第17話 行方不明者捜索

 救助のために街へ戻ったシュトレ達は、変わり果てた街の姿に愕然とした。

 建物は無作為に壊され、外だというのに外壁がなくなり屋内が見える民家まである。それだけなく、建物として保てなくなったのか、完全に崩れさり、藻屑と化し、周囲に木片や石など建物の欠片が散らばっていた。

 なにより、行き交う人々の替わりに、血を流し、息絶える死体が転がる街を、昨日まで過ごしていた街と同じだとは認めたくはなかった。


「これは、酷いね……」


 一変してしまった街の現状に、ミュンツェが声を漏らす。その声音、表情は硬く、血の気が引いている。

 シュトレとて似たようなものだ。地獄のような惨状を目の前に、二の足を踏んでしまう。進めば、無残に転がる者達と同じ姿を晒すのではないかと、勝手に頭が想像する。

 けれど、それを押し留めたのは、今尚その地獄で悪魔達と戦うヴィーダ達の存在を感じたからだ。

 空舞う怪物が街の一か所を目指し、突撃しては二度と姿を見せることがなくなる。恐らく、ヴィーダ達が剣を振るい、戦い続けているであろう場所。

 ゼーレ卿の屋敷からは、見るもおぞましい翼を広げた化物が溢れ続けているが、彼らに悪魔が集中しているおかげで、街全体に飛び回る化物は少ない。

 地獄へ救助に向かう勇気と、現実的な救助への希望を見出し、勇者は一歩踏み出す。


「……行くわよっ」


 ――


 悪魔に気が付かれないよう殊更静かに、迅速に街を巡る。

 建物を一軒一軒見て回り、怯え隠れていた者や、怪我をして動けない者達を見付けていく。

 足を患い、屋内で動けずにいた老齢の女性は、連れそうミュンツェに何度も何度も頭を下げ、感謝を重ねる。


「ありがとうございます、ありがとうございますっ」

「もう大丈夫ですから。街の外へ」


 助けた者達は、避難所まで救助民を案内するために連れてきた騎士数名に預け、街へ戻っては救助活動を続ける。

 けれど、助けられる者もいれば、救われない者もいる。

 道半ばで打ち捨てられたように倒れ伏す青年。彼は、止めどなく血を流し、見付けた時には声すら上げられずにいた。


「あっ…………たすけ……て………………」

「私が……勇者が助けにきたわ。安心して眠りなさい」

「あ………………が……と………………」


 膝を付き、気休めの言葉しか掛けれない状態。それでも、彼の安らかに眠りへの人助けとなればと、シュトレは殊更勇者であることを強調して声を掛けた。

 心中穏やかではいられない状況と何度も直面しながらも、シュトレ達は手を差し伸べ続ける。

 それから幾ばくか。避難所へ連れて行った人数も二桁に上りながらも、悪魔に見つかることはなく救助は進んでいる。

 だが、ヴィーダ達の戦場近くになり、そろそろ切り上げなくてはいけない。一歩間違えれば、今度はシュトレ達が悪魔の餌食だ。

 瀬戸際を見極めつつ、未調査の民家へと赴く。


「誰かいませんかー? 助けに来ましたよー?」


 少々、気の抜けそうながらも、室内に響き渡るフロンの声。

 しかし、返ってくる声はなく、誰もいないのかと民家を後にしようとした時、二階からなにかをぶつけたような物音が響く。


『…………』


 それぞれが顔を見合わせ、頷く。

 階段を一歩上がるごとに木が軋む音が鳴る。悪魔ではないだろうと考えつつも、最大限の警戒心を持って二階へ上がる。

 上がった先は一部屋で、寝床や小さな机などが置いてある。

 一度周囲を見渡すが、人の姿は見受けられない。先程の音は聞き間違えか、と疑問に思っていると、寝床の脇でまた物音がした。

 気が付いたフロンが、ゆっくりと近付いていくと、なにかを見付けた彼女は破顔させる。


