第3話 ヴァレンタインの失敗

今回はヴァレンタインについての失敗です。


ヴァレンタインの説明は要りますか?要りませんね。何かで調べてください。


貴方の時代のことは分かりませんが、父の時代は女の子が意中の男の子へチョコレートを贈答する風習がありました。


チョコです。そうです。あの甘くて黒いお菓子です。


代金?いえいえ、必要ありません。ですが見返りはあります。それは後ほど。


父は小学校時代、ほんの一瞬ですがモテ期がありました。モテ期というのは誰しも一度は訪れるという伝説のシーズンです。そのシーズンは特に変わったことをしてないのに、異性から引く手数多になり時期によっては一大ハーレムを形成できるとされています。父の場合、小学四年生だったので異性よりもゲームに関心が強くモテ期自体はあまり意味を成しませんでした。父がもう少し賢く、そして大人であったら違う人生を歩んでいたかもしれません。


そんなモテ期に起きた父の失敗はヴァレンタインのお返しにあります。


ヴァレンタインのお返し。それはチョコをもらった男子は一ヶ月後に必ず相応の物を返礼として贈答しなければならないというものです。父が子どもの頃は等価での返礼が当たり前でしたが、その二十年後には「お返しは十倍返し」という暴力的でマンガの必殺技がごときルールが設けられています。貴方の時代にはもっと増額しているでしょう。父はこれを「じゅうべえ界王拳の法則」と名付けようかと思いましたが貴方には通じなそうなのでやめておきます。


四年生にして人生最初で最後のモテ期が到来していた父は、なんと五人の女の子たちからチョコレートをもらうことにになります。


五人。つまり五個のチョコです。この数字は父にしては青天の霹靂でした。


今でこそ義理チョコなる勘違いの悪習が蔓延っていますが、父が小学生の当時は「チョコ=ほぼほぼ本命」の認識でした。


ただ残念なことに父の本命はその五人の中にはいませんでした。父の本命は隣の席のMちゃんだったのです。


五人の女の子からチョコをもらい本命の子が隣の席にいる。ベタなラブコメラノベよりドキドキの展開ですね。


女の子の情報網というのは凄まじく、その日の放課後にはMちゃんは父が五個のチョコをもらったことを知っていました。


「やるねえぇ〜」


妙にふざけた言い方で茶化されたの覚えています。父は思いました。Mちゃん、キミはくれないのかと。


そして結局Mちゃんからチョコはもらえませんでした。


ここでヤケになった父は致命的に間違った考えを抱いてしまいます。


「ひょっとしてMちゃんは俺にチョコを用意してたんじゃないか?でも俺が五個ももらったと知って、なんだか渡し辛くなっちゃったんじゃないか?」


と。


なんとも愚かで勘違いもはなはだしいものです。今振り返ってみればいったいなんの根拠があってこう思ったのか不思議です。余談ですが、Mちゃんはこのとき本命の別の男子にちゃんとチョコを渡していたそうです。


こうも思いました。


「Mちゃん勘違いしてるんだ。俺の本命はMちゃんだけなんだから。ちゃんとそれをアピールしなきゃ」


考え方は決して間違っていませんが実践のし方が間違っていました。


父はもらったチョコ全部にお返しをしないという決意をしてしまいました。お返しをする=気持ちに応えると勘違いをしていた父はならばその全てにいっそ応えないという結論に至ったのです。それがMちゃんへのアピールになると思っていたのです。


今考えてみるとある種の潔さを感じます。しかしこれが大きな失敗でした。



結果として父は学年中の女の子から大ひんしゅくを買いました。何にかのお節介な子に何故お返しをしないのかと問い詰められ、とっさのことに暴言を吐いてしまいます。


「別にくれなんて言ってないし」


この発言により、泣いてしまう子もいたくらいでした。これにて父はめでたく最低のクソ野郎の称号をいただくことになります。


女の子たちからの突き刺さる視線を感じながら「それでもいい。Mちゃんに分かってもらえれば」と下唇を噛み締め耐えていました。


しかし現実はかくも残酷なまでに当たり前です。



席に座るとMちゃんは見たこともないような険しい表情で父を見ていました。


父は内心分かっていながらも、あえてそ知らぬふりをして何気ない会話をしようとしました。しかしMちゃんは、険しい表情のまま父に質問します。


「なんで返さないの?ホワイトデーだよ?」


この時すでに大きく後悔していました。それでもMちゃんに真実を伝えなくてはと勇気を振り絞ります。


「だって、好きな子いるから。他の子からのは別にいらないし」


自分では精一杯の気持ちを伝えたつもりです。父の中ではこの後ドキドキのラブコメ展開が起こる予定でした。しかしそんなチョコレートのごとく甘い予想をMちゃんは一撃のもとに葬り去ります。


「アンタ、女の子の気持ちなんにも分かってないね」


この一言で父の淡い恋は打ち砕かれ、全ては終わりを迎えました。父は自分が間違っていたことを痛感させられたのです。


その後Mちゃんとは席替えになるまで一言も口をききませんでした。正確にいうときいてもらえませんでした。


父はしばらく失意の中にあり、気が付いたらモテ期もどこかへ消えていました。


それ以来、Mちゃんの言葉が今でも胸に突き刺さっています。



このことから父が学んだことはひとつです。



「人から何かもらったら自分の意思に関係なく返礼は必ずすべきだ」


と。


今回はここまでです。


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