滅びた魔術興国が占有していた知識は、どの国だって喉から手が出るほど欲しがるものだったからこそ、その国については忘れ去られるべきだと考えた。
だから、忘れさせた。
その国があったこと自体をなかったことにはできなかったけれど、意識を、興味を、薄れさせることは可能だった。――僕個人の考えとしては、悪手とは言わないけれど、最善とは言えないというか……あまり賢い手ではなかったと思うけれどね。それこそ世の理に触れる行為に等しい。自己満足の向きも少なからずはあったのかな。
かくして、この世に生きる人々は、『魔術興国』の存在も、どのような国であったかも知りながら、それに対して一定の興味関心を持たなくなった。
新しく魔術を編み出し、発展させ、第二の魔術興国となるような――そんなことが起こらないように。
……長くなってしまったね。少し、喋り過ぎてしまった。
大事なのは、滅びた古の魔術興国には王族の血に連なる生き残りがいて、それ以外の人々は魔術興国について不自然に興味を薄れさせられている、というところだったのだけれど。
お前は馬鹿じゃないから、きっともう予想はついてしまっているだろうね。そう、この国――『古国イースヒャンデ』は、その生き残りたちがつくった国なんだよ。
人々の魔術興国への関心を薄れさせることには成功したけれど、それは勿論、絶対的なものではなかった。きっかけが幾つも重なれば不自然な抑制は意味を成さなくなるかもしれなかったし、予期しない負荷を与えるかもしれなかった。
だから、彼らはそれまでよりもずっと、徹底的に隠れてしまうことにした。偶然にでも見つかってしまわないように結界魔術を施した国をつくってそこに住み、もし外の国で生きていきたいという者がいれば、不用意にきっかけを撒き散らすことのないよう、魔術興国や魔術に関わる知識の大半を忘れさせて送り出した。それも最初の頃は他国の魔術師なんかに破られたりしていたようだけど、それも徐々に無くなっていった。『誰もたどり着くことのできない隠れた国があるらしい』なんて言い伝えすら風化していった。
――そもそも、故国を悼むためなのか知らないけれど、魔術興国の名前を国名として継がなければよかったとは思うけれどね。
時代がくだり、多くの知識が失われた上に発展の見込めない魔術が廃れ、代わりに魔法が隆盛した。『魔力』に関する研究は進んだけれど、それでもかつての魔術興国の域にすら届かないままだ。
僕達がお前にものを教える時、『この国では』と『この国以外では』と分けて説明するのはそれが理由だよ。失われたはずの知識を閉じた国で発展させていった結果、この国は少し、……かなり特異な知識を保有することになったわけだ。
幸か不幸か、それ故に、そして流れた時の長さ故に、そうそう魔術興国と関連付けられることもないのだけど――気をつけるに越したことはない。
……まぁ、この国で育ったお前にはわかるだろうけれど、現在の国民も、僕達王族も、かつての先祖が抱いたような決意も使命感も持っていない。ただそちらの方が面倒が少ないから、波風が立たないからという理由で現状を維持しているようなものだ。
だからね、リル。いつかの未来にお前が――
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