「大丈夫ですよ。安心して下さいね」

「だ、だれ……?」


 シュトレも近付いて見ると、栗色の髪をした幼い少女が、毛布に包まり泣き腫らしたのか目元を赤く染めていた。

 フロンは怯えさせないよう、ゆっくりと傍に寄ると、柔らかな声音で話掛ける。


「はーい。もう大丈夫ですよ。私達は勇者様とその一向です。貴女を助けに来たんですよ?」

「ほんとうっ?」


 目にこんもりと涙をためて、今にも泣き出しそうな少女は、怯えた顔をシュトレに向けてきた。

 こんな小さな女の子にどう対応していいのか。慣れないことに悩みつつも、とりあえずとばかりに一つ頷いてみせる。と、少女はくしゃりと顔を歪め、溜めに溜めた水滴を頬に垂らした。

 今の対応はまずかったのかしら!? どうしていきなり泣き出すのっ!?

 女の子が泣き出した理由が分からず、石のように固まっていると、フロンが少女を毛布に包んだまま、抱きかかえた。

 胸の中の少女の頭を、優しく撫でる。


「安心したんですかね。泣いちゃいました」

「そ、そういう意味、ね」


 嗚咽を繰り返す少女を見て、シュトレは安堵する。

 自分が失敗したわけではないと分かって、一安心だ。

 声を上げず、小さく泣き続ける少女を、優しく撫でるフロン。

 伏せていた顔を上げた少女の目は腫れたままだが、その表情は先まで比べて明るい。


「ねえ、お母さんと、会える?」

「はい。会えますよ。だから、一緒に行きましょうね?」

「うんっ」


 笑顔を咲かせて頷く少女に、シュトレは頬が緩む。

 胸の内を温めるのは、ちょっとした達成感。随分と危険を犯したが、助けに来てよかったと思わせる、確かな褒美であった。

 微笑むシュトレに気が付いたミュンツェが、どこかからかいの含んだ声で話し掛けてくる。


「どうしたの? 顔が緩んでるよ?」

「絡まないで」

「まあまあ。それで?」


 斬って捨てるもめげないミュンツェに、ため息を吐く。


「別に。大したことではないわ。ただ…………少しは勇者らしくなれたのか、と思っただけよ」

「勇者らしく、ね」


 現勇者の言葉をどう受け取ったのか、彼女はにやりと笑みを作る。


「かつての勇者様に成れているかはわからないけど、勇者様らしいとは思うよ? ちょっと気負い過ぎだけどね」

「そう」


 からからと笑うミュンツェに、まるで興味がないというように素っ気ない返事を返す。

 だが、その横顔には笑みがうっすらと浮かんでいた。

 珍しくも穏やかに微笑むシュトレに気が付いたのか、フロンは「はて?」と小首を傾げる。


「シュトレ様、どうかしたんですか?」

「なんでもないわよ。ほら、いつまでもくだらないことしていないで、早く行くわよ。いつ、怪物共が私達を察知して襲ってくるか分からないのだから」

「――その判断は、少し襲ったようですね。来ますよ」

『――ッ』


 救助に当たっている最中、最も周囲の警戒を行っていた燈凛の警告に、誰もが息を飲む。

 各々が身構え、武器に手を掛けた瞬間、閉ざされていた鎧戸を跡形もなく弾け飛び、少女達の身体を破片が襲う。


「っ……」


 少女を庇うよう、フロンは事の起こった方へと背を向ける。

 木片が転がる乾いた音が辺りで鳴り、視界は煙で見通しが悪い。

 それら、全てを振り払うように、強靭な狂爪が振るわれ、視界が晴れる。

 当然、現れたのは悪の代名詞たる怪物。


『――――――――――――――ッッッ!!』


 肉食の獣が如き咆哮を上げ、遂にシュトレ達の前へ脅威として現れた。

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