第3話 【禁智帯】と『間隙』
「あー……多分それ、【移空石】だったんだろ」
「【移空石】?」
「空間を渡る力が込められた石っていうか、空間転移装置みたいなもん。まだ
あちゃー、とでも言いたげなその口調に、リルは首を傾げた。その言い方はまるで、リルの元に【移空石】が来ると都合が悪いかのようだ。
「その……【移空石】って、わたしが持つとまずいものだったの?」
「ああ、いや、そういうわけじゃないんだけど。姫さんがっていうか、姫さんと俺が一緒だったのがまずかったっぽいっていうか」
「わたしと、焔?」
「そ。正確には
ま、憶測だけど、と締めくくって、焔は空を見上げた。そこには相変わらず凶悪な日差しを降り注がせている太陽の姿。
「とりあえず姫さん、移動したら? 俺はともかく、姫さん生身の人間だし。なんだっけ、なんか安全なとこあるんだろ、アズィ・アシークにもさ」
言われて、リルは頷く。
「あ、うん。シーズ兄様がザード兄様に調べさせたから……。――えっと、多分こっち」
シーズに頼まれて、ザードの言葉を元にリルが地図を描き起こしたのは、そう昔のことではない。完璧に、とは言わないが、大まかな位置は覚えている。
通常目印になるようなものはここにはないが、位置による砂丘の形状の見分け方もザードに教わっていたため問題ない。
それを、シーズは『間隙』と呼んでいた。均衡が崩れているが故に生じた、世界のズレ――事象の間隙。捻りも何もあったものではない名称ではあるが、その本質を的確に表しているとも言える。
記憶を頼りに移動し始めたリルの後ろを、焔がのんびりとついていく。
そして、捜索を始めてそれほど経たず、それは見つかった。
「……あった!」
思わず喜色の混じった声をあげて、リルは『間隙』へと足を踏み入れた。
『間隙』は、本来あらわれるべき現象が正常にあらわれない場所である。つまりこのアズィ・アシークの場合――。
「はあ、涼しい……」
周りとなんの変わりもない砂漠の真っ只中でありながら、直射日光の熱も、周囲の熱気も届かない、暑くも涼しくもない場所となるのだった。
先程まで周囲が凶悪なまでに暑かったため、体感的には涼しく感じる。生命の危機を感じるほどでなくとも、それなりに茹だってきていたリルは、ちょっとばかり生き返る心地だった。焔は
「ふーん、『間隙』ってこんなんなのか。『外側』ってわけでもなく、かといって『内側』でもない――確かに『間隙』だな、これは」
何やら納得して頷いている焔をよそに、リルはぼんやりと今後のことに思いを馳せる。
焔曰く【移空石】によってここに来てしまったらしいが、その【移空石】は手元にない。ということはつまり、移動手段は徒歩しかない。
さらに、ここはアズィ・アシーク――【禁智帯】だ。魔法も魔術も使えない。そもそもリルはどちらも使えないのだが。
頭の中にアズィ・アシークの全体図、そしてその周囲の地図を思い浮かべる。今居る場所は、リルの記憶が正しければアズィ・アシークの東南部。そして最も近い国は魔法国家として名高いシャラ・シャハル――『魔法大国』シャラ・シャハルだ。
リル自身にはシャラ・シャハルを訪れた経験は無いが、兄弟一の旅好きであるザードは幾度かそこを訪れている。なので、リルの住まうイースヒャンデからすれば海向こうの国交のない国と言えど、まったく知識がないわけではない。
(確か、入国審査は緩いって――国家間で指名手配でもされてない限りは入れるとかって聞いた気がするから、入国は問題ないはず。入国できればそこからザード兄様がよく使う経路で国まで帰ればいいし……問題はここからシャラ・シャハルに着くまでだけど、アズィ・アシークの端までは多分そんなにないはずだし)
周囲の景色――果ての無い砂漠を見るとそんな感じはしないが、ザードによればそれは幻影のようなものらしい。【禁智帯】から一歩出れば、広がる砂漠も痛いほどに照りつける太陽もなくなるというのだから不思議なものである。
大陸の中に別空間が広がっていると考えればいい、と言ったのはシーズだっただろうか。根本的に違う空間なのだから、そういう摩訶不思議なことも起こり得るのだとか。
アズィ・アシーク――というか【禁智帯】について研究しているような物好きはシーズくらいなので、まだ解明できてないことは多かったりする。
そもそも普通の人間はアズィ・アシークを筆頭とした【禁智帯】に足を踏み入れようとはしないし、踏み入れたら最後、抜け出すことはできないとまで言われている。普通に行って帰ってくるザードのせいで、やはりそんな感じはしないのだが。
ともかく、当面は『間隙』を有効利用しつつ、アズィ・アシークを抜けることが先決だろう。
そう結論付けて、リルは焔にその旨を伝えようと口を開き――かけて、視界の隅で何かが光ったのに気付き、動きを止めた。
「……?」
ちかり、ちかりと光が瞬く。それは明らかに、砂の照り返しなどではない。
遭難者の遺品――もとい、誰かの落し物か何かだろうかと首を傾げたリルは、目を凝らした先にあったものに息を呑んだ。その驚きのままに『間隙』を出て駆け出す。
「え、姫さん!?」
リルの唐突な行動に遅れて反応した焔の声にも振り返らず、真っ直ぐに駆けて行った先には――。
「男の、子……?」
身体の半ばを砂に埋もれさせた、十歳ほどの少年の姿が、あった。
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