あなたを守ることが私の幸せ

藤原ゆう

第1章 神官になった少女

任官式

 神学校での厳しい勉強の日々を越え、今ここに晴れて神官となった子どもたち。

 それが神殿に一同に会し、任官式が行われていた。

 

 彼らが身に着けている、足元まで隠れるローブは、神官の正装だ。皆同じ色、同じ形のローブを纏い、男女で違いはない。

 けれど、男性神官が頭部には何もつけないのに対し、女性神官は宗教上の理由からベールを頭に被ることになっていた。

 まだあどけなさの残る少女ユリア・タズハも、腰まである長い黒髪を真白いベールで隠し、この任官式に参加していた。

 彼ら神学校の修了生は、ここで祈りを捧げたあと、正式に神官として神殿に仕えることができるようになる。

 この儀式でもっとも重要なことは、世俗への未練がないかの最終確認だ。

 もし少しでも迷いがあるなら、神官にはなれない。

 神官になるということは、家族との縁が切れるということであり、生涯に渡って恋愛が禁じられるということだ。

 若い男女にとって、これ以上の修業はないと言われる条件だったが、ユリアは恋愛の『れ』の字も知らずにここに来た初心な娘であった。故に神官になれば恋愛ができないと知っても、そのことをさして重要な事とは考えず、ただのほほんとこの日を迎えた。

 果たしてユリアにとって、そのことが吉と出るか凶と出るかは、正に神のみぞ知る……だった。


 神殿奥の聖壇では、神殿の長である神官長が祈りを捧げているところだった。

 頭上から降り注ぐ神々しい光を受けながら、朗々とした声で聖典の一部を読み上げる神官長。

 居並ぶ神官の最後方の席に座るユリアからは、その姿はあまり良く見えない。

 神官長は平の神官たちにとって、国王と同じくらい雲の上の存在であり、憧れの人だった。

 ユリアも同じく、ある意味神に対するのと同じ種類の崇敬の念を、神官長に対して抱いていた。

 『何人も侵すべからざる神聖な存在』

 それが若い神官たちにとっての、神官長という存在だった。


「諸君らは晴れて、神に最も近しく仕える神官となった。いついかなる時も神の教えに違うことなく精進するように」

 神官長はそんな祝辞を残して降壇した。

 代わって登壇したのは、神官長よりも随分年が上に思われる男性だった。

「それでは諸君、事前に言い渡している部署ごとに分かれ、その後はその部の責任者から指示を受けるように」

 どうやら任官式もこれで終わりのようだ。

 それまで静かだった神殿内が、俄かにざわざわと賑やかになる。

 皆それぞれの部署に向かうために、三々五々解散していくようだった。

「ユリアはマリー様の所だったわね」

 隣に座っていた同期の少女に言われ、ユリアはこくりと頷いた。

「いいわねえ。マリー様はお優しいもの」

「そうね。けど、今まで知らなかったこともあるかも知れないわ」

 妙に大人びたことを言って、ユリアはその場をあとにした。

 

 神殿を出てすぐの石畳。

 ユリアはそこまでの階段を下りきると、今まで中にいた神殿を振り返った。

 白亜の大理石を積み上げ造られた神殿は、太古の昔からこの国の中心にあった。

 初代国王が神から啓示を受けるずっと以前から、神官たちはここで神の言葉を受けとり、国民を精神的に束ねてきた。

 自分も今日から、その神官の一員なのだと。

 改めて胸の底から言いようのない感動が湧き上がってくる。


「神様の御心のままに……」


 神官らしい言葉を口にして。

 ユリアはあと戻りすることのできない聖職者の道を歩み始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